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十章/さみしがりや
70.母親襲来
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鳴り響くアラームを探るような手で止め、むくりとベットから起き上がると時計の針は6時を指していた。
目をこすりながらベットから滑り降り、ヨロヨロとベランダ向けて歩く。青いチェックのカーテンを左右に開くと、まぶしい朝日が自分を照らした。
退院したばかりの翌日、いつもと変わりない朝が始まる。ただ、ちょっとだけいつもと違った景色に見えるような気がして、なんだか不思議な気持ちだった。
制服に着替えようとハンガーに手を伸ばすと、ピンポーンとチャイムが鳴った。
こんな朝早くから誰かの来客を知らせる。
もしかしてと、予感を感じながらフラフラと玄関の戸を開けると、いきなり雪崩れ込むように誰かに抱きしめられた。
「っ!」
そのまま勢い余って玄関マットの上に押し倒されてしまう。上に乗っかる相手から漂う香水とシャンプーの香りにドキンとして、とりあえずすぐに引き放そうとするも強い力で両腕をまわされていてはずれない。
放せと言っても彼は無言で抱きついたままで、諦めたように溜息を吐いて自分も相手の背中に腕をまわしてやった。
「早起きだな、低血圧なくせして」
「お前に早く逢いたかったから」
そう答える彼はゆっくり顔をあげる。彼の瞳は以前よりとても穏やかな目をしていた。
「矢崎……」
あんな風に告白しあって両想いになったばかりだからこそ、視線を合わせると照れくさい。
「お前、朝食食べたのか」
「まだ」と、直。
「じゃあ、朝食食べていくか?」
「お前の手料理か?」
「そうだけど。金持ちのお前の口にあうかわかんねーが」
「食べる。言っただろ。お前が作ったのならなんだって食べてやるって」
たしかにそう言っていた。高級ホテルの朝食に無理やり連れ出されたあの時に。
「なら、今作るからテキトーにくつろいで待ってろよ」
直に居間のソファーで待っていろと促す。
甲斐は黒のエプロンをつけてキッチンに入り、慣れた手つきでボウルに卵を割って混ぜ、フライパンに溶き卵を落とす。得意であり定番の卵焼きだ。
魚焼きに塩じゃけを二枚焼き、昨日の夜作って余った味噌汁に火を入れる。
時々台所からチラリと直の様子を窺えば、彼はジロジロと室内を見渡していた。
「野郎の部屋にしては普通だな」と、一言。
「何を期待していたんだよ」
「エロ本とかが見当たらねーなと思って」
「残念ながらその手のモンは目立つ場所にはないぞ。ちゃんと見つからないように大切に保管してあるからな」
アニメグッズやエロゲフィギュアは別室だ。こちらには健全なフィギュアくらいしかない。
「……ふーん。あと狭い」
「これでも金持ち学園の寮なんだから広い方だっつうの。お前の家がアホみたいに広すぎなんだよ」
白ごはんとみそ汁を茶碗によそい、焼きあがった塩じゃけと卵焼きを皿に盛りつける。
残りの大根の煮物とキュウリの漬物も少しつけて完成。テーブルに二人分の朝食がホカホカと湯気立ちながら並ぶ。
「和食、久しぶりだな」
そう言う矢崎家の朝食は洋食が多いのである。
「俺は朝食は御飯じゃないとダメなんだ。パンだとスカスカしてて食べた気にならないから。ほら、遠慮なく食え」
「……なら、頂く」
合掌して直は箸を持った。
「この卵焼き、出汁巻か」
「ああ。中にたらこも入ってるんだ」
「……へえ」
感心した様に直はその卵焼きを頬張る。
「まあまあ美味いな」
「まあまあって」
「とりあえず美味いって事だ」
「まあまあもとりあえずもいらなくね?素直に美味いって言えよ」
そんな直の箸遣いはさすがお坊ちゃんだからかとても優美である。
マナーと教養のお貴族世界で生まれ育ったからこそ、見惚れるくらい箸遣いが美しかった。
無意識にじっとそれを眺めていると、甲斐の視線に気づく。
「あ、や、箸遣いが綺麗だと思って」
「普通だろ。意地汚く食べる貧乏人にはわからんと思うがな」
「意地汚いとかうっせーよ」
否定はせん。貧乏生活しているからな。
