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十六章/トラウマ
136.悠里の事
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「悠里……大丈夫か?」
裏庭にやってきて甲斐は一息ついたところで改めて彼女に向き直る。
最初はここでみんなと話を整理するつもりだったが、悠里が甲斐にだけ話を打ち明けてもいいと言ったので、今は二人きり。
だからと言ってそこにはあやしい雰囲気など微塵に存在しない。あくまでみんなの代表として話を聞くのだ。
「もちろん私は大丈夫だよ。ただ、いろいろありそうだからしばらく学校に来れそうにないと思う」
「身辺調査とかそういうのでか……」
健気で弱いところを見せまいとしている部分が薄幸の美少女という感じだ。心が強いな。
「察していると思うけど、私と直は養子らしいんだ。本当の両親は誰かわからないし、自分達が何者かもわからない。知っている事といえば名前が悠里って事と誕生日。そして、直と血の繋がった双子の兄妹という事だけ」
「両親とは全然似てないもんな」
あんな両親に育てられたはずなのに悠里がまともすぎてギャップを感じていた。その兄の直とは目元や繊細な雰囲気がよく似ていて、兄妹だと言われたら本当によく似ている。
「昔から両親は仕事ばかりで、私にはほとんど構わずに女中さんに丸投げ。その女中さんに育てられたようなものなんだ」
だからあんな両親の影響を受けずにまともに育ったわけだな。もしあんな両親に育てられてしまえば、同類を量産してしまっていたかもしれない。
「その女中さんが私の育てのお母さんみたいなもの。とても優しくて、時には厳しくて、母親じゃないのに愛情を持って接してくれた。でも、小学校まではいた女中さんも、両親との教育の価値観の違いで揉めてクビにされてしまった。今はどこで何をしているかわからないのが悲しくて、いなくなった時はとても泣いたよ。本当に大好きだったから」
彼女が全くひねくれなかったのは、よほどその女中さんの育て方がよかったんだろう。悠里が大好きになるくらいに。
「そんな今の両親は教育熱心で家柄と学歴主義者。エリートだけが入れる矢崎財閥本社に異動になった時から余計にそれに拍車がかかった。自分はいかに優れているか、中小企業の連中は格下だと見下すようになった。そんな私にも、いかに良縁に恵まれて、身分が高い嫁ぎ先に見始められるようにと淑女教育を強要してきた。才色兼備でないと貰い手がいなくなるとか、いい男をつかむためには男をたてろとか……そんなの、私は全然興味ないのにね」
エリート企業の本社で働くようになると傲慢な性格になる典型だ。太郎が働いている会社の元部下も、あれほど頑張りやだったのに本社勤務に異動になった途端にこちらを見下すようになったと嘆いていた。
学歴主義な考えを子供にも押し付けるってのもどうなんだよって話だ。子供は親の願望を満たす道具じゃないのに。
「親の本性がどんどんわかってきて、嫌々淑女教育を受けていた10才の頃、丁度あなたを公園で見かけたんだ。覚えてない?」
「え、あー……たしか公園で……野良犬がいたから世話してた記憶ならあるなぁ」
まだ格闘をかじっていない時の女々しい自分が、なんとか野良犬に好かれようと奮闘して返り討ちにあった話である。返り討ちという所がお笑いだが、今思えばなにをやっていたのだろう。
バカだ俺。
「そう、まだ小学4年の時だったかな。公園であなたが野良犬相手に話しているのを見かけたんだよ。でもそのワンチャンは近所では狂暴と有名で、行く先々で人々を襲ってたって話なのに、甲斐くんてばなんとか仲良くなろうと喋りかけ続けて、何度も噛まれたり追いかけ回されたりしていたのにそれでも食いついてて、最初は何しているんだろうって変に思ってた」
「そりゃ変に思うわな」
つくづく俺ってなにやってんだか……。
そもそも、そんな恐ろしい犬を野放しにしていたお役所らは一体なにやっているんだという話である。もしその犬が狂犬病だったら今ごろ生きちゃいなかったよ。
