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七章親友と再会

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「自分は可哀想な人間気取りで、いろんな悪さばかりして、みんなを困らせて、女をとっかえひっかえして、人を陥れることになんの躊躇いもなくて、どうしようもないクズ人間やってた。昭弘もあずみも、その時のオレを見たら幻滅するくらい最低な人間だったよ。でも……架谷と出会って、こんな最低なオレを荒療治みたいに更生させてくれてさ……徐々に変われた。ううん、まだマシな頃の自分に戻ったのかもしれない」

 これからも架谷からの更生というか教育的指導は必要ではあるので、さらに邁進したいと思う。架谷といると俺は真人間になれそうだしな。

「なんとなく、テレビ越しで直の様子を見ていたらそんな感じはしてたよ。いろんな雑誌やテレビの開星の特集をかじりついて見ているとさ、直は苦しんでいるんだなって。無理して愛想笑いしているんだなってわかってた。親友として助けてやりたいのに、俺とあずみじゃもうどうしようもなくて、手が届かなくて、すごくもどかしかった。でも、そこで架谷くんと出会って救われたんだって知れて……心からよかったなって思う」

 昭弘やあずみにもオレの画面越しの心情が伝わって来ていたんだな。

 心配かけていたんだ……。それを逆に恨まれているなんて捉えていたオレは、バカだ。

「救われたってそんな大げさだよ昭弘君」と、架谷。
「いや、本当にそう思うよ。中学の頃でさえ直は矢崎財閥の社長になるって重圧に苦しんでいたんだ。俺やあずみがその苦しみを少しでも和らげてやりたかったけど、所詮は住んでいる世界が違いすぎてて、悩みをわかちあえることなんて不可能に近かった。だけど、今の直を見ていると、架谷くんのおかげで活力にわいているっていうか、以前より吹っ切れている感じがしているんだ」
「昭弘……」
「迷いがなく、どんな事があっても乗り越えていけるっていう気概みたいなそんな感じ。そんな俺達は、住んでいる世界が違うとか、理由をつけて直の苦しみをわかちあえないと諦めていたけど、架谷くんと仲がいいのを見ていると、そんなの関係ないって思った。その気になれば直の事をもっと支えられたんじゃないかって。話くらいは聞いてあげられたんじゃないかって。まだまだ俺達は直に気を遣って踏み込めなかったんだ」
「そんな事ない。昭弘とあずみには凄く感謝しているんだから」

 昭弘には言えない。
 いつか、オレと架谷は離れ離れになってしまう事を。この幸せが長くは続かないことを。

 そうなったらオレ……どうなってしまうんだろうかと考えるのも怖くて、考えを放棄する事しかできない。

 架谷甲斐と離れ離れになった時、オレはたぶん……生きてはいない。

 次期矢崎財閥の社長として好きでもない女と結婚させられて、自由のない箱庭の世界を死ぬまで生き続ける。最低で、最悪で、惨めな人生だ。

 何より、架谷がそばにいない未来なんて生きる意味がない。寂しくて、飢えて、苦しいだけ。

 気休めの精神安定剤を飲んでも、本当の精神安定剤甲斐という存在がそばにいないのなら、飲んでも飲まなくても一緒。

 孤独で寂しいのは嫌だから。
 だからこそ、オレは甲斐を思い出にする。今を精一杯生きて、幸せな思い出を抱きながら最果てへ向かう。

 いいんだ、これで。

 甲斐を幸せな思い出にできれば満足だから。
 絶対に誰にも言えない決意。たとえ甲斐にも……ううん、甲斐だからこそ言えない。

 何にせよ、オレは長くは生きられない。
 寿命で死ぬか、自ら命を絶つか、それとも殺されるか……


 *


「すっかり長い事話し込んじゃったな」
「たくさん話す事があったからな。今までの事全部」

 あたりを見渡せばお昼頃のような雰囲気は消え、もうすっかり夕焼けの茜空が広がっている。結構長く話し込んでしまった。

 悲しい話題もあれば、楽しい話題もあって、矢崎が昭弘くんとすっかり元の親友みたいに打ち解けた感じで、恋人として嬉しく思えた。楽しそうだなって。俺以外に素の態度で砕けた感じで話す矢崎って貴重だなって。昔の矢崎の恥ずかしいエピソードとか聞けたしな。

 ただ、矢崎が時々一瞬だけ無表情になっていた時があって、ただの気のせいであればいいんだけど……考えすぎだろうか。

「あずみにメッセ送っておいた。直が来てるって伝えたら今すぐ浴衣着て飛んでくるって。浜辺で待ち合わせしたよ」
「そうか。あずみにも会えるの楽しみだな」
「じゃあとりあえず準備して浜辺に行くか。海岸からの花火はとっても綺麗に見えて、島民限定でしか知らない絶景ポイントもあるんだ」
「そりゃあ楽しみだ」

