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十八章/黒崎家
166.最強の刺客
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行った事はないが、その威容だけはよく交通機関から見かける。西新宿にある日本一高いビルだそうで、高さは330メートル。社長室がある最上階は70階。それをエレベーターなしで昇るのはそれなりに体力を使うだろう。
「おじいちゃんの地獄の夏合宿よりかはマシでしょ」
「まあ、そうなんだけど……敵を倒しながらだから体力の配分を考えて進まないとなって思って」
「そうだね」と、相田。
「一部は生半可な相手ではないと思うよ。外注業者。つまりプロの殺し屋ね。その世界では有名な名前をチラホラ見かけたから、相当な手練れもいるよ」
裏の世界を知り尽くしている相田が説明すると信憑性が増す。自宅などにいた三下スナイパーや暗殺者など話にならなさそうだ。
「そいつらと戦うとして、他の雑魚共がうっとうしいかも。ビルの周りから張ってそうだしな」
「入口付近にいる社員については我々や誠一郎派の社員達が食い止めます。その間に甲斐さん達は先に進み、直様と社長がいる上の階へ向かってください」
「久瀬さんも戦ってくれるんだな」
「もちろんです。私も正之社長には思うことがいろいろありますから。私以外の部下や同僚達も最近は不満が高まっているせいか、社長の陰口を聞かない日はないほどです。あの人を社長の座から引きずり下ろさなければ矢崎財閥の将来は暗い」
「内輪の戦いでもあるって事か。あのバカ社長って明らかに下っ端からは嫌われてそうだもんな。あんなんじゃ部下から不満も鬱憤も溜まるだろうよ」
あんなのがトップとか心中お察ししたい所だ。業績はいいかもしれないが内部は腐敗だらけで、まともな人ほど愛想が尽きて辞めていく有様との事。腐敗に染まり切ったクズばかりが蔓延り、上層部は余計にそれが深刻らしい。だとしたら、明日は矢崎財閥の転機になるだろう。
「甲斐くん、直を必ず助け出してほしい」
昭弘とあずみが真剣に声を掛けてきた。
「直はね、とっても繊細で寂しがりやな所があるから、独りぼっちになっちゃうといろいろ思い詰める所があるんだ。学生の頃もね、私たちがいない時はいつも暗い顔してて、時々自傷行為してるのを見た事があったから、だから……変な気を起こさないか心配で……」
直は何度も自殺未遂をしたと自分で語っていた。そんな二人もその暗い雰囲気を察しているからこそ心配でたまらないんだろう。
「大丈夫。昭弘君もあずみちゃんも、信じて待っててほしい。俺が必ず直を助け出す。直を独りぼっちになんてさせないから」
人一倍寂しがりやな直が一人で生きていける程強くはない。それを一番よくわかっている甲斐は、改めて直を救うという気持ちを強く持った。
*
直が甲斐に手紙で別れを告げてからすぐ、矢崎財閥本社ビルでの軟禁生活が始まった。
68階の居住スペースに缶詰めにされ、渡米するまでこのビルに黙って問題も起こさず過ごしていろとの命令らしい。
言われなくても出るつもりなんてない。自らそう決めて、何もかも捨ててこちらに来たのだから。
この日は婚約者の女との親族同士の顔合わせ。勝手に小間使いが動き、新しい上質なスーツに着替えさせて身だしなみを綺麗に整えられる。それから新しい秘書の川田にこれからの段取りを事細かに説明されたが、そんな説明など右から左へと流れていく。
顔合わせ会場に連れて来られると鈴木カレンが立っていた。自分の顔を見るなり笑顔で頭を下げて、自分の隣に立ち、腕を組まれる。早くから財閥夫人気取りかとそういう仕草に無性に苛立ったが、もはや邪険にする気力もわかずにぼんやりその場を佇んだ。
女の薬指にはいつの間にか指輪がはめられていて、自分の薬指にも今しがたはめられていく。勝手に父親が業者に作らせた特注の指輪だろう。サイズがぴったりな所を見て非常に呆れかえる。
これをはめて仲睦まじいアピールをしろというのか。どうせ結婚式を挙げて数年程経てば、世間から仮面夫婦だなんだと言われるのが目に見えているのに。
