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今思えば、一目惚れだったのかもしれない。二十歳にもなって一目惚れなんてなかなかない話だと思うが、無意識に目移りしているのは自分でもわかっていた。
ケガが完治していないのに動き回るわ、無理して礼をしたいと喚くわで、怪我人のくせして落ち着きがない奴だと思ったが、まっすぐに接してくれるティオが可愛らしかった。次第に同性でありながら恋情を抱くのに時間はかからなかった。
この前のティオが針仕事で親指に傷を作った時も、惹かれているからゆえの咄嗟の行動だった。
あれがティオ以外の人間だったら絶対にする事はないだろうし、義務的に様子を見て終わりなはずだ。むしろそこまで動けるようになったなら早く出て行くよう促していただろうとも思う。
ただ、ティオが相手だから。惹かれている相手だからこそ、一日に何度も様子を見て構ってしまう。
話をしているだけで心が洗われて、疲れが吹っ飛ぶ。けなげに頑張る姿や、笑顔を見せるティオが可愛くて愛おしい。そう思う程にティオと話す時間が一番の楽しみとなっていた。
「フランさん、お仕事お疲れ様です」
「お前はもう大丈夫そうだな」
二人だけで会話をするようになって、よりティオの事を知るようになると、この感情の歯止めはもうきかなくなっていた。
「今日の夕食はフランさんの好きなキノコのシチューなんですよ。俺も怪我が治ったので厨房で手伝いました」
すっかり元気になったティオは、人一倍働き者で屋敷の使用人以上に忙しく動きまわっている。今は外で洗濯を干して、その後にはいつもの縫い物の仕事なんだとか。
「楽しみにしているよ、夕食」
「はいっ」
懐に入れていた懐中時計を確認すると、そろそろ仕事に戻らないといけない時間だ。楽しい時間ほど過ぎるのが早くて名残惜しい。
「そろそろ――」
と、重い腰をあげる。
「もうそんな時間ですか……」
「ティオ」
「はい」
じっとその瞳に視線を合わせた。黒曜石のような瞳を。
名残惜しいからこそ、ティオの今日の姿を目に焼き付けておこうとしただけなのに、自然と目が離せなくなってしまっていた。黒曜石の瞳が不思議そうに揺れている。でも徐々に……頬も熱を帯びていく。誰でもない。自分のせいで。
期待してもいいのだろうか。
「フラン、さん……」
じっと見つめていると、ティオもこちらを視線に捉えたまま動かない。
お前も、俺を……
お互いを視線に入れたまま数秒が経ち、フラヴィオは無意識に近寄っていた。そして、顔を近づけていた。
お前もそうなら……その顔を、瞳を、唇を……
感情の赴くままに唇を重ねようとすると、遠くから使用人が自分を呼ぶ声が聞こえてはっとする。我に返って離れた。
「っ……また、明日……な」
「……はい、また明日」
お互いは何事もなかったかのように別れた。心の中は動揺でいっぱいで心臓がいつまでも高鳴っていた。
不思議だなあ。
男の人相手なのに。流れるように顔を近づけあってキスをされそうになっていたのに。嫌どころかほしいと思ってしまっていた。
自分が自分じゃないようなほどあの雰囲気に、青い瞳に魅せられてしまっていたのだ。
今まで以上に体が熱くなるのを感じて胸がドキドキしている。未遂だったのに、この熱はなかなか収まりそうもない。この熱の正体はもうなんとなくわかる。
俺……フランさんが――……
いつも通りの待ち合わせ時間より少し早めに洗濯を行う。こうして洗濯を干していれば、窓の外に自分がいるのに気づいてやって来てくれる。あまり長い時間一緒にいられないけれど、この時間が一日の何よりも楽しみな時間だ。
それに明日にはシャツも完成するし、わくわくしちゃうな。
そろそろ来るだろうかと辺りを見渡していると、花の香りが風に乗って漂ってきた。この変わった香水はティオには縁のない代物。女性がよく付けるものだ。
へえ、いい香りだな……と、なんとなく匂いがする方へ歩いていくと、フラヴィオの姿が見えた。
フランさん――と、声を掛けようとしたが、目の前の光景に固まって口を閉じた。
綺麗な女性が、フラヴィオと楽しそうに腕を組んでいる。
たったそれだけで、手を振ろうとした腕が力なく脱力し、ティオのはしゃぎたい気持ちが急激に下降していった。
フランさんと女の人……
心のどこかでわかっていた。彼は公爵という高い身分を持っていて、自分には手の届かない雲の上の存在。女性にいい寄られるなんてしょっちゅうだろうし、男である自分に本気になる事なんてないって。
昨日のあの時間も、雰囲気で流されただけだと思うと妙に納得してしまえた。
だから、フランさんはあんなに簡単に俺にキスを……?
