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十三章Eクラスの団結

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 気功……!

 なんだかすばらしい響きに聞こえた俺は、今すぐにでも知りたくなった。今の自分を変えるためにもなんだか無性に気功とやらが必要だとも感じたのだ。これは天啓だ。

「ぜひ、俺に気功をご教授してくれないでしょうか!」

 気が付いたら俺は正座からそのまま土下座で頼み込む形になっていた。さすがに土下座はやめなさいと住職に言われて頭を上げる。もちろん住職からの返事は快くOKをもらえてまた俺は頭を下げた。

「ふむ……小太郎はキミに気功を教えているものだと思っていたが、どうやらほとんど教えなかったようだね。気配、殺気、そういう類の技術は自然と身に着けているようだが……」
「教えなかった理由があるんっすかね」

 じいちゃんはなんで気功を教えてくれなかったんだろ。

「さあ、本当の所は本人にしかわからないけれど、たぶん脅威に思ったからだろうね」
「脅威……?」
「あえて今日まで教えずに、どうしようもなくなった時に託す形で私の元へ行くよう仕向けたか……うーん……まあ、そんな事は今はいいか」

 住職は顎に親指と人差し指を置いて思案していたが、すぐに考えを元に戻して俺に向き直る。

「気功を達人級まで会得した時、キミは本当の意味で覚醒するだろう。いろんな意味で人類のパワーバランスが崩壊するためあえて教えなかったのかもしれない」
「え……そこまで!?」

 そんな強大な力なのか気功って。まじか。

「それなりの格闘家が気功を極めると人間離れした力を得てしまうんだ。まるで魔術か超能力か?って信じてしまうくらいにね。だからあえて隠していた意図もあるという事だよ。いろんな悪い連中に目をつけられかねないから」
「あー……そういう事か。特殊能力持つと権力者に利用されるパターン」
「そういう事です。まず、気功を真に扱えるかそうでないかを見極め、そして、悪に加担する者には似非気功をわざと教え、正しい事のために使ってくれる者へは正しい気功を伝授する。それができるのはキミだと私は判断したよ」
「てことは、今まで俺以外にも気功を伝授してほしいとやってきた連中がいたって事で?」
「ええ。どこから情報を掴んだのかわかりませんが、キミが目の敵にしている裏の筋の連中達にね。教えないと殺すとまで脅されましたよ。いや~面倒でしたねえ」
「やっぱり……」

 そういう奴らがここにも来ていたのか。どこまでも私利私欲で汚い奴らだな。利用できるものや価値あるものを強引に手に入れようとする所が悪役そのものである。

「まあ、ともかく。私の気功訓練は厳しい。それによって死ぬ思いをする事もあるだろうが、構わないかな?」
「もちろんです。死ぬ思いをするのはじいちゃんの修行で慣れているんで」
「あいわかった。では最短の超スパルタで行くから心してかかるようにね。長くやればできるというものでもないから、そこはキミの才能とセンスと心がけ次第だ。キミの不安や邪念を取り除いてから訓練に入ろう」
「よろしくお願いします!」


 
 *


 無機質な空間に何度目かのライトが照らされる。 
 
 ピ、ピ、と計器の音が一定の間隔で静かに鳴り響き、たくさんの計器が寝台に眠る者の体のあらゆる場所を繋いでいる。脳に強いマイクロ波を送り込むようになって三日目、眠る者は見るからにやせこけ、全身のあらゆる細胞は弱まってきている。特に脳へのダメージは計り知れない。

 容体は当然ながら不安定。それに反して霊薬の血の鮮度は限りなく最良。ただ眠っているように思えるが、少し前までは突然無意識の中で体動して暴れ出し、手が付けられなくなり強い鎮静剤を打ち込んだばかり。無意識でありながらも何をされるか本能で悟り、激しく拒絶しているためだろう。

 わかっているのだ、本人も。そして、その本能の糸が完全に切れた時、本当に生ける屍と化するのだろう。

 今までの培ってきた事、自分自身の事、今までの思い出、それらをすべてを失い、自我があった頃の人生の終わりを告げる。その後は言わずもがな。何もかも忘れて矢崎財閥次期社長の肩書きを貼り付けた人形として死ぬまで血を搾り取られる。

 いつ、彼自身の自我が死ぬかはわからない。だが、ずっと照射し続けてきた結果、そろそろ彼の人生の終わりが近づいているのは一目瞭然。次に目を覚ました時、彼は何を思うのだろう。……否。もう何も思わないか。彼はもう生ける屍人形なのだから。

