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三章/球技大会

16.Eクラスのヒーロー

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 本日も親衛隊に追い掛け回されていた甲斐は、頭にヘルメットをかぶりながら校内を走り回っていた。
 日々の嫌がらせもどんどんグレードアップしていく毎日でありながらも、その対処法が自然と体に身についていく。

 最初の頃はさすがにこの仕打ちに落ち込んでいたが、日が経つにつれて嫌がらせにも慣れ、次第にあしらい方がわかってきた。先ほどは生卵と納豆と強烈な臭いと評判のドリアンをぶつけられそうになったが、持っていた傘を盾にして防いだり、誰かが作った落とし穴地帯に親衛隊連中を蹴り落としてやったりと、ジャングルにいるターザン蛮族の気分でたくましく過ごしていた。

 どうせ教室に戻れば机と椅子がなかったり、机の上に仏花入りの花瓶が置かれてあったりするだろうから、仏花はともかくとして、今のうちに予備の椅子と机を持ってきておこうかなあと考える余裕もでてきている。

 そういえば昨日、本物に近いゴキブリのおもちゃをドン●ホーテで見つけて勢いで買ったので、奴らにそれを投げつけたら赤ん坊のような悲鳴をあげて逃げていったのを思い出す。

 まだ数十匹はあるので、また親衛隊が来たら今度は逃げた先に落とし穴を作ってその中にゴキを仕込んでおく予定だ。たくさん買いすぎて店員にドン引きされたので抜かりはない。
 しかも本物に近い作りだから本物が紛れ込んでいてもおかしくはないだろう。甲斐の家はおんぼろなので、本物を捕まえられない事もない。あまりにも襲撃が激しくなったら本物を捕まえて武器にしておくのもいいなと考えていた。

 もう親衛隊連中や矢崎直にも負けやしない。
 甲斐は大変な日々を逆に楽しんで過ごすことに徹していた。


「架谷君、大丈夫?」

 廊下を移動中、悠里が声をかけてきた。彼女は昨今の直の非道さと親衛隊の甲斐イジメを見かねてとても心配していた。

「大丈夫だよ。最初はふざけんなって思ってたけど、毎日相手をしていたら自然と体が動くようになってさ、ある意味いい訓練にもなって逆に感謝したいくらい」
「……でも、申し訳ないな。私のせいで架谷君が直に目をつけられてしまった事が」
「そんな事いいんだ。どうせEクラスって事で、遅かれ早かれこんな目に遭う事は決定づけられていたわけだし、キミは気にしなくていい」
「架谷君……」

 なんてけな気で前向きな人なんだろう。と、悠里は甲斐の強さにますます魅かれた。


 放課後、本日はバイトがないのでさっさと帰ろうと廊下を歩いていると、向こうの方で言い争う声が聞こえてきた。
 気配を読みつつコッソリ近づくと、向こうで本木を筆頭にクラスメート達が在校生どもからリンチにあっている。しかも全員パンイチの裸で。

「てめえら、金持ってこいって言っただろーが!開星通っててこれっぽっちかよ!けっ……しけてやがるぜ!」

 無理矢理脱がしたEクラスの誰かの服から財布を出し、三万円を抜き取るその1。

「す、すいませんでござる」

 と、渋々謝るキモオタ風Eクラスの生徒。本木も嫌々ながら頭を下げている。みんなリンチにあっていたせいで裸でボロボロだ。

「すいませんで済むかよ。まあ、俺たちもAクラスっつうことで金はあるんだがよ、家柄が裕福すぎてカードしか持ち歩けなくてな、手っ取り早く現金がほしいわけ。で、てめえらみたいな貧乏Eクラスに現金持ってこいって頼んでやってんのにたった三万円とはふざけんなこの野郎!」

 怒声と共にクラスメート達数人の顔面を蹴りつけるAクラスの男共。

「てめらには連帯責任だ。さてどーすっかなー」
「全員のパンツ脱がして記念撮影しようぜ~。額に私はみんなの奴隷ちんぽですってマジックペンで書いてよ~ひゃはは」
「それもいいな。だが全裸にさせんのはそろそろ飽きたしよ、なんかこいつらがもっと嫌がる行為ねーかな~」
「なあ、これ燃やすのおもしろそうじゃね?こいつら大事そうに持ってやがったし」

 Aクラスのその1がEクラスの生徒からぶん取ったモノをリーダー格に見せている。それを見て顔面が凍りつくEクラスの面々。

「きっとこいつらにとってはいいもんだろ」
「じゃ、手始めにこの怪人28号のDXフィギュアに根性焼き入れてやろう」

 リーダー格がEクラスの私物に今にもタバコの先端を当てようとしている。

「や、やめろ!それは俺たちの大切なお宝で……」
「だから?そんなもん知ったこっちゃねえな。お前らはシケた三万しか持ってこなかったんだ。当然だろうよ。だから反省の意味でタバコの痕をつけてやるのにぎゃあぎゃあ喚き散らすなよ。壊さないだけありがたいと思えや」

