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十三章Eクラスの団結

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「甲斐くんはみんなを守るために戦ってくれているのに、なんでそんなひどい事を言えるのよ!」

 怒号を飛ばしたのはいつも穏やかであまり声を荒げる印象のない悠里だった。

「霊薬の血を渡してしまえ?殺されるかもしれない?甲斐君がどんな思いでいると思うの!?みんなは確かに霊薬の血を知らないだろうけど、どれほどその言葉が甲斐くんを傷つけているのかわかっているの!?仲間だと思っていたクラスメートからこんな事を言う人がいるなんてっ。信じられないっ。あなた達は自分達の保身しか考えていないのね!仲間の事より、自分の事ばかり。そんなのあんまりだよ!!」
「ゆ、悠里……」
 
 彼女の悲痛な怒声に、クラスメイト達が我に返ったように茫然としている。

「甲斐君がいなきゃ秘密の花園を壊滅できなかった。甲斐君がいなきゃこのクラスはいつまでもバラバラだった。甲斐君が皆を仲良くさせて一つにさせてくれた。みんな、どれだけ甲斐君に救われてきたかまるでわかっちゃいない。甲斐くんの気持ちをまるで知ろうとしない」
「あの……甲斐が秘密の花園を壊滅してくれたのか?」

 ざわざわと事情を知らないなっち達がざわめく。たしかに悠里達以外の知らないクラスメイトからすれば秘密の花園が壊滅した事は知らないだろう。

「そうだ!甲斐がいなきゃ秘密の花園は壊滅しなかった。甲斐が変態校長を倒してくれたんだ。俺達の命すらも助けてくれたことだってある。それに俺達は相沢が亡くなった悲しみにとらわれていつまでもバラバラだったじゃないか!甲斐がこのクラスを明るくさせたのは違いないのにお前らはその恩を忘れて、甲斐の気持ちも考えないで保身のために大事なものを渡せなんて……自分勝手で最低だと思わないのか!!」

 いつも落ち着いている本木君が初めて声を張り上げたのを見た気がする。相変わらず胸には相沢君の遺影を抱いてはいるが。

「本木君……」

 みんなが本木君の迫力に圧倒されている。それくらいみんなの心に響いたようで、なっちや屯田林達も負い目を感じたのか心苦しい表情を浮かべている。

「霊薬の血っていうのはな、甲斐が命より大事な物なんだよ。説明しにくいけどさ」
「そうでござる。甲斐殿がエロゲの時価数百万円する最高峰の限定版よりそれ以上に大事にしている宝物でござる」

 吉村とオタ熊が静かに言う。まわりは「え?」と動揺している。

「うん。もし、それを奴らに渡してしまったら、僕らは助かるだろうね。僕らは。だけど、甲斐くんは助からない。甲斐くんの心は永遠に死んじゃうんだよ」

 宮本君が暗い表情で説明すると、五反田と由希も頷く。

「甲斐ちゃんは生涯二度と笑わなくなるでしょうね」
「生きがいをなくしたようなもん。あたしだったらマジで自殺したくなるわ」
「……それってどういう事だよ」
「あーもう!察しがきかないなお前らはッ!」

 篠宮がうんざりした様に組んでいた腕を解いて目を吊り上げた。

「霊薬の血ってのは甲斐の恋人の事だよ。つまり、矢崎直が甲斐の恋人。恋人を助けるために甲斐はその血を渡したくないって事」

「「「え、えええー!?」」」

 ちょ、いきなりカミングアウトするなんて聞いてねーよ篠宮っ。恋人がいるってのはいいとして、その恋人が直だなんて言わなくていいだろうがっ。うわーん。

「か、甲斐の恋人って矢崎直だったのかよ!?」
「ま、マジ!?」
「うそーっ!」

 ざわざわとEクラス中が驚きにあふれている。そりゃあそうだろうな。あの四天王の矢崎直の恋人がこの俺なんだもの。一部の人間の宮本君や篠宮はもちろんの事、健一と悠里と五反田らは知っているが、それ以外にはカミングアウトしてないし……ははは。

 カミングアウトしてドン引きされるか祝福されるかは知らんが、まあどちらでもいいや。人間、いろんな考え方の奴がいるし。

「ちょっと甲斐っ!」
「ひえっ」 

 真剣な表情で由希を筆頭にクラスの大半の女子が俺の元に集結し出した。なんか怖いんですけど。これから公開処刑大会か!?こんな時にぃ!?

