上 下
131 / 319
八章御三家と球技大会とアンチ王道

8-8

しおりを挟む
 一斉に副会長の武者小路に視線が集まる。武者小路は青い顔で観念したのか、膝をついて引きつった笑みを浮かべている。

「私はただ理事長に黙っていろと命令されただけ。全て理事長が天弥のためにと犯した事。そんな私も天弥を愛してしまって……愛するあまり、不正に見て見ぬふりが得策だと思ったのですよ……。少しだけ理事長と一緒になっていろいろ悪さはしましたがね……ふ、ふふふふ」
「恋は盲目ってやつか知らんが、あんな奴に現を抜かす時点でバカとしか言いようがないな。見る目がないにもほどがある」
「バカとはなんですか!あなたに何がわかる!本気で……本気で人を好きになった事がないようなあなたなんかに」

 キッと武者小路が矢崎を睨むと、矢崎は目をすぼめて一言。

「あるさ」
「え……」
「人を本気で好きになる事くらいあるに決まっているだろう。好きどころか自分の命を懸けてでも守りたいほどに想っている奴が」

 まさかの矢崎の熱愛相手存在暴露に、ざわっと生徒一同に衝撃が走る。

 その矢崎の瞳はとても穏やかで、見たことがないほどに優しさが滲んでいる。よほどその相手に恋慕の念を抱いているのか、彼のダークブルーの瞳には遠くか近くかその相手に想いを馳せている様だった。

 それを見た親衛隊を筆頭に(悲しみの)悲鳴がわきあがり、彼にこんな顔をさせた人物は誰なんだとざわめきが大きくなる。

 日本で一番のモテ男の矢崎財閥御曹司様を虜にした人物は一体だれ?私達の四天王プリンスの心を奪った不届き者は誰よー!!

 そんな親衛隊達の阿鼻叫喚の悲鳴の中で、矢崎の隠れ渦中にいる俺は気が気じゃなかった。

 おいおい矢崎のバカ野郎。何、余計な事暴露してんだよっ。これから矢崎の恋人探索大会が大規模に始まっちまうだろ。迂闊な事をしない限りバレる事はないだろうけど、もし仮にバレたら俺が矢崎のファンに殺されちまうだろうが。軽率な発言はよしてくれたまえよな。

「ふ、ふん!どうせそんなもの、私の天弥への愛に比べたら大した事がないに決まっている!私の天弥愛は海よりも深くて「言いたいことはそれだけですか、副会長」

 ずらっと数人の集団が武者小路の前に現れる。無才学園の中等部時代に苦しい日々を送っていた宮本君や、現生徒会の被害者である無才の生徒達だった。

「その歪んだ愛のために、僕達がどんな目にあってきたかわかっているんですか?僕達は日下部くんやあなた方の引き立て役にされ、おもちゃにされ、いじめられ続けてきた。邪魔な存在だなんだと言いながら、僕たちを自由にもしなかった。僕達をこれからも日下部君の魅力を引き上げる道具にするために」

 宮本君は中学時代の悔しい気持ちを武者小路を筆頭に生徒会共にぶつける。他の被害者達も自分達がされた証拠となる日記やICレコーダーなどを持参して他の生徒達に晒上げている。ここまで証拠があるなら言い逃れはできまい。

「くふふ……道具にして何が悪いのですか。欲しい物のためには時には非情になって相手を蹴落として道具にしてでも手に入れる。あなた方は使えない道具でしたけどね」
「開き直るつもりですか!」
「私は天弥のためならどんな物も道具にできる。天弥がアレをしたいコレをしたいと言うなら叶えてあげたいですし、天弥が何をしてもどんな事をしても私は受け入れられる深い愛を抱いていますから。好きな人のためならなんだってできるっていうのでしょうかね。そんなあなた方はなんです。天弥のイジメオアソビで今更喚かれても実に滑稽。馬鹿じゃないですか」
「オアソビで馬鹿だとっ!」

 宮本くんや被害者達が憤慨する。無才生徒会ってサイコパスの集団なんだろうか。

 好きな人のためならなんだってできるのは同感だけど、他人に迷惑をかけてまで尽くすほど非常識にはなりたくないな。間違った事をしているのなら、たとえ好きな人相手でもぶん殴ってでも止めてやるのが愛情だと俺は思うんだけどね。

「なあ、お銀。おれ、お前や時雨に愛されるの好きだけど……でも正直最近はウザいかなあ」
「え……」 

 日下部がぽりぽりと髪をかいている。

「だって俺、今は矢崎直に恋しているからな。お前らの愛はもういらないんだぞ」
「…………へ?」
「だから、俺は直が好きなんだ!真実の愛を見出したからな!時雨もお銀もいらないんだぞ!うざいから消えてほしいんだぞ!」 

 日下部が笑顔で生徒会達からの愛を切り捨てた。
 今までの副会長からの(歪んだ)求愛を聞いていなかったのか、頭がトチ狂っているのか、日下部は矢崎への愛にあっさり乗り換えたようだ。