 昭弘君とは40分後に浜辺で落ち合う約束をして、俺と矢崎はフェリー乗り場近くで秘書の久瀬さんと合流した。

「はい、準備しておきましたよ。浴衣」

 久瀬さんはいつものスーツ姿と違って今日は私服姿なのが珍しい。

「サンキュー久瀬。休みなのにわざわざ辺境の地まで来てもらって」
「いいんですよ。その代わり明日と明後日はお休み頂きましたし、今日は恋人とこの辺の宿に泊まる予定ですしね」
「へえ、久瀬さん恋人いるんだ」

 そりゃあ大人だし、クールで誠実だし、超絶美形イケメンだからな。彼女の一人や二人いてもおかしくはない。

 そういえば少し前だったか、矢崎と久瀬さんの関係が怪しいとかいう噂が流れていたっけ。あまりに久瀬さんが矢崎に世話を焼いたり、久瀬さん自身に女の影が見当たらない様子だったので、もしやデキてるんじゃね?という噂が大流行していた。

 本人達は冗談じゃないと吐き気を催していて、矢崎が全校集会で怒鳴りながら否定していたのを思い出す。見ているこちらとしては気の毒であったな。(※スピンオフ「ホモ疑惑」参照)

「久瀬の恋人はJKらしいぜ」
「おお、JKの彼女かぁ!やるじゃないですか久瀬さん!一時期は矢崎とホモ疑惑まで出て、どうなる事かと思いましたよ!」

 久瀬さんの背中を思わず叩いちまったよ。

「あ、あははは……本当にあの時はどうなる事かと思いましたよ。直様とその手の関係だなんて死んでも御免です」
「オレだって久瀬となんて死んでも無理だ。架谷を除いてホモなんてきめえからな」
「それでも直様は仕えるべき大切なお方ではありますけどね」

 まあ、そういう事件があったが、JKの恋人がいるって聞いて安心したよ。

「今日は久しぶりの休みなんで、ハネを外させてもらおうと思っています。浴衣は自分で着れますか?」
「ああ。ハルの家で何度か着たことがある。架谷のもオレが着せてやる予定だ」

 にやりとこちらを向いて笑う矢崎に、なんだか嫌な予感がした。これは悪戯する気満々だ……。


 場所を移動して、近くの民宿を久瀬さんが借りてくれたおかげでそこでお着替えタイム。思った通り、矢崎は俺の服をひん剥いてやらしい手つきだった。

「っあ、やあ、も、なんだよ。はやく着せろってば」

 矢崎が裸の俺の体をぺたぺた触ったり、背中にちゅっちゅとキスをしてきやがる。

「体のラインを確かめてんだよ」
「そんなもん確かめる必要あるのかよっ。あと背中にキスしてくるし」
「ある。あとキスは愛情表現とマーキングだ」
「や、んっ……直っ」

 矢崎の手が俺の乳首に移動して、先端を指でぐりぐりしてくる。 

「そう言いながらこういう事望んでたんじゃないのか?本当に嫌ならお前ならぶん殴ってでも止めてくるはずだ」
「っ……お前が……俺を煽るから、だろ」

 本気で止められるわけない。こうして触れてくる矢崎の手に体は喜んでいるんだから。

「甲斐が可愛いから悪戯したくなるんだろ」
「理由になってないし……はやく着せてくれってば」
「甲斐からキスしてくれたら着せてやるよ」
「っ……」

 おねだり攻撃か。と、ため息が出る。でも悪くなくて、俺はそっと背伸びをして矢崎にキスを送る。

「深いキスがいい」
「……注文多すぎ」

 文句を言いながらも、それでも矢崎のおねだりには弱くて、舌を差し出して唇を重ね合わせる。

「ん、んっ、ちゅ、んぅ」

 自分からキスをしていたはずが、いつの間にか矢崎が主導権を握っていて、俺の口の中は矢崎の舌で侵される。

 はあ……だめだな。流されてる。でも、直とのキス、気持ちいい……。

「……っは……はあ」

 キスから解放されて脱力する。気持ちよくて、この先をもっともっとと望んでしまうけど、今から花火大会だからエッチな事をして昭弘君達を待たせるわけにはいかない。

「続きは、花火が終わってからな」

 そうしてやっと甚平を着せられる俺。浴衣じゃないのかと矢崎に訊ねると、お前は甚平の方が可愛いからとか言われた。男として可愛いとかさ……嬉しいような嬉しくないような……複雑なんだわ。

 それでも矢崎に「可愛い」って言われるときゅうって胸が締め付けられて、嬉しくなっちゃう。男としては嬉しくない。だから複雑である。

「甲斐……よく似合ってる。可愛い」
「だから可愛いはよせ」
「うれしいくせに」
「……っ、ちょっとだけ……」


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