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九章それぞれの恋模様

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「らしくないな、じじいの奴」

 呆れながらもどこかうれしそうな矢崎は、忌み嫌う矢崎家の中でも彼だけは心を開いているように思えた。血は繋がっていなくても誠一郎さんだけは信頼し、孫として彼自身の幸せを願っている。いい孫と爺の関係じゃないか。

「初恋ならではの反応だな。女慣れはしていても本当に好きな人相手だとヘタレになっちまう人なのかも。アンタも最初はそうだった」
「今は、違うだろ」
「今は積極的で強引すぎるけどな。おまけに独占欲強いし。ていうかさ、さっきの女を誘っていた時のデートプラン……そんな風に女誘ってたんだ?ヤリ目だとしても」
「……嫉妬してんのか?」
「さあ、どうだろうな。過去の話に今更なんも言わんよ」

 そう強気に言いながらも、胸がちょっとだけざわついて、子供みたいに拗ねてしまいたくなった。過去とはいえ、好きだからこそ嫉妬心が湧かないわけではない。惚れた弱みってやつだ。

「もう絶対にありえない事だ。お前一筋すぎて過去の自分が黒歴史にしか思えん」

 直が苦笑しながら俺を抱き寄せてきた。

「俺だけって言うなら、証拠……みせろよ」
「いくらでもみせてやる」

 直の低いテノールの声が俺の耳に囁かれる。あまりの色っぽい声にビクっとして鳥肌が立ち、直の手が俺の頬に添えられた。

 吐息が唇にかかるくらい至近距離で見つめあって、お互いの瞳が綺麗だなとか、睫毛長いなとか、好きだなとか視線で訴えあって、ゆっくり顔を近づけて唇が重なる寸前――

「「あ」」
 
 扉が勢いよく開いた。篠宮と宮本君が呆然としていて、俺は反射的に勢いよく矢崎から離れた。

 やべえ!気配探知していなかったから誰かが近づいてくることに全く気付けてなかったっ。

「あ、いや、これはその……」

 見られた事に真っ赤になっている俺と、それがどうしたと言わんばかりに冷静になっている直。その正反対の反応に篠宮はふっと微笑んだ。

「やっぱり二人は付き合ってたんだね」

 納得した様子の篠宮はまるで前からわかっていた口ぶりだった。その反面、隣で顔を赤くさせてぼうっと立っている宮本君は未だに反応が薄い。純粋な彼には刺激が強かったかもしれない。

「いい所で邪魔するなよ、恵梨」

 矢崎は舌打ちをして現れた二人を睨んでいる。矢崎と篠宮が付き合っていたひと昔では考えられない光景だ。

「だってこの部屋にある道具取りに来たんだからしょうがないでしょ。あんた達がいて入らないわけにもいかなかったし。あたし、あえて空気読まない人間だからねー。アツアツみたいでよかったじゃない」
「っ……あ、あの、クラスの皆には内緒でー……」
「内緒にはしてやるけど、その前にいずれバレそうね。その直の様子じゃ雰囲気とかで丸わかりだもの。今日の数学の授業なんて架谷に対する視線とかボディタッチとかひどかったし、執着心がすごいっていうか、他のクラスメートと話しているだけで嫉妬する鋭い目とか、そういうのでバレバレ。勘の鋭い女子達とかにはもうバレてるんじゃないの」
「そ、そうだよなー……こいつは時と場所を選ばないし、授業中でさえ容赦なく触ってきてさー。見えない所でもセクハラしてくるから困ってんだ」
「お前が好きすぎるゆえの行動なんだから仕方ないだろ。あーいい抱き枕。甲斐~好き~」

 反省する素振りもなく矢崎は俺をぎゅうぎゅう抱き締めてくる。

「しれっと言うなよ馬鹿野郎!」

 抱きしめてくる矢崎を振り払おうとするも放してはくれない。

「す、すごい。甲斐君……愛されてるね……。特に矢崎君の学校にいる時と今のギャップがすごいというか……」

 宮本君は顔を赤くさせて驚いている。学校での魔王みたいな姿しか見ていないとこのデレデレ具合は驚きだろう。

「あーこいつはこういう奴なんだ。学校では仮の姿っていうか、今が本来の姿みたいなもん」

 俺様ドSというキャラは世間向けに作られた人格に過ぎないのだ。

「おい、甲斐。他のクラスならともかく、同じクラスの奴らにはバレてもいいんじゃねーの?付き合ってる事。オレは構わないけど」
「いやいや!付き合ってることは悠里とかにバレたくないから!妹とか友里香ちゃんにバレたらもっと面倒なことになるだろ」

 俺を巡っての取り合いは球技大会で札付きの壮絶さ。巻き込まれる俺本人としては勘弁してほしい。これぞモテる男は辛いを具現化したようなものだ。特に妹は俺と矢崎が付き合っているなんて知ったらどんな事をしでかすか……ブラコンを通り越して怖い。ガクブル。

「あの子はきz……いや、なんでもない。それより、あんた達二人には礼を言っておくよ」
「礼?」
「いろいろ助けてくれたし、迷惑かけたからね」
「それくらいは別にいいよ。お互い様だしな。いろいろ苦労してたんだなって知った」
「あんた達は……あたしの事軽蔑してないんだな……」
「するわけないだろ。篠宮が何者だろうとどんな事をしていてもアンタはアンタだ。言ったろう?母親想いのいい娘だって。俺は細かい事は気にしないからな」
「そうだな。甲斐の言う通り。こいつは悪人じゃない限りどんな人間も受け入れようとするお人好しだから気にするだけ無駄だ。その程度で気持ち悪がって離れていくとでも思ったのかよ」

 矢崎の問いに篠宮は顔を左右に振る。

「あんた達はある意味変わってるもんね。もの好きというか」
「……まあ、変わり者ではあるかもしれんな」

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