 そんな日下部からの愛の標的にロックオンされた矢崎は、「ゲッ」とでも言いたそうな顔で表情が引きつっている。日下部からどう逃げ出そうか考えている様子だった。大変だな矢崎も。

 そして、切り捨てられた武者小路は、ショックを受けたのか先ほどから茫然自失な様子で固まっている。

 なんか……ご愁傷様というか、ざまあというか……悪事に開き直った途端に当の日下部がその愛に応えてくれなくて、というか矢崎に鞍替えして、これ以上の屈辱と裏切りはないだろうってくらいのあっさりようだったな。

 見返りの愛は存在せず、か。日下部に相手への思いやりがあったなら、ここまで騒ぎは大きくなってないし、不正入学なんて初めからしてないよな。

「だから、直!おれと恋人に「ならん。消えろ」 

 日下部が言い終わる前に矢崎は即拒否。まあ、当然である。

「なんでなんだ!おれはお前に惚れたんだぞ!お前以上のイケメンを見た事がなくて本気で惚れたんだぞ!だから恋人になるんだぞ!」
「なんで貴様のようなゴミと恋人にならなければならない。そもそもオレは野郎は好きじゃねえ。野郎と乳繰り合う趣味もない。気色悪い事をほざいてんじゃねえぞ天パのクルクルパーが」
「お、女が好きなのか!?そ、そんな~!じゃあおれ、性転換して「いい加減に消えろよ!矢崎さんはお前のような野郎は興味ないって言ってんだ!」

 矢崎の側近らしく山本翔介チビが日下部を力づくで追い返そうとする。が、馬鹿力でしつこいのでなかなか引き下がらない。むしろ押し負けているのが情けない。あのチビはひ弱だからな~。矢崎の側近なら日下部程度追い返せなくて何やってんだよと呆れるよ。


「久瀬。奴を退けろ。目障りだ」
「はい」

 ため息交じりの矢崎が秘書の久瀬さんに声をかけると、部下のエスピー達が数人やって来て日下部を取り押さえた。

「なんでなんだ直ー!おれはお前を愛しているのに!くそ、はなせよー!おれを誰だと思って……ぐあぁ!」

 さすがの日下部も数人のエスピー相手では手に負えず、あえなく鳩尾突きで気絶させられた。副会長の武者小路も連行されていき、天草も未だに崩れたまま動いていない。会計と書記は青い顔をして震えていた。

 無才生徒会はこの短時間で一気に総崩れ状態だな。もはやサッカーの試合がグダグダになったし、試合をしていたのを忘れてしまっていたくらいだ。それどころか無才生徒会の横暴さがここにいる全員に広がり、球技大会どころではない状態である。
  

 しかし、せっかくの球技大会がここで盛り下がらないように、百合ノ宮生徒会と開星生徒会が団結。バラバラになった無才の生徒達をうまくまとめ上げ、三校合同のイベントはなんとか再開した。

 んで我々の試合はというと、審判団との話し合いでこの試合は無才学園の不戦敗となり、やむを得ず開星Eクラスの勝利となった。

 よって、サッカーでは我らがEクラスの優勝である。いやっほー!

 なんか後味悪い雰囲気ではあるけど、食堂のタダ飯券のためだ。貧乏人はセコクなくちゃな。背に腹は代えられんのだ。

 その後、理事長は当然懲戒免職どころか逮捕され、武者小路も日下部も退学処分となり、天草を筆頭とする他生徒会達も身内の不正に気付けなかった無能というレッテルを張られた噂を聞くことになる。後にリコールされた事も聞くことになるのはそう遠くない未来での話だ。

 生徒会リコール問題で無才はしばらく嫌な話題が尽きないだろうが、これで少しはまともな学園になってくれりゃあいいもんだと思う。

 それにドM会長は退学にはなっていないのでそのうちまた復活はするだろ。俺を追っかけてくる気力はあるようなので、全然心配はしていない。次会う時にはどうか少しは大人しくなっていてくれますよーに。ま、無理だろうけど。



「宮本君、ちょっとすっきりした顔だな」
「やっと、中学時代の過去を断ち切れた気がしたからね。あの憎き生徒会が総崩れになってスカッとしたよ」
「あの副会長に詰め寄ってた時の宮本君、結構格好良かったぞ。堂々としてた」
「そ、そうかな」
「ああ。きっと篠宮も見直しているんじゃないか」
「えっ……な、なんでそこで篠宮さんの名前を……」
「その顔の赤さが答えだろ。よっ、恋する少年!がんばれよ!」
「う、ううう……」

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,576pt お気に入り:1,286

私の事は気にしないで下さい

BL / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:364

楽園に入学しました

BL / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:138

愛を知らない新妻は極上の愛に戸惑い溺れる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,512

さえずり宗次郎 〜吉宗の隠密殺生人〜

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:15

売り専ボーイ育成モデル事務所

BL / 連載中 24h.ポイント:979pt お気に入り:45

噂の不良は甘やかし上手なイケメンくんでした

BL / 連載中 24h.ポイント:7,621pt お気に入り:1,481

処理中です...