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十八章/黒崎家
162.黒崎家の過去6
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本望?何を言っているのこの人は。直がそんな事を望んでいるなんて本人が言ったわけでもないのに。
何不自由のない生活が約束される?たしかに矢崎財閥の庇護下に置かれれば不自由はしないだろう。しかし、それと引き換えにいろんなものを犠牲にする事になる。
私も令嬢として生まれた身だからわかるが、権力者の子供として生まれた者はまず自由がなくなり、常に監視が付き、親が敷いたレール上を生きていく事になる。跡取り、陰謀、野望、悪辣な連中とのシガラミ、それらが常について回る。
欲望に忠実な汚い大人達の権力争いを見せつけられ、自由のない箱庭、上級国民としての選民意識を植え付けられて、お金では買えない真心と温かさなんて程遠い世界だ。
それは果たして幸せと言えるのだろうか。私はそうじゃなかった。一樹さんと出会う前までは――。
今はまだ赤ん坊でも、大きくなって自分の立場がわかった頃、直はきっと自分自身の事で思い悩み、苦しむのが目に見えている。この冷酷そうな男はとても家族や友人を大事にするようには思えないし、おそらく直を自分の都合のいい傀儡として育てるつもりだろう。
考えればわかる未来が見える。家族の温かさを知らずに育ち、何不自由のない生活が自分を傲慢にさせ、権力者だからと腫物を扱う態度で接され、そしてこの男の私利私欲の道具にさせられる未来を知った直の絶望感は計り知れないだろう。
そんなわかりきった辛い人生になんて親として歩ませるわけにはいかない!
『勝手に直の事を決めないでください。何度説得されても考えは変わりません』
『頑固ですね。この世の中、金がないと生きてはいけないんですよ。こんな何もない田舎で暮らしていくより、親として直君にはもっと何不自由のない生活をさせてあげるべきではないですか。あなた方黒崎家は本当にお金に困っているようだと聞いたもので』
『たとえ貧しくても、私達は今が幸せなんです。お金に困っているだなんて心配してもらわなくても結構。余計なお世話です』
『そうですか……。あくまで考えを変えない態度なら残念ですが、止むを得ませんね』
正之社長の合図により数人の部下が急に動き出す。いきなり家に土足で上がり込み、奥の部屋へと向かっていく。
『やめてください!!』
私が慌てて追いかけた奥の寝室には、すでに数人の黒服が直を取り囲んで抱き上げていた。直だけじゃなく悠里まで。二人は見知らぬ男共に抱き上げられて驚き、激しく泣き始めた。
『直ッ!悠里!二人を放してくださいっ!返してっ!』
私は二人を取り返そうと黒服の連中に掴みかかるが、軽くあしらわれて突き飛ばされてしまう。棚の角に頭を強く打ちつけて流血したが、痛みより二人の事しか考えられない。
『社長の命令です。申し訳ありませんが、この直君は我々が矢崎家の後継者として育てます』
黒服のスーツたちは非情に言う。
『そうです。直君はきっといい矢崎家の後継者となる。亡くなった息子の代役以上の役目をちゃんと果たしてくれるでしょう』と、社長も土足でやってくる。
『そんな事勝手に決めないでください!二人を返してっ!!』
『チッ、しつこいんだよ』
苛立った黒服から殴り飛ばされ、鼻血を出しながら私は倒れる。
非力な女の私では数人の黒服をやり過ごす事はおろか、社長にさえも近寄れない。
その様子を見てか直と悠里はますます激しく泣きじゃくり、母親として可哀想で見ていられなくて、何度も手を伸ばした。
『もう返せません。ですが大丈夫。あなた方の心情を無駄にしないよう、今からでも完璧な英才教育のプログラムを実施し、将来は立派な矢崎一族のトップとして育てて見せましょう。歴代に恥じないようにね。もう一方の双子の妹の方は丁度娘を欲しがっている下っ端がいましてね。ついでではありますがそちらに養子として提供する事にしましょう。双子の片割れという事で使い道があるかもしれませんから』
『そ、んな……っ!』
直だけじゃなく、悠里まで……!