「甲斐くんは犬と仲良くなろうと必死で、傷だらけで、でも一生懸命で、笑っちゃうとダメだと思っててもずっと見ていると楽しくて、面白くなっちゃって。悩んでいる事がどんどん小さく思えるようになったんだよ。甲斐くんのあの時の必死な顔の形相といい、ドッグフードじゃなくてキャットフードを差し出す所といい、すごく笑わせてくれたから」
「は、ははは……それで悩みが小さく思えたのなら俺のした事も意味があったって事だな」
悠里にそんな事で見始められたのは喜ぶべきか恥ずべき事か……。そもそもなんで俺はキャットフードを差し出したのか全く思い出せんよ。やっぱり俺ってとんでもないアホなのかも。
それでもアホはアホなりに懸命だったのだ。必死で犬に好かれようとして犬のように吠えてみたり、犬の仕草を真似てみたり、犬の立場になろうと犬の遠吠えを真似してみたり、犬かきを練習したり、犬の小便の仕方を真似……は、さすがにできなかったが、我輩は犬であるを具現化したわけである。
ことごとく失敗して、最後には小便をかけられて尻を噛まれて逃げられちまったというオチ付きだがね。
もはやバカを通り越してサイコパスである。野良犬を相手にしているヒマがあるなら勉強してろよって昔の自分に言いたい。おかげで自分の成績の悪さはご存じの通りだ。
しかし、そのおかげで悠里に話しかけられるようになったんだよな。その当時は『ぼくなんかに話しかける神山さんもモノ好きだよねー』って思ってた。
「そういえば直と出会ったのはね、父が本社移動になってしばらくしての事だったかな。私が開星に入学する時、偶然近くを通りかかった直に声を掛けられたんだ。そこでお前が実の妹だっていきなり言われた」
「へえ……」
「最初は驚いたけど、隠れてDNA鑑定とかさせられていたみたいで発覚したんだ。直は前々から自分の生い立ちを自分で調べていたって言ってた。自分が誰で、なんのために矢崎財閥の養子になったのかって。その時の私、唯一の血の繋がりがある兄がいるって知ってすっごく嬉しかったなぁ」
「悠里……」
「直が調べてわかったのはその事実だけ。どうして矢崎財閥の養子になったのか未だにわからないし、本当の両親もわかってないみたい。きっと矢崎財閥が私達双子の出生の秘密がさらにバレるのを恐れて隠したんだと思う」
「……なるほどな。奴らからすれば本当の両親が分かってしまうといろいろ都合が悪いもんな」
裏庭にやってきて甲斐は一息ついたところで改めて彼女に向き直る。
最初はここでみんなと話を整理するつもりだったが、悠里が甲斐にだけ話を打ち明けてもいいと言ったので、今は二人きり。
だからと言ってそこにはあやしい雰囲気など微塵に存在しない。あくまでみんなの代表として話を聞くのだ。
「もちろん私は大丈夫だよ。ただ、いろいろありそうだからしばらく学校に来れそうにないと思う」
「身辺調査とかそういうのでか……」
健気で弱いところを見せまいとしている部分が薄幸の美少女という感じだ。心が強いな。
「察していると思うけど、私と直は養子らしいんだ。本当の両親は誰かわからないし、自分達が何者かもわからない。知っている事といえば名前が悠里って事と誕生日。そして、直と血の繋がった双子の兄妹という事だけ」
「両親とは全然似てないもんな」
あんな両親に育てられたはずなのに悠里がまともすぎてギャップを感じていた。その兄の直とは目元や繊細な雰囲気がよく似ていて、兄妹だと言われたら本当によく似ている。
「昔から両親は仕事ばかりで、私にはほとんど構わずに女中さんに丸投げ。その女中さんに育てられたようなものなんだ」
だからあんな両親の影響を受けずにまともに育ったわけだな。もしあんな両親に育てられてしまえば、同類を量産してしまっていたかもしれない。
「その女中さんが私の育てのお母さんみたいなもの。とても優しくて、時には厳しくて、母親じゃないのに愛情を持って接してくれた。でも、小学校まではいた女中さんも、両親との教育の価値観の違いで揉めてクビにされてしまった。今はどこで何をしているかわからないのが悲しくて、いなくなった時はとても泣いたよ。本当に大好きだったから」
彼女が全くひねくれなかったのは、よほどその女中さんの育て方がよかったんだろう。悠里が大好きになるくらいに。
