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一章最低最悪な出会い

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 あれ、俺なんか夢見てたっけ。
 ぼーっといつも見る天井を眺めていたら丁度スマホの目覚ましが鳴ってゆっくり体を起こす。
 はて、なんの夢を見ていたかちっとも思いだせない。
 いつも通りの自室での寝起きのはずなのになんだかちょっと違和感を感じる。なんでだ。

 エロアプリでおなぬーしすぎたかな。あ、そういえば昨日遅くまでゲームをして母ちゃんに怒られて、コンセントをぶち抜かれてふて寝したんだった。うおああああちくしょう。いい所まで進んだのにいきなりコンセント抜くなんてクレーンゲームで千円無駄にした並に悔しいよ。ラスボス手前でレアアイテムを入手した所だったのに鬼だあのクソババア。
 ゲームの心残りは大いにあるが、腹が減ったのでとりあえずメシりタイムとしよう。 

 ボサボサ髪であくびをしながら一階への階段を降りると、妹の未来が汗だくで朝練を終えて帰って来ている。

「お兄ちゃんまた寝坊ー!朝までゲームなんてしてホントお兄ちゃんてば呆れるよねぇ。重度のキモオタゲーマーなんて女の子にますますモテなさそー」
「ほっとけ。お前も柔道のしすぎで筋肉ブス女になって嫁の貰い手がいなくなっても知らねーぞ」

 こいつは俺の妹の架谷未来かさたにみらいだ。現在中学三年生でもうすぐ高校生となる。ちなみに俺は架谷甲斐かさたにかい。高1な。

 ばーちゃんが有名な柔道家だったせいか、未来は小さい頃に柔道を習い始めて才能を見出し、今では国内三本指に入るほどの実力者となっている。ばーちゃんのスパルタ特訓のおかげだ。将来は五輪で金メダルをとって国民栄誉賞が夢なんだと。夢はでっかい。リアルにYAW●RAみたいな髪型しているから相当な柔道バカだと言えよう。スポ根リアル青春まっさかり。

 ちなみに性格はちゃっかりもので抜け目がない。俺の好物を横取りしたり、最近は俺をキモオタゲーマーだとか童貞ヘタレだとかバカにするんだ。キモオタで童貞ヘタレで悪いか。

「いいもん。男になんて興味ないし。お兄ちゃんがいればいいんだから」
「……なんて?」
「だからっ。あたしはお兄ちゃんがいればいいのっ。お兄ちゃん以外の男になんて興味ないんだからっ!」
「なっ」

 恥ずかしそうに真っ赤になっている妹の爆弾発言に仰天する俺。え、なにこれ。突然のブラコンカミングアウト?
 ブラコン妹属性なんて……けしからん。可愛いじゃないか。最近はツンばかりだと思っていたがデレもあるようで兄ちゃん安心したぜよ。妹萌えさいこう。

 さっきのは前言撤回だ。可愛げはあるな。シスコンレベルとまではいかないが、こんな事を言われたら兄ちゃんシスコンになりそ。大事な妹だしな。今思えば、小さい頃はリアルに「わたし大きくなったらお兄ちゃんと結婚するぅ」とか笑って言ってたんだよな。それは今でも時効だろうか……なんつっって。でも、こんな妹の発言聞いたら少しばかりシスコンになっても仕方があるまい。ドゥフフ。おっときめえな俺。



「甲斐おはよう。未来も朝練お疲れ様。朝食急いで食べちゃって。話があるから」

 母ちゃんが台所でお玉を振り回している。そのテーブルの上には黒焦げの卵焼きと、パサパサしたような御飯と、色の濃すぎる味噌汁が……っ。
 げっ……あいかわらずまずそうな出来で顔が引きつった。俺、メシいらねー……なんて言おうものならギャン泣きされるから仕方なく食うしかない状況である。早起きするんだった。

「甲斐、寝坊はいけないぞ。たまにはお前も朝練をしてきなさい」

 親父も相変わらずランニングシャツ一枚で新聞を読んでいる。毎日同じランニングシャツを着ているけど一体何枚同じシャツを持ってんだよ。つか親父がランニングシャツ以外を着ているの仕事着のスーツしか見たことねえ。

「週に四回は稽古に付き合っているんだから勘弁してくれよ。それ以外でも寝る前に自主練してんだしな。俺だって男子高校生らしく遊びを嗜みたいんだ」

 遊び=ゲームだがな。廃人ゲーマーなめんなよ。俺の趣味は1にゲーム。2に同人誌(18禁)漁り。3、4がなくて5にスポーツだ。オタ趣味があれば生きていける。勉強は勘弁な。ちなみに料理も得意だが、母さんの料理がゲロマズすぎて俺がやるようになってから上達しただけに過ぎない。

