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四章急接近

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「神山さんが婚約!?」

 屋上で集まった俺、健一、宮本くん、本木くんは由希から訊いた内容に仰天していた。
 まさかの婚約って……まだ高校生なんですけど。早すぎない?

「私も暴行事件でドタバタしている時にメッセがきててさ、見たらその内容だったのよ。夜中だったけど構わず悠里に電話を掛けて真相を訊いたの。そしたら本当の事だって。相手は小学校時代の男らしいわ」
「小学校時代って……」

 一同が俺の方に視線を合わせる。

「甲斐は知ってると思う。名前は城山金太郎ってやつよ」
「し、城山金太郎……!?」

 俺は最悪だと言わんばかりな表情で唖然とした。最悪も最悪すぎる。

 まさかのあいつかよ。あんな奴が神山さんの婚約相手だなんて悪い冗談でもひどい相手だろ。

「か、甲斐、どんな人なんだ?」

 健一が俺の表情を見て悪い相手なんだろう事が伝わっていた。

「小学校時代から変わってなければクズで変態な奴としか言えないな。俺を陰湿にいじめてきた奴でもある」
「ええ!?そんな相手と婚約って……それに甲斐くんをいじめていた相手って最悪じゃん」

 いろんな意味で驚いている宮本くん。俺だって驚愕である。もう二度と関わることなんてないと思っていた相手だったのに。つかもう二度と関わりたくもない相手だったのに。

「俺、小学校時代は弱虫で泣き虫だったんだ。だから城山のおもちゃにされてひどいイジメ受けてた。パンツを盗んだ濡れ衣の犯人にもされたし」

 今だから笑って話せる小学校時代だが、あの頃は相当参っているくせにお花畑思考だった。強い奴にペコペコして、愛想笑い浮かべて、俺さえ我慢すればみんな平和なんだとか、甘ちゃんなお人好しで、反吐が出るほどイイ子ちゃんぶってた。お花畑思考でお人好しも度が過ぎると身を滅ぼすんだなって事は身をもって知ったよ。

「いつも強そうな架谷もそんな時代があったなんて意外だな」と、本木くん。
「そりゃあ最初から強い奴なんていないさ。俺にも弱かった黒歴史が存在する。もうあの時の俺をみんなが知ったら幻滅するくらい情けない奴だったよ」

 そんな俺を苦しめたあいつがこの町にいるって事か。もしそうなら嫌な予感しかしない。そう、俺が数学のテストで0点を取って、その答案を町中にばらまかれるくらい嫌な予感だ。

「それで神山さんはそいつと婚約する事をOKしたわけじゃないよな?」
「もちろんよ。本人はとても嫌そうにして泣いてた。でも親が無理矢理婚約を進めようとしているらしいわ。しかも学校を辞めさせようとしてまで」
「そんな」
「だから、朝に職員室前にいたのか」

 本木くんが朝に職員室で彼女を見かけたらしい。

「神山さん、職員室にいたのか」
「なんか深刻そうな顔をしていたよ。何があったのか訊けるような雰囲気じゃなかったからその時は挨拶くらしかできなかった。その婚約の事で職員室を訪れていたのだとしたら……意地でも話を聞いておけばよかったかもしれない」
「いや、無理に訊こうとしてもはぐらかされるだけかもしれないわ。心配させないようにと真実をなかなか口にしないような子だから」

 中学時代の彼女を知る由希は神山さんとは親友同士。親友だからこそ由希にだけ婚約する事を打ち明けたという事は、彼女はもうどうにもならないとわかった上での報告なんだろう。それと同時に、遠回しに助けてほしいという意味合いにもとれなくもない。なんてこった。

