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二章禁断の愛の始まり

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 久瀬は向こうの方の席で本を読み始めた。
 表紙を見ればとても難しそうな本だ。しかも英語ですらない文字で記されたもの。なんの本かすらわからん。

 そんな事より俺はメシりたいむ。今日は奮発して焼き肉風弁当だ。朝から気合い入れてプリンもデザートにつけた。我ながらいい出来だ。

 しばらく食事に没頭していたら、久瀬の本を読んでいる姿が気になった。四天王の一人が近くにいるってのに、のんびり弁当食ってていいのかなって心配になっちまうよ。

「なあ、なんの本読んでるんだ?」

 つい、なんとなく声をかけた。静寂すぎる中でメシを食うのも落ち着かなかったのだ。

「あんたにはわからん本だ。あえて言うならドイツ語で記された医学書だ」

 没頭している様子だったし、無視されるかなと思っていたが意外にも返事をしてくれた事にちょっと驚き。ていうかドイツ語ってオシャンティーだな。

「ドイツ語の医学書ってすげぇな。そんなの読んでるって事は将来は医者にでもなるのか?」
「まあ、そうだが……」

 そういえば四天王の中には医者の家系がいるとかタレコミをきいたな。久瀬の事か。医者の家系ってのもサラブレットみたいでカッコいい響きだ。一生俺には縁のない世界である。それどころか来世でも無理だろう。頭の作りと脳の出来が違うんだきっと。

 はぁー顔もいい上に金持ちで医者とかやっぱだな。うらやましす。

「その手の本、そんな小さくて細かい字ずっと眺めてたら目ぇ疲れない?俺ならそんな本読むなら漫画とかしか無理だぜ」

 ラノベすら集中力が続かなくて途中で挫折する時もあるというのに。

「だろうな。あんた細かい作業が苦手な方だろう?」
「苦手っつうか、料理とかプラモ作りとかそーゆー細かい作業は全然好きなんだけど、それ以外は苦手だな」

 職人魂ってやつだ。プラモやフィギュア作ったり、料理で飾り付けする時は時間をかけることもある。本を読んだり勉強する事は一分もしないうちに眠くなる。この違いって俺の中では紙一重なのかもしれん。

「料理か。ということはその弁当はお前が作ったのか?」
「ん、ああ。みんなから意外だってよく言われる。これでも料理好きなんだけど」
「そうか。俺も料理はよくするし好きだ。たまに御馳走を作ったりな」

 金持ちなのに意外な一面だったので驚いた。

「おぼっちゃん育ちのあんたもするんだ。四天王の奴らっててっきり女中やら使用人とかが料理やってんだろうなとか思ってたよ。料理のりょの字すらかじった事なさそーで」
「他の三人はそうだろうが、俺は自分の事は自分でしている。料理や家事全般は自分でやらないと気が済まないからな。毎日朝昼晩と作って時々弁当も持参してな」

 自分の事を自分でするって結構大変だから、お坊っちゃんなこいつがそうしているなんて純粋に偉い方だと思う。

「へぇー……どんな料理作るんだよ」
「和食だ。料亭での料理作りにハマっている。食材の目利きや出汁の取り方にも凝るようになってな、特に最近は鯛茶漬けを作るために港町から新鮮な鯛を取り寄せて、自分でさばいたりもするようになった」
「自分でさばいてんのか。本格的で結構やるじゃないか。俺でもなかなか魚をさばくのは手こずるのに」

 料亭料理だなんて時間と手間がかかるのは勿論のこと、食材だけで結構な金がかかっていそうなのでやはりそこは金持ちだなと苦笑する。でも同じ料理好きとしては悪くない。自分で作っているって所がお坊っちゃんにしては好感が持てるし、こいつが金持ちの道楽だけで料理をしているわけでもなさそうだしな。純粋に作るのが好きで自分の事は自分でやりたい人間なんだろう。

「俺はどちらかと言えば和洋中が合わさった創作料理の方が得意かな。手間暇かけないでどれだけ美味しいものが作れるかってとこを重点的においてるよ」
「ふむ……創作料理、か。そういうのもいいかもしれん。料理の幅を広げるのもまた新鮮な気持ちになりそうで俺もやってみようか」
「いろいろやってみればいいと思うぜ。料理ってのは料亭和食だけじゃなくて、味付けや食材によって無限に広がるんだからさ。ようは楽しんで作ればなんだって美味しいわけよ。もしよければだけど、あんたが作った料理……ちょっと食べてみてーわ」

 なんの裏もなく、ただ純粋な好奇心でだ。こいつは料理にただならぬ情熱がありそうなのできっと美味しいの作りそうだ。

「いいだろう。あんたのも食べさせてくれるならな」
「じゃ、今度作ってくるよ。弁当交換な。楽しみにしてるから」

 俺が自然に出た笑顔で約束を取り付けると、久瀬の奴がなんか固まっていた。
 ん、なんか変な事言ったっけ。まあいいや。同じ料理好きとして親近感がわいてしまったよ。こいつは思ったよりも話やすくて普通な奴だなって。

