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十八章/黒崎家
161.黒崎家の過去5
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『ごめんください。黒崎さんのお宅ですか』
それから数日後の昼下がり、私の不安は的中してしまった。十人程の矢崎家からの来客があったのだ。
私は緊張感を漂わせながら玄関前にやってきて恐る恐る扉を開けた。居留守を使おうとも思ったが、私がいる事は向こうもわかっているようで、鍵がかかっていない勝手口をあっさり開けられてしまった。
『いるならいると返事をしてくださいよ』
無礼な態度に顔をしかめる。矢崎財閥というのはこういう連中ばかりなのだろうか。連中達は羽振りのいいスーツ姿の男達ばかりだが、態度も目つきもあまりよろしくない。
近所の子供達が見たら怖がるとわかっているのかいないのか、全くにこりともせず、無表情で背後にいる一際威厳がありそうな人物の通り道を開けた。
そして、その威厳のありそうな男は通り道を我が物顔で歩き、私の前まで来て名刺を渡してきた。
『初めまして。私は矢崎財閥グループ現社長の矢崎正之と申します』
シワひとつないスーツを着こなした端正な顔立ちの男だった。私とあまり年齢は変わらなさそうな青年で、こんな若い青年がもう矢崎財閥の現社長をしているというのが驚きだった。たしか、先代社長の矢崎誠一郎の娘の旦那さんだったはず。
2年前に新社長になったばかりな今年、奥さんは友里香嬢を産んで亡くなり、跡取り息子もニュースにはなってないが亡くし、相次いで二人を失ってしばらくは悲しみにふけて喪に服すはずだが、彼はそんな様子を微塵に感じさせないほど目をギラギラさせている。まるでそれがどうしたと言わんばかりで、獲物を狙うような鋭い瞳をしていた。
『矢崎財閥がウチに何かご用ですか』
私は震えながら言葉を返す。矢崎財閥の歴史はそこそこの令嬢であった私でもなんとなく知っている。
明治期から続く上流階級の旧男爵家であった矢崎家は、戦後の華族制度廃止に伴い、四代目が矢崎家を一代限りで日本最大の巨大財閥に伸し上げたと言われている。
そんな四代目の手腕を受け継いだ現会長の矢崎誠一郎といえば、財政界や社交界では名を知らぬ者がいないとされるほどの有名な人物。この新社長となった矢崎正之の事も、元貿易商の娘の私でさえ名前だけは知っていた。
『突然の来訪申し訳ありません。本日こちらにやって来たのはあなたのお子さんの直君に興味がわきましてね。前々から調べさせて頂いておりましたが、亡くなった息子以上にふさわしい跡取りの素質があると見込みました』
『素質……?息子はまだ一歳になったばかりで素質も何もありませんが』
『とんでもない。私の亡くなった息子と丁度同い年で生年月日もほぼ同じ。そして血液型も同じでクオーター。顔つきもそれなりに似ている。これは天啓が来たと思いましたよ』
正之社長が目をすぼめる。
『何が言いたいんですか?』
どくんと心臓が嫌な風に高鳴る。
『話はご両親から聞いていらっしゃると思いますが、単刀直入に言います』
社長は背後にいる部下に顎で合図をすると、部下数人は持ってきた複数のアタッシュケースを開けて中身を見せる。そこには目がくらむ程の札束がぎっしり詰まっていた。
『矢崎家の跡取り息子として、どうか直君を我々のために養子として譲って頂けませんか?』
案の定の言葉に二の句が継げない。お金で取引だ?バカげている。
大事な息子をお金なんかで渡せるはずがない。汚いお金と天秤にかける自体が間違っている。
当然私の答えは最初から決まっていた。
『お断りしm『勿論、ただでとはいいません』
言い切る前に、社長が逃げ場を取らせないよう先手を取ってきた。
