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十三章Eクラスの団結

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 答えは決まっている。これからもずっと直のそばにいるって。彼を幸せにしてみせるって前世からずっと抱いてきた決意になんの淀みも疑問もない。

 だけど、直を先に失ってしまうという遠くて近い未来を受け止められる自信がなくて、むしろ不安の方が大きくて、俺はすぐに返事ができなかった。肯定ができなかった。
 
 自分の先の事なんか二の次でいい。最期まで直のそばにいたい気持ちは何も変わりはしない。ただ、愛する人を先に逝かせてしまう事で、自分が立ち直れなくなりそうな気がして、直を強い心で見送る事なんてきっとできない。今でさえ失う恐怖にガタガタ震えて泣き崩れそうなのに、それが現実になってしまった時、俺は……


「そう簡単に返事は出てこないよね。この先の分岐点になるすごく大事なことだもの。だから返事はすぐじゃなくてもいい。ゆっくり考えてほしい」
「……はい」
「それと、直の事は義理立てして考えなくていいのよ。自分が守らなきゃとか、そばにいてあげなければとか、そういう使命感を一切抜きにして自分の考えで決めてほしい。大好きな人を失うのは悲しいし、寂しい。身を引き裂かれるほどの悲劇だわ。だからこそ、その悲しみから逃げて離れるという選択も時にはありだと思うの。近くで死を見送る事によってキミの心が壊れて、ずっと失意のどん底でそれを引きずって生きていく方がもっと辛いから。だからね、キミがどんな選択をしても私達はキミを責めたりはしないわ。直を愛してくれたあなたを」
「…………」

 俺は黙って早苗さんの言葉に耳を傾けている。離れるなんてそんな事……できるの?俺に。

 直の母親である早苗さんだって泣きたいくらい辛くて苦しいはずなのに、気丈にも俺の事を考えて労わってくれる。この先どんな選択をしても早苗さんは俺を尊重してくれる。

 本当に優しいお母さんだよ……。こういう優しい所が、直や悠里にも似たんだな……。


「たとえキミが、息子の直から離れる事を決めたとしても、キミは直とは違ってまだ未来が存在する。まだ子供同然の17歳よ。これから二十歳になって、結婚して、父親になって、おじいちゃんになる幸せがある。甲斐君には戦いだけじゃなくて、先を見据えてほしい。心を大事にしてほしい」


 早苗さんの話は俺の心に随分重苦しく圧し掛かる。最期までそばにいたいのに、打ち寄せる直を失う恐怖に眠っている彼の顔すら見れなくなって、そのまま早苗さんに促されて部屋に戻る事になってしまった。

 ひとまず休むことにしたが、俺は一睡もできぬままずっとぼんやり天井を見る。疲れてすぐに眠れると思っていた数十分前が嘘のように眠れなくて、先ほどの話とこれからの事がグルグルと脳内をまわっている。

 仮に直を最期まで見送る事を決めた時、俺はなんとなく自分自身が壊れてしまう予感をひしひし感じていた。根拠なんてないのに、そう確信めいてしまうのは、何度も何度もいろんなやり直しの人生があって、悲しい前世(※金持ち学園の世界など)をたくさん経験した身だからだ。

 約束したのに。彼を幸せにするって。それをまた叶えられないまま中途半端に彼を失うなんて、前世と何も変わりゃしない。なんのために生まれ変わってきたんだよ……。

 そんな前世のトラウマからか、直を見送った時、今度こそ俺は失意のどん底から人生終了のお知らせとなるだろう。

 きっと、永遠に立ち直れない。そんな気がする……ははは……。

 そして、もう一方の、離れる事を決めたら?

 今度は逆に俺が直の事が気になって、黒崎夫婦を隠れて訪ねて、彼の容態を逐一聞いている未来が読めてしまえる。そして、いちいちそれに対してショックを受けて、直が亡くなったと聞いて絶望する。
 
 最期まで見送る事を決めた時よりかはダメージは少ないかもしれないが、そばにいない分やっぱりあの時ああしていればとか後悔は尽きないだろう。

 ああ、もう……どちらを選んでも俺は病みルート確定じゃねーか……。



「甲斐くん、目のクマすごいよ。ちゃんと眠れたの?」
「ははは……ちょっと眠れなかったかも」

 そのまま朝を迎えた俺は、悠里が心配する通り一睡もできなかった。

 一晩中、早苗さんの質問の答えを考えていたら寝る事も出来ずに朝を迎えてしまい、悩ませてごめんねと早苗さんに逆に謝られてしまったよ。こっちこそ寝不足になって逆に気を遣わせちゃってすんません。

 朝食を食べ、悠里と一緒にログハウスから学校に向かう事になった。学校に行く前に眠っている直に「行ってくるよ」と小声で囁きかけて外に出る。ここから学校まではそれなりに遠いので、アジトの通路を通ってから久瀬さんに送迎をしてもらえることになり、俺は車の中で少しは寝ようと思ったが走行中に悠里が話しかけてきた。

「甲斐くん……その様子だと、直の状態とか、お母さんから聞いたんだよね」
「……うん」

 彼女もそれとなく状況を把握して俺の様子を窺っている。

「私、甲斐くんが何を選択しても、ずっとずっと支えるから」
「悠里……」
「それでね、もし、甲斐くんが落ち込んで落ち込んで、本当に立ち直れなくなった時、自分を見失ってしまった時、私……頑張るから。ぶん殴ってでもあなたを立ち直らせてあげるから」

 悠里が強かに微笑む。これからの事をまるで案じているかのように、俺を励ますように言ってくれているのがよくわかる。そうならないようにしたいけれど、彼女に頼らざるを得ない未来が間違いなくくるのが想像できてしまう。俺、メンタル弱いな……。

「甲斐くんとあの人の……直の理解者になろうと思うんだ。だって、キミとあの人に一番関りがあるのは私だから。キミの幼馴染であり、直の双子の妹でもあるから」

 悠里は直の事を名前で呼ぶようになって、彼女も少しずつ双子の妹として受け入れられるようになってきている。まだ、直の事を兄と呼ぶには抵抗がある感じだが、彼女の性格からして時間が解決してくれそうな感じだ。

「ありがとう……。もし俺が失意のどん底の時は、その時は悠里に滅茶苦茶迷惑かけちまうかもしれないけど……お願いするよ。これは直の妹である悠里にしかできない仕事だもんな」
「迷惑なんかじゃないよ。甲斐くんに頼られるの、すっごく嬉しいから。元気ない甲斐くんなんて見ていたくないし、甲斐くんが幸せそうじゃないの、絶対いやなんだもの」
「悠里……」
「幸せになってほしいんだ、甲斐君には。もちろん、直にも……ううん、お兄ちゃんにもね」

 俺が何かを言おうとすると、駅前近くの信号待ちで停車していた窓から見知った顔が近づいてきた。

「甲斐くーん!」
「甲斐~!」
「おはよう!」
「一緒に学校行こうぜー!」

 まだ朝早いはずなのに、事情を知るEクラスのみんなが手を振っている。俺がここへ来るであろうことを察して待っていてくれたと悠里が説明してくれた。



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