その後、たくさんいる顔合わせは滞りなく進み、気がつけば正之が偉そうに終わりの挨拶をしている最中だった。
どうやら上の空のままいたら、いつの間にか顔合わせは終わっていたらしい。一言も話さず、誰が誰かなんて全く頭に入らなかった。まあ、成金親族の顔なんて覚えてもなんの得にもならないから別にどうだっていいが。
部屋に戻る際、向こうの方から声を掛けられた。
物憂そうに視線を向けると、カレンがそばに立っている。
「なんか用か」
今はこの女と話す気分じゃない。
「元気がないので慰めたいのです。私はあなたの妻になるのですから」
「妻、ねぇ。オレはお前を全く抱きたいと思わないし、好きでもなんでもない。言っただろ?セックスはガキ作る時以外はなしだって。お前の事など眼中にない。消えろ」
「っ、ですが、夫が辛そうにしている時は支えてやれと母が」
「別に辛そうにしてませんが何か」
「でも……顔合わせの時、ずっと放心していたので。だから体で慰めてあげると夫は嬉しくなると母が」
「何それ。母が母がって、お前なんでもかんでも母の言う通りにしてんの?操り人形?マザコンとか引くわ」
「そんな、私はただあなたの力になりたくて」
「いらん。今はお前の顔を見ているだけで虫唾が走る。顔面に蹴り入れられたくなければすぐに消えろ」
そうして自室にこもってベットに雪崩れ込む。
甲斐……甲斐……
涙を流しながら直は愛しい存在を思い浮かべた。
*
その頃、社長室では――
「明日、架谷一族とその仲間が必ずここへ来るだろう。特に架谷甲斐は一番の厄介者。そいつを殺してほしい」
社長がある男に指令を出していた。図体がとても大きく、顔や体には至る所に歴戦の傷痕を残している。
「それで?そやつの強さはいかほどだ」
「強い。規格外なほどにな。戦ってみればわかる。お前が満足する男かもしれない。だからこそ、必ず葬ってほしい」
「アンタにしては切羽詰まっているな。よほどの相手か」
「私に生意気にも反抗し、直を奪おうとするとんでもない貧乏平民だ。その一族も強い。かつてない程の邪魔者なのだ」
「そこまで言うとは……ふふふ、楽しみだ。この戦闘狂と呼ばれる俺を満足させられる相手ならいくらでも戦ってやる」
「頼むぞ、機械坊」
十八章 完
「おじいちゃんの地獄の夏合宿よりかはマシでしょ」
「まあ、そうなんだけど……敵を倒しながらだから体力の配分を考えて進まないとなって思って」
「そうだね」と、相田。
「一部は生半可な相手ではないと思うよ。外注業者。つまりプロの殺し屋ね。その世界では有名な名前をチラホラ見かけたから、相当な手練れもいるよ」
裏の世界を知り尽くしている相田が説明すると信憑性が増す。自宅などにいた三下スナイパーや暗殺者など話にならなさそうだ。
「そいつらと戦うとして、他の雑魚共がうっとうしいかも。ビルの周りから張ってそうだしな」
「入口付近にいる社員については我々や誠一郎派の社員達が食い止めます。その間に甲斐さん達は先に進み、直様と社長がいる上の階へ向かってください」
「久瀬さんも戦ってくれるんだな」
「もちろんです。私も正之社長には思うことがいろいろありますから。私以外の部下や同僚達も最近は不満が高まっているせいか、社長の陰口を聞かない日はないほどです。あの人を社長の座から引きずり下ろさなければ矢崎財閥の将来は暗い」
「内輪の戦いでもあるって事か。あのバカ社長って明らかに下っ端からは嫌われてそうだもんな。あんなんじゃ部下から不満も鬱憤も溜まるだろうよ」
あんなのがトップとか心中お察ししたい所だ。業績はいいかもしれないが内部は腐敗だらけで、まともな人ほど愛想が尽きて辞めていく有様との事。腐敗に染まり切ったクズばかりが蔓延り、上層部は余計にそれが深刻らしい。だとしたら、明日は矢崎財閥の転機になるだろう。
「甲斐くん、直を必ず助け出してほしい」
昭弘とあずみが真剣に声を掛けてきた。
「直はね、とっても繊細で寂しがりやな所があるから、独りぼっちになっちゃうといろいろ思い詰める所があるんだ。学生の頃もね、私たちがいない時はいつも暗い顔してて、時々自傷行為してるのを見た事があったから、だから……変な気を起こさないか心配で……」
