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三章/球技大会

20.貧乏人のプライド

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「抜かせないぜ」

 それを読んでいた甲斐がハルの前でディフェンス。

「架谷、か」

 甲斐とハルのボールの奪い合い合戦が始まる。元バスケ部で相当な腕と評判のハルも、甲斐の隙のなさに驚く。相当できる、と。

「やるな。まさかここまでとは思わなかった。運動神経がいいとは聞いていたが正直侮っていたよ」
「サッカーが一番得意だが、バスケも好きなんだ俺」
「そうか。でも残念だが、ここは抜かせてもらう」

 ハルは体を反転させて、一旦背後にいる味方にパスを出してから甲斐の横をすり抜ける。まるで残像でも見ているかのような素早い動きだ。

「チッ」

 甲斐が呆気にとられて舌打ちをするも遅い。
 ハルは再度ボールを受け取り、追いかけてくる甲斐より一足早くジャンプシュート。

 ゴールポストまで距離があるロングシュートである。そのままリバウンドする事無くふぁさりとネットに吸い込まれてしまうボールは3ポイント。あまりの華麗なハルの動きに、観客や親衛隊達は大盛り上がり。ハルの親衛隊の一人が見惚れて失神してしまう騒ぎにもなった。

「さすが久瀬ハルヤ。元中等部時代のバスケ部員」
「矢崎と並んで学園トップの秀才で運動神経もいい。そして顔もいい上に家が由緒正しき名家。強敵だな」
「だがもう一人、最強のラスボスがいる事をお忘れではなくて?」
「矢崎直か」

 彼もまた運動神経がすこぶるいい。それが発揮されるのはすぐの事で、Sクラスのボールを自慢の素早さで甲斐が奪ってドリブルすると、直が目の前に立ちはだかった。

「調子に乗れるのもここまでだ」
「矢崎」

 途端、二人のボールの奪い合いが始まる。
 直はしつこい上になかなか前を通してはくれない。おまけにぴったりとくっついて邪魔をしてくる。ジャンプパスをすれば直の身長の高さからすべて奪われてしまうのは確実。完全に前方を塞がれてしまい、前方への高いパスと生半可なドリブル突破では無理だ。

「こっちだ」

 いいタイミングで山田からの助け船。声がした向こう側の開いたスペースへバウンドパスをする。が、それを超人的な反射神経と長い腕でキャッチする直。

「げ!」

 その時、一瞬だけ直の口角が不気味に持ち上がった気がした。
 それを見た途端に嫌な予感がして、直をすぐに止めようとするも彼は脱兎のごとく視線から消える。甲斐はなんとか直を追いかけるも直は速い。速い上にドリブルしてあのスピードは化け物だ。

 甲斐も本気のスピードを出して追いかけ、あと一歩で届くという所で直は跳躍。自らの手で勢いよくボールをゴールに叩きつけたのだった。

「「キャアアアアアアア!!」」

 豪快なダンクシュートが決まった。
 観客すべてが悲鳴をあげている程のどよめきが起きて、圧巻に棒立ちするEクラス達。ほぼ全女子生徒達も親衛隊達も頬を紅潮させて「超かっこいいいいい!」とキンキン声でわめき散らしている。

「すっげぇ……かっけー」

 Eクラスの味方ですら我を忘れてこう呟く程である。

「おい、相手は敵だぞ!矢崎に見惚れてんじゃねえよ!」
「そうだバカ」
「あいて」

 なっちや吉村が味方のクラスメートの頭をグーでぽかりと殴るも、その生徒は直から目が離せない様子である。
 こりゃあ惚れたな、あいつ。と、哀れむなっち達は顔を顰めるのであった。敵ですら魅了するとはやはりイケメンは毒である。

「くっそー!パスミスしたァっ」

 そんな甲斐は拳を床に叩きつけていた。床に亀裂が走りそうな威力は悔しさの現れ。

「あんな奴に負けたくねぇのに……ちくしょう!」
「テメーじゃあオレには勝てねぇんだよ」

 そう言いながら直が甲斐に近寄ってきた。
 甲斐はキッと直を睨む。今話しかけられたらイライラでケンカ腰になってしまうかもしれない。

「まだ時間はたっぷりあんだろ。それに俺だってあんなダンクシュートくらいできるっての。お調子に乗るんじゃねぇよ」
「クク、そう言いながらも悔しそうだなテメエ。そんなテメエはオレの前で屈服してるのがひどくお似合いだ。そんでオレの靴を這い蹲って舐めんのがこれからの宿命。お前が潔く負けを認めて降参すれば、100歩譲って従者から遊び相手に昇格させてやるよ」
「…………はあ?」

 甲斐は唖然とした顔になった。
 遊び相手ってなんだろう。今と大して変わらない気がするが。
 そして、直の遊び相手という発言は周りに波紋を呼び、周囲から困惑した声が一斉に囁かれる。

