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五章仮面ユ・カイダー爆誕

5ー24

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 こんな時に何を言い出すかと思えばデートって……

「なんでそんな藪から棒に」
「でなきゃ頑張れねーな。オレ、損得なしじゃほとんど動かないし」
「俺とデートだとお前に損得はあるって事か」
「そりゃあな。た、大切な相手、だから……」
「っ……そ、そう、か。大切、ねえ」

 俺もだが、矢崎の頬や耳が珍しいほど赤く染まる。経験豊富なくせして反応が初々しいな。恋が初めてというわけでもあるまいし。

「何今さら恥ずかしそうにしてやがんだよ」

 そんな俺も気恥ずかしくなってくる。

「っ……うるせえな。自分からこんな事言ったのは初めてだからだ」
「ほ?そうなのか。女とよくデートやらなんやら誘って遊び歩いてそうだったのに俺には緊張するんだな~」
「恵梨を除けば今までのなんてデートですらねーよ。ただのビジネス上での付き合いみたいなもの。キスだのセックスだの、どうでもいい奴としてもなんの感情も抱かなかったし、楽しいとすら微塵にも思わなかった。たとえ恵梨と一緒な時も、楽しいわけじゃなかったしな。でも……本当の好きな相手と一緒なら楽しいんじゃないかって思ってる。だから誘う時は……妙に緊張して、焦って、わけがわからなくなって……柄にもなくどうしていいかわからなくなるんだよ」
「ほう……それはヘタレになるという事ですね。わかります」

 生きるか死ぬかの瀬戸際でこんな会話をしているのがあり得ないが、恋の青春白書だよな。男同士だけど。
 大人びている割にはこいつもちゃんと学生らしいところがあって、なんかいいもんだな。

「テメエっ……ヘタレとか言うな!こっちは結構勇気だして誘ったっつうのに」
「あー……ごめんごめん。お前が恥ずかしそうにしているのが珍しくって」

 この様子を見ていれば、草加とキスしていたのはたぶん俺の誤解なんだろうとやっと察する。だって、本当にしていたらコイツはきっと謝罪していたと思うしな。案外、誠実な所が見えてきたし。草加とのやりとりも不可抗力であって理由があったんだろう。そう思うと、イライラを八つ当たりしていたみたいで矢崎に申し訳なく思ってくる。嘘つき呼ばわりした事への罪滅ぼしもしなければ申し訳が立たない。

「えーと。まあ……OK、かな」

 デート程度で俺の罪が軽くなるならいいか。だから解除がんばってくだせえよ。

「約束したからな」

 矢崎の目が活力に満ちていく。
 そんなに嬉しかったのか。キモオタ野郎とのデートが。物好きなもんだ。
 おまけに矢崎のタイピング速度がまた早くなり、表情も真剣そのものに変わる。残り時間があとわずかだというのに矢崎に焦りの表情はない。むしろ楽しんでいるように見えた気がしたが気のせいだろう。生きるか死ぬかはこいつにかかっているのだから。
 そして、恐ろしい早さで文字の羅列が進んだ末に、最後に力強くエンターキーが押されると、画面上の数字があと3秒前という所で停止した。

「っ……かなりギリギリだったな……」

 へなへなと俺は脱力した。手に汗握ってまじで爆発するかと思ったよ。この状況には不釣り合いな会話をしていたせいで。

「仮に爆発しても……お前と二人で死ねるならそれもいいかもな」

 矢崎は間一髪という所で仕事を終えたのに、穏やかな顔でそんな事を言う。

「ば、バカ。冗談でも不謹慎な事言うなっつうの」

 俺は気絶している奴らが逃げ出さないように縄で縛り付ける。矢崎にも手伝えと言ってやらせようとしたが、奴は電話で解決したことを久瀬さん等に報告しているようだ。
 つーか結び方がついパンイチに亀甲縛りになってしまったのがなんとも恥ずかしいな。あの変態ジジイの影響を受けすぎたかな。まあいいか。服ひんむいてのこの結び方なら抵抗しようという気は起きんだろう。まるでSMクラブの事後みたいな光景だが、悪のテロリスト集団に羞恥心など必要ない。