「なんとか婚約を破棄できないのか?」

 あんな奴が相手なんて、まだそこらにいる良識あるキモオタ相手の方がマシなレベルだ。

「城山って奴の親はホワイトコーポレーションていう会社の上層部らしいわ。ホワイトコーポレーションって最近大きくなってきた新興企業らしくて、これから取引するならうってつけの相手らしいの。つまり、理由は自分達の都合での婚約って事になるわね」
「最悪な政略的婚約だな。娘を犠牲にしてまで会社での自分達の立場を有益にするためだけにするなんて」と、本木くん。
「……ひどい。自分の娘を道具にするなんて。いくら金持ち同士によくある政略結婚でも、そんなひどい相手となんて拷問だよ。神山さんにだって選ぶ権利はあるのに」
 あんまりだと宮本くん。
「悠里も両親には散々参ってたみたいだった。仲良くする相手を勝手に決めたり、人を家柄や学歴で判断して見下したり、付き合いづらい親御さんだとは思っていたけど、ここまでだなんてね。さすがの悠里も両親に愛想が尽きかけてたみたいだった。家出したいって前から冗談のように言ってたけど、たぶん本音だったんだ」
 
 あんなまともな神山さんに身分学歴主義の両親。その影響をよく神山さんは受けなかったものだとつくづく思う。
 今まで反面教師にして過ごしてきたのだろうが、それでもあの両親の近くで育っていれば少なからずグレたくはなる。それに溺愛具合も相当であったと記憶している。娘コンこじらせすぎだなと小学校時代はなんとなく思っていたが、今思うとあれは相当痛々しい。むしろ、病的レベルだ。

「神山さんの両親て、そういう所は昔と変わってないんだな」
「その言い方じゃ甲斐も会った事あるんだね?」と、由希。
「まあな。あの夫婦にはいろいろと言われたよ。特に父親にお前のような変態が友達だなんて娘が穢れるとか、同じクラスで娘が可哀想だとか、お前といると娘が犯されるとまで言われたな。もはや言われ慣れたけど」
「うわーそれはひどい。私もいろいろ言われたけど、甲斐に比べたら全然マシなレベルよ。貧乏人だとか、悠里が仲良くしてやっているから光栄に思えとか、全体的に見下してる感じで言われたわ。おまけに悠里を溺愛している割には愛情を与えるような溺愛とはほど遠くて、将来の良い嫁ぎ先を見つけるための道具として可愛がっている感じだったわね。あの様子じゃ、両親からは正常に愛されてはいなかったんじゃないのかな。いや、でも……悠里はいつも溺愛されて辛いとか言ってたし、うーん……」
「溺愛、か。……神山さん、家の事や両親の事で何か他に言っていたか?」

 彼女が家出を考えるほどのレベルで、両親の溺愛が辛いという事になんとなく違和感を感じた。

「そういえば、いつも母親から嫌われていると言っていたわね……。あと父親からの溺愛がひどくて、それに伴って母親からどんどん嫌われる一方だったって……」
「神山さん……虐待されていたかもしれない」

 俺はなんとなくそう察した。
 小学校時代の神山夫婦の様子を見てのカンだが。

「虐待って……」
 由希はハッとして思い当たる節があるのか苦渋な表情で思案している。
「でも今思えば、なんとなく辻褄があう。悠里のあの台詞の数々はそれを匂わせるものだって。それに今思い出したんだけど……あの子から中学時代に家政婦さんと病院に付いてきてほしいってお願いされた事があったのよ。なんで?って訊ねても教えてくれなくて、ただそばにいてくれるだけでいいって言われて付いて行ったんだけど……私、バカだったからそこへ行く意味全然わかんなかった……」
「病院って……なんの?」
「総合病院だったからわからなかったけど、たぶん……婦人科だと思う」

 その言葉を聞いて皆が衝撃を受けたように黙りこんだ。つまり、神山さんは実の父親に……
 なんとも言えない重い空気が漂って、彼女の抱えているモノが相当重いものだと知った。

「言葉が出てこない……っ」
「それが本当ならなんて最低な父親だ。自分の娘を……そんな目で……見ているなんて」
「可哀想すぎるよっ!神山さんがっ!」
 憤る本木くんと健一。泣きそうな宮本くん。
「一刻もはやく神山さんをあんな家から助けださないとっ」
「何が何でも助ける!マジ話なら特にクソ父の方は思いっきりぶん殴ってやるんだから!」

 焦る健一と拳を握りしめて怒りを露にする由希。俺も同じ気持ちだった。
 神山さんとあの両親をもう一緒にさせておけない。

 この瞬間に神山さんを救う会の発足である。
 城山との婚約も勿論防ぎたいイベントだが、あの両親もなんとかしないといけない曲者。小学校時代からあの両親のおかしさは折り紙つきだが、両親から虐待を受けているというのはまだ不確かなので、神山さんにそれとなく探りを入れてみて真実かどうかを判断する。それでもし考えすぎや思い違いならそれに越した事はないが、本当なら是が非でも助けなければならない。

