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十章/さみしがりや

80.電話

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「誠実な王子様のような方だと思っていたのに……騙したんですか」

 まるで裏切られたとでも言うようなカレンの物言いに、直は滑稽に嘲笑う。 

「バカかテメェ。オレは全くもって騙してなんていないんですけど。テメェが勝手にオレを乙女思考とやらで誠実な奴だと勘違いしただけだろ。そもそも、今時そんな都合のいいおとぎ話王子様とやらがいるとでも?とんだおめでたい夢見がちな乙女チャンです事。脳内お花畑もここまでくるとマジ引くわ。ま、テメエって筋金入りの箱入りだったらしいもんなぁ。そりゃあ外の汚い世界の事なんざ露にもしらねーわけだ。妄想乙っつーか、まず現実知って妄想考えろよ、平和ボケ夢女子バカが」

 心底嫌味と皮肉を込めた言い方で吐き捨てると、

「っ……」

 カレンは我慢ならなくなり、涙を見せながら脱兎のごとく部屋を飛び出していった。

 そう、オレは最低な男。嫌うならどんどん嫌うがいい。
 嫌われてくれた方がこっちとしては全く持って都合がいいのだ。とことん嫌われて、向こうから婚約を断ってくれたら助かるというもの。あんなメンヘラ夢女子令嬢が許嫁だなんて反吐が出る。

――ああ、やっぱり……

 本当に好きになれるのは、愛せるのは架谷だけだって思ってしまう。架谷じゃないと、あの高揚感もドキドキも味わえない。
 でも、アイツはオレの事なんて二の次にしか思っちゃいない。

 Eクラスの奴らを優先する程、オレの事なんて実際どうでもいいんだろう。
 オレが勝手にアイツと両想いと思いこんでいただけで、本当はオレの事なんてそんなに好きじゃないのかもしれない。元々、オレを嫌っていたようだから。

 オレはこんなにもお前が好きなのに……。

 考えれば考える程、マイナス方面に思考が傾いていく。
 寂しさがより大きくなっていく。
  

 その後、実家主催の誕生パーティーもうんざりしながら参加し終え、正之とは別々の車に乗り込み、矢崎邸へ久瀬が運転する車で帰った。

 実にくだらない時間を過ごしたように思え、直は凝ってしまった肩を叩いていた。こんなんじゃ普通に学校のラウンジで昼寝をしていた方がマシだ。
 だから、誕生日前後の日は好きじゃない。愛想を振りまくだけでもストレスがいつも以上に溜まる。

「直様」
「あん?」
「右の窓をごらんください」と、久瀬が促す。

 右の窓に視線を向けると、甲斐が向こう側の横断歩道を歩いている。
 意中の人物の姿に、直の胸の高鳴りが大きくなる。

「どうします?車を停めますか」

 今は丁度信号待ちで停車中である。

 そんな気分じゃあない。
 今の自分の心中を考えれば、とても素直に会いたいなんて思えない。どうせ自分の事など何とも思われていないのだから、自分独りよがりに愛情をぶつけても仕方のない事。

 甲斐の存在を遠くに感じる今、このまま会ってしまえば苛立ちを全部ぶつけてしまうかもしれない。だから会う事を躊躇ってしまう。でも、本当はどうしようもなくあいたくて、抱きしめたくて仕方がないのに、天邪鬼となっている自分の心は正直にはなれそうもなかった。

「いい。別にアイツなんて……今はいい」

 久瀬に車をそのまま走らせろと命令した。
  
 矢崎邸に到着すると、自宅の郵便受け倉庫に大量の段ボールや綺麗な包装紙で包まれた贈り物が数多く届いていた。

 全国からの四天王の熱烈ファンや、学校での親衛隊達からの誕生日プレゼントが次々郵送されてきているようである。
 毎年こうやって大量に送られてくる贈り物を見ていると、アイドルか芸能人かと勘違いされているように思えてなんだか不愉快だ。

 普通のプレゼントや手紙ならまだしも、どさくさに紛れて媚薬入りの食べ物や見合い写真を送ってくる曲者もいるので、プレゼント系にはあまりいい思い出がない。むしろいい迷惑だ。

 だから、使用人にはすべてのプレゼント類は破棄しろと事前に通達してある。もらってもどうせいらないし、全部捨てるだけなのだから。
 だけど、今唯一欲しい誕生日プレゼントといえば……

「……着信?」

 考え事をしながらふと数十時間ぶりにスマホを開くと、画面には十件ほどの着信履歴で埋まっていた。
 誰からだろうと画面をタップすれば、すべて甲斐からのものだった。
 メッセージも届いていたようでそれをすぐに開くと、

 17歳の誕生日おめでとう。
 ちゃんと面と面向かって言いたかったけど、電話にも出れないくらい忙しいみたいだからメッセージを残しておくよ。
 誕生日のプレゼントは一応あんたの家まで持って行ったんだけど、留守みたいだから使用人の人に預けておいた。
 生ものだからはやく食べてほしいけど、もし口に合わなかったらその場で処分していいよ。俺以外からどうせたくさんプレゼントをもらっているんだろうからさ。

 それと、ちょっと我儘言うと、やっぱり誕生日くらいは一目でも会いたかったかな。俺の勝手な我儘だけど。じゃあな。

「っ……」

 それを読んで、いつになく胸が締め付けられた。
 さっきの交差点で見かけたのは、家まで来てくれていたからなのか。
 夜遅い時間にわざわざプレゼントを持ってきてくれて、想いを馳せてくれていたのか……。

 そう思うと胸がどうしようもなく切なくなって、先ほどまで自暴自棄になってウジウジ悩んでいた事が小さく思えてきた。

 何やっているんだろう、オレ。
 架谷はちゃんとオレの事を想っていてくれたんじゃないか。

 そうしてハッとプレゼントの存在に気づいて、すぐに郵便受け倉庫へ向かった。
 倉庫番に先ほど甲斐が来たかどうかを訊ねて、プレゼントはどこだと問いただすと、処分してもよいという命令通り、すべての贈り物はトラックに積んで業者が運んで行ったばかりだと話す。
 直は愕然と肩を落とした。

 いや、確かに処分しろと言ったからその通りなのだが、甲斐からのせっかくのプレゼントを台無しにしてしまったという罪悪感と後悔がわきあがる。

「もしもし」

 気が付いたらスマホを取り出し、急いで甲斐の元へかけていた。

『っ、矢崎……!』

 甲斐は声からして動揺した様子だった。

「架谷、オレは『ありがとう、電話かけてくれて』
「……は?」

 突然の言葉に直には意味が分かりかねない。

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