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【歯牙にもかけない】
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感覚スミスの作品は、そのまま彼らの個性だった。光、音、触覚、嗅覚──あらゆる感覚を編み込んで、人々を魅了する魔法のような技術。それは単なる技術ではなく、作り手の「心」そのものが露わになるものだった。だからこそ、人々は感覚スミスの作品に触れることで、彼らの人生そのものを覗き見る気分になるのだ。
R──彼女はその中でも、ひときわ異彩を放つ感覚スミスだった。彼女が生み出す光は、繊細かつ大胆だった。繊維の一本一本が浮き出るような質感、触れるたびに息遣いを感じるような温度感。それらがひとつにまとまり、背景には鮮やかな一色──まるで彼女自身の命そのものがそこに宿っているような感覚を覚えた。
私は、彼女に魅了されていた。いや、正確には彼女の作品にだ。そして、それが彼女自身と重なって見えていたのだと思う。
Rと最初に繋がったとき、彼女はこう言った。「君の名前、前にも見た気がするな。」その一言は、私の記憶を掘り起こした。そうだ、彼女は私の前の工房にも訪れていたのだ。そのときはただの観客だったが、彼女の記憶には私の作品が微かに残っていたらしい。
それがどれほど嬉しかったか、今でも覚えている。そして同時に、それがどれほど苦いものだったかも。私は、彼女のように誰かの心に刻まれるような作品を生み出せないのだと気づいてしまったからだ。
Rの作品は強烈だった。目が焼けるような光の鮮やかさ、耳を揺さぶるような音の響き。それなのに不思議と心地よい。彼女の作り出す感覚には矛盾が同居していた。激しく、でも穏やか。大胆で、でも繊細。そんな矛盾をまとった作品が、彼女そのものを象徴していた。
私は彼女の作品を愛していた。それは狂気にも近い執着だった。私は彼女の作品を工房の壁に投影し、自分の制作の隣に置いた。まるで、彼女の作品と一緒にいることで自分の作品も少しだけ輝くような気がしていたのだ。いや、今となっては、それがただの錯覚だったと分かるけれど。
Rは突然いなくなった。何の前触れもなく、何の説明もなく、消えてしまったのだ。私たちは、ようやく2人だけで感覚について話し合えるようになっていたというのに。いや、話し合うなんて生ぬるい言葉では足りない。彼女とのやり取りは、共に感覚を紡ぎ上げるような濃密な時間だったのだ。
原因は分からない。私に非があったのか、それとも別の理由なのか。いや、きっと後者だろう。彼女は良くも悪くもマイペースで、何者にも縛られない人だった。それが彼女の魅力でもあり、私が最も恐れていたことでもあった。
私たちが共に作り上げていた作品は、未完成のまま放置された。未完成というより、捨てられたと言ったほうが正しいかもしれない。作品には手をつけられず、私だけがその輪郭をぼんやりと眺め続けていた。あの時の手触りや匂い、彼女が投げかけた言葉の余韻だけが私の中に残り、それ以上は何も進まなかった。
数ヶ月後、私は彼女を見つけた。新しい場所で、彼女はまるで何もなかったかのように新しい感覚を紡ぎ出していた。新しい光、新しい音、新しい仲間たち。そこに私はいなかった。いや、私の存在すら跡形もなかったのだろう。
その光景を見たとき、私は怒りに似た感情を覚えた。いや、それは怒りではなかったかもしれない。彼女が私のせいでいなくなったのなら、私はまだ納得できただろう。それが違った。彼女はただ、自分のタイミングで自分のやりたいことをしているだけだった。私は彼女にとって、何の影響も与えない存在だったのだ。
Rに誕生日の光を贈ったのは、ほんの数ヶ月前のことだった。「来年も祝わせてね」と書いた。それがどれだけ空虚な言葉だったか、今では思い知る。「来年」なんて、彼女にとって意味のない未来だったのだろう。
Rは、輪の中心にいる人間だった。Aが振り回されるくらいの強烈な光を持った人間だった。そして私は、その輪の外で影を落とすだけの存在だった。彼女にとって、私との時間は捨ててもいいものだったのだろう。それが情けなくて、悔しくて仕方がない。