 それから食事を続けながら久瀬と料理談義をしていると、時間がもう経ってしまったのか昼休み終了のチャイムが鳴る。

「もうこんな時間か。それでお前の名前はなんだ?」
「しらんかったんかい」

 確かに俺も名前を覚えるのが苦手だが、こいつよりはマシである。

「どうでもいい事は覚えない主義だ。時間の無駄な事はしたくないんでな」
「だから俺の事、最初は矢崎の従者だとしか認識してなかったのか」
「知る必要のないその程度の人間だと最初は思っていた。だが、知っておいても悪くはないと思った」
「ふーん……あんたに名前を知ってもらえる機会ができるのは光栄だ。俺もあんたが料理好きの和食厨だって事覚えておくよ」

 お互いに視線を合わせてフッと笑いあう。そこには悪いものは一切なく、同じ料理好きとしての親近感だ。

「架谷甲斐だ。脳裏の片隅にでも覚えておいてくれや」
「架谷、か。ちゃんと覚えておく」
「弁当の件、忘れるなよ」
「そちらこそな」

 そうしてお互いに図書館を後にした。
 今思えば俺、四天王の一人と結構しゃべってたな……時間も忘れて。俺に不利になるような事でもないし、喋ってみて普通な奴だったからいいか。結構楽しかったし。

 あいつ、久瀬晴也って……四天王でありながらもまともそうな奴だったしな。四天王ってだけで油断ならないって先入観あったし、優等生っぽいからそれを鼻にかけてるのかもとも思ったがそうでもなさそうだし、少なくとも他の四天王三人と比べて全然マシなのはたしかだ。意外な一面を知れたよ。ああいうお坊っちゃんもいるんだなって。

 そういえば久瀬と会話していた時、誰か人の気配がしたんだけどソイツに見られていたかも。危害を加えてくる様子もなかったから放置していたが、もし親衛隊の一人だったら俺の根城になる予定の場所がバレてちょっと困るな。せっかくの憩いの場となったのにまた探すのめんどーだし……うーん……。

 まあいいか。次来た時に考えようっと。どーせ俺はこの学園で強姦魔の嫌われバイ菌扱いだし、これ以上嫌われてもどうって事ねーや。Eクラスの仲間以外失うものがないってある意味最強だと思うしな。さーてこの後はどうやって親衛隊共をやりすごそうかなーっと。


 *

 昼寝をしようと敷地内にある旧図書館にやってくる。
 いつもハルの奴だけがここを拠点にして本を読んでいるのは知っていたので、ハルだけならどうって事ないと思って選んだ場所。

 四天王専用展望ラウンジでの一室で休もうかとも思ったが、拓実が女を数人連れ込んでやがったので乱交パーティーになる前に退散。あのままあの場にいれるほどの忍耐力も性欲もたまっちゃいないし、何より今はそんな気分にはならない。

 朝、またいつもの夢をみたからだ。想ってやまないあの彼女の夢を……。
 彼女を想うとそんな真似したいとも、そんな気分にすらもならなくなる。夢の中の彼女が穢れてしまうような気がして、他の女と関わる事に全く気が進まなくなるのだ。性欲盛んなこの頃の抑止力になる意味では良い事なのか、それとも嫌な事なのか自分でも判断がつかない。

 図書館の玄関扉を開けて一階のドアノブに手を描けようとすると先約がいた。
 内窓から様子を伺うと、あいつは……架谷。ハルとしゃべってやがるのか。
 架谷の奴といえば、俺の事を更正させるとか寝言をほざいたドスケベ趣味野郎だ。

 杏奈に奴を陥れてこいと命令して町中に強姦魔というレッテル張りさせてやったのに、奴は思った以上にしたたかなのかあまりへこたれていない様子だった。この町の住人から毎日のように白い目で見られて、近所でも村八分にされているというのに、普通に学校に来て、普通にEクラスの奴らと青春よろしくやっているようで、随分と神経が図太いみたいだった。奴の家族もしたたかなのか村八分にされても平然としているとの報告を受ける。

 ムカつく。あの野郎はオレの嫌がらせにも親衛隊共からの嫌がらせにもなかなか屈しない。今までの下僕の中では一番しぶとい野郎だ。それどころかオレに食って掛かる命知らず。全くもって気にくわない。

 そもそも更正とか何言ってんだよ。オレの何がわかるってんだよ。何もしらないくせに。バカも休み休み言えよアホがと侮っていたが、あの野郎はオレが偉そうな態度で返した途端に超スピードで鬼教官のように容赦なくぶん殴ってきやがるのだ。奴の方がスピードが上なのが悔しい。

 そんなドスケベ野郎のあいつがなぜハルと会話してんだか。
 ハルといえば、あまり他人付き合いを好まない寡黙。どうでもいいことは誘いに乗らず、興味ないとばかりに一切関わろうとしないあいつが架谷と会話?

