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十二章明かされた過去と真実
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『ごめんください。黒崎さんのお宅ですか』
それから数日後の昼下がり、私の不安は的中してしまった。十人程の矢崎家からの来客があったのだ。
私は緊張感を漂わせながら玄関前にやってきて恐る恐る扉を開けた。居留守を使おうとも思ったが、私がいる事は向こうもわかっているようで、鍵がかかっていない扉をあっさり開けられてしまった。
目の前にいる連中達は羽振りのいいスーツ姿の男達ばかりだが、目つきはあまりよろしくない。それもどこか薬でもやっているような目がすわった様子で気味が悪かった。
近所の子供達が見たら怖がるとわかっているのかいないのか、全くにこりとも笑わず、無表情で背後にいる一際威厳がありそうな人物の通り道を開けた。
そして、その威厳のありそうな男は通り道を我が物顔で歩き、私の前まで来て名刺を渡してきた。
『初めまして。私は矢崎財閥グループ現社長の矢崎正之と申します』
シワひとつないスーツを着こなした端正な顔立ちの男だった。私とあまり年齢は変わらなさそうな青年で、こんな若い青年がもう矢崎財閥の現社長をしているというのが驚きだった。たしか、先代の矢崎誠一郎の娘の旦那さんだったはず。
新社長になったばかりな今年、奥さんは友里香嬢を産んで亡くなり、跡取り息子もニュースにはなってないが亡くし、相次いで二人を失ってしばらくは悲しみにふけて喪に服すはずだが、彼はそんな様子を微塵に感じさせないほど目をギラギラさせている。まるでそれがどうしたと言わんばかりで、獲物を狙うような鋭い瞳をしていた。
『矢崎財閥がウチに何かご用ですか……?』
私は震えながら言葉を返す。矢崎財閥の歴史はそこそこの令嬢であった私でもなんとなく知っている。
明治期から続く上流階級の旧男爵家であった矢崎家は、戦後の華族制度廃止に伴い、数代前の主人が矢崎家を一代限りで日本最大の巨大財閥に伸し上げたと言われている。
そんな数代前の社長の手腕を受け継いだ現会長の矢崎誠一郎といえば、財政界や社交界では名を知らぬ者がいないとされるほどの有名な人物。この新社長となった矢崎正之の事も、元貿易商の娘の私でさえ名前だけは知っていた。
テレビでみるような大物の来客に、私は緊張感でいっぱいだった。
『突然の来訪申し訳ありません。本日こちらにやって来たのは、あなたのお子さんの直君に興味がわきましてね。前々から調べさせて頂いておりましたが、亡くなった息子以上にふさわしい跡取りの素質があると見込みました』
『素質……?息子はまだ一歳になったばかりで素質も何もありませんが』
『とんでもない。直君の体には特殊な血が流れているでしょう。……霊薬の血が』
語尾を強調しながら、正之社長が目をすぼめる。
『直はただ特殊な血液なだけです。体がちょっと弱くて泣き虫の普通の息子です』
『ふふ、残念ながら周りはそう見ません。霊薬の血が流れている限り、素質がないなんて言わせません。なぜなら、世界中の権力者たちが喉から手が出るほど欲しがる奇跡の血液だからです。それを高貴な者となる素質と言わずしてなんと言うのでしょうかね』
『っ、なぜ……。霊薬の血ってなんなんですか!なんで息子を……っ』
直の血液型がなんだと言うの。私は大きな声で問いかけた。
『簡単に言えば、名前の通り不思議な血液の事ですよ。不思議どころか奇跡とでもいいましょうか。どんな傷も病気も治ってしまう万能薬の血液型です。この世には普通の血液型とは異なるものが存在しているのはご存知の通り。偶然あなたの息子がそうだっただけの事。いやはや驚きました。まさか黄金の血を超える霊薬の血だとはね。私もつい最近その存在をある方に教えてもらいまして、どこかにそんな存在がいるのかもしれないと密かに調査していましたが、まさかこの日本のこんな辺境の村にいたとは。しかも私の亡くなった息子と丁度同い年。これは天啓が来たと思いましたよ』