社長を筆頭に連中は用は終わったとばかりに家をさっさと出ていく。直と悠里を抱いている部下の車に社長も乗り込み、その車の前後を護衛するように他の部下達もそれぞれの車に乗り込んでいく。
私は頭の傷等でフラつきながらなんとか裸足で追いかけ、社長が乗っている車を見つけて窓ガラスを叩いた。少しだけ窓ガラスが開くと、社長が顔を見せる。
『これも運命だと思って諦めてください、黒崎さん。直はもうあなたのものではないのです。我々矢崎財閥の道具となる。その事実は覆される事はない。それでは失礼』
窓ガラスが閉められると、無情にも車は発車する。
『直ッ!!悠里!!返してっ!返してッ!!行かないでッ!!』
走りながら窓ガラスを必死に叩く。車の中の二人は見えない。運転手がどんどんスピードをあげていくと徐々に離れ、車間距離ができ、私が不意につまずいた所で子供達を乗せた車は一気に遠くの方へ離れていく。車の姿は小さくなり、やがては見えなくなった。
愛する二人の双子は矢崎財閥に連れて行かれてしまったのだった。
『っ……なお…っ……ゆうり……っ……あああぁあああっ!!』
転んだままの状態で私は泣き崩れ、しばらくの慟哭にその場を動けなかった。
結局なんの力もない自分は子供達を守れなかった。
何不自由のない生活が約束される?たしかに矢崎財閥の庇護下に置かれれば不自由はしないだろう。しかし、それと引き換えにいろんなものを犠牲にする事になる。
私も令嬢として生まれた身だからわかるが、権力者の子供として生まれた者はまず自由がなくなり、常に監視が付き、親が敷いたレール上を生きていく事になる。跡取り、陰謀、野望、悪辣な連中とのシガラミ、それらが常について回る。
欲望に忠実な汚い大人達の権力争いを見せつけられ、自由のない箱庭、上級国民としての選民意識を植え付けられて、お金では買えない真心と温かさなんて程遠い世界だ。
それは果たして幸せと言えるのだろうか。私はそうじゃなかった。一樹さんと出会う前までは――。
今はまだ赤ん坊でも、大きくなって自分の立場がわかった頃、直はきっと自分自身の事で思い悩み、苦しむのが目に見えている。この冷酷そうな男はとても家族や友人を大事にするようには思えないし、おそらく直を自分の都合のいい傀儡として育てるつもりだろう。
考えればわかる未来が見える。家族の温かさを知らずに育ち、何不自由のない生活が自分を傲慢にさせ、権力者だからと腫物を扱う態度で接され、そしてこの男の私利私欲の道具にさせられる未来を知った直の絶望感は計り知れないだろう。
そんなわかりきった辛い人生になんて親として歩ませるわけにはいかない!
『勝手に直の事を決めないでください。何度説得されても考えは変わりません』
『頑固ですね。この世の中、金がないと生きてはいけないんですよ。こんな何もない田舎で暮らしていくより、親として直君にはもっと何不自由のない生活をさせてあげるべきではないですか。あなた方黒崎家は本当にお金に困っているようだと聞いたもので』
『たとえ貧しくても、私達は今が幸せなんです。お金に困っているだなんて心配してもらわなくても結構。余計なお世話です』
『そうですか……。あくまで考えを変えない態度なら残念ですが、止むを得ませんね』
正之社長の合図により数人の部下が急に動き出す。いきなり家に土足で上がり込み、奥の部屋へと向かっていく。
『やめてください!!』
私が慌てて追いかけた奥の寝室には、すでに数人の黒服が直を取り囲んで抱き上げていた。直だけじゃなく悠里まで。二人は見知らぬ男共に抱き上げられて驚き、激しく泣き始めた。
『直ッ!悠里!二人を放してくださいっ!返してっ!』
私は二人を取り返そうと黒服の連中に掴みかかるが、軽くあしらわれて突き飛ばされてしまう。棚の角に頭を強く打ちつけて流血したが、痛みより二人の事しか考えられない。
『社長の命令です。申し訳ありませんが、この直君は我々が矢崎家の後継者として育てます』
黒服のスーツたちは非情に言う。
『そうです。直君はきっといい矢崎家の後継者となる。亡くなった息子の代役以上の役目をちゃんと果たしてくれるでしょう』と、社長も土足でやってくる。
『そんな事勝手に決めないでください!二人を返してっ!!』
『チッ、しつこいんだよ』
苛立った黒服から殴り飛ばされ、鼻血を出しながら私は倒れる。
非力な女の私では数人の黒服をやり過ごす事はおろか、社長にさえも近寄れない。
その様子を見てか直と悠里はますます激しく泣きじゃくり、母親として可哀想で見ていられなくて、何度も手を伸ばした。
『もう返せません。ですが大丈夫。あなた方の心情を無駄にしないよう、今からでも完璧な英才教育のプログラムを実施し、将来は立派な矢崎一族のトップとして育てて見せましょう。歴代に恥じないようにね。もう一方の双子の妹の方は丁度娘を欲しがっている下っ端がいましてね。ついでではありますがそちらに養子として提供する事にしましょう。双子の片割れという事で使い道があるかもしれませんから』
『そ、んな……っ!』
直だけじゃなく、悠里まで……!
社長を筆頭に連中は用は終わったとばかりに家をさっさと出ていく。直と悠里を抱いている部下の車に社長も乗り込み、その車の前後を護衛するように他の部下達もそれぞれの車に乗り込んでいく。
私は頭の傷等でフラつきながらなんとか裸足で追いかけ、社長が乗っている車を見つけて窓ガラスを叩いた。少しだけ窓ガラスが開くと、社長が顔を見せる。
『これも運命だと思って諦めてください、黒崎さん。直はもうあなたのものではないのです。我々矢崎財閥の道具となる。その事実は覆される事はない。それでは失礼』
窓ガラスが閉められると、無情にも車は発車する。
『直ッ!!悠里!!返してっ!返してッ!!行かないでッ!!』
走りながら窓ガラスを必死に叩く。車の中の二人は見えない。運転手がどんどんスピードをあげていくと徐々に離れ、車間距離ができ、私が不意につまずいた所で子供達を乗せた車は一気に遠くの方へ離れていく。車の姿は小さくなり、やがては見えなくなった。
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