「う……うう……っ、や、……だ……か、い……」

 眠る者が数時間おきに依然とその名前をうわ言のように呟き続けている。さすがに粘るな。そこまで抗うか。強い精神力と抵抗力にこちらも驚嘆に値する。

「まだ拒絶反応あり。ここで照射レベルを強に」
「了解」

 そうして、強へと強さを切り替えようとした時、眠る者の目がカッと開いた。

 呆然として驚く暇もなく、眠る者は起き上がり、いきなりメスを右手に持って反対側にいる担当医の心臓を躊躇いもなく突き刺した。

 手術着の上から滲み出すまがいものの血。今この場にいる者は人間を捨てた医者や研究員ばかりなので反応もなければ悲鳴もない。ただ、命が潰えて動かなくなるだけ。所詮は使い捨ての駒なため、傷ついても死んでも誰も何とも思わない。

 そのまま寝台から降り、近くにあった器具を一心不乱に我々に向けて投げつけ続け、気が付いたら我々はあらゆる機材の下敷きになっていた。己の身の打ち所が悪かったのか重い機材で動けないまま意識が朦朧としていく。ああ、自分の命もここまでか。

 向こうの方でガラスなどが激しく割れる音が聞こえる。激しく押し問答しながらもふらつく足どりで次々と同胞を殺害していっているのが見える。

 なぜ、彼があそこまで動けるのか。あれほどやせこけて今にも倒れてしまいそうな貧弱な体つきになってしまったというのに。

 おそらく、マイクロ波を照射すればするほど、眠る者の抵抗力が常軌を逸してオーバーロードしたのだろうと推測する。彼自身の何かに対する執念が自らの体を突き動かし、あれほどまで…………そこで自分の意識は暗転した。


 *

 白い無機質な廊下を手で壁伝いに歩く。ふらつく足になんとか鞭打って出口を探し続ける。

 息苦しい。体が重い。頭が割れるように痛い。吐き気がする。立っていられない。

 だけど、こんな場所にいつまでもいては、もう二度と自分が自分じゃなくなってしまう気がした。自分じゃない死んだ目を宿した無表情な自分がそこにはいて、そいつがオレを乗っ取ろうとする。そんなのは死ぬよりご免だった。

「いたぞ!逃すな!」

 背後からオレを捕まえようと無機質な奴らが追ってくる。逃げなければ。という愛しい存在にもう一度逢わなければ……!

 そうした強い思いが自分の体を突き動かして、精魂使い果たしたと思われた力がみなぎっていた。邪魔な奴らを蹴散らしていた。

 でも……今は頭が……どうしてか……真っ白になっていく。ナンダコレ。

 自分の異変にゾッとして、思わずその場に立ち竦む。ぶわりと嫌な風が自分に流れて、瞬きを一回する度に何かが薄らいでいく感覚に青ざめる。

 おかしいおかしい。あきらかに自分に異変が起こっている。これはなんだろう。

 なんとか状況を整理しようと、これからの目的をもう一度自分自信に言い聞かせてみる。

 オレはこれからあいつにもう一度逢って、それで……それで……あれ……アレ……?

 出てこない。今、何をしようとしている……?おれは……ナニヲしている………!?

 あきらかにおかしい自分自身に恐怖を感じて狼狽える。

 おれは……ダレ?おれはなんでここにいる……?おれ、もしかして、わすれていっている……?

「っいやだ!」

 その場で座り込み、頭を抱えて蹲る。

 いやだ。いやだ。忘れたくない。自分を……あいつを……忘れたくないっ!

 自分の名前すらもどんどん朧げになって言葉が出てこなくなる。

 なんで。なんで。薬、飲んでないのに。ずっと奴らからされる嫌なことを我慢してきたのに。

 怖い。怖い。頭が白くなっていく。自分の名前ならいざ知らず、アイツを忘れてしまう事が死ぬほど怖い。いやだ。いやだ。

 なんて名前だった?あいつはどんな顔だった?どんな人で、どんなみためで……

「っあああああああ!!」

 わからない。わからない。おもいだせないっ。

 わすれたくないのに。だいすきなひとのすがたがきえていく。するりとほどけてきえてしまう。

 いやだ。いやだ。たすけて。おもいでが、とけていく。

「っああ、いや、だ……っああああ、ぐ、ああ、ああああ」

 それでもなきながらにげて、はきけとずつうをこらえながらにげつづけて……どこかのそとにでて、くらいもりのなかにいた。おくにすすんで、あしをふみはずして、たおれたさきはみずうみのなか。

 つめたい。さむい。ねむい。くるしい。いたい。

 もう……おしまいなのか……。 

 しんでいくのか……そっか………

 
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