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十二章/修学旅行(後編)

93.焦り

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 最悪だ……。

 まさかあんな所に直がいるなんて思わなかった。
 てっきり他四天王と東京へ戻っていたとばかり思っていたのに、まさかの最悪なタイミングで来るなんて全くの予想外である。
 でも、あいつならわかってくれていると思う。偽りでああ言ったことくらいお見通しだって。
 それでもとにかく、アイツにメッセージを送っておかなければ。

『さっきの事は誤解だ。決して本心なんかじゃない。あいつらがいたから仕方なくそう言うしかなかったんだ。だから気にするな』

 急いでこの弁解メッセージを打ちこんでおいた。
 なんだか言い訳がましくなったが、まずは誤解を解かなければならないのでそうも言ってられない。
 わかってくれるだろうか。
 Eクラス達と観光を続けている甲斐はもはや観光どころではなく、先ほどの事ばかりを頭の中が占領していた。

 終わりがないように延々と考えていると、スマホに新着が届いた。
 甲斐はわき目も振らずにすぐに開くと、勿論直からのもの。

『なんの事だか意味がわからん。オレは今東京にいるが、てめえは寝ぼけたのか?それともただのバカか?まあバカだろうけどな 』

 ……は?

 甲斐は思考が停止した。
 こいつこそ何を言っているのだろう。ていうかバカはお前だろうとソッコーで返してやりたいが、その前にこの内容はどういう事だろう。まるで直があそこにいなかったような内容である。

 たしかに今朝は一度飛行機で東京に帰ると言っていたし、戻ってくるのは夕方の便だとも言っていた。だから、あの場にやってくるなんて90%ありえない話だ。何かのサプライズで嘘をついて後を着けていたとも考えにくいし、あいつはそういうの好きじゃないって他愛ない会話で言っていたのを聞いた覚えがあるからだ。

 じゃあ、さっきの男は――直ではないんじゃないのか。

 では誰だと言うのか。あの直にそっくりな男は。
 幽霊?ドッぺルゲンガー?街角で見たそっくりさん?
 とまあ、くだらん冗談はさておき。あの双子共が甲斐を陥れるためにわざと直に似ている男をよこしたのかもしれない。というか十分ありえそうな事だ。

 あの双子は自分を目の敵にしているような感じだったし、きっと騙そうとしたんだろう。器の小さい野郎共だ。いや、野郎じゃなくてカマホモか。全く、女々しいカマホモである。
 
 とにかく、直があの場にいなかったのならいう事はない。
 あの男が誰かなんて考えるのは後にして、残りの観光を楽しむに限る。

 甲斐は胸のしこりがおさまっていくのを感じ、楽しんでいるEクラスの輪に溶け込んでいくのだった。


「あんたさ、いくら直と付き合っている事がバレたくないからって心にもない事言うんじゃないよ。さっきの奴が直の偽物だったとしてもさ」

 喫茶店で休憩をしている際、篠宮がコソコソと話し掛けてきた。

「篠宮……やっぱり俺と直の関係を知ってたんだな」
「そりゃあ前からいろいろとね。直の事は元カノ目線でお見通しだし、あんたの事をたまに直から相談されたりもするんだから」
「……そう、だったのか。いろいろお見通しなわけだ」
「そういう事」
「え、甲斐くんって矢崎直と本当に付き合っているの!?」

 通りすがりの宮本が仰天している。

「あーあははは……そうなんだ。篠宮くらいしかまだ本当に知らない事実だけど」
「やっぱりそうだったんだ。さっき無才の双子が何言ってんだろうって聞いてたけど、本当だったんだね」
「……うん。ごめん今まで黙ってて」
「いや、いいよ。なんとなく最近仲がいいとは思ってたからそうなのかもとは思ってたけどね。それに今の立場と状況じゃあ隠したい気持ちはよくわかるし。だけど、嫌いって全否定はよくなかったんじゃないかな。いくら嘘とはいえ本人が聞いたらショックはでかいと思うから。あれが矢崎直の本物か偽物かは置いておいてさ」
「……そうだよな。そこはすっごい反省してる……」
「ちゃんと後で真実を話して謝ってあげなよ。直はあんたの事に関してはすっごい傷つきやすいんだから」
「わ、わかってる……ちゃんと全部話して謝る」

 有名な奈良の大仏の観光を終えた後、甲斐とEクラスは街角を雑談しながらゆっくり歩いていた。
 本日の昼食は奈良県内で食べる茶粥というもので、それを美味しく食べられるという有名な店に行く途中、駅前で大きなポスターが目に付いた。

「あのポスターの俳優の篠崎次郎しのざきじろうって超格好いいよねー!」
「矢崎直様に似てるよね」

 前を歩く違うクラスの女子達がウットリしてポスターを眺めている。
 篠崎?というイケメンが気取ったポーズで半裸でどや顔しているポスターで、最近の人気俳優らしい。なんでも芸能界では抱かれたい男ナンバーワンだそうで、ドラマに引っ張りだこなのだとか。

 TV自体あんまり見ないからあの俳優の事はわからないが、たしかに直に似ていると思う。じっと目を凝らして見れば目の辺りは違うが。

「あんなのが人気なんだなあ」

 甲斐もなんとなくポスターを眺めた。あんなのよりネットに転がっているVチューバーの方がイケメンだと思うんだがな。

「俺はあんな線が細いのより、ド●エインジョンソンとか筋肉すげぇ男のが好きだな。あ、言っておくけど変な意味じゃないからな。同じ男として筋肉で憧れるって意味だからな!」
「わかってるっつうの馬鹿なっち。でも、たしかにちょっと矢崎直に似てるね。甲斐はどう思う?」

 由希が甲斐に視線を向けた。

「いや、どう思うも何も顔のパーツは似てるとは思うけど、よく見ればそんなには似てないと思う」

 惚れた贔屓目かもしれないが、直の方がもっとイケメンである。
 TVや雑誌のイケメン俳優など太刀打ちできぬほどの絶世の美男子と言われているので、あの程度で満足するのであれば直など生で見た時は腰を抜かすんじゃないだろうか。
 あのポスターの男が世間でいうAレベルだとすれば、直はSレベル。つまりそれくらいの差があるのである。

「たしかにね。よく見れば似てないよね。遠目から見れば似ているのであって、近くで見れば別人みたいな感じ」
「遠目……か」
 
 
 一方その頃――某ホテルのスイートルームにて。
 
「あはは、アイツの驚いた顔傑作だったよね」
「ほんと、清々したぁ。意外に引っかかってくれるもんなんだねぇ。騙されたとも知らずにさ」

 双子の庶務はしてやったとばかりに笑いが止まらない様子であった。
 直に睨まれて追い出された後、腹いせに架谷甲斐を騙して困らせてやろうという幼稚な作戦を思いつき、見事に騙された甲斐を嘲笑っていたのである。

「でもさぁ、すぐにばれそうだよぉ。直様にも架谷甲斐にも」
「それを承知の上でだよぉ。可愛いくてイケメンキラーズの僕タン達に見向きもしない直様が悪いんだからっ。ちょっとくらい困らせてもいいと思うね。それにあんな平凡に惚れるなんて、次期矢崎財閥トップともあろう人が趣味悪すぎだしっ。ね、直様にそっくりさんの

 双子の片方が隣にいる抱かれたい男ナンバーワン俳優の名を呼んだ。

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