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二章/大接近

12.意外な一面

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 *

「あーなんか暇だなぁー。ラウンジで女の子と遊ぶのも飽きたしィ暇だから甲斐ちゃんに会いに行こうっかなぁ~」

 相田は独り言をつぶやきながら、授業中にも関わらず廊下をフラフラ歩いていた。
 この頃はよく遊ぶ女の子を呼ぶのもなぜか億劫に思えていた。それは甲斐という平凡なのにある意味インパクトがある少年と出会ってから変わりだしたように思える。

 女といるより、甲斐といた方が面白い。今までにない人種。もっと甲斐の事が知りたい。もっといろんな顔が見たい。あっと驚く事をしてくれそうなそんな不思議な少年だと思う。

 女と遊ぶ以外では誰に対しても無関心だったはずが、初めて誰かに興味を持っていた。

「あれは……」

 甲斐に逢いに行こうと決めてEクラスの教室に向かう途中、向こうの方で数人の生徒が赤いスプレー缶を持ってコソコソと歩いていた。

 親衛隊かな。
 そういえば今朝、玄関前の壁に甲斐に対してのふざけた落書きがされていた事を思い出す。
 もしかして、あいつらが……

「ねえねえ、キミ達何してんの」

 相田は笑顔で声をかけた。

「あ……相田様っ」

 親衛隊達は相田に声をかけられた事に驚き、怯えたように後ずさる。その狼狽えようを相田は見逃さない。

「それもしかしてさァ、朝のスプレーのらくがきって君達がしたのかなぁ」
「そ、それは……あいつが……目障りで。四天王様達のために……」
「困るんだよね~そんな事してー。おかげで甲斐ちゃんと朝遊ぼうと思ったのに、甲斐ちゃんが頑張って消す作業に没頭してたせいで時間つぶれちゃったんだよね。どうしてくれんのって感じ。とりあえず、責任とって殴らせてくんないかなァ?俺のサンドバックとして、な」

 相田は黒い笑顔から冷たい無表情になった。


「え、犯人があっさり見つかった?」

 展望ラウンジに呼び出された甲斐は、ハルから事情を聞いた。
 案の定、犯人は親衛隊の数人であったらしく、相田拓実が連中を見つけてこってりシメたようである。シメたどころか顔が変形するほどボコボコにしたのは相田とハルだけの裏話である。

「なんで相田が怒ってくれたんだろ。別に相田がされたわけじゃないし、相田には関係ない事なのに」
「気に入っているからだろう。自分の気に入ったおもちゃを赤の他人に横取りされて怒る子供という感じに似ている。ようはアイツは朝にアンタと遊べなかった事に怒っただけの事だ。まったく駄々をこねる子供みたいな奴だ」
「ふーん。そんなんで怒るもんなのか。まあいいけど。それでわざわざ報告してくれてありがとう」

 悪党ばかりの四天王と噂だが、一応報告はしてくれたから礼だけは言っておく。ついでにあとで相田にも自分の代わりに怒ってくれた事にお礼を言っておこう。なんか腑に落ちないが。

「こういうのはしっかり事後報告までしておくのが当たり前の事だ。それに俺は、陰からコソコソと他人を陥れる卑怯な真似が大嫌いだからな。Eクラスだからと差別するのは好まん」

 それを聞いて、甲斐はきょとんとした顔になった。

「あんたってさ……他の四天王とはちょっと違うよな」
「ん、どういう意味でだ?」
「なんていうか矢崎みたいに傲慢な所はないし、相田や穂高みたいに何考えているかわからない上に愉快犯みたいな所もないし、ちゃんと他人の事を思いやれる真面目なタイプだって思ったんだ」
「フ……あんたから見たらそうかもしれんが、俺は他人の事なんて心底どうだっていい。関わりたくもない。できれば人付き合いなんて全くしたくない。だから、煩わしい事を避けるために、面倒事を避けるためにわざと真面目ぶっているだけだ」

 ハルは掛けていた眼鏡を外してケースにしまっている。

「そんな事、ないと思う。たとえそれが本当でも、結果的にいい事なんだから。俺、あんたみたいな人……気取ってなくて好きだよ」

 甲斐は無意識に笑顔を向けていた。ハルは一瞬だけ目を見開いて甲斐に見入ってしまう。

「あんたって……いい奴だと思う」

 その笑顔は無愛想なハルの表情さえも溶かしてしまう威力があった。

「か……勝手に言っていろ。それでも俺は他人と関わるのが嫌いだ」

 面食らった表情をすぐに戻して、ハルはラウンジを出て行った。甲斐は黙ってそれを見届けていた。
 そんな時、もう一人その笑顔を見て動けなくなっていた者がいた。


「ありえねぇ顔しやがって」

 ぼそりとそう呟きながら口元を手でおさえていた。
 今までで一度も感じた事のない熱くてドキドキしたものが全身を駆け巡る。異様に頬が熱い。なぜ。

 今のはなんだ。この体の熱さはどういうことだ?