 あの城山がどんな風になっているかは知らないが、心を入れ換えて真人間になっているなら神山さんの意思を尊重する予定だ。が、あの性根が腐りきったクズが変わっているとも思えないので可能性は低いだろう。

 とりあえず、万里ちゃん先生に神山さんの事で何か訊いていないかを探るため職員室へ向かった。
 職員室前には丁度神山さんと万里ちゃん先生が話しているのを見かける。それに神山さんの両親もいた。これから応接室へ向かう途中だろうか。丁度いいタイミングだ。

「神山さん、先生」

 俺の声に二人が同時に振り返る。二人とも驚いた様子だ。まあ、そりゃそうだよな。

「貴方達授業はどうしたの!?」

 そういえば今は授業中だったな。さぼってましたなんて今さらだ。

「つまんねーからさぼった」

 あっさり開き直る俺に万里ちゃん先生が怒りを通り越してあきれ果てている。いつもの事だ。

「さぼった事を偉そうに開き直らないでくださいっ」

 今にも万里ちゃん先生の長いお説教が始まりそうだがそれどころではない。

「そんな事より先生と神山さんはここで何してんだよ」
「そんな事とはなんですか!大事な個人のお話です。内容をお話する事はできません。架谷くん達は早く教室に戻って「架谷だと!?」

 俺の名前を聞いた神山さんの父親が反応を示し、俺の姿をじっと見てきた。そして次第にわなわな震えだして睨み付けてきた。

「やはり貴様だったのか架谷甲斐っ!うあああなんて事だっ!」

 神山さんの父親は一人芝居のように頭を抱えて唸り始めた。いろいろと言動が忙しいおっさんだな。

「お久しぶりです、神山さんのご両親方」

 それに反して俺はスマイルの仮面を張り付けて対応する。まずは大人の対応から始めようか。

「何がお久しぶりだ!貴様に気安く話しかけられる筋合いはない糞若造め!小学校時代に娘のパンツを盗んだ変態野郎のくせにっ!まさか娘と同じ学校に通っていたなんて何かの悪夢を見ているようだ」
「悪夢って大袈裟ですね。あとパンツを盗んだのは城山ですよ。俺は無実です。いつまでも誤解してないでくださいよ」
「何が誤解だ!どうせ貴様が城山様を陥れて犯人にさせたんだろう!娘を小学校の時から付け狙い、あわよくば娘の処女を狙っていた変態のくせに!貴様のような貧乏人がこの学校に通っているのもどうせ裏口入学に決まっている!」
「そうよそうよ!私たちの娘を追って開星にまで裏口入学してくるなんて、変態の執念もゴキブリ並みで怒りを通り越して呆れますわ」

 鼻息荒く決めつける神山父とそれに同調する神山母。ヒステリーに喚き散らすところも変わってねーな。
 そもそも金もコネもねーのにどうやって裏口入学するんだよって話だ。俺の家は超貧乏でむしろ強姦魔一家として日々村八分の扱いをされてんだけどねー。それでも懸命に生きる架谷一家は健気で強かなのだ。金に不自由していないお宅らじゃあるまいし裏口入学なんぞするかっつーの。

「旦那様、奥様、こんな場所で特定の生徒を貶すのはさすがによろしくありません。どうか穏便n「甘いですな」と、神山父。
「先生さん、こんな貧乏変態男などクズでしかないから庇うだけ無意味。私の愛する娘を付け狙うような生徒だ。はやくなんらかの形で退学させた方がいい。何か起こってからでは困るんですよ!」

 万里ちゃん先生がやんわりと注意するが、神山夫妻の勢いは止まらない。完全に俺を性犯罪者扱いだ。
 あまりの言い草に由希と本木くんがそろそろ切れそうになっていて、健一も宮本くんも怒り心頭という表情。俺の事なのにみんな怒ってくれて嬉しいもんだよ。でも俺は面倒くせえなと耳を小指でホジホジしながら粉をふーっとしている。この両親相手にまともに付き合っていたら日が暮れるわ。
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