 あのハルが他人とああも会話するなんて珍しいという純粋な気持ちと、架谷なんかとなんの会話をしているんだという苛立ちに二人の様子が気になった。しかし、会話している内容はいたってどうでもいい事のようで拍子抜け。ハルの顔がなぜかいつもと変わらないポーカーフェイスなはずなのに、楽しんでいるように見えなくもなかった。 

 なにハルの奴は懐柔されてやがんだよ。あんな野郎に。

 出ていって邪魔してやろう。そう思って扉に手をかけようとした時、オレは固まってしまった。
 
 あいつ……あんな風に笑うのか。

 ハルの事じゃない。架谷の事である。あの架谷の笑顔でオレともあろう者が呆然としてしまった。
 あいつの顔はいつも怒った表情か意地悪そうな表情。それらしか見せない中での曇りのない笑顔に虚をつかれてしまった。意外すぎて思わず見入ってしまって、自分自信がフリーズする。

 なに、動揺してんだよ……たかが笑顔ひとつで。馬鹿かオレは。

 あの野郎に動揺するって事がまず悔しい。何物にも心を奪われず、常に冷徹で、興味なんてそそられない自分でいなければならないのに。

 なんだか調子が狂いそうだし、あの架谷の顔を見ていられないので、腹が立ちながらもその場を後にするしかなかった。





 やっと学校が終わったのでぐっと背伸びをする。
 親衛隊共や矢崎の相手をして今日一日疲れたよ。帰ったらまたバイト探しの続きしないとな。お小遣いがないとさすがにキモオタ趣味を満喫できないので、どこか意地でも見つけないと。

「架谷くん、一緒に帰らない?」 

 神山さんと宮本くんがやってきた。二人並ぶと美少女二人組のコンビに見えてしまう。美少年な宮本くんには悪いけど。

「ああ、いいよ。ごみ捨てしてくるから待っててくれ」

 こんな金持ち学園でも自分でそれぞれ掃除するように言われるのもまた不思議である。かといって上位のAクラスやSクラスは掃除業者がいたり使用人がついているので掃除なんてしなくていいと聞いた。やはりここでも身分制度は健在である。つーか学校の掃除くらい自分でしろっての。

 校内を出て裏庭の方の焼却炉でごみ捨てを行っていると、近くの草むらから猫の鳴き声が聞こえてきた。こんな所に猫でもいんのかと何気なく考えていると、小さな猫が勢いよく飛び出してきてその背後からぞろぞろと集団が現れた。

「尚也様のお気に入りの猫ちゃん待ってぇ」
「逃げないでー。ちょっと一緒に写真とるだけだからぁ」

 血走っている女達と三割男の団体が白い子猫を追いかけている。子猫は怯えて逃げているが、虫取り網を持った連中に今にも捕まりそうで気の毒であった。あんな恐ろしい形相でにじり寄られたらそりゃあ猫も逃げるよな。俺が猫だったら全速力で逃亡確定である。

 そいつらの言動を呆れながら眺めていると、なんとか逃げ続けた子猫が俺の方へやってきた。子猫は俺の足にまとわりついてぶるぶる震えている。

「あ、架谷甲斐!そこの猫をこっちに渡しなさい」

 リーダー格みたいな女が俺に命令する。猫耳している様子を見て穂高の親衛隊のようである。

「俺の名前知ってんだな」
「当然でしょ!強姦魔でばい菌のドスケベ変態趣味を持ってるって有名なんだからっ」
「そうかい。俺って有名人になっちゃってるのかぁ。光栄だな」
「光栄とかあんたバカ!?そんな事よりその猫ちゃんをこっちに寄越しなさいよ」
「なんで?あんたらに怯えてるぞこの子猫」

 子猫はぶるぶる震えて俺にまるで助けを求めているようである。こんな私欲にまみれた人間共に狙われて可哀想だな。

「強姦魔には関係のない事よ!さ、寄越してっ!尚也様の猫としてインスタにあげれないじゃない」
「それが目的かよ。あー痛い痛い。盲目的なファンってまじこえーわ」

 こんな動物をオモチャにするようなファンクラブなら穂高も願い下げだろうな。とりあえずこの子猫は可哀想なので保護しとこう。気の毒でならないし、動物は好きな方なのでいじめる奴はゆるさん。二次元美少女と同じくらいモフモフは大事にしないといけないのだ。

「ちょっと!その猫を渡しn「ねえ、僕の猫ちゃんに何してるの?」

 弾むような声が聞こえて振りかえると、そこにはいつも以上に笑顔の穂高が立っていた。背後に禍々しいオーラを放ちながら。

 途端にゾンビと遭遇したような青い顔になる親衛隊……いや、動物虐待の皆さん。俺は笑いがこみあげてきた。
 あーあ。当の本人に見つかっちまってるし。しーらないっと。

「な、尚也様っ!こ、これはその……」
「こ、これはあれです!あの強姦魔の架谷甲斐が子猫をいじめていたので救っているところです!」

 ……は?
 俺に責任転嫁ですか。バカなの?死ぬの?外道なの?プライドねーのかよ。

「ふーん……そうなんだぁ」

 穂高の奴は俺の方を向いてニコニコしている。
 それに気をよくした動物虐待の皆さんは畳み掛けるようにして俺を野次ること野次ること。騒がしいチワワが吠えているみたいだな。
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