 いつもアイツがこちらに向けてくるのはほとんどが敵意の眼差し。怒った顔や無表情以外なんて見た事がないかもしれない。そもそも、それ以外が想像できない。

 でも、そんないつも怒ったアイツの顔が、さっきはあんな風に笑うなんてあまりに予想外すぎて我を失ってしまった。

 笑うと可愛い意外性ギャップと不可解な胸の高鳴り。おかしいほど心は動揺している。

「チッ……」

 バカな。何を狼狽えているんだよ、オレは。
 絶世の美女ならいざ知らず、あんな平凡地味男な上にド庶民野郎相手に動揺しているなんてバカだろ。

 アイツはオレの敵。それ以外のなんにでもないはずだ。
 だけど……一瞬でも見惚れて可愛いと思ってしまったなんて………
 
 ふざけるな。ありえない。マジありえない。
 妹二人をたぶらかしてしまうんじゃないかというあんな野郎などに動揺するとかどうかしているんだよ、オレは。
 ちょっと疲れているんだ。最近忙しかったから。

 そう自分に言い聞かせるように、直はその場を引き返した。

 *

 昼休みの時間は甲斐はどこか一人になれる場所を探していた。
 こうやってコソコソ隠れなければならない立場になってしまったのは、昨今の親衛隊からの嫌がらせのせい。教室から出て一人になった所を狙ってくるあたり、親衛隊は卑劣で臆病なのが窺える。だからこそ、そんな連中に屈服するなんて死んでも御免だ。

「はぁ……朝から疲れる……」

 いくらみんなが一緒に食べようと言ってくれても、やはり友人を自分のイジメに巻き込むなんて気が引けるし、迷惑かけたくない思いの方が勝っていたので、授業終了と同時に外に出てきた。

 さーて。どこか休めるようないい隠れ家はないだろうかっと。

「架谷甲斐はこっちだー!いたぞー!」
「げ!やべえっ!」

 あっさり見つかってしまった。コソコソと見つからないように隠れてきたはずなのに、指名手配中の犯人みたいな扱いに嫌気がする。
 すぐさま元来た道を引き返そうとするも、背後からも連中が迫っていて、甲斐をいつの間にか取り囲んでいた。

「逃げようったってそうはイカ焼きなんだよ!変態貧乏人は学園のどこにいても狙われる宿命なんだから!」

 リーダー格の女子が言い放つ。副隊長というバッジを胸ポケットにつけていた。

「その変態貧乏人を追いかけまわしてお前らはよっぽどヒマなわけだ。矢崎の親衛隊なくせして矢崎本人を追い掛け回さないで俺ばかり狙ってさぁ、俺って意外とお前ら親衛隊からモテモテかも。モテすぎて困っちんぐマチコ先生だわ」

 甲斐が負けじと減らず口を叩くと、副隊長の可愛らしい顔がゆがんだ。

「てめえっ……生意気!ちょっと、コイツの生意気な口ふさいでやってよ!」
「えーこんな平凡地味を~?ならその代わり、コイツボコったら抱かせてくれるんだろうな?」
「しょうがないわね。コイツを四天王様達の前に二度と出られないようにしてくれれば」
「なら、派手にしてやるか」

 契約成立と言わんばかりに、数十人の獰猛そうな生徒達が甲斐に襲い掛かる。

「やれやれ。生徒相手に手荒な真似したくなかったんだけど、こんなクズい奴らがいるなら解禁かな」

 甲斐は一人ずつ軽くひねってやった。高坊相手に本気を出すわけもなく、通常の3割程度の力だけで。
 幼少より祖父から古武道を達人レベルまで叩き込まれたおかげで、今やエリート軍人や数人の暴漢を相手にしても怯まない。一個中隊くらいなら確実に壊滅に追い込むだろう。

「げ、こいつめちゃ強いぞ」
「貧乏人がすご腕だなんて聞いてねーよ!」

 甲斐からすればこんなひ弱な高校生共など赤子をひねるようなものだ。

 あー面倒くさ。なんで学園で乱闘しなきゃならんのだか。平和な学園生活送れないって不幸かも。
 くそったれめ。あれもこれも全部矢崎のせいだ。次会ったら絶対ぶん殴ってやる!

「ねえ、こんな所で何してるの」

 そんな時、ふと抑揚のない男の声が聞こえてきた。
 その場にいる全員が声がした方を向くと、そこにはニコニコと笑顔で立っている美青年がいる。四天王の穂高尚也だった。

「ほ、穂高様っ!その、親衛隊の命令でコイツをボコってくれと頼まれまして」
「ふぅーん。でもその子、今から僕と昼食食べるつもりだったんだよぉ。どこか行ってくれる?」
「え……でもこいつはEクラスで「いいからどこか行ってくれって言ってんの。僕の言う事が聞けないの?」

 今度は先ほどより低い声根ではっきりと言った。
 穂高の顔は至ってニコニコしているのに、どうしてか顔は笑っていないように見えて不気味さを感じる。その背後からは黒いオーラが見え隠れし、穂高の真意の読めない笑顔にびびった連中は甲斐から退く。逃げるように去って行った。

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