「そんなんじゃいつか立派な格闘家になれんぞ。父さんはその昔は名の知れたプロレスラーでな、人相の悪い悪人レスラーをこれでもかと投げ飛ばし、必殺のイズナスクリュー落としは伝説の奥義となっていて、リアルタイガーマスクと呼ばれたものでな……ぶつぶつ」
「あのさーいつも言ってるけど俺は格闘家になるつもりはねーって。あと親父の昔話は聞き飽きた。もうかれこれ100回は聞いている。つまりはつまんねって事」

 そう言った途端、親父は背中を丸めてしくしく泣き出した。きのこまで生えそうなくらいウジウジした様子で「息子が反抗期に……」なんて言っている。反抗期ですらねーだろこれは。ちょっとした冷静なツッコミだろーが。

「ちょっと甲斐、たまには父さんの昔話に付き合ってあげなさいよ。父さんの唯一の自慢話なんだから」
「いい加減に昔の栄光を過去のものにしろよ。今が大事だろ。聞き飽きた話を聞いても感動もくそもねーよ」
「私も父さんの話はおなかいっぱーい。どうせなら父さんの髪が最近薄くなってきた件について知りたいかなー」
「こら、未来!それ禁句!」

 そういえば親父の毛髪が最近薄くなっている気がしていたが、気のせいではなかったようだ。てことは将来俺もハゲそう……遺伝的な意味で(泣)


 とりあえず家族の紹介をしておこう。
 この筋肉質で子供に泣かされたランニングシャツは架谷太郎かさたにたろうで俺の親父。元プロレスラーで脳筋。真冬なのにいつも同じ白いランニングシャツ一枚でいる変人。性格は天然でお人好し。天然な故に騙されやすいのが玉にキズ。あと傷つきやすいのですぐに泣く。ビビリでヘタレで頼りない親父だが、曲がった事が大嫌いな正義感が強い熱血漢だ。最近は水虫と痔に悩まされているらしい。水虫は移すなよ。あと肛門科をとっとと受診しろ。

 まずい料理を作るのが架谷唯かさたにゆいで俺らの母ちゃん。
 サ●エさんみたいな髪型をしている元空手家。親父と同じくお人好しだけど怒ると怖い。お人好し度は親父よりはましだがドジである。ドジなせいで料理もドヘタである。この朝食の出来で一目瞭然だろう。だからこそ家事全般は俺と未来が交代でしているのだが、母ちゃんが母親らしいところを見せたいがために意地でもしようとして、ドジを踏んで、料理はまずいわ家中を滅茶苦茶にするわだから困った母親。俺らが子供の頃はばーちゃんが家事全般をやっていたそうだ。

 この両親はおしどり夫婦どころか俺と未来の見ていない所でイチャイチャするのが日課。両親仲がいいのは大いに結構だが、時々寝室からその手の声が漏れてくるのは子供の俺としてはあまり見たくも聞きたくもない。まるで家族でドラマを見ていたら、いきなりラブシーンに突入してしまって反応に困る微妙な空気感みたいなもんか。とにかくイチャイチャするんなら見ていない所で声塞いでやれってカンジだ。親のギシアンなんて二次元でも御免被る。

 そんでもってこの場にはいないけど、(母方の)俺のばあちゃんが有名な柔道家だ。
 たまに近所の教室で講師として派遣されていて、普段はここから離れた田舎の畑でトマトやらかぼちゃやらを作ってニコニコしている農業ばーちゃんだ。昔じいちゃんが他の女にデレデレしていたのを見たばーちゃんがブチ切れて、寝ているじいちゃんの陰毛をハサミでちょん切ってそれと一緒にパンツを全部ドラム缶で燃やしたっていうのは今でも架谷家の伝説となっている。陰毛じゃなくて本家をちょん切ろうとしたと笑って言っていたばーちゃんの顔を思い出すと、タマが猛烈にヒュンとするので最強なのはばーちゃんと言っても過言ではない。

 じいちゃんは空手と少林拳をあわせたような古武道の師範であり、その昔に武者修行に出た程の格闘家。
 硬派な顔つきと思えば女好きの助平でパンツ集めが趣味。今は田舎にある道場でガキ共に古武道を教えている。俺は小学校の頃は超弱虫のいじめられっ子だったので、根性を叩き直されるようにじいちゃんから古武道を叩きこまれた。じいちゃんの稽古は死ぬほど辛くて何度も死にかけたことがある。あんな修行によく生きてこれたよ俺。

