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八章/嫉妬
61.欲しいもの
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翌日の休み時間、直は人通りが少ない廊下の窓辺でぼうっと外を眺めていた。
何度も溜息がこぼれる。今の状況は昨日と全く変わらず、曇りがかかった胸の内はモヤモヤしたまま晴れない。
本当に欲しいものは、お金では決して手に入らない、か。
そんな格言じみた言葉をよく漫画や映画で聞いた覚えがあるが、自分には関係のない事だと思っていた。
金さえあればどんな物でも買えると思っていたし、威張って金さえ出しておけば権力も人の心さえも思うがままだってそう信じて疑わなかったはず。だが、依然とたった一人の心は手に入らないままだ。
むしろ、どんなに金があっても、心はいつだって満たされなかった。
自分自身をわかってくれる人間なんて、かつての親友二人と篠宮恵梨を除いていなかったし、本当の自分を求めてくれる人間なんていないと諦めを悟っていたからだ。
矢崎直という個人としてじゃなくて、財閥の御曹司という権力目当てにすり寄ってくる人間が大半だから、いろんな意味で自分の周りの人間に失望していた。
でも、あいつは、架谷甲斐は違っていた。
自分を一人の人間として真正面からぶつかって来てくれていた。
アイツと一緒にいるだけで退屈過ぎた毎日が少しずつ変化して、アイツのそばにいれたら満たされない餓えた気持ちも満たしてくれるんじゃないだろうかって思った。
なんでもない奴だったのに……。
なんでもないはずだった架谷甲斐の存在が、自分の心の中に大きく入り込んでいた。自分でも不思議なくらい、架谷の存在を大きく感じていた。居心地がいいくらいに。
そしていずれ、この真っ赤に傷ついた心さえも癒してくれるんじゃないかって。絶え間ない孤独の淵から助け出してくれるんじゃないかって、どこか期待してもいる。
アイツが欲しい。アイツのそばにいたい。
どうしたら、アイツに振り向いてくれるんだろうか。
どうしたらアイツの一番になれる……?
ほしい……ほしいよ……あいつの心が。
架谷甲斐が欲しい……。
「直、ここにいたんだ」
菜月が黄昏ている直の姿を見つけて腕に絡みついてきた。
「チッ……触ってくるな」
直は不愉快に正面を向いたまま舌打ちをする。
「機嫌……とても悪いんだね。慰めてあげよっか。いつもみたいに」
「……いらねぇよ。それより放せ。お前なんかお呼びじゃねえんだよ」
「じゃあ、架谷甲斐の事……考えているの?」
見透かされた様にそう言われて、直はぎろっと菜月を睨みつけた。
「余計な事を詮索しやがって」
「心配だからだよ。直らしくないし、いつものような覇気もない。どうしてあんな庶民の事を気にしているの?あなたは将来トップに立つ威厳のあるお方。そんなあなたがたった一人の庶民にうつつを抜かしているなんておかしいし、見ていられない。いつもの直にもどっt「うるせぇなッ!!」
そう怒鳴る直の表情は辛そうだった。思い通りにならないもどかしさにイライラは止まらない。思わず口より先に手が出そうだった。
「たかがセフレのくせに口出ししてくんじゃねぇよ!オレが何をどう思おうがテメエに関係ねぇだろ!恋人でもねぇくせしてオンナ気取りウゼぇ」
「関係あるよっ!ボクは直が好きなの!直のそばにいたいの!直が他の人に心が移るなんてイヤ!僕だけを見てほしいのにっ!だからっ……心配で……っ」
「そういうのが心底うぜえ。体だけの関係でって最初に約束しただろ。お前と、野郎なんかと恋愛する気なんて更々ない」
直は放せと言わんばかりに菜月の腕を強引に振り払った。
「そんなにあの架谷がいいの?架谷甲斐の方がいいっていうの……?」
「………」
直は何も言わない。ただ、唇を噛み締めているだけ。
それは肯定ととってもいい反応で、菜月は悔しさと切なさに拳を震わせる。
「じゃあ……抱いてよ」
菜月は直の手に自分のを重ねた。
「僕をあの子だと思っていいから抱いてよ。滅茶苦茶にして。だって、僕はあなたのセフレなんだから」
身を乗り出す菜月の唇が直の唇に重なった。
「あーこの辞典重たい」
甲斐は古典の教材を両手に抱えながら廊下を歩いていた。本日は日直のため授業で使う辞書などの持ち運びを古典教師に頼まれていた。分厚い本六冊分は両手が不自由となる上に結構な重量である。さっさと教室に運んでしまおうと小走りで向かっていると、向こうの方にいる人物に気づいて足を止めた。
矢崎と草加……?