直は何度も自殺未遂をしたと自分で語っていた。そんな二人もその暗い雰囲気を察しているからこそ心配でたまらないんだろう。
「大丈夫。昭弘君もあずみちゃんも、信じて待っててほしい。俺が必ず直を助け出す。直を独りぼっちになんてさせないから」
人一倍寂しがりやな直が一人で生きていける程強くはない。それを一番よくわかっている甲斐は、改めて直を救うという気持ちを強く持った。
*
直が甲斐に手紙で別れを告げてからすぐ、矢崎財閥本社ビルでの軟禁生活が始まった。
68階の居住スペースに缶詰めにされ、渡米するまでこのビルに黙って問題も起こさず過ごしていろとの命令らしい。
言われなくても出るつもりなんてない。自らそう決めて、何もかも捨ててこちらに来たのだから。
この日は婚約者の女との親族同士の顔合わせ。勝手に小間使いが動き、新しい上質なスーツに着替えさせて身だしなみを綺麗に整えられる。それから新しい秘書の川田にこれからの段取りを事細かに説明されたが、そんな説明など右から左へと流れていく。
顔合わせ会場に連れて来られると鈴木カレンが立っていた。自分の顔を見るなり笑顔で頭を下げて、自分の隣に立ち、腕を組まれる。早くから財閥夫人気取りかとそういう仕草に無性に苛立ったが、もはや邪険にする気力もわかずにぼんやりその場を佇んだ。
女の薬指にはいつの間にか指輪がはめられていて、自分の薬指にも今しがたはめられていく。勝手に父親が業者に作らせた特注の指輪だろう。サイズがぴったりな所を見て非常に呆れかえる。
これをはめて仲睦まじいアピールをしろというのか。どうせ結婚式を挙げて数年程経てば、世間から仮面夫婦だなんだと言われるのが目に見えているのに。
その後、たくさんいる顔合わせは滞りなく進み、気がつけば正之が偉そうに終わりの挨拶をしている最中だった。
どうやら上の空のままいたら、いつの間にか顔合わせは終わっていたらしい。一言も話さず、誰が誰かなんて全く頭に入らなかった。まあ、成金親族の顔なんて覚えてもなんの得にもならないから別にどうだっていいが。
部屋に戻る際、向こうの方から声を掛けられた。
物憂そうに視線を向けると、カレンがそばに立っている。
「なんか用か」
今はこの女と話す気分じゃない。
「元気がないので慰めたいのです。私はあなたの妻になるのですから」
「妻、ねぇ。オレはお前を全く抱きたいと思わないし、好きでもなんでもない。言っただろ?セックスはガキ作る時以外はなしだって。お前の事など眼中にない。消えろ」
「っ、ですが、夫が辛そうにしている時は支えてやれと母が」
「別に辛そうにしてませんが何か」
「でも……顔合わせの時、ずっと放心していたので。だから体で慰めてあげると夫は嬉しくなると母が」
「何それ。母が母がって、お前なんでもかんでも母の言う通りにしてんの?操り人形?マザコンとか引くわ」
「そんな、私はただあなたの力になりたくて」
「いらん。今はお前の顔を見ているだけで虫唾が走る。顔面に蹴り入れられたくなければすぐに消えろ」
そうして自室にこもってベットに雪崩れ込む。
甲斐……甲斐……
涙を流しながら直は愛しい存在を思い浮かべた。
*
その頃、社長室では――
「明日、架谷一族とその仲間が必ずここへ来るだろう。特に架谷甲斐は一番の厄介者。そいつを殺してほしい」
社長がある男に指令を出していた。図体がとても大きく、顔や体には至る所に歴戦の傷痕を残している。
「それで?そやつの強さはいかほどだ」
「強い。規格外なほどにな。戦ってみればわかる。お前が満足する男かもしれない。だからこそ、必ず葬ってほしい」
「アンタにしては切羽詰まっているな。よほどの相手か」
「私に生意気にも反抗し、直を奪おうとするとんでもない貧乏平民だ。その一族も強い。かつてない程の邪魔者なのだ」
「そこまで言うとは……ふふふ、楽しみだ。この戦闘狂と呼ばれる俺を満足させられる相手ならいくらでも戦ってやる」
「頼むぞ、機械坊」
十八章 完
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