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一章/金持ち学園

6.最低最悪な出会い

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「お兄様には関係ない人ですわ。大切なお友達です」
「そうだよ、直には関係ない」

 友里香は兄の視線を気にせずに運ばれてきた食事に手をつけている。同じく悠里も気にしないで食事を続けている。

「……ほぉ、そんな平凡そうなのがお前らが夢中になる男なのか」

 直はジロジロと甲斐を見ている。脳内スペック審査を行い、甲斐を品定めしている。舐めるように上から見られているので甲斐は落ち着かない。

「お前ら、まさかこんな野郎に気があるんじゃないだろうな?」

 スペック審査が完了した直は、こんな奴は論外だと答えを弾き出していた。

「何を言うんですの。お兄様には関係ないと言っているでしょう。放っておいてくださいませ」
「そうだよ。私らが誰と仲良くしようが勝手でしょ」
「そうはいかねぇなぁ。どこがいいんだ。たいして魅力的とも思わねえし、どこにでもいるような平凡地味男じゃねぇか」
「んまっ!」
「平凡地味男ですって!?」

 二人が聞き捨てならないと同時に直を睨む。
 まあ、あながち間違ってはいないだろうが、ハッキリ言う奴だなと甲斐は少しイラっとした。

「甲斐様に失礼な事を言わないでください!」
「直には魅力的に映らないかもしれないけど、私はとても気に入っているの」
「気に食わねえな。そう言われると余計に引き離したくなる。お前らが気に入るそいつが、どれほど暴力と屈辱に耐えられるか、どれほどの実力を持っているのか、見てやりたくなる」

 直は甲斐の隣に来ていきなり胸ぐらをつかむ。

「ちょ」

 呆気にとられたままの甲斐を持ち上げ、そのまま床に投げ捨てた。

「いて」

 床にうつぶせにひれ伏す甲斐。顎をぶつけて地味に痛い。受け身を取らなかったら顎骨折していたかも。

「甲斐様!」
「架谷くんに何をするのよ!」

 甲斐に駆け寄りながら直を睨みつける友里香と悠里。

「あらら~かなり修羅場みたいでおっもろそー」

 その様子を二階席から見ていた相田が食いつき、その後を笑顔の穂高とハルも面倒くさそうに後ろをついて一階に降りてくる。

「もしかしてあの男子が二人が気になる子かな。なんか平凡そうで拍子抜けしちゃった。まあ、純朴そうな好少年風ってとこが二人にはいいのかも」

 相田が甲斐を観察している。

「でもちょっと地味かも」と、穂高。
「地味が一番だろ」 

 ハルが突っ込む。
 そんな三人組のやりとりをよそに、兄妹と甲斐の修羅場は続いている。

「どけお前ら。そいつがどれほどのものか見てやるんだよ」
「どかないよ。暴力を働くなら絶対」
「死んでもどきませんわ」

 友里香は直の前に立ち、悠里は甲斐の前で手を広げている。が、甲斐は起き上がり悠里の手をどけた。

「いいんだ、神山さんも友里香ちゃんも。キミらがそんな必死にならなくてもいい」
「甲斐さん?」
「なんかよくわかんないけど、このお兄さんは俺の事を怪しい奴だって思っている事には違いないよな。大事な妹や親族がどこぞの誰かにたぶらかされているんじゃないかって心配する気持ちは、妹がいる俺にもよくわかるから」
「え、あの……架谷くん。でもこの人は……」

 何かを言おうとするも、甲斐はすでに口を開いていた。

「えっと、申し訳ありません。友里香さんと神山さんとは普通に友達として、恩人として仲良くさせてもらっています。決して邪な思いを持って近づいたわけでも、怪しい人間でもないので、ここは穏便にお願いできますか。俺は架谷甲斐と申します」

 甲斐はまっすぐ真摯な目で直を見つめた。それに対して直は睨むのをやめない。

「貴様自身の事なんてどうでもいい。ただ、悠里と友里香が貴様に気があるって事が問題なんだよ。どうしてテメーなんかに惹かれたかがな」
「惹かれたって……そんなのありえn」

 その瞬間、直の手足は動いていた。

「っ、――!!」

 腹に拳をめり込ませられ、矢継ぎ早に回し蹴られ、甲斐は背中から吹っ飛んだ。
 他所のテーブルごとひっくり返り、食べかけの料理と食器類が床に派手に散乱する。食堂内は騒然となった。