「そんな今の両親は教育熱心で家柄と学歴主義者。エリートだけが入れる矢崎財閥本社に異動になった時から余計にそれに拍車がかかった。自分はいかに優れているか、中小企業の連中は格下だと見下すようになった。そんな私にも、いかに良縁に恵まれて、身分が高い嫁ぎ先に見始められるようにと淑女教育を強要してきた。才色兼備でないと貰い手がいなくなるとか、いい男をつかむためには男をたてろとか……そんなの、私は全然興味ないのにね」
エリート企業の本社で働くようになると傲慢な性格になる典型だ。太郎が働いている会社の元部下も、あれほど頑張りやだったのに本社勤務に異動になった途端にこちらを見下すようになったと嘆いていた。
学歴主義な考えを子供にも押し付けるってのもどうなんだよって話だ。子供は親の願望を満たす道具じゃないのに。
「親の本性がどんどんわかってきて、嫌々淑女教育を受けていた10才の頃、丁度あなたを公園で見かけたんだ。覚えてない?」
「え、あー……たしか公園で……野良犬がいたから世話してた記憶ならあるなぁ」
まだ格闘をかじっていない時の女々しい自分が、なんとか野良犬に好かれようと奮闘して返り討ちにあった話である。返り討ちという所がお笑いだが、今思えばなにをやっていたのだろう。
バカだ俺。
「そう、まだ小学4年の時だったかな。公園であなたが野良犬相手に話しているのを見かけたんだよ。でもそのワンチャンは近所では狂暴と有名で、行く先々で人々を襲ってたって話なのに、甲斐くんてばなんとか仲良くなろうと喋りかけ続けて、何度も噛まれたり追いかけ回されたりしていたのにそれでも食いついてて、最初は何しているんだろうって変に思ってた」
「そりゃ変に思うわな」
つくづく俺ってなにやってんだか……。
そもそも、そんな恐ろしい犬を野放しにしていたお役所らは一体なにやっているんだという話である。もしその犬が狂犬病だったら今ごろ生きちゃいなかったよ。
「甲斐くんは犬と仲良くなろうと必死で、傷だらけで、でも一生懸命で、笑っちゃうとダメだと思っててもずっと見ていると楽しくて、面白くなっちゃって。悩んでいる事がどんどん小さく思えるようになったんだよ。甲斐くんのあの時の必死な顔の形相といい、ドッグフードじゃなくてキャットフードを差し出す所といい、すごく笑わせてくれたから」
「は、ははは……それで悩みが小さく思えたのなら俺のした事も意味があったって事だな」
悠里にそんな事で見始められたのは喜ぶべきか恥ずべき事か……。そもそもなんで俺はキャットフードを差し出したのか全く思い出せんよ。やっぱり俺ってとんでもないアホなのかも。
それでもアホはアホなりに懸命だったのだ。必死で犬に好かれようとして犬のように吠えてみたり、犬の仕草を真似てみたり、犬の立場になろうと犬の遠吠えを真似してみたり、犬かきを練習したり、犬の小便の仕方を真似……は、さすがにできなかったが、我輩は犬であるを具現化したわけである。
ことごとく失敗して、最後には小便をかけられて尻を噛まれて逃げられちまったというオチ付きだがね。
もはやバカを通り越してサイコパスである。野良犬を相手にしているヒマがあるなら勉強してろよって昔の自分に言いたい。おかげで自分の成績の悪さはご存じの通りだ。
しかし、そのおかげで悠里に話しかけられるようになったんだよな。その当時は『ぼくなんかに話しかける神山さんもモノ好きだよねー』って思ってた。
「そういえば直と出会ったのはね、父が本社移動になってしばらくしての事だったかな。私が開星に入学する時、偶然近くを通りかかった直に声を掛けられたんだ。そこでお前が実の妹だっていきなり言われた」
「へえ……」
「最初は驚いたけど、隠れてDNA鑑定とかさせられていたみたいで発覚したんだ。直は前々から自分の生い立ちを自分で調べていたって言ってた。自分が誰で、なんのために矢崎財閥の養子になったのかって。その時の私、唯一の血の繋がりがある兄がいるって知ってすっごく嬉しかったなぁ」
「悠里……」
「直が調べてわかったのはその事実だけ。どうして矢崎財閥の養子になったのか未だにわからないし、本当の両親もわかってないみたい。きっと矢崎財閥が私達双子の出生の秘密がさらにバレるのを恐れて隠したんだと思う」
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