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十四章架谷家と黒崎家

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 断崖絶壁の陸の孤島には小さな洞窟が存在した。最初にそこを見つけた時は熊の住処だと思っていたが、よく気配を研ぎ澄ませれば人のような気配がする。気功を体得する前の俺であったなら確実に気づかなかっただろう。それくらい、ここに住んでいる者の気配はあまりにごくわずかで、手練れのアサシンや隠密ですら凌駕する気配力のなさだ。

「甲夜様。架谷家の子孫と黒崎家の子孫の者達がお越しになりました」

 洞窟の奥にはすでにばあちゃんがいる。ばあちゃんの隣にいる人物が例の甲夜さんとやらかなと見ていると、後ろ姿で言えば年若い少女のように思えた。その者はゆっくり振り返った。

「よく来たね、待っていたよ」

 若い張りのある声に驚いた。この人が、ご先祖様の甲夜さんなのか。髪は長い白髪を後ろで結んではいるが、肌や顔つきは随分と若くて皺がない。見た目だけは20代前半くらいだろうか。
  
 ばあちゃんが甲夜様と呼ぶことに違和感を覚えるほど若いが、八尾の血のせいで年若いまま150年を過ごしてきた貫禄というものを感じる。じいちゃんの言った通り、瞳の色は八尾の血が濃いために両目とも赤色。

 どことなく架谷家寄りの顔に似ている気がする。もちろん黒崎家にも。

「あなたが……甲夜、さん?」
「……さよう。話は聞いていると思うが、ウチが八尾の血の始祖だ。お前が甲斐……か。赤ん坊の頃の写真でしか見たことがなかったが、大きくなったな。こちらにおいで」
「あ、ああ……はい」

 ご先祖様に一瞬だけ気圧されてしまった。150年という歳月を生きた威圧感と風格はさすがである。

「そこにいる病弱な男の子もおいで」
「え……直も、ですか?」
「そのために来たんだろう?八尾の血のとその秘密を知るために」
「八尾の血の呪い……?」
「正確には呪いではないんだけど、子孫代々それが続く限りある意味、呪いのようなものさね。ウチの子供も同じだったから」

 俺が直の車いすを引いて甲夜さんの元へ寄った。彼女の視線の先に違和感を覚える。

「あなたは……目が見えていないんですね」

 俺がなんとなくそう察した。

「よくわかったね」と、人が好きそうな笑みを見せる。
「目の焦点がどこかあっていないようだったから」
「その通り。たしかに見えないが、感じる事はできる。どんな奴がそばにいて、何人いるかくらいは。まあ、長年生きているとどこかガタがきちまうんだ。たとえ純血な八尾の血を体に受け入れていたとしても、不老不死でもないし、八尾比丘尼そのものでもないからな」
「あの、八尾の血って、やっぱりあの伝説上の八尾比丘尼の血なんですかね?」
「さすがにそれはウチもわからないさ。でも、可能性はあるだろうね。でなければ、こうして150年も生きてはいない」

 甲夜さんが俺をじっと見つめる。赤い瞳が俺の片目と同じ色で、似た顔つき。本当にご先祖様なんだなあと不思議な感覚で見ていられる。

「それにしても……本当にそっくりだね、お前達」
 
 甲夜さんがさらに歩み寄ってくる。俺の顔や直の顔をペタペタ触れて、目が見えなくても触れただけで顔の構造とか理解しているようだ。

「うちの父様と母様にそっくり。甲斐と名前を付けたウチの目に狂いはなかったな」
「あの……それって初めから俺の名前を甲斐と名づけることを決めていた事ですか?」
「ああ、そうだ。お前に甲斐と名付けたのはウチだ。なぜなら、お前が今までで一番ウチの母様にそっくりだと思ったから。たぶん……生まれ変わり。いや、先祖返りを果たしたんだろうなと見ている」

 なんだかどこか迷信っぽく思えるが、この人が言うとえらく説得力があるように聞こえる。150年生きてるもんな。そんなにも俺に似てるのかな。

「俺がご先祖様そのものだと?俺、男ですけど」
「性別は関係ない。別人ではあるが、顔が本当にそっくりなんだよ。銀色の髪のお前も父様にそっくり。お前も父様の遺伝子をよく受け継いでいるみたいだな」

 直はぽかんとしている。何を言われているかよくわかっていないようだ。まあ、今は幼児退行しているから理解できないのも無理はない。

「ウチが150年も生きていたのは、八尾の血の呪い……いや、レイヤクノチか。その呪いを解くために、連鎖を断ち切るためにウチはここに隠れ住んでいた。いずれ、子孫がここを訪ねてくる事を見越して。つまり、お前達の事か」

 断崖絶壁の陸の孤島。誰にも見つからない場所だからこそ、ここを選んだのだろう。公共機関の干渉を受けず、電子機器すら全く通さないここで、ひっそりと隠れ住んでいたのか。すっげえ精神力だよ。