路上に落ちている雑草とかも食えるか食えないかを判別できるほどのサバイバリー架谷甲斐を舐めるでない。
そうして飯が終盤にさしかかり、双方ゆっくりずずーっと味噌汁をすする。我ながらいいダシがとれているな。昨晩の残りだけど。
「お前、もうすぐ修学旅行なの知っているか」
「あーたしかそうだったな。金ないから一番安い国内にしたんだよ。他はシドニーだとかラスベガスだとか選べるらしーけど、海外は性に合わないからな。いくら旅費は免除してくれるって言っても土産代がバカにならなさそうだし、英語まともにしゃべれねーし、貧乏人が海外なんて行くもんじゃねぇさ」
言葉が通じないせいで異国の地で迷子になんてなりたくない。
「国内って京都や地方の田舎県じゃねーか」
「一番安いし、畳がある宿でのんびりしたいんだ」
「なら、お前がそうしたのならオレもそうする」
「……へ?」
「お前が行く所がオレの行く所」
そんな会話をしていると、再度チャイムが鳴った。
だれやねん。来訪者が多いお貴族様の館ちゃうぞ。くそ忙しい時に全く。
玄関カメラを覗くと、そこには久しぶりに見る昭和スタイルの髪型が目についた。
「げ、母ちゃん!?」
サザエさんヘアーは相変わらずだなと思いながら固まる。
「お前の母親か?」
顔を引きつらせている甲斐の背後から直が覗き込んできた。
「ああ。口うるさい上に口より先に手が出る母親。はあ……こんな朝から来るかなぁ」
「じゃあちゃんとお義母様に挨拶をしておかないとな」
「は、おい。お義母様ってなんやねん。しかも挨拶って何をだよ。余計な事言うなよなっ」
ため息交じりに扉を開けると、開口一番文句を言われた。
「気づいてるなら早く開けまっしま。くそ忙しい時に母親を待たせるんじゃない」
「だったらこんな朝早くから来んなま。こっちだってクソ忙しいんや」
「あんたがどうせろくなん食ってないと思ったから土産持ってきてやったの。はいこれ」
大根三本を強引に押し付けてきた。
田舎にいる祖母の畑の作物をおすそ分けに来たとの事。これは助かるが、だからと言ってよりにもよってこんな時間に来るんじゃねえよと甲斐は思う。
「あら!?あららあらあら!」
唯が甲斐の背後にいる直に目ざとく気づく。すると目と頬を乙女のように色づかせて甲斐を小突いた。
目をこすりながらベットから滑り降り、ヨロヨロとベランダ向けて歩く。青いチェックのカーテンを左右に開くと、まぶしい朝日が自分を照らした。
退院したばかりの翌日、いつもと変わりない朝が始まる。ただ、ちょっとだけいつもと違った景色に見えるような気がして、なんだか不思議な気持ちだった。
制服に着替えようとハンガーに手を伸ばすと、ピンポーンとチャイムが鳴った。
こんな朝早くから誰かの来客を知らせる。
もしかしてと、予感を感じながらフラフラと玄関の戸を開けると、いきなり雪崩れ込むように誰かに抱きしめられた。
「っ!」
そのまま勢い余って玄関マットの上に押し倒されてしまう。上に乗っかる相手から漂う香水とシャンプーの香りにドキンとして、とりあえずすぐに引き放そうとするも強い力で両腕をまわされていてはずれない。
放せと言っても彼は無言で抱きついたままで、諦めたように溜息を吐いて自分も相手の背中に腕をまわしてやった。
「早起きだな、低血圧なくせして」
「お前に早く逢いたかったから」
そう答える彼はゆっくり顔をあげる。彼の瞳は以前よりとても穏やかな目をしていた。
「矢崎……」
あんな風に告白しあって両想いになったばかりだからこそ、視線を合わせると照れくさい。
「お前、朝食食べたのか」
「まだ」と、直。
「じゃあ、朝食食べていくか?」
「お前の手料理か?」
「そうだけど。金持ちのお前の口にあうかわかんねーが」
「食べる。言っただろ。お前が作ったのならなんだって食べてやるって」
たしかにそう言っていた。高級ホテルの朝食に無理やり連れ出されたあの時に。
「なら、今作るからテキトーにくつろいで待ってろよ」
直に居間のソファーで待っていろと促す。
甲斐は黒のエプロンをつけてキッチンに入り、慣れた手つきでボウルに卵を割って混ぜ、フライパンに溶き卵を落とす。得意であり定番の卵焼きだ。