「由希……な、なに」
「なんで今まで言ってくれなかったの!!誰かと両思いなのは知っていたけど、まさかの相手が矢崎直だなんてっ」
「な、なんでって言われましても……」
「矢崎直とつきあっているなんてっ……なんて、素晴らしいの!!」
「……は?」
「美形男子と男前キャラのイチャコラ……尊い!」

 由希とかしまし三人娘の小川も目をキラキラさせ始めた。

 あ、そういえばこいつら腐女子軍団だった。

「どちらが攻めかな~?」
「あたしは美形×平凡派だから甲斐が受けかなー」
「えー私は逆がいいなー。矢崎直って病弱っぽいから美形病弱受けでしょ。綺麗な女顔だし」
「アタシは両方イケるわねー。その日によって逆転しちゃうの。受けでも攻めでも、二人が幸せになってくれるならなんだって尊い気分になっちゃう。いい男同士がイチャコラしてくれたら目の保養になるんだし、なんだっていいわぁ」
「さっすが武夫ちゃん!新宿二丁目のママ感あるぅ~!」

 オネエの五反田まで女子のトークに混ざってしまっている。腐女子は団結すると怖いものだ。仲間意識パねえよ。

「か、甲斐……」

 女子が濃厚な受け攻め談義で盛り上がり始めた横で、今度は男共が俺に集結し始める。女子とは違って男子はさすがに同性が好きだなんて好き嫌いが分かれるだろうしな。しかも相手はよりによっての直だし……。

「その、ごめんな」
「え、なっち?」

 なっちやその他の男共が次々頭を下げ始めている。あれ、思ってた反応と違う?

「おれ、まさか甲斐があの秘密の花園を壊滅させた上に、恋人を助けるためだったなんて知らなくて」
「あ、いや、まあ……」
「知らなかったとはいえ、それを早く渡しちまえなんて。甲斐の事、傷つけちまってたよな。本当、マジ悪い事してた」
「そりゃあ好きな人を渡せなんて言われたらハイそうですかって渡せないよな。悠里ちゃんや本木達に言われて目が覚めたよ」
「なっち……」

 彼らの雰囲気が先ほどと違って殺伐とした空気が緩和されていく。ん?

「甲斐が今までEクラスのために戦ってくれたり、守ってくれたり、助けてくれたこともあったのに、最近の俺たち、それを忘れて守られて当然みたいな顔してた。自分は強くないからとか、弱いからとか言い訳にして、強い奴らに怯えてペコペコして、治安維持部隊の暴力に死ぬ程怯えて、理不尽な目に遭って、誰かのせいにしなきゃいられなくなってたんだ」
「甲斐がいなきゃEクラスはここまで仲良くなれなかったもんな」
「悠里ちゃんと本木にガツンと言われた時、心や頭に響いたって言うか、スッキリしたんだよな」
「それある。なんかさっきまで恐怖とかどうしようとかでいっぱいいっぱいだったのに、今は頭が妙にすっきりしててさ。冷静になったらなんであんなのにビビってたんだろうって思うよ」
「俺も。あんな暴力なんて入学当初からEクラスってだけでやられまくってたのに、今更何に怯えてたんだろ俺達」

 屯田林らが首をかしげて何かを不思議がっている。まるでなんらかの毒素が抜けたようなスッキリした顔つきは、俺に何かを気づかせてくれた。

「お前らそれ……」
「甲斐?」
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