【完】学園トップに反抗したら様子がおかしくなった (旧/金持ち学園)

いとこんドリア

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十五章/最大の敵

128.冷酷な男

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 正之社長は懐からいきなり拳銃を手に持ち、いきなりセーフティーを解除してトリガーを引いた。
 ぱーんと乾いた銃声が部屋中に轟き、SNSで人気だった甲斐と直の思い出のキーホルダーが無惨にも粉々になる。銃弾が貫通し、テーブルにまで穴が開いていた。

 さすがの甲斐も驚いて普通そこまでするかよと言いかけたが、正之社長はくつくつと喉奥で狂ったように嗤う。
 破片がバラバラになった瞬間をこの目でずっと捉えていたが、一緒に買った思い出すら粉々になった気分で胸がずきりと痛んだ。
 
「私の邪魔をするなら、キミもその一族もこうなるという事を覚えておいてほしい。今日キミに会いに来たのは警告をしに来たのだから」

 そんな事のためにわざわざ破壊したのか。しかも直のものを勝手に盗んでおいてだから異常だ。案外頭に血がのぼると見境なくなりそうな嫌なタイプである。

「誰も邪魔なんてしたくてしているわけじゃあないんですけどねぇ」
「潔く直から身を引いてほしいという事だ。そして、二度と息子に会わないと約束し、永久に忘れてほしい」

 秘書がタブレットをよこす。画面上には銀行の小切手のページが開いていて、好きな金額を打ち込んでいいと秘書が言った。手切れ金というやつらしい。
 
「直から手を引いてくれるのなら、いくらでも君に差し上げよう。十億でも、百億でも、好きなだけ」

 何を言っているんだ、この人。

「はははは」

 甲斐は乾いた笑いがこみ上げてきた。
 この自分を金で釣ろうってのがまず間違いである。なめるのも大概にしろや。

「見くびるなよ、バカ社長。俺が金一つで動くとでもお思いか。さっき言ったよな。好きでもない相手の護衛は十億積まれてもご免だって。それが何十億や何百億になろうが金で俺の心は動かない。いくら積まれようが、いくら限定版プレミア美少女フィギュアをくれようが、俺は俺のしたい事をするし、あんたがくれる金に一円の価値もあるとは思えん。あんたが会うなと言っても俺は今後も勝手にあんたの息子に会うし、たとえあんたが俺を陥れようとしても、危害を加えようとしても、あんたの命令に従うつもりはない」

 甲斐は親指を下に向けた。

「ほぉ、日々の生活もやっとな君の家計じゃあ大金は必要じゃないのかな」
「たしかに家は貧しいが、あんたに心配されるほど架谷家は落ちぶれちゃいねーよ。たとえホームレスになろうが生きてりゃ儲けもんだ。俺をバカにすんな、バカ貴族が」

 威圧感を込めて睨みつけると、正之社長は少し怯んだ表情を見せたがすぐに気を取り直して笑う。

「ふふふ……そうか。残念だよ。ただの平民相手に手荒な真似はしたくないと思っていたが、致し方あるまい。宣言通り、我々矢崎に対する敵対とみなし、キミに宣戦布告をさせてもらう。全力でキミとその一族を潰していくからそのつもりで」

 何を今更。元々そのつもりで来たくせに。
 なんだろうとどうだろうと、俺が邪魔で仕方がないくせに。
 そうして殺伐とした邂逅はとりあえず終了した。この事は直には話さない方がいいだろう。絶対気にするだろうし、余計な心配をかけるわけにはいかないのでいつも通りでいる事にした。


 *

 その晩、直はクラウンホテルの一室で甲斐の連絡を待っていると、久瀬が部屋に入ってきた。大嫌いな男と一緒に。

「……何か御用ですか、社長」

 冷たく余裕に微笑む社長と憎しみの目で睨む直。鋭い眼光をぶつけあう双方はもはや義理の親子というより因縁の敵同士のようだった。

「カレンさんとの会食会以来の再会だというのに随分と他人行儀で生意気だな。親に向かって相変わらず」
「あなたを親だと一度も思った事はありません。それで何の用ですか。今あなたと話している暇も余裕もございませんが。それと、盗んだキーホルダーを返してくれませんか」
「ふふ、あんなちゃちなゴミを大事しているとは御曹司らしくないものだ。ただ、せっかく近くに来たんだ。お前に現実をわからせようと思ってな」

 正之の秘書がカバンから何かを取り出す。それは袋に入った粉々になった何かで、それをテーブルの上に置いた。それを直が見た瞬間、息をのんで我を忘れたように固まっていた。

「お前が探していた物はこれだったな。だが……壊れてしまった。まあ、私が見せしめに壊したんだがね。お前が入れ込む架谷くんの目の前で、な」

 直はひどく動揺する。その青い顔をして驚いている様子を正之は喜悦の表情で見ていた。
 わざわざ粉々にしたものを見せにくるのは直の動揺とショックが見たいがためだろう。そして、自分の立場とその影響力を今一度わからせるためのもの。

 そんな直の様子を窺っていた久瀬は、拳をぎゅっと握って激情を必死で抑え込んでいた。
 自分の主が苦しんでいる。傷ついている。この目の前の冷酷無慈悲な男のせいで。
 この男は本当に自分の私利私欲のために直の人生を滅茶苦茶にする気満々だ。昔からそうだった。今も、そしてこれからも。
 

「何か言いたそうだな、久瀬」

 社長の悦に入った声にはっとする。 

「っ……いいえ。何も……」

 秘書としては失格だろう。秘書の立場でありながら無意識に社長を睨んでいたらしく、拳に力が入っていたようだ。これでは社長の思う壺。それでも怒りを抑えるのに必死だった。

「一応忠告しておく。あの架谷甲斐とは関わるな。そして忘れろ。お前とあの子供とは明らかに住んでいる世界が違う。次期社長であるお前と、金も地位もないどこにでもいるようなただのガキ。それがよくわかっているのはお前の方だろう」
「…………」
「ショックで言葉も出ないか。ふふふ。ただのガキには違いないが、随分面白い少年だったよ。このまま終わらせるのは少々勿体ないが、お前が心を入れ替えると言うのなら何も危害は加えたりはしない。宣戦布告をあのガキにしてきたばかりではあるが、お前が私の言う通りにするというのなら、あのガキもその周りにも手出しはしないと約束しよう」
「っ……」

 直が怒りで拳を握りしめて肩を震わせている。

「まあ、よく考えるといい。しばらく猶予をやる。私とて平民のガキ一族を葬るためにここまでしたくはない。だが、あれほどの強さを持つ一族だ。本気で葬らなければ後々面倒になるからな」
「…………」
「お前はあんなガキにうつつを抜かすような頭の弱い子供ではないはずだ。大切なお友達を守りたいだろう?ならばお前がするべき答えはもう出ているはずだ」

 それだけ言うと、薄ら笑いを浮かべて社長は秘書と共に出て行った。まるで土足で家の中を荒らされた気分だろうか。直は二人が出て行った後も数分は何も口に出来なかった。

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