「ねえ、今直様すごい事言わなかった!?」
「聞いた聞いたー。遊び相手ですって。うそお!直様ご乱心!?」
「ちょっとー!なんであの貧乏人が直様にあんな事言われてんのー!?」
「こっちが知りたいわよ!四天王の中でも一番気難しい直様にあんな事を言わせるなんてっ!やっぱ四天王を体で誘ってるのよあの貧乏人」
「あたし達だって直様の遊び相手になりたいのにいいっ!」

 キーッとハンカチを噛みつく勢いで親衛隊や大半の女性ファン達が、甲斐に妬みと憎悪の視線をぶつけている。一部始終を見ていた悠里は驚き、由希やかしまし三人娘の小川は驚くどころかなぜかニヤついていた。

「あのよ、遊び相手ってなに。今と大して変わらないだろ」
 
 たぶん退屈凌ぎの遊び相手かおもちゃって事だろう。昇格もクソもない。

「察しがきかねえバカガキだな。ようするに、オレの一番そばに置いてやるっつってンだよ。好きに飲み食いさせてやるし、ほしいものをなんでも与えてやる。実質姫扱いだ」
「は、はあ~~!?」

 意味が分からないとばかりに甲斐は混乱する。なんでそんな施しを受けなければならないのだろう。こいつになんのメリットがあって自分をそばに置く必要があるのか。

 もしかして、なんでも与えられる贅沢三昧な生活で肥えて太らせようという魂胆か。それで恩着せがましくさせて後で借金地獄にさせる算段かもしれない。それなら無理はあるが納得。

 じゃあ姫扱いってようはペット扱いに近いという意味か。そんなもん何が嬉しいのだろう。
 
「オレ様のそばにいりゃあテメエは何不自由なく遊べるうえに、学園でもテメエはオレの姫という理由で今以上にいい待遇を受けられる。誰も文句を言う奴も出てこなくなるし、今みたいな劣悪なEクラス奴隷という立場からオサラバできるんだ。て、ことはテメエは鼻高々とこれからこの学校の門を跨げるわけだ。悪くない所か嬉しいだろ」
「それが意味わかんねーんだけど。お前のペット扱いだなんて冗談じゃないし。なるわけないだろバカか」

 甲斐ははっきり言い切った。

「しかもなんでお前に負けを認めなきゃなんないんだよ。俺は絶対おめえに負けないし、おめえに屈服する気もない。どんなに待遇をよくしてもらったってどんなに金積まれたって、俺は好きでもない奴なんかの施しを受ける気なんて更々ないから。今の学校生活はたしかにお前のふざけた親衛隊共に滅茶苦茶にされてるけど、意外にもEクラスでの生活が気に入ってる。貧乏人だからってバカにされるけど、貧乏人にだってカタい意地プライドはちゃんとある。てめえの姫だかペットだか下僕だかしんないけど、そんなものに成り下がるくらいならまだ親衛隊共にいびられてた方がマシだ。俺を舐めんじゃねえぞクソお坊ちゃまが」

 親指を下に向けてそう強く言い放つ甲斐に、直の表情は凍りつく。そんな凍てつく彼のみならず、他の金持ち生徒達は驚きの様子だった。

 ――あいつ、正気か。

 金持ちの世界からすれば、喉から手が出る程【矢崎直との繋がり】を求める者はごまんといる。将来的には日本の上流階級のトップに立つような男の側にいられるなんて、それはもう鼻が高い所ではない。

 世の女性や権力者や成金共から嫉妬と羨望の眼差しを一気に受け、今以上に待遇も羽振りもよくなり、下位の人間を見下せて、最高に高笑いができる立場だ。まさしく王様の飼い犬気分そのもの。

 しかし、甲斐はそれを強く一蹴しただけでなく、今のEクラス奴隷の立場のままがいいと言い放った。
 甲斐からすればそんなものに全く興味をそそられないが、この学校に通う下卑たお世辞で媚び諂う金持ち共からすれば到底考えられない選択である。

 金と権力のこの世界、上になんとかごまをすって優位に立ちたい者達からすれば、直からのせっかくの誘いを蔑にする事はせっかくの将来的なチャンスをどぶに捨てるようなもの。だからこそ、金持ち共の誰もがチャンスを踏みにじる甲斐に理解不能であった。

 こいつ……!

 直は苛立つ。なぜ、ここまで譲歩してやったというのになびかない。
 世界的大財閥の御曹司の側という肩書きは、まさしく将来は勝ち組街道まっしぐらといえるのに、この架谷甲斐はその誘いにまったくなびかない。
 欲がないのか。何が不満なのだと問いたい。

 どんなに自分に敵意を持った人間だろうと、金と地位と権力で物を言えばホイホイ掌返して尻尾を振る駄犬となるはずなのに、初めてそれが通用しない相手がいるなんて信じられない。
 直は困惑と屈辱に顔を歪めた。

 なんなんだよこいつ……!
 せっかくオレの傍においてやるっつったのにっ。

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