『ここにざっと10億あります。お望みであればあなた方の口座に数倍振り込んでさしあげても構いません。100億でも、200億でも、ね。我々からの謝礼金として。その他にも、直君を譲って頂けるのなら欲しいものは全て取り寄せましょう』
途方も無い金額や物資を提示する社長に私は眩暈がしそうになった。
こんなにもお金をもらって何になるって言うの。ただ、私は平穏に静かに家族みんなで暮らしたいだけ。お金なんていらない。貧しいながらも充実した幸せな毎日を送る事ができればいいだけなのに。
もちろん私はいくら積まれようが直を渡したくはなかった。お金より大切な存在を手放せるはずなんてないのだから。
『っ……私は、あなた方がいくら出そうが、何を差し出されようが、息子を……直を渡すつもりはありません。私たちの大事な大事な息子なんですから、それを物みたいに扱われたくはないんです。お金では買えないものを、お金や物で解決しようとするあなた方にはこの気持ちはわからないでしょうけれど、私にとって直は決して失いたくない宝物も一緒なんです。ですから、養子として譲ることはできません』
私は完全に言いきった。あの矢崎財閥相手でさえも自分の気持ちを伝えた。向こうはどう反応するかはわからないが、愛する息子をみすみす渡すくらいなら自分を犠牲にしてもいいとさえ思っていた。
『そうですか。それは残念です。まあ、そう言うとは思っていましたが、しかし……私どもからすればどうしても譲って頂かないと困るんですよね』
急に先ほどとは雰囲気をがらりと変えて、慇懃無礼な態度で社長は口の端を持ち上げた。酷薄な笑みを宿し、私は背筋が冷える。トップとしての非情な顔が私の目に映った。
『黒崎さん、あなたのお気持ちも重々わかりますよ。わかりますが、こちらは何千何万という社員の命運もかかってましてね………多少、手荒な真似をしてでも直君を養子に頂かなくてはならない。たった一人の息子をこちらに譲って頂けるだけで何千何万という社員のクビが繋がり、あなたの家系も大金が手に入る事によって生活が安定する。直君も何不自由のない生活を約束される。安いモノだと思うんですが、どうでしょう?直君もきっとそれが本望だと思いますよ』
それから数日後の昼下がり、私の不安は的中してしまった。十人程の矢崎家からの来客があったのだ。
私は緊張感を漂わせながら玄関前にやってきて恐る恐る扉を開けた。居留守を使おうとも思ったが、私がいる事は向こうもわかっているようで、鍵がかかっていない勝手口をあっさり開けられてしまった。
『いるならいると返事をしてくださいよ』
無礼な態度に顔をしかめる。矢崎財閥というのはこういう連中ばかりなのだろうか。連中達は羽振りのいいスーツ姿の男達ばかりだが、態度も目つきもあまりよろしくない。
近所の子供達が見たら怖がるとわかっているのかいないのか、全くにこりともせず、無表情で背後にいる一際威厳がありそうな人物の通り道を開けた。
そして、その威厳のありそうな男は通り道を我が物顔で歩き、私の前まで来て名刺を渡してきた。
『初めまして。私は矢崎財閥グループ現社長の矢崎正之と申します』
シワひとつないスーツを着こなした端正な顔立ちの男だった。私とあまり年齢は変わらなさそうな青年で、こんな若い青年がもう矢崎財閥の現社長をしているというのが驚きだった。たしか、先代社長の矢崎誠一郎の娘の旦那さんだったはず。
2年前に新社長になったばかりな今年、奥さんは友里香嬢を産んで亡くなり、跡取り息子もニュースにはなってないが亡くし、相次いで二人を失ってしばらくは悲しみにふけて喪に服すはずだが、彼はそんな様子を微塵に感じさせないほど目をギラギラさせている。まるでそれがどうしたと言わんばかりで、獲物を狙うような鋭い瞳をしていた。
『矢崎財閥がウチに何かご用ですか』
私は震えながら言葉を返す。矢崎財閥の歴史はそこそこの令嬢であった私でもなんとなく知っている。
明治期から続く上流階級の旧男爵家であった矢崎家は、戦後の華族制度廃止に伴い、四代目が矢崎家を一代限りで日本最大の巨大財閥に伸し上げたと言われている。