「デート……わかってるよな?」

 電話を終えた矢崎がもう一度俺に確認をしてくる。

「わかってるよ。約束だからな」

 野郎同士で出掛けるってデートに入るのか知らんがね。

「あ……そういえば篠宮とはどんな感じでデートしてたんだよ」

 なんとなく気になった。矢崎がかつて唯一本命彼女として付き合っていた相手だからな。そりゃあ気にならないわけがない。

「っ……お前……そんな事よく訊けるな」
「もう過去の事なんだろ?」
「そりゃあ過去だが……」
「過去だからこそ知りたいっつうか……今後の参考にだ!」

 びしっと人差し指を矢崎に向けた。矢崎はため息を一つ吐いて苦笑しつつ口を開く。

「恵梨とは……ビジネス上での付き合いではなかったが、デートしても心から楽しいとは思えなかった。一緒に出掛けても、その場限りの傷をなめあうためだけのもので、心は満たされはしても……それ以上は何も感じられなかった」
「そう、なんだ……」

 言い方はよくないが、ある意味薄い付き合いだったんだろう。寂しさを埋めるためだけの。
 たとえ相思相愛であっても、幸せや楽しさが得られないカップルってビジネス上で付き合うより辛いと思う。
 矢崎と篠宮の関係って、そういうただの慰めあいに近かったんだろうな。

「逆にお前みたいな泥臭いタイプは初めてだし、未開の野蛮人相手なんてどう相手にしていいかわからねーから……ある意味大穴みたいでちょっと期待と不安がある」
「なんだそりゃ」
「付き合った事がないタイプだからとても新鮮で、ヤキモキして、バカだし、アホだし、天然たらしで、その上童貞不潔のドスケベ趣味を持つ変態で、どうしようもない野蛮人」
「ケンカ売ってんのかねえ、それ」

 あながち間違いではないので否定はできない。バカとかアホとかは余計だが。

「でも、一緒にいると楽しくて、寂しくなくなって、自分の立場を忘れられて、初めてオレの本質を理解して受け止めてくれた」

 矢崎の表情がとても穏やかで優しい目をして俺をそう評した。貶していると思えば褒めているようなよくわからん感想である。
 しかし、なんだか目の前でそう評価されると恥ずかしくなってしまう。だから無意識に視線をそらすと矢崎はふふと笑う。何がおかしい。視線をそらしただけで俺の負けのようじゃないか。

「お前さ……」
「なんだよ」

 笑われている事にイラついていたら、

「オレに気があるだろ」

 なんて言われた。俺は固まった。

「何……言ってんだよ」

 ここで大袈裟に焦りを見せればそうなんだなと肯定されそうなので、必死で正常を装う。

「だってお前、視線そらしてばかり。今、オレの目ェ見て話してないだろ」
「それは俺がコミュ障で「それだけじゃない」と、遮られる。
「オレが草加菜月と一緒にいるってだけでお前の不機嫌ようときたら、明らかに嫉妬しているのが丸わかり。オレが誰かと一緒にいるのが大変不愉快だって言ってたしな」
「そ、そんな事言いましたっけ?記憶にございませんなァ」
「言ったな。丁度録音していたので証拠ならあるぞ」

 と、ペン型ボイスレコーダー(小型カメラ付)を取り出す矢崎。

「ぐぎぎぎ」

 なにも言えない俺。確かにそうだったよ。
 しかしだ。録音しているとか用意周到すぎてワロえんわ。今さら発言は取り消せないこの恥ずかしさ。穴があったら入りたいざんす。
 んで、なんで録音していたか訊ねれば、弁当だけ残して去っていくという事は、多分怒っているだろうなという気がして録音していたのだと言う。後々に分析するためなんだと。分析するために録音とはその行動力を別に使えよって話だ。

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