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「でも、最近はどいつもこいつもありきたりな襲撃や弱い者が大挙してやってくるばかりで飽きてきた頃だった。豚の栄華もそろそろ御終いだろうとそんな気もしていた。そんな時、現帝都最強のあなたの存在を知った。しかも歴代最強の実力だとね。私はわくわくしたよ。今日という今日を心待ちにした。必ずあなたはここに来るだろうって」
「それでティオにつけていた護衛を無駄のない殺害方法で殺してアピールしていたと」
「知ってほしかったんだ。私というただ者じゃない存在もいるとな」

 戦いが好きすぎているこの男をこのまま放置すれば、フラヴィオを追って身近な者達に手をかけ、やがては意図的に隣国に喧嘩でも売って外交問題に発展させる気だろう。そうなれば最悪再び戦争が起こされかねない。ティオの安否が心配でそれどころではないが、この男もどうにかしないとこの先の平安はない気がする。腑に落ちないがこの男を止めなければ。

 フラヴィオは静かに剣を上段に構えた。この構えをした時のフラヴィオはもっとも攻撃的であり、短期決戦で仕留めるという表れ。

「本気で戦うようになったようだな。それでいい。私を止めて見せろ。でなければあなたが求める子供の元へはいけない。伯爵がいない今、私も今後は何をするかわからない」

 すっとイーサンも大きなバスターソードを構え直す。英雄時代に相棒としてきた愛剣で、それを強靭な肉体と筋肉質な身で構えるのを見ると貫禄がある。写真でしか見たことがないが、あの二十年前の英雄と言われた姿を彷彿とさせた。

「いざ、尋常に勝負」

 イーサンの掛け声で双方がぶつかりあう。
 第一手から激しい剣閃が巻き起こり、金属音が広い空間の遠くまで響き渡る。フラヴィオが袈裟に斬りかかれば、イーサンは逆袈裟に。右薙ぎをすれば左薙ぎに。なんとなく互いの動きや流派が似ているので、おそらく帝都で同じ師事を受けたのだろう。それももう過去の話。今はお互いに我流で独自の道を進んでいる。多少は似てはいても考えや戦う理由は異なっている。

「本当に強い!楽しい!まさかここまでとは!私はうれしいぞ、フラヴィオ!あなたのような者が現れてくれて!ははははは!」
「黙れ。しゃべるなやかましい」

 どちらも互角も互角で剣閃からは何度も火花が散る。様々な剣戟の応酬が続くが、徐々に互いの動きや癖が読めてきたところで勝敗の行方は傾き始める。それを見逃さず、フラヴィオは見切りをつけたように口を開いた。

「イーサン。お前の動き、読んだ」
「何!?」

 フラヴィオの剣が一瞬だけの隙あるイーサンの柄の部分を突いて弾く。思わず剣を落としかけたが、その隙を逃さずにフラヴィオの一撃がイーサンの剣を遠くに弾き飛ばした。

「お前の戦い方は多人数向きだ。いつも襲撃に備えた戦争向きの戦い方。だが、一対一の戦闘においてはごくわずかに不慣れだと感じた。俺との戦いを望んでいたくせに、その俺との一対一の勝負において実戦不足が出るとはな」
「な……」

 弾かれたバスターソードは背後の地面に突き刺さっていた。フラヴィオは続けて無情に言う。

「それでも恐ろしく強者には変わりない。貴様は誰よりも強いだろう。ただ……」

 フラヴィオの動きが一段階早くなり、一瞬でイーサンの間合いへ踏む込むと、

「がはっ……」

 その剣がイーサンの胴を捉えて一気に心臓ごと貫いた。

「俺より少しだけ弱かった。それだけの事」

 貫いた刃を引き抜くと、イーサンは血を吐きながら仰向けに倒れた。フラヴィオは刃に付いた血をさっと払い、素早く鞘に納める。その顔はなんの感慨もないいつもの無表情だった。

「見事、だ……さすがは……歴代最強の実力者……と、言われている、だけは、あった」
 
 敗れた元英雄は血を吐きながらもフラヴィオに賛辞を贈る。

「…………」

 フラヴィオは背中をむけて黙っている。元英雄に言われるのは悪い気はしないが、この男のした事は豚ほどではないが許すことはできない。

「死ぬ前に……お前のよう、な……強者、と、戦えて……よか……った…………くいは、ない……。ここ、ろの……どこか、で………とめて……ほし、かった………」

 イーサンは満足げに呻き声をあげて息を引き取った。最後の最後まで戦闘狂らしい最期ではあったが、心のどこかで暴走する自分を止めてほしかったのだろう。隣国との小競り合いで取り返しのつかない事態になる前に。戦争を引き起こしてしまう前に。豚のそばで鬱憤を吐き出しながらも暴走する心は常にくすぶっていた。二十年以上も強者を探し求めていた。思想や生き方をもう変えられないほどに。

 フラヴィオはふうっと息を吐き、イーサンの死体を見ることなくそのまま黙って先を急いだ。





 広い部屋を出た先には小さな小部屋が目に入った。物置かと思ったがかすかに人の気配を感じる。

 震える手で小部屋の戸をゆっくり開けると、中は狭い石積みの空間だった。天井近くに小さな窓があるだけで昼間にも関わらず薄暗い。静かに足を踏み入れると、柱で死角になって見えなかったベットがあり、その上に鎖に繋がれた愛しい少年をやっと見つけた。

「っティオ!!」

 返事はない。この部屋は他の空間より肌寒さを感じた。そんな中でティオは薄い布の服一枚のみで横になっている。布の服の下から殴られたような跡がいくつか見えて気が狂いそうになるが、ティオにこんな顔を見られたくないがために感情を抑える。

「ティオ、ティオ。なあ、ティオ」

 何度も声を掛けるが、目を閉じて青白い顔をしたままぴくりとも動かない。血の気が引いて、最悪な展開を予期してしまう。それでも恐る恐るティオの頬や首に触れると、心臓の音や脈が正常に動いているのを感じた。冷たかったがちゃんと息をしているのがわかった。

「ティオっ……よかった……生きていてくれて」

 目頭が熱くなり、鼻の奥がつんと痛む。脱力するほどホッとして、一つ、二つと、流れ落ちた涙がティオの頬を濡らした。自分の体温を分け与えるようにしてぎゅっと抱きしめて、気が気じゃない心情を落ち着かせる。

 毛皮のマントでティオを包み、繋がられた鎖をナイフで壊し、壊れ物を扱うように慎重に抱き上げた。あまりにも軽くてまた心配になったが、一刻も早くこんな劣悪な場所から退散したい。はやく医者に診せて手当てをしなければと、ティオの状態を最優先にした。

 もう二度と辛い目に合わせない。この自分の命より大切な存在となったティオを守る――。
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