それでも、彼女の作品は私の中に残っている。私の工房の壁にも、心の中にも。彼女は消えたけれど、その光の残像だけは、螺旋を描きながら私の感覚に染みついている。それを消すことができるのか、いや、消したいのか。それすら分からない。
R──彼女はその中でも、ひときわ異彩を放つ感覚スミスだった。彼女が生み出す光は、繊細かつ大胆だった。繊維の一本一本が浮き出るような質感、触れるたびに息遣いを感じるような温度感。それらがひとつにまとまり、背景には鮮やかな一色──まるで彼女自身の命そのものがそこに宿っているような感覚を覚えた。
私は、彼女に魅了されていた。いや、正確には彼女の作品にだ。そして、それが彼女自身と重なって見えていたのだと思う。
Rと最初に繋がったとき、彼女はこう言った。「君の名前、前にも見た気がするな。」その一言は、私の記憶を掘り起こした。そうだ、彼女は私の前の工房にも訪れていたのだ。そのときはただの観客だったが、彼女の記憶には私の作品が微かに残っていたらしい。
それがどれほど嬉しかったか、今でも覚えている。そして同時に、それがどれほど苦いものだったかも。私は、彼女のように誰かの心に刻まれるような作品を生み出せないのだと気づいてしまったからだ。
Rの作品は強烈だった。目が焼けるような光の鮮やかさ、耳を揺さぶるような音の響き。それなのに不思議と心地よい。彼女の作り出す感覚には矛盾が同居していた。激しく、でも穏やか。大胆で、でも繊細。そんな矛盾をまとった作品が、彼女そのものを象徴していた。
私は彼女の作品を愛していた。それは狂気にも近い執着だった。私は彼女の作品を工房の壁に投影し、自分の制作の隣に置いた。まるで、彼女の作品と一緒にいることで自分の作品も少しだけ輝くような気がしていたのだ。いや、今となっては、それがただの錯覚だったと分かるけれど。
Rは突然いなくなった。何の前触れもなく、何の説明もなく、消えてしまったのだ。私たちは、ようやく2人だけで感覚について話し合えるようになっていたというのに。いや、話し合うなんて生ぬるい言葉では足りない。彼女とのやり取りは、共に感覚を紡ぎ上げるような濃密な時間だったのだ。
原因は分からない。私に非があったのか、それとも別の理由なのか。いや、きっと後者だろう。彼女は良くも悪くもマイペースで、何者にも縛られない人だった。それが彼女の魅力でもあり、私が最も恐れていたことでもあった。
私たちが共に作り上げていた作品は、未完成のまま放置された。未完成というより、捨てられたと言ったほうが正しいかもしれない。作品には手をつけられず、私だけがその輪郭をぼんやりと眺め続けていた。あの時の手触りや匂い、彼女が投げかけた言葉の余韻だけが私の中に残り、それ以上は何も進まなかった。
数ヶ月後、私は彼女を見つけた。新しい場所で、彼女はまるで何もなかったかのように新しい感覚を紡ぎ出していた。新しい光、新しい音、新しい仲間たち。そこに私はいなかった。いや、私の存在すら跡形もなかったのだろう。
その光景を見たとき、私は怒りに似た感情を覚えた。いや、それは怒りではなかったかもしれない。彼女が私のせいでいなくなったのなら、私はまだ納得できただろう。それが違った。彼女はただ、自分のタイミングで自分のやりたいことをしているだけだった。私は彼女にとって、何の影響も与えない存在だったのだ。
Rに誕生日の光を贈ったのは、ほんの数ヶ月前のことだった。「来年も祝わせてね」と書いた。それがどれだけ空虚な言葉だったか、今では思い知る。「来年」なんて、彼女にとって意味のない未来だったのだろう。
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それでも、彼女の作品は私の中に残っている。私の工房の壁にも、心の中にも。彼女は消えたけれど、その光の残像だけは、螺旋を描きながら私の感覚に染みついている。それを消すことができるのか、いや、消したいのか。それすら分からない。
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