なんで自分が彼の特別になれると思っていたんだろう。そんな夢みたいな話はありえない事だと考えたらわかるのに。
恋は盲目。その通りなのかもしれない。
一人で盛り上がっていてバカみたいで。ほんと、自惚れもいい所。自分はただ都合のいい存在だっただけ。
洗濯物をさっさと干してから、脇目も触れずにその場を後にした。
「ティオ」
部屋で裁縫の続きを始めると、いつも通りの時間に来ないティオを訝しく思ったのか直接フラヴィオが部屋を訪れた。
「なんですか」
思ったほど冷たい声が出てしまった。こんなに冷たい態度に自分でも驚いてしまった。
「どこか具合が悪いのか」
「別に悪くないですよ。ただ、部屋にいたい気分なだけです」
「ティオ」
「なんですか」
「なぜ目をそらす」
「顔を見たくないからです」
心の奥のモヤモヤは苛立ちをぐんと募らせる。だからついはっきりと言ってしまった。
罪悪感がわいたが、今は彼と話していたくない。つまらない意地と醜い嫉妬だとわかっているのに酷い態度をとってしまう。
キスしようとした翌日に女の人と仲よさそうにしていたのに。遊びであんな事ができるのか。わかった上で手を出そうとしたのか。
「ティオ……」
フラヴィオから伸ばされる手にハッとして、思わずその手を払った。
女の人と手を繋いだ手で触らないでほしい。自分なんかよりその女といたらどうだと言ってやりたい。そんな風に思ってしまう自分が醜くて嫌になる。
「俺が……嫌いか……?」
いつもの無表情な顔が、悲しげに揺れている。
「っ……き、嫌い」
ケガが完治していないのに動き回るわ、無理して礼をしたいと喚くわで、怪我人のくせして落ち着きがない奴だと思ったが、まっすぐに接してくれるティオが可愛らしかった。次第に同性でありながら恋情を抱くのに時間はかからなかった。
この前のティオが針仕事で親指に傷を作った時も、惹かれているからゆえの咄嗟の行動だった。
あれがティオ以外の人間だったら絶対にする事はないだろうし、義務的に様子を見て終わりなはずだ。むしろそこまで動けるようになったなら早く出て行くよう促していただろうとも思う。
ただ、ティオが相手だから。惹かれている相手だからこそ、一日に何度も様子を見て構ってしまう。
話をしているだけで心が洗われて、疲れが吹っ飛ぶ。けなげに頑張る姿や、笑顔を見せるティオが可愛くて愛おしい。そう思う程にティオと話す時間が一番の楽しみとなっていた。
「フランさん、お仕事お疲れ様です」
「お前はもう大丈夫そうだな」
二人だけで会話をするようになって、よりティオの事を知るようになると、この感情の歯止めはもうきかなくなっていた。
「今日の夕食はフランさんの好きなキノコのシチューなんですよ。俺も怪我が治ったので厨房で手伝いました」
すっかり元気になったティオは、人一倍働き者で屋敷の使用人以上に忙しく動きまわっている。今は外で洗濯を干して、その後にはいつもの縫い物の仕事なんだとか。
「楽しみにしているよ、夕食」
「はいっ」
懐に入れていた懐中時計を確認すると、そろそろ仕事に戻らないといけない時間だ。楽しい時間ほど過ぎるのが早くて名残惜しい。
「そろそろ――」
と、重い腰をあげる。
「もうそんな時間ですか……」
「ティオ」
「はい」
じっとその瞳に視線を合わせた。黒曜石のような瞳を。
名残惜しいからこそ、ティオの今日の姿を目に焼き付けておこうとしただけなのに、自然と目が離せなくなってしまっていた。黒曜石の瞳が不思議そうに揺れている。でも徐々に……頬も熱を帯びていく。誰でもない。自分のせいで。
期待してもいいのだろうか。
「フラン、さん……」
じっと見つめていると、ティオもこちらを視線に捉えたまま動かない。
お前も、俺を……
お互いを視線に入れたまま数秒が経ち、フラヴィオは無意識に近寄っていた。そして、顔を近づけていた。