甲斐は咄嗟に見つからないように柱の死角に隠れながら状況を窺った。
別に会話の内容が気になるわけではないが、あの二人から目が離せなかった。
何、やってるんだろう……俺。
あの二人が何してようが関係ないのに、こんな風に隠れちまってバカみたいだ。
たしかに矢崎には会いたくないけれど、でもわざわざ隠れる必要なんてなかった。堂々としているべきだった。
いい加減に逃げてばかりじゃダメだろうし、そろそろアイツとも向き合わなければ。
にげるな、甲斐。
言うんだ。はっきりと。
そう自分に言い聞かせて、甲斐は意を決してそっと柱から姿を現すと、目の前には見てはいけないような光景が広がっていた。
そこには菜月が背伸びをして直にキスをしているという場面であった。
重なる唇は次第に激しくなり、舌が絡まっている。直は抵抗している様子はない。
甲斐はショックと驚きに固まった。
何度も溜息がこぼれる。今の状況は昨日と全く変わらず、曇りがかかった胸の内はモヤモヤしたまま晴れない。
本当に欲しいものは、お金では決して手に入らない、か。
そんな格言じみた言葉をよく漫画や映画で聞いた覚えがあるが、自分には関係のない事だと思っていた。
金さえあればどんな物でも買えると思っていたし、威張って金さえ出しておけば権力も人の心さえも思うがままだってそう信じて疑わなかったはず。だが、依然とたった一人の心は手に入らないままだ。
むしろ、どんなに金があっても、心はいつだって満たされなかった。
自分自身をわかってくれる人間なんて、かつての親友二人と篠宮恵梨を除いていなかったし、本当の自分を求めてくれる人間なんていないと諦めを悟っていたからだ。
矢崎直という個人としてじゃなくて、財閥の御曹司という権力目当てにすり寄ってくる人間が大半だから、いろんな意味で自分の周りの人間に失望していた。
でも、あいつは、架谷甲斐は違っていた。
自分を一人の人間として真正面からぶつかって来てくれていた。
アイツと一緒にいるだけで退屈過ぎた毎日が少しずつ変化して、アイツのそばにいれたら満たされない餓えた気持ちも満たしてくれるんじゃないだろうかって思った。
なんでもない奴だったのに……。
なんでもないはずだった架谷甲斐の存在が、自分の心の中に大きく入り込んでいた。自分でも不思議なくらい、架谷の存在を大きく感じていた。居心地がいいくらいに。
そしていずれ、この真っ赤に傷ついた心さえも癒してくれるんじゃないかって。絶え間ない孤独の淵から助け出してくれるんじゃないかって、どこか期待してもいる。
アイツが欲しい。アイツのそばにいたい。
どうしたら、アイツに振り向いてくれるんだろうか。
どうしたらアイツの一番になれる……?
ほしい……ほしいよ……あいつの心が。
架谷甲斐が欲しい……。
「直、ここにいたんだ」
菜月が黄昏ている直の姿を見つけて腕に絡みついてきた。
「チッ……触ってくるな」
直は不愉快に正面を向いたまま舌打ちをする。
「機嫌……とても悪いんだね。慰めてあげよっか。いつもみたいに」
「……いらねぇよ。それより放せ。お前なんかお呼びじゃねえんだよ」
「じゃあ、架谷甲斐の事……考えているの?」
見透かされた様にそう言われて、直はぎろっと菜月を睨みつけた。
「余計な事を詮索しやがって」
「心配だからだよ。直らしくないし、いつものような覇気もない。どうしてあんな庶民の事を気にしているの?あなたは将来トップに立つ威厳のあるお方。そんなあなたがたった一人の庶民にうつつを抜かしているなんておかしいし、見ていられない。いつもの直にもどっt「うるせぇなッ!!」
そう怒鳴る直の表情は辛そうだった。思い通りにならないもどかしさにイライラは止まらない。思わず口より先に手が出そうだった。
「たかがセフレのくせに口出ししてくんじゃねぇよ!オレが何をどう思おうがテメエに関係ねぇだろ!恋人でもねぇくせしてオンナ気取りウゼぇ」
「関係あるよっ!ボクは直が好きなの!直のそばにいたいの!直が他の人に心が移るなんてイヤ!僕だけを見てほしいのにっ!だからっ……心配で……っ」
「そういうのが心底うぜえ。体だけの関係でって最初に約束しただろ。お前と、野郎なんかと恋愛する気なんて更々ない」
直は放せと言わんばかりに菜月の腕を強引に振り払った。
「そんなにあの架谷がいいの?架谷甲斐の方がいいっていうの……?」
「………」
直は何も言わない。ただ、唇を噛み締めているだけ。
それは肯定ととってもいい反応で、菜月は悔しさと切なさに拳を震わせる。
「じゃあ……抱いてよ」
菜月は直の手に自分のを重ねた。
「僕をあの子だと思っていいから抱いてよ。滅茶苦茶にして。だって、僕はあなたのセフレなんだから」
身を乗り出す菜月の唇が直の唇に重なった。
「あーこの辞典重たい」
甲斐は古典の教材を両手に抱えながら廊下を歩いていた。本日は日直のため授業で使う辞書などの持ち運びを古典教師に頼まれていた。分厚い本六冊分は両手が不自由となる上に結構な重量である。さっさと教室に運んでしまおうと小走りで向かっていると、向こうの方にいる人物に気づいて足を止めた。
矢崎と草加……?
甲斐は咄嗟に見つからないように柱の死角に隠れながら状況を窺った。
別に会話の内容が気になるわけではないが、あの二人から目が離せなかった。
何、やってるんだろう……俺。
あの二人が何してようが関係ないのに、こんな風に隠れちまってバカみたいだ。
たしかに矢崎には会いたくないけれど、でもわざわざ隠れる必要なんてなかった。堂々としているべきだった。
いい加減に逃げてばかりじゃダメだろうし、そろそろアイツとも向き合わなければ。
にげるな、甲斐。
言うんだ。はっきりと。
そう自分に言い聞かせて、甲斐は意を決してそっと柱から姿を現すと、目の前には見てはいけないような光景が広がっていた。
そこには菜月が背伸びをして直にキスをしているという場面であった。
重なる唇は次第に激しくなり、舌が絡まっている。直は抵抗している様子はない。
甲斐はショックと驚きに固まった。
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