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「用事があるのでこれで失礼いたします。あと、俺は皇帝になるつもりはありません」

 皇帝になんてなれば跡取り問題はもちろんの事、利用してくれるとばかりにハイエナのごとく群がる権力者共と付き合っていく羽目になる。何より可愛い恋人のティオとほとんど逢えなくなる。

 跡取りは養子をとればいいとはいえ、化粧臭い貴族女と仮面夫婦を演じて世間様に仲良しこよしを見せつけなければならない。そんなの反吐が出る。ティオに嫉妬させたくない。死んでもごめんだ。

「えええ、そげなぁ。お前を皇帝にとぼくちん推してたのにぃ。お前以外に適任なんていないっしょー」
「陛下。謁見中にそのはしたない言葉遣いはおやめください。皇帝陛下としての示しがつきませんし、新聞に載りますよ」
「だってぇ~フランちゃんてばつれないんだもーん」

 あー面倒くさ……。と、フラヴィオは一礼してその場を去ろうとすると、皇后に呼び止められる。

「フラン。これからリディアのお墓参りに行くのね?」
「はい。久しぶりに下町の方に寄ろうと思っています」

 皇后は姉と親交があった。姉の友人は侯爵令嬢で、その親が今の皇后だったのだ。姉が貴族とお友達だったのは最初は驚いたが、町中でお忍びで来ていた侯爵親子を持ち前の正義感で助けた事が縁だったらしい。その繋がりで、三人でよく遊びに行ったりして、平民と貴族という関係でありながらも仲良くしていたのだとか。




「姉さん……やっと仇をとれたよ」

 下町の小さな墓地には十数年前から存在する墓前に花をたむける。

「これからはティオと二人で頑張って生きていくから。もう弱虫の俺じゃないから。どうかこれからも見守っていてください」

 弱虫だった頃の自分をふと思い出す。随分ひどかったなあって。姉の死がきっかけで這い上がって来たつもりだけど、今じゃ姉さんの代わりにティオがいないとだめになってきてる。

 何年経っても変わらないな。俺は。





『やーい!愚図ノロマ泣き虫!』
『や、やめてよぉ』

 下町にある学校帰りにいつも狙ったようにやってきて、カバンを取り上げて背中にカエルや毛虫を入れられる。思いっきり水たまりに突き飛ばされたり、殴られたり蹴られたりもする。

 ひどいことをする。おれがお前らに何をしたんだって声をはりあげたい。だけど、弱虫で臆病な俺はやり返せず、いつもされるがままだった。

『ほんと、お前泣き虫だよな~!学校でも抵抗しないでカツアゲされまくってなっさけねーの!』

 その通りだ。情けない。こんなんじゃやり返せるはずもない。体が震えて鉛のように足が動かなくなる。仕返しなんてされたらと思うと怖くて言い返す事だってできやしない。気の強そうなクラスメートや上級生を見るだけで体が畏縮してしまって声を発せなくなるんだ。

『泣き虫毛虫のフランだもんな。そんなんだから友達すらできねーんだよおまえは!』
 
 相変わらず一番傷つくことを言われる。そんな事、毎日言われなくてもわかっているのに。友達ができないくらい引っ込み思案で口下手だから、クラスメート達にバカにされる日々を送っているってことも。

 こんな弱虫な俺だから何をしてもだめだ。と、いつも諦め半分でそう思ってしまう。こんな考えじゃいけないってわかっていても、とことん自分は弱いからと決めつけて逃げ続ける。相手からも、自分からも。

 本当に弱虫だった、俺は。

 目尻に涙がたまり、震えながら嗚咽をこらえる。自分自身が情けない。生理的に流れる涙は止まらない。

『こらーー!!うちの弟をいじめる奴はまたあんた達ねーっ!!』

 そんな俺が泣いている時、いつも姉さんは気づいて駆けつけてくれる。

『やべえ!フランの暴力姉貴がきたぞ!』
『『にげろぉー!!』』
『あ、こら!まちなさーい!!』

 今日もいじめっ子たちを追い払ってくれる。どんなに獰猛な男相手でも、姉は曲がったことが大嫌いな性質だから筋を通さない奴は絶対許せないし、言い負かすほど強かった。

『もう大丈夫よ、フラン。悪いいじめっ子達はお姉ちゃんが成敗してあげる』

 姉さんはいじめっ子を地の果てまで追いかけて、全員に強烈なげんこつで報復してくれる。その韋駄天走りと鉄拳制裁をいじめっ子達に与える姉は、俺の中の一種のヒーローのようで、心の中の太陽だった。

『だけどフラン。あなたもこのままでいいと思っちゃだめよ。いつかはいじめっ子たちとも向き合わなければならない。世の中は弱いだけじゃやっていけないの。自分も成長しないとね。だから今度、いじめっこ達にまた意地悪されたら、一撃でもいいからやり返しなさい』
『い、一撃なんてそんな……無理だよ。あいつらこわいし、強いし、きっとボコボコにやり返されて負けちゃうよ』
『負けてもいいの。ボコボコにされてもいいの。時には立ち向かう勇気も必要ってことをわかってほしいのよ。私もいつまでもあなたのそばにいられるわけじゃない。いつまでもあると思うな親と金って言うでしょ?」
『そんな……お姉ちゃんがそばにいなくなるなんて……やだよぉ』

 姉がいなくなる未来など想像できなくて、目尻にまたじんわりと涙が滲む。

『こらっ!そんなくらいで泣かないの!』
『だってぇ……うえええ……ひっく、ひっく。おねえちゃんがそんなこと、言うからぁ…』
『もうフランてば……』
『お姉ちゃんはずっとおれといっしょでしょ?おれ、お姉ちゃんがいないと、だめだもん』

 いじめられっ子に泣かされ、姉に守られ続ける日々。姉に守られて生きていく。この先ずっと。姉中心の生活だった俺に、姉がいなくなる未来なんて今更考えられないし、俺にはお姉ちゃんだけ。友達なんていらない。きっとこんなんじゃできない。

 ――そう思ってた。姉があの最低最悪な豚に殺される前までは。

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