 言いながら、その1が怪人28号の額にタバコを押し付けた。同時にEクラス一同の悲鳴が痛々しい。

「やめろお!」
「もうやめてえええ」
「それ以上はやめてくださいでござる~~!!」

 すぐに取り返そうと本木とキモオタ風生徒達が手を伸ばすが、全員獰猛なAクラスの生徒らに一蹴されて返り討ちにあってしまう。

「ふふ、これがそんなに大事なのかよ。奴隷貧乏人の上にキモオタとかまじ救いようがねーな」
「そもそも俺らに歯向かえると思ってるのかよ。もやし雑魚のくせによ」
「そうだぜ。俺達全員は全国無差別級プロレスラー大会で上位に君臨しているんだからな。特におれ様は元最強プロレスラーを親戚に持つサラブレッドなわけよ。てめえらとは鍛え方が違うんだ」

 獰猛なAクラスの男共はガハハと笑う。

「いい気味だぜ!ついでにてめえらの額にも根性焼き入れてやるぜ。かくごしrんぎゃあああ!!」

 Aクラスのその1が熱さに悲鳴をあげた。甲斐がタバコを持っている奴の腕を掴んでそのままソイツの額に根性焼きを返した。

「お前らスポーツマンの風上にもおけんクズ共だな」

 甲斐は胸くそ悪いクラスメート達の屈辱リンチシーンを見て気が立っていた。この連中の卑劣な行為も含めて頭がカッとなっていた。

「な、なんだてめえ!って、てめえは架谷甲斐か!」
「あの有名な架谷甲斐だとお!四天王に歯向かったと噂の!」

 Aクラスのレスラー一同が甲斐を取り囲んでファイティングポーズをとる。
 
 俺ってこの学園界隈では有名人になっているみたいだな。まあそれもそうか。矢崎直をぶん殴ったし、親衛隊と毎日鬼ごっこしているし、ある意味今一番のトレンドではあるよな。トレンディー架谷甲斐の参上である。

「いくらてめえが強いからって、全国プロレスラー大会上位の俺たち数人を同時に相手はできねーだろ」
「そうだ!見よ、この俺たちの筋肉を!鍛え抜かれたおれ達の筋肉がてめえみたいな付け焼き刃格闘家に負けるわけねーだろ」

 Aクラスのレスラー達がそれぞれ筋肉を見せびらかし悦に入っている。ポージングを各々とっては、野次馬達が「おおっ」と声援をあげて拍手をしている。

 うん、確かに筋肉はすごいね筋肉は。筋トレがんばったんだな。ヨシヨシいーこいーこ。

「だからてめえの勝ち目はねーぜ!がははは!死ね、貧乏人!」

 笑いながら奴等は全員同時に襲いかかってきた。

「架谷っ!!」

 本木が青い顔で叫ぶ。他のEクラスメンバーも「いやあ」とか「ひいっ」とか血の気が引いた顔で顔を覆ったり悲鳴をあげたりする。

「見くびるなよ」

 甲斐は地面を蹴り、体を反転させてスピンをかけつつ蹴りの連続コンビネーションを繰り出した。全員の顔面狙いで。
 あまりの早さと圧倒的な威力に、全員は顔面をひしゃげてふっ飛んでバタバタ昏倒する。

「「へ……!?」

 口をあんぐり開いて呆気にとられているAクラスの野次馬一同と、「え」って顔で驚いている本木達Eクラス一同。こんなに強かったのかと度肝を抜かれているようだ。

「俺を倒したかったらもっと修行して出直してこい!三下共が」


 あっさり全員を昏倒させた事でギャラリーはそそくさ逃げていき、それ以外も捨て台詞を吐いて逃走。
 その後、超美女と評判の保険医の南先生を呼んできて、元木やクラスメート達の手当てを軽く行った。みんな比較的に軽いケガで安堵する。

 
「架谷殿はそれがしのヒーローでござる」

 Eクラスのキモオタメンバーの一人である小田熊哲郎おだくまてつろうが甲斐を絶賛し始めた。
 髪はボサボサで無精髭の眼鏡をかけた小太りだが、同じ趣味を持っていた事で意気投合。最近仲良くなった一人だ。みんなからはオタ熊と呼ばれている。

「ヒーローって柄じゃないんだが」
「いや、ヒーローよ。まるで仮面ユカイダーみたいな立ち回りでアタシ感動したわ!」

 Eクラスのキモオタメンバーその2で、ガーリーファッションオタの五反田武夫ごたんだたけお
 見た目は強面で巨漢だが、ひ弱であり臆病なおネエ。女子力が超高い。

「ユカイダーか!たしかに架谷ってユカイダーに似てるよな」

 キモオタメンバーその3。吉村六郎よしむらろくろうが同調する。
 そばかすを散らしたスキンヘッドで、薄い本を作るのが趣味。

「ユカイダーねえ」

 そんな似ているだろうか。自分は正義の味方という柄ではない。むしろただのモブだと思っている。

「甲斐がいなかったら俺達は今頃奴らにもっとひどい事をされていた」と、本木。
「そうだよ。親衛隊や偉そうな上位クラスをこてんぱんにしてくれているのを見て、いつもスカッとしていたんだ」
「だから、甲斐殿は本当にEクラスのヒーローでござる」
「異論ないわ。甲斐ちゃんのおかげでアタシ達、最近学校が少しだけ通いやすくなってるなって思うもの」
「お前ら……はは、なんかそう言われると照れちまうじゃんか」

 Eクラスとの仲の良さが少しずつ深まっていく中で、学校行事の一つ球技大会が近づいていた。
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