『……何が言いたいんですか?』
どくんと心臓が嫌な風に高鳴る。
『話はご両親から聞いていらっしゃると思いますが、単刀直入に言います』
社長は背後にいる部下に顎で合図をすると、部下数人は持ってきた複数のアタッシュケースを開けて中身を見せる。そこには目がくらむ程の札束がぎっしり詰まっていた。
『矢崎家の跡取り息子として、どうか直君を我々のために養子として譲って頂けませんか?』
案の定の言葉に二の句が継げない。お金で解決しようですって?バカげている。大事な息子をお金なんかで渡せるはずがない。汚いお金と天秤にかける自体が間違っている。当然私の答えは最初から決まっていた。
『お断りしm『勿論、ただでとはいいません』
言い切る前に、社長が逃げ場を取らせないよう先手を取ってきた。
『ここにざっと10億あります。お望みであればあなた方の口座に数倍振り込んでさしあげても構いません。100億でも、一千億でも、ね。我々からの謝礼金として。その他にも、直君を譲って頂けるのなら欲しいものは全て取り寄せましょう。なんせ、この世の奇跡と言える霊薬の血が流れる息子さんですからね。お金の価値をとうに超えた存在ではありますが、金や物で換算するならこれが妥当かと』
途方も無い金額や物資を提示する社長に私は眩暈がしそうになった。
こんなにもお金をもらって何になるって言うのよ。ただ、私は平穏に静かに家族みんなで暮らしたいだけ。お金なんていらない。貧しいながらも充実した幸せな毎日を送る事ができればいいだけなのに。
もちろん私はいくら積まれようが直を渡したくはなかった。お金より大切な存在を手放せるはずなんてないのだから。
『っ……私は、あなた方がいくら出そうが、何を差し出されようが、息子を……直を渡すつもりはありません。私たちの大事な大事な息子なんですから、それを物みたいに扱われたくはないんです。霊薬の血だろうがなんだろうが、私にとって直は直でしかありません。お金では買えないものを、お金や物で解決しようとするあなた方にはこの気持ちはわからないでしょうけれど、私にとって直は決して失いたくない宝物も一緒なんです。ですから、養子として譲ることはできません』
それから数日後の昼下がり、私の不安は的中してしまった。十人程の矢崎家からの来客があったのだ。
私は緊張感を漂わせながら玄関前にやってきて恐る恐る扉を開けた。居留守を使おうとも思ったが、私がいる事は向こうもわかっているようで、鍵がかかっていない扉をあっさり開けられてしまった。
目の前にいる連中達は羽振りのいいスーツ姿の男達ばかりだが、目つきはあまりよろしくない。それもどこか薬でもやっているような目がすわった様子で気味が悪かった。
近所の子供達が見たら怖がるとわかっているのかいないのか、全くにこりとも笑わず、無表情で背後にいる一際威厳がありそうな人物の通り道を開けた。
そして、その威厳のありそうな男は通り道を我が物顔で歩き、私の前まで来て名刺を渡してきた。
『初めまして。私は矢崎財閥グループ現社長の矢崎正之と申します』
シワひとつないスーツを着こなした端正な顔立ちの男だった。私とあまり年齢は変わらなさそうな青年で、こんな若い青年がもう矢崎財閥の現社長をしているというのが驚きだった。たしか、先代の矢崎誠一郎の娘の旦那さんだったはず。
新社長になったばかりな今年、奥さんは友里香嬢を産んで亡くなり、跡取り息子もニュースにはなってないが亡くし、相次いで二人を失ってしばらくは悲しみにふけて喪に服すはずだが、彼はそんな様子を微塵に感じさせないほど目をギラギラさせている。まるでそれがどうしたと言わんばかりで、獲物を狙うような鋭い瞳をしていた。
『矢崎財閥がウチに何かご用ですか……?』
私は震えながら言葉を返す。矢崎財閥の歴史はそこそこの令嬢であった私でもなんとなく知っている。
明治期から続く上流階級の旧男爵家であった矢崎家は、戦後の華族制度廃止に伴い、数代前の主人が矢崎家を一代限りで日本最大の巨大財閥に伸し上げたと言われている。
そんな数代前の社長の手腕を受け継いだ現会長の矢崎誠一郎といえば、財政界や社交界では名を知らぬ者がいないとされるほどの有名な人物。この新社長となった矢崎正之の事も、元貿易商の娘の私でさえ名前だけは知っていた。