「「「架谷くん!!」」」
「甲斐様っ!!」
「甲斐!!」
「架谷っ!!」

 今まで傍観していた健一や宮本達も思わず駆け寄る。

「ッ……けほ……いってぇ」

 もうダウンしそうな威力に甲斐は腹を押さえて咳き込む。胃がひっくり返るかと思った。

「なんか気にくわねぇ」

 甲斐にゆっくり近づき、今度は髪を鷲掴みにして持ち上げる。悠里と友里香達は直の恐ろしい眼力に睨まれて助けに入れない。蛇に睨まれたカエルのように、その場に立ちすくんだまま動けずにいる。
 なんて恐ろしい冷酷な眼差しだろうか。その威圧感と殺気に誰しも萎縮してしまう。

「っ……く、うう……」

 痛みにすぐに直の掴んでいる手を振り払おうとするが、強い力で握られていて振り払えない。

「やめて直!架谷くんを放してッ!」
「甲斐様に何をする気なんですの!?」
「お前らは黙ってろ。こいつは所詮他の奴と一緒だ。お前らに近づいたのも利用するだけ。金と権力目当てで取入ろうって魂胆だ」
「違いますわ!甲斐様がそんな人だったら最初からこの学校に入れたりはしません!そんな人じゃありません!」
「へぇ、お前がコイツをこの学校に入れたのか。てことはこいつは外部生のド庶民。Eクラスの貧乏人って事だ。ひどくお笑いだな」

 直はククッと笑っている。
 よりにもよってEクラスということで、食堂にいる周りの視線は同情から蔑んだ目に変わっていく。Eクラスは無条件に格下扱いなので、金持ち在校生からすれば奴隷も同然。この仕打ちは当たり前だと言わんばかりだ。

「歯ぁ食いしばれ。ド庶民の愚民」

 直がトドメと言わんばかりに、甲斐に腕を振り構えた時、

「ぐっ――!」

 甲斐は一瞬の隙をついて直の拘束を解き、殴り返した。直は吹っ飛びはしなかったがふらつき、それなりのダメージだったのか思わず膝をつく。

「貴様……っ」

 直の顔が怒りに歪む。平凡地味なくせに大した腕力ではないか。

「そう何度も殴られるかクソ野郎が」

 低くどすのきいた声と鋭い眼差しに一同は驚く。先ほど見せていた温厚で誠実な態度とは違って、甲斐の雰囲気は豹変していた。

「友里香ちゃんの兄だって聞いてこっちは誠意ある対応をした。だが……その横柄で暴力的な態度……聞いていた通りのようだな」

 鋭い青い瞳に周りが気圧される。あれが先ほどの平凡地味だった生徒の顔か。まるで反社も怯みそうな覇気に、さすがの直も驚いて少し肝が冷えた。

 なんだこいつは。
 先ほどはただの雑魚そうな平凡地味と思っていたが、今はこのオレでさえも畏怖している?馬鹿な。

「貴様……誰に偉そうにものを言っている」
「てめえは財閥の御曹司様だろ。それがどーした。すんげーお坊ちゃんかなんか知らんが、暴力野郎に敬意もクソもねーだろ」
「……いい度胸だ」

 直は立ち上がり、甲斐も臨戦態勢。そうして睨みあう二人。もう我慢ならないとお互いが一触即発な空気が流れつつあるその時、

「まあまあまあ」

 直と甲斐の間に入るように、相田拓実が笑顔で割り込んできた。

「せっかくの食堂でケンカはやめようやケンカはー。それに妹の友里香ちゃんと悠里ちゃんが困ってるでしょ」
「そうだ。直、お前は大人げないぞ。二人が心配なのはわかるが、突然説明なしに暴力は子供と一緒だ。少しは大人のような対応をしたらどうだ」

 ハルが呆れたようにため息を吐く。

「フンッ。そいつがどういう奴か知りたかっただけだ。暴力はお手並み拝見。まずEクラスのド庶民ってのが気に食わねえ。おまけに見た目は特徴のない平凡地味なガキ。あと、いろんな意味で生意気。全く持ってふさわしくねぇな。だが、オレ様に睨まれてもビビらず、歯向かえる根性がある所だけは百歩譲って認めてやる所か。根性というより無謀と言った方が正しいが」
「別にお前に認められても俺は嬉しくない。勝手にキレて、勝手に暴力振るって、勝手に気に食わねえとか言われて全く持って意味がわからん。でも、これだけはわかる。友里香ちゃんや神山さんがお前に迷惑してるって事。たしかに仲良くさせてもらっているから、お前からすれば俺は気にくわないだろうと思う。だがな……」