「甲斐と名付けたお前が生まれた時、ウチはいろんな意味で歓喜したよ」
「?それはどうして」
「悲しい連鎖が終わりそうだからさ。この150年の間、レイヤクノチとして生まれた者は、欲深い奴らの餌食となり、短命で逝ったのを今まで何人も見てきた。そんなウチの末の娘もレイヤクノチとして生まれてきた。普通の風邪程度で生死を彷徨う事もあるほど病弱な子だった。最初は八尾の血の子供なのにどうしてって思ったよ。でも、病弱である代わりに、その体に流れる血の一滴だけでどんなケガも病も治しちまうもんだから、近所中では有名になった。それがいけなかったんだろうね。運悪くお偉いバカな貴族の連中に目をつけられちまって、レイヤクノチと知らん間に名前を改められて政府の奴らに無理やり連れて行かれた。その後は御察しの通り、娘は貴族の連中にいいおもちゃにされて、血を搾りとられすぎて死んじまった。ウチは後悔しまくった。利用されないように隠れて育てればよかったって」

 甲夜さんのような後悔はこの150年の間にきっとたくさんあった事だろう。霊薬の血として生まれたばかりに、権力者に狙われる。生まれた時からそんな末路が決まっているなんて思いたくはないのに。

「その後、何十年か経ってひ孫が生まれた。大層喜んだけど、ひ孫はレイヤクノチだった。もちろん、そのひ孫も権力者に狙われた上に戦争の道具にさせられた。道具にさせられたひ孫は精神を病んでしまい、猛毒を飲んで死んだ。親は狂ったように泣いて、お前らのせいだって父様と母様の墓を荒そうとするほど恨んだ。ウチもこの150年の間は何度も親族に恨まれて、恨み尽くされて、レイヤクノチは憎しみと欲望しか生まない事を嫌という程知ったよ」

 霊薬の血として生まれた者のほとんどが同じような死に方だ。権力者に殺されるか、精神に異常をきたして自害するか、病弱で早死にか。

 ここへ来る前、一樹さんの父親の勝じいちゃんの母親も短命だと言っていた。多分、霊薬の血だったと言われていたらしい。その当時は大戦末期だったために狙われる事はなかったが、25かそこらで病にかかって亡くなったと言っていたな。

 あとはじいちゃんは五人兄弟の末っ子らしく、一番上の兄が霊薬の血だったのではないかと言っていた。病弱で兄弟がけがをした際に治りが早かったのをなんとなく思い出したらしい。それを確かめることなく、中学校の時に心を病んで自殺したのだとか。
 
「同じ、ですね。直の時と。直が矢崎財閥に目をつけられた時とまるで同じです。欲深い者に搾取されるために生まれてきた罪の存在だと、そう言われた事もありました。決して、そうじゃないって言い返したかったのに、やっぱりどの時代も、霊薬の血として生まれた者は悲しい運命を辿ってしまう事が多いんですね……」

 早苗さんが悲し気に目を伏せて言う。あの16年前の事を思い出しているようだ。

「レイヤクノチは先天性疾患。つまり、八尾の血による障害を持って生まれた者と言った方がわかりやすいか」

 八尾の血はたしかに長生きするし、病気と病に強くなる。しかし、中には元気に生まれてくる赤ん坊だけではない。それは普通の人間も条件は一緒で、たまに障害を持って生まれてくる者も中にはいる。だが、その霊薬の血障害を持った者にとってはあまりに不幸ではないだろうか。

「こんな子孫代々続いていく悲劇、どうにかならないのでしょうか。ずっとこの負の連鎖を抱えて、また次の世代に霊薬の血が生まれた時、権力者に搾取され続けていくのを僕達は黙って見ている事しかできないのでしょうか?」
「大丈夫だ」

 一樹さんの問いに甲夜さんが呟く。

「今なら解けるんだ。この呪いが。最初に言っただろう?連鎖を断ち切るためにこの島に隠れ住んでいるって」

 その声は確信めいていた。

「それは、本当に!?」
「初代のウチの血を、父様と母様の遺伝子が最も近いお前達の体に入れる事だ。そして、お前達がもう一度ウチに入れ、ウチがまたお前達に入れる。それでお前達は混血となり、霊薬の血八尾の血は薄まる。それからお前達の家族や親戚にも血を入れれば、八尾の血の遺伝子は親戚中にほとんど消えると言ってもいいだろう。後世にレイヤクノチは生まれなくなる」
「っだとしたら、直は助かる。直は霊薬の血でなくなり、病弱な体も改善されて長生きできるって事ですよね?!」

 甲夜さんは力強く頷いた。混血となれば体が新たに作り替えられ、病弱な遺伝子もリセットされる。つまり、直は普通の人間の体質に戻れるって事だ。

 俺はそのままテンションが高くなって直に抱き着いた。直は何が何だかわかっていない様子だが、俺が嬉しい様子だから直も流されたように喜んでいる。

 黒崎夫婦も悠里も嬉しさに感極まった様子で喜んでいるし、架谷一家も全員「よかったな」と言わんばかりだ。

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