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第四章『疑惑』
疑惑 6
しおりを挟む「騙していたのですか。あの話は全て嘘だったんですね」
真備の言葉に李林甫は笑った。その反応は予想通りだ。しかし、その後綴られた台詞は真備の予想を大きく外れるものだった。
「ははっ。いやいや、徹頭徹尾嘘をつくなどそんな野暮な真似はしません。むしろ私がついた嘘はたったの二つだけですよ、真備殿」
「······はい?」
それはどういうことなのか。真備には全く理解が出来なかった。
「どういうことです?」
食いつくような真備の声に李林甫は静かに笑った。
「そのままの意味ですよ。私がついた嘘は二つだけです。一つは晁衡殿が自ら高楼に赴いたという言葉。彼は私達が高楼に運び、閉じこめました。彼の意識を失わせてね。そして二つ目は阿倍仲麻呂は死んだという言葉です。晁衡殿は鬼に喰われたのではなく鬼に取り憑かれた。それだけです。あとは全て真実ですよ。日本水軍の霊が人喰い鬼として出ることも、晁衡殿に会って話をしたことも、全てが事実です。貴方が見抜けなかっただけでね」
真備はふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。それは李林甫への怒りでもあるが、それと同時に自分への怒りでもあった。
今思えば、李林甫の話を聞いた時点でおかしな点などいくつもあったではないか。そう、例えば真備と仲麻呂が初めて出会った時、彼は鬼の姿で現れた。もし、李林甫の話通り赤鬼が真備を油断させようとしていたのならば、初めから仲麻呂のふりをすれば良かったではないか。
いや、それだけではない。倒れた真成を目にした時、赤鬼は「まなり」という言葉を発した。彼が本物の物の怪であったならば、何故真成の顔と名前を知っていたのか。それは赤鬼が正真正銘の阿倍仲麻呂であったからではないか。
真備は唇を噛んだ。李林甫の口車に乗せられた自分が悔しかった。周りに流された自分が情けなかった。その様子が扉越しにも伝わったのか、李林甫はフッと笑って離れてゆく。
「もう我々の役目は終わりました。貴方との勝負、面白かったですよ。しかしこれでもうお別れです」
真備は目を丸くすると、思わず扉に飛びついた。固めた拳で高楼の扉を精一杯に叩く。
「おい、閉じ込める気かっ!?」
李林甫ははしごに向かおうとした足を止めて真備の叫びに微笑みかける。
「当たり前でしょう。あなた方を封じるためにこんなことをしたのですから。まぁお友達と一緒にゆっくりと空へ旅立ってください。彼と共に海を渡ったようにね」
そんな言葉を残して、李林甫は高楼から去っていった。真備は気力も体力も抜け落ちてへなへなとその場に座り込む。すると床についた両手に生温かい液体が触れた。真備はそれにハッとして、慌てて後ろを振り返った。
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