そんな四代目の手腕を受け継いだ現会長の矢崎誠一郎といえば、財政界や社交界では名を知らぬ者がいないとされるほどの有名な人物。この新社長となった矢崎正之の事も、元貿易商の娘の私でさえ名前だけは知っていた。
『突然の来訪申し訳ありません。本日こちらにやって来たのはあなたのお子さんの直君に興味がわきましてね。前々から調べさせて頂いておりましたが、亡くなった息子以上にふさわしい跡取りの素質があると見込みました』
『素質……?息子はまだ一歳になったばかりで素質も何もありませんが』
『とんでもない。私の亡くなった息子と丁度同い年で生年月日もほぼ同じ。そして血液型も同じでクオーター。顔つきもそれなりに似ている。これは天啓が来たと思いましたよ』
正之社長が目をすぼめる。
『何が言いたいんですか?』
どくんと心臓が嫌な風に高鳴る。
『話はご両親から聞いていらっしゃると思いますが、単刀直入に言います』
社長は背後にいる部下に顎で合図をすると、部下数人は持ってきた複数のアタッシュケースを開けて中身を見せる。そこには目がくらむ程の札束がぎっしり詰まっていた。
『矢崎家の跡取り息子として、どうか直君を我々のために養子として譲って頂けませんか?』
案の定の言葉に二の句が継げない。お金で取引だ?バカげている。
大事な息子をお金なんかで渡せるはずがない。汚いお金と天秤にかける自体が間違っている。
当然私の答えは最初から決まっていた。
『お断りしm『勿論、ただでとはいいません』
言い切る前に、社長が逃げ場を取らせないよう先手を取ってきた。
『ここにざっと10億あります。お望みであればあなた方の口座に数倍振り込んでさしあげても構いません。100億でも、200億でも、ね。我々からの謝礼金として。その他にも、直君を譲って頂けるのなら欲しいものは全て取り寄せましょう』
途方も無い金額や物資を提示する社長に私は眩暈がしそうになった。
こんなにもお金をもらって何になるって言うの。ただ、私は平穏に静かに家族みんなで暮らしたいだけ。お金なんていらない。貧しいながらも充実した幸せな毎日を送る事ができればいいだけなのに。
もちろん私はいくら積まれようが直を渡したくはなかった。お金より大切な存在を手放せるはずなんてないのだから。
『っ……私は、あなた方がいくら出そうが、何を差し出されようが、息子を……直を渡すつもりはありません。私たちの大事な大事な息子なんですから、それを物みたいに扱われたくはないんです。お金では買えないものを、お金や物で解決しようとするあなた方にはこの気持ちはわからないでしょうけれど、私にとって直は決して失いたくない宝物も一緒なんです。ですから、養子として譲ることはできません』
私は完全に言いきった。あの矢崎財閥相手でさえも自分の気持ちを伝えた。向こうはどう反応するかはわからないが、愛する息子をみすみす渡すくらいなら自分を犠牲にしてもいいとさえ思っていた。
『そうですか。それは残念です。まあ、そう言うとは思っていましたが、しかし……私どもからすればどうしても譲って頂かないと困るんですよね』
急に先ほどとは雰囲気をがらりと変えて、慇懃無礼な態度で社長は口の端を持ち上げた。酷薄な笑みを宿し、私は背筋が冷える。トップとしての非情な顔が私の目に映った。
『黒崎さん、あなたのお気持ちも重々わかりますよ。わかりますが、こちらは何千何万という社員の命運もかかってましてね………多少、手荒な真似をしてでも直君を養子に頂かなくてはならない。たった一人の息子をこちらに譲って頂けるだけで何千何万という社員のクビが繋がり、あなたの家系も大金が手に入る事によって生活が安定する。直君も何不自由のない生活を約束される。安いモノだと思うんですが、どうでしょう?直君もきっとそれが本望だと思いますよ』
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