 おかげで必殺のかかと落としで巨大なクマを倒せるくらいにはなった。でも力をセーブして殴らないと、屈強な男相手でも肋骨を一撃で粉砕させてしまうものだから、日頃から手加減をしなければならない生活である。もちろん未来も本気を出せる相手でなければ力をセーブする毎日だと言っていた。親父も母ちゃんも当然そうだし、じいちゃんもばあちゃんも本気を出せる相手以外は常に能ある鷹は爪を隠す状態だ。
 そんな架谷一族はリアルで格闘家族なのだ。

「それで話ってなんなんだよ」

 俺と未来はテーブルに座り、母ちゃんのまずい料理を食べ始める。やっぱりまずい。この卵焼きは味がないし、みそ汁などしょっぱすぎる。こんなの毎日飲んでいたら将来高血圧待ったなしである。白飯なんてぱさぱさすぎて……って、これ以上文句言ったら母ちゃんまで泣くので止めよう。隣の未来も同じ事を考えたのか顔を引きつらせながら黙って箸を動かしている。この夫婦はまじでどこか抜けてて泣き虫だ。

「東京の方へ引っ越しをしようと思うの」

 母ちゃんが開口一番一言。父さんは深刻そうな顔をしている。

「……え、引っ越し?なんでまた急に」
「その、な……父さん……仕事で……その……」

 親父はもじもじ言いづらそうにしている。これはもしやあれか。今不景気だし。

「もしかしてリストr「長期出張で都内に行く事になったんだ」
「は……?な……なーんだ。出張か」
「深刻そうな顔してるからとうとう仕事クビになったのかと思ったよ。驚かせないでよね~」
「さ、さすがに父さんはクビなんてそんな!はははは、驚かせてすまん!」
「ていうか窓際族な親父が長期出張なんて珍しいよな。今の支店から厄介払いされたんじゃねーのか。左遷的な意味で」
 俺の一言で親父はまた体を丸めてしくしく泣き出した。またかよ。
「ほら見なさい。また父さんが落ち込んじゃったわよ」
「あーもう……父さんのメンタル豆腐並みすぎて都内の会社でやってけるかこっちが心配になってくるんだけどーっ!」

 親父のメンタルの弱さのせいで昇進もできなければ給料も上がらないため、架谷家の家計は万年火の車である。借金がないだけマシといえばマシだが。

「でね、父さんが出張するならって事で、私達も引っ越そうと思うのよ。住む所はなんとかなりそうだし……都内に黒崎夫妻が住んでいるでしょう?私の親友の早苗ちゃん夫妻」
「早苗さんね」

 黒崎夫妻は俺や未来が小さい頃からお世話になった超絶美形夫婦である。
 遠い都内のクリニックで働く医者の一樹さんと奥さんの早苗さん。誰もが羨むおしどり夫婦で性格よしで穏やかな美男美女。医者だから高給取りで早苗さんも看護師。おまけにその息子も眉目秀麗であらゆる才能に溢れている。まるでチートじゃね?な一家だ。

 なんでこんな変わり者で貧乏地味な俺ら一家といつまでも仲良くしてくれてんのか謎である。母ちゃんが早苗さんと仲がいいからって理由はあるんだろうけど、長く都内のセレブ生活をしているとなんだかんだ身の丈にあった者同士の付き合いになっていくのが普通なのに。そんなおごり高ぶらない黒崎一家とは長年の親戚付き合いのような友好関係を結んでいるのだ。

「たしか息子の直純がサッカーの実力を見込まれて、家族で応援するために都内に引っ越して行ったんだっけ」
「そうそう!旦那さんの一樹さんが不動産関係とも融通が利いてね、安くていい物件の家があるからってこっそり紹介してくれたの。近くに店も多いし、そこに住むなら私も正社員で働けるし」
「へぇーなら家の方は問題なしと。で、俺らの高校は都内になるのか」

 自分の見るも無残な学業の成績などで入れる高校など限られている。せいぜい不良の溜まり場の底辺DQN高校ぐらいしかないな……とほほ。でも定時制高校もいいな。働きながら学校に通うっていうのも性に合っているし、定時制でも全然構わない。

「ねえ、都内に移るなら……私、百合ノ宮学園に編入したいんだけど」
「え、百合ノ宮って……」

 
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