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六章初デート

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 あの市役所立てこもりテロ事件が起きてから一週間、テレビや新聞果てはネット上や近所のおばさん談にまで例の正義のヒーローの存在が噂されていた。

 見た目は工事現場の帽子に犬神家のお面というどこの基地だよって容貌だが、その実力はテロリストを華麗に格闘術でぶっ飛ばしつつ、笑い殺さんばかりの見た目とポーズで爆笑地獄に陥れるのだとか。そうなっては悪のテロリスト共は当然歯が立たないどころか力が入らず、全員あっという間に床に伏せられてしまうらしい。笑いすぎて間抜け面で気絶させられてしまうのがなんとも哀れではあるが、笑いは世界を救うというのはある意味真実味を帯びたんじゃないだろうか。

 連日そのヒーローは誰なのかという話題は尽きなくて、俺のクラスでも正体は誰なんだろうという議論がされている。

「誰なんだろうな。あのユカイダー」

 吉村が新聞の切り抜きを見ている。

「テロリストをやっつけてくれたならまさしく勇者だよねー。中身はイケメンだといいなー」

 かしまし娘の山岸は面食いなので正体はイケメンを期待している。
 残念だったな、夢を壊すようで悪いが中は超絶キモオタだよーん。あとこんなカッコしてる奴がイケメンなはずがないだろうと思う。無駄に期待するべからず。

「中身はキモいおっさんかもしれんぞ」

 百缶デブの屯田林がハンバーガー(10個目)を食いながら現実的な事を言う。ゆるキャラとかのかぶりモノの中身はキモいおっさんと相場が決まっているので、現実を考えるとそれはあるだろう。だが違うんだなこれが。
 
「格好を想像するとださくて笑えるけどな」

 あのカッコは誰でも笑えるだろう。俺も客観的に見れば腹を抱えて笑うだろうが「この俺」には笑える勇気など出てきやしない。むしろ人生の汚点のような気がしてきた。

「はあ……相沢がいた時にユカイダーが現れてくれたら……アイツどんなに喜んでくれただろうか」

 本木くんが相沢という亡くなった生徒の事を思い馳せている。どっから持ってきたのか相沢くんの遺影を持参して半泣き状態だ。

「相沢ってユカイダーや怪人28号の大ファンだったもんなー」

 たしかAクラスの奴らに殺されたんだよな。俺がいたら助けてやりたかったよ。

「このユカイダーってどのくらい強いんだろ。ねえ、格闘通の甲斐はどう思う?」

 由希が俺に話を振ってきてギクリとした。

「え、俺?そ、そーだなー……熊を素手で倒せるレベルではあるんじゃないかなーはははは……」
「ほえーそんなにか。たしかに結構強そうだもんね。武装集団相手に素手で立ち向かう強さなら相当よ」
「そ、そうだろうな」

 当の「本人」としては顔を引きつりつつ相槌を打つ。複雑だがね。
 なんというか、これでいいのだろうかとさえ思うよ。結果オーライだと言われればそれまでだが、ある意味嘆かわしく感じてしまうのはあのひでー格好とポーズのせいだ。やはり人生の汚点のような気がしてくるよ。
 これは絶対正体がばれてはいけない。絶対にだ。俺の沽券に関わるのだ。

「もしかして甲斐だったりしてな」

 なっちがふざけて言うので俺は特大に動揺。

「じょ、冗談言うな!俺があんなふざけたカッコしてだせーポーズとるわけないだろ!だははは!」

 必死で否定をする本人は、この事は絶対墓まで持っていこうと決めた。

「甲斐ならありえそうだと思ったんだけどなー。アホみたいに強いし、四天王相手でもびびらねーし」

 なんで俺だと思うんだよ。悔しいが正体が俺なのは当たってるけど。

「でも甲斐じゃないとすると誰なんだろうなー」
「ふっ……きっと中身は世の中の不条理さを嘆いた神が勇者を寄越したんだろう。勇者覚醒の時、また悪も覚醒するというからこの世のどこかで悪も目覚めているに違いない」

 龍ヶ崎は相変わらず中二に例えている。ま、あながち間違いではないよな。悪い奴がいれば正義もまたいる。裏と表は常に引き合って隣り合っているのさ。……と、俺も柄にもなく中二みたいなことを考えてみた。

 それにしても眠いな。
 夏休み中の補習はほぼ間違いないとして、下手をすれば留年だとか万里ちゃん先生に言われて不安になって柄にもなく勉強し始めたんだけど……これがもうキツクてキツクて。俺には勉強というものは生理的にあわないようだ。ゲームとかプラモとかフィギュア作りとかの勉強なら喜んでできるんだけど、好きでもない事の勉強は苦痛でしかないもんだ。

 おかげで慣れない事をしたせいで知恵熱でも出たのか、朝からちょいと体調不良である。微熱もあったし。

「俺、ちょっくら保健室に行ってくらぁ」

 動けないレベルではないので半分仮病だ。次の時間は英語なのでさぼろーっと。

「大丈夫?甲斐くん」

 悠里が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「あーちょっと寝てれば大丈夫」
「本当に?添い寝してあげようか?」
「え…………?」

 冗談だよねという顔で聞き直したら、悠里は真剣な顔のままである。

「あ、いやさすがにそこまでは……変な噂たてられちまうし……」

 悠里さん……積極的すぎて俺困るっす。

「私は噂立てられても全然平気なんだけどなー」
「いやいや。男子からの敵意の眼差しがすごいので、俺ブッコロされちまいます」

 その言葉通り、まわりのなっちを筆頭とする野郎共からの嫉妬を孕む視線が痛い事痛い事。モテない野郎共の嫉妬は見苦しいよ。

「とにかく俺は大丈夫だからさ。ノートでもとっといてくれると助かるよ。じゃ!」
「あ、甲斐くん!」

 あのままいけば野郎共からのブーイングがうるさくなったと思うので逃亡。



「なんだ架谷。またサボり~?」
「サボりじゃねーっす。ちゃーんと体調不良だから休みに来たんだよ」

 保健室には白衣を着た色っぽい美女が、椅子に腰かけて生足を組ながら座っている。
 数日前に赴任してきた見た目はキャバ嬢でお色気ムンムンの大人のお姉さん。例えるなら泥棒アニメの不二子ちゃんみたいな感じか。年齢は20代後半くらい。で、年増やおばさん呼ばわりするとアホみたいにキレる保険医の南レイカ先生である。

 その絶世の美貌具合に早くも開星美女の仲間入りをしており、今では三大美女から開星美女四天王と改められているようだ。んでもって早くも野郎共の間でファンクラブが隠れて出来ているのだとか。あほくさ。
 元レディースの総長らしく、少し前は極道の妻だったとかいう噂だ。本当かは知らん。

「勉強しすぎで体調不良になったとか?」
「ま、その通りですな」
「ぷ……アンタわかりやすい奴。ま、無理しなさんな。あんたはこの頃いろいろ人助けしてお勤め頑張っただろうし」
「え……」
「あ、なんでもない。ゆっくり休みなさい」

 曰ありげな南先生はそのうち出ていき、保健室は俺一人だけになった。
 金持ち学園だから保健室のベットも異様にフカフカで寝心地抜群だ。一日中寝てられそうだよ。
 物音しない静かになった空間に満足し、重くなる瞼を閉じる。そろそろ眠りにつこうという所で、誰かが隣の部屋に入ってきたようで乱暴にドアが開く音がした。

 おい、誰やねん。もっと優しく戸あけろやボケ、と眉をひそめつつ再度目を閉じ……れなかった。怒鳴り声が響いてきた。

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