 甲斐は瞳をすぼませて直を強く睨みつける。

「兄ならもっと妹さんを見守ってやれよ!迷惑考えてやれよ!このシスコン暴力野郎ッ!!」

 この空気を切り裂くような怒鳴り声に、一瞬水をはったように静まり返る食堂内。誰しも言葉を失う。 
 あの天下の矢崎直相手に暴言を吐いたのだ。今まで誰も反抗した事がない四天王の中でも鬼畜で非情な男相手に。そんな事を言ってヤバいだとか、命がないんじゃないかだとかの声がチラホラ背後から聞こえ始めた。

「ふぅん……このオレにそこまで言うとはな。つくづく生意気な野郎だ。勇気があるのか、ただの命知らずなのかはしらねーが、これだけは言っておく。完全にオレを敵に回していい事なんてねぇってな」

 これは警告である事は誰もが見て取れる。
 完全にあの矢崎直を怒らせた。あの平凡は近々地獄を見るかもしれない。

 それだけ言うと、直は苛立つように食堂から出て行った。呆気にとられるギャラリーの面々と、静まり返ったままの食堂内。甲斐は大きく息を吐いて脱力したようにその場に座り込んだ。

「あーつっかれた。せっかくの昼飯の時間がパーだ」

 最初は二人との仲について怒っていたはずなのに、主旨が変わってきているように思えた。金持ちって沸点低いのだろうか。よくわからん。
 それにしても腹が痛い。咄嗟に急所は逃れたが、食堂という憩いの場で襲撃にあうとは思わなかった。

「ねーねーキミだいじょーぶー?」

 金髪の線が細い美形が手を差し伸べていた。どこぞの王子のような外見で人気の穂高尚也である。それを甲斐は反射的に握り返し、相手はゆっくり立たせてくれた。

「あんただれ」
「あれ?僕らの事知らないなんて驚き~。僕ねー穂高尚也っていいます。えーと平凡地味男ちゃん」
「おい。そのあだ名はさすがに……」

 たしかに平凡地味だがやめてほしいと訴えると、穂高はごめんごめんと訂正した。

「俺はねー相田拓実っていうの。こっちの無愛想な奴は久瀬晴也っちゅーの。よろしくねー貧乏男子ちゃん」

 茶髪チャラ男と、その隣にはこの連中にふさわしくない程優等生な外見の黒髪男子も立っている。もちろん二人はとてつもないイケメンである。四天王って肩書きは伊達ではないようだ。

「つーか食堂に来てびっくりしちゃったぁ。まさかEクラスのキミが悠里ちゃんと友里香ちゃんに気に入られている男子だなんて、強いんだね。直君に顔面一発当てるなんてすごい事なんだから」
「へー……」と、ぼうっと返事をする甲斐。
「そーよぉ。俺でさえ直と本気でケンカしても顔面に入れるのは骨がいるのよ。直は小さい頃からの英才教育の一つにジークンドー習ってるから。しかも達人級。俺も何度ブッ飛ばされた事か。まあ、直は格闘より射撃の方が得意みたいだけどさ」
「そーゆー拓実君も少林寺拳法の達人じゃない。ぼくはあんまり格闘系好きじゃないから合気道専門かなー。ハル君は柔道と剣道の達人だよね」
「俺の事は別にいいだろう。それより、食堂にいる生徒達が固まっているぞ」

 視線を背後に移せば、生徒達が食事もせずに茫然としたまま立っている。

「ハイハーイ皆さーん!お食事中お見苦しいシーンはサーセンでしたぁー!引き続き楽しいランチタイムをお楽しみあれ~!」

 相田が両手を二度叩いてそう言うと、四天王のお達しだとそれぞれが途中だった食事に戻っていく。甲斐も元の席についた。

「架谷くん、大丈夫?」

 悠里も席について甲斐を心配する。

「あ、ああ、うん。びっくりしちゃったけどね」
「ごめんなさい……。私の兄がとんだ迷惑を……」

 友里香は頭を下げている。

「いいんだよ。お兄さんが妹想いって所は悪くないと思うし、キミらが心配だったんだろう。妹がいるから気持ちはわかるんだよね」

 甲斐は健気に笑って見せた。

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