魚焼きに塩じゃけを二枚焼き、昨日の夜作って余った味噌汁に火を入れる。
時々台所からチラリと直の様子を窺えば、彼はジロジロと室内を見渡していた。
「野郎の部屋にしては普通だな」と、一言。
「何を期待していたんだよ」
「エロ本とかが見当たらねーなと思って」
「残念ながらその手のモンは目立つ場所にはないぞ。ちゃんと見つからないように大切に保管してあるからな」
アニメグッズやエロゲフィギュアは別室だ。こちらには健全なフィギュアくらいしかない。
「……ふーん。あと狭い」
「これでも金持ち学園の寮なんだから広い方だっつうの。お前の家がアホみたいに広すぎなんだよ」
白ごはんとみそ汁を茶碗によそい、焼きあがった塩じゃけと卵焼きを皿に盛りつける。
残りの大根の煮物とキュウリの漬物も少しつけて完成。テーブルに二人分の朝食がホカホカと湯気立ちながら並ぶ。
「和食、久しぶりだな」
そう言う矢崎家の朝食は洋食が多いのである。
「俺は朝食は御飯じゃないとダメなんだ。パンだとスカスカしてて食べた気にならないから。ほら、遠慮なく食え」
「……なら、頂く」
合掌して直は箸を持った。
「この卵焼き、出汁巻か」
「ああ。中にたらこも入ってるんだ」
「……へえ」
感心した様に直はその卵焼きを頬張る。
「まあまあ美味いな」
「まあまあって」
「とりあえず美味いって事だ」
「まあまあもとりあえずもいらなくね?素直に美味いって言えよ」
そんな直の箸遣いはさすがお坊ちゃんだからかとても優美である。
マナーと教養のお貴族世界で生まれ育ったからこそ、見惚れるくらい箸遣いが美しかった。
無意識にじっとそれを眺めていると、甲斐の視線に気づく。
「あ、や、箸遣いが綺麗だと思って」
「普通だろ。意地汚く食べる貧乏人にはわからんと思うがな」
「意地汚いとかうっせーよ」
否定はせん。貧乏生活しているからな。
路上に落ちている雑草とかも食えるか食えないかを判別できるほどのサバイバリー架谷甲斐を舐めるでない。
そうして飯が終盤にさしかかり、双方ゆっくりずずーっと味噌汁をすする。我ながらいいダシがとれているな。昨晩の残りだけど。
「お前、もうすぐ修学旅行なの知っているか」
「あーたしかそうだったな。金ないから一番安い国内にしたんだよ。他はシドニーだとかラスベガスだとか選べるらしーけど、海外は性に合わないからな。いくら旅費は免除してくれるって言っても土産代がバカにならなさそうだし、英語まともにしゃべれねーし、貧乏人が海外なんて行くもんじゃねぇさ」
言葉が通じないせいで異国の地で迷子になんてなりたくない。
「国内って京都や地方の田舎県じゃねーか」
「一番安いし、畳がある宿でのんびりしたいんだ」
「なら、お前がそうしたのならオレもそうする」
「……へ?」
「お前が行く所がオレの行く所」
そんな会話をしていると、再度チャイムが鳴った。
だれやねん。来訪者が多いお貴族様の館ちゃうぞ。くそ忙しい時に全く。
玄関カメラを覗くと、そこには久しぶりに見る昭和スタイルの髪型が目についた。
「げ、母ちゃん!?」
サザエさんヘアーは相変わらずだなと思いながら固まる。
「お前の母親か?」
顔を引きつらせている甲斐の背後から直が覗き込んできた。
「ああ。口うるさい上に口より先に手が出る母親。はあ……こんな朝から来るかなぁ」
「じゃあちゃんとお義母様に挨拶をしておかないとな」
「は、おい。お義母様ってなんやねん。しかも挨拶って何をだよ。余計な事言うなよなっ」
ため息交じりに扉を開けると、開口一番文句を言われた。
「気づいてるなら早く開けまっしま。くそ忙しい時に母親を待たせるんじゃない」
「だったらこんな朝早くから来んなま。こっちだってクソ忙しいんや」
「あんたがどうせろくなん食ってないと思ったから土産持ってきてやったの。はいこれ」
大根三本を強引に押し付けてきた。
田舎にいる祖母の畑の作物をおすそ分けに来たとの事。これは助かるが、だからと言ってよりにもよってこんな時間に来るんじゃねえよと甲斐は思う。
「あら!?あららあらあら!」
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