テレビでみるような大物の来客に、私は緊張感でいっぱいだった。
『突然の来訪申し訳ありません。本日こちらにやって来たのは、あなたのお子さんの直君に興味がわきましてね。前々から調べさせて頂いておりましたが、亡くなった息子以上にふさわしい跡取りの素質があると見込みました』
『素質……?息子はまだ一歳になったばかりで素質も何もありませんが』
『とんでもない。直君の体には特殊な血が流れているでしょう。……霊薬の血が』
語尾を強調しながら、正之社長が目をすぼめる。
『直はただ特殊な血液なだけです。体がちょっと弱くて泣き虫の普通の息子です』
『ふふ、残念ながら周りはそう見ません。霊薬の血が流れている限り、素質がないなんて言わせません。なぜなら、世界中の権力者たちが喉から手が出るほど欲しがる奇跡の血液だからです。それを高貴な者となる素質と言わずしてなんと言うのでしょうかね』
『っ、なぜ……。霊薬の血ってなんなんですか!なんで息子を……っ』
直の血液型がなんだと言うの。私は大きな声で問いかけた。
『簡単に言えば、名前の通り不思議な血液の事ですよ。不思議どころか奇跡とでもいいましょうか。どんな傷も病気も治ってしまう万能薬の血液型です。この世には普通の血液型とは異なるものが存在しているのはご存知の通り。偶然あなたの息子がそうだっただけの事。いやはや驚きました。まさか黄金の血を超える霊薬の血だとはね。私もつい最近その存在をある方に教えてもらいまして、どこかにそんな存在がいるのかもしれないと密かに調査していましたが、まさかこの日本のこんな辺境の村にいたとは。しかも私の亡くなった息子と丁度同い年。これは天啓が来たと思いましたよ』
『……何が言いたいんですか?』
どくんと心臓が嫌な風に高鳴る。
『話はご両親から聞いていらっしゃると思いますが、単刀直入に言います』
社長は背後にいる部下に顎で合図をすると、部下数人は持ってきた複数のアタッシュケースを開けて中身を見せる。そこには目がくらむ程の札束がぎっしり詰まっていた。
『矢崎家の跡取り息子として、どうか直君を我々のために養子として譲って頂けませんか?』
案の定の言葉に二の句が継げない。お金で解決しようですって?バカげている。大事な息子をお金なんかで渡せるはずがない。汚いお金と天秤にかける自体が間違っている。当然私の答えは最初から決まっていた。
『お断りしm『勿論、ただでとはいいません』
言い切る前に、社長が逃げ場を取らせないよう先手を取ってきた。
『ここにざっと10億あります。お望みであればあなた方の口座に数倍振り込んでさしあげても構いません。100億でも、一千億でも、ね。我々からの謝礼金として。その他にも、直君を譲って頂けるのなら欲しいものは全て取り寄せましょう。なんせ、この世の奇跡と言える霊薬の血が流れる息子さんですからね。お金の価値をとうに超えた存在ではありますが、金や物で換算するならこれが妥当かと』
途方も無い金額や物資を提示する社長に私は眩暈がしそうになった。
こんなにもお金をもらって何になるって言うのよ。ただ、私は平穏に静かに家族みんなで暮らしたいだけ。お金なんていらない。貧しいながらも充実した幸せな毎日を送る事ができればいいだけなのに。
もちろん私はいくら積まれようが直を渡したくはなかった。お金より大切な存在を手放せるはずなんてないのだから。
『っ……私は、あなた方がいくら出そうが、何を差し出されようが、息子を……直を渡すつもりはありません。私たちの大事な大事な息子なんですから、それを物みたいに扱われたくはないんです。霊薬の血だろうがなんだろうが、私にとって直は直でしかありません。お金では買えないものを、お金や物で解決しようとするあなた方にはこの気持ちはわからないでしょうけれど、私にとって直は決して失いたくない宝物も一緒なんです。ですから、養子として譲ることはできません』
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