お前もそうなら……その顔を、瞳を、唇を……
感情の赴くままに唇を重ねようとすると、遠くから使用人が自分を呼ぶ声が聞こえてはっとする。我に返って離れた。
「っ……また、明日……な」
「……はい、また明日」
お互いは何事もなかったかのように別れた。心の中は動揺でいっぱいで心臓がいつまでも高鳴っていた。
不思議だなあ。
男の人相手なのに。流れるように顔を近づけあってキスをされそうになっていたのに。嫌どころかほしいと思ってしまっていた。
自分が自分じゃないようなほどあの雰囲気に、青い瞳に魅せられてしまっていたのだ。
今まで以上に体が熱くなるのを感じて胸がドキドキしている。未遂だったのに、この熱はなかなか収まりそうもない。この熱の正体はもうなんとなくわかる。
俺……フランさんが――……
いつも通りの待ち合わせ時間より少し早めに洗濯を行う。こうして洗濯を干していれば、窓の外に自分がいるのに気づいてやって来てくれる。あまり長い時間一緒にいられないけれど、この時間が一日の何よりも楽しみな時間だ。
それに明日にはシャツも完成するし、わくわくしちゃうな。
そろそろ来るだろうかと辺りを見渡していると、花の香りが風に乗って漂ってきた。この変わった香水はティオには縁のない代物。女性がよく付けるものだ。
へえ、いい香りだな……と、なんとなく匂いがする方へ歩いていくと、フラヴィオの姿が見えた。
フランさん――と、声を掛けようとしたが、目の前の光景に固まって口を閉じた。
綺麗な女性が、フラヴィオと楽しそうに腕を組んでいる。
たったそれだけで、手を振ろうとした腕が力なく脱力し、ティオのはしゃぎたい気持ちが急激に下降していった。
フランさんと女の人……
心のどこかでわかっていた。彼は公爵という高い身分を持っていて、自分には手の届かない雲の上の存在。女性にいい寄られるなんてしょっちゅうだろうし、男である自分に本気になる事なんてないって。
昨日のあの時間も、雰囲気で流されただけだと思うと妙に納得してしまえた。
だから、フランさんはあんなに簡単に俺にキスを……?
なんで自分が彼の特別になれると思っていたんだろう。そんな夢みたいな話はありえない事だと考えたらわかるのに。
恋は盲目。その通りなのかもしれない。
一人で盛り上がっていてバカみたいで。ほんと、自惚れもいい所。自分はただ都合のいい存在だっただけ。
洗濯物をさっさと干してから、脇目も触れずにその場を後にした。
「ティオ」
部屋で裁縫の続きを始めると、いつも通りの時間に来ないティオを訝しく思ったのか直接フラヴィオが部屋を訪れた。
「なんですか」
思ったほど冷たい声が出てしまった。こんなに冷たい態度に自分でも驚いてしまった。
「どこか具合が悪いのか」
「別に悪くないですよ。ただ、部屋にいたい気分なだけです」
「ティオ」
「なんですか」
「なぜ目をそらす」
「顔を見たくないからです」
心の奥のモヤモヤは苛立ちをぐんと募らせる。だからついはっきりと言ってしまった。
罪悪感がわいたが、今は彼と話していたくない。つまらない意地と醜い嫉妬だとわかっているのに酷い態度をとってしまう。
キスしようとした翌日に女の人と仲よさそうにしていたのに。遊びであんな事ができるのか。わかった上で手を出そうとしたのか。
「ティオ……」
フラヴィオから伸ばされる手にハッとして、思わずその手を払った。
女の人と手を繋いだ手で触らないでほしい。自分なんかよりその女といたらどうだと言ってやりたい。そんな風に思ってしまう自分が醜くて嫌になる。
「俺が……嫌いか……?」
いつもの無表情な顔が、悲しげに揺れている。
「っ……き、嫌い」
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