【完結】濡れ衣聖女はもう戻らない 〜ホワイトな宮廷ギルドで努力の成果が実りました

冬月光輝

文字の大きさ
上 下
9 / 27

初めてのお仕事

しおりを挟む
「あ、あのう。公爵家嫡男の浮気調査って、一体どうすれば良いのですか? 私は魔法なら一通り使えますが、そういった経験がないんですけど」

 結界を張る、治癒魔法を使う、あらゆる属性魔法で魔物たちを蹂躙する。
 聖女に求められているこのあたりの仕事ならある程度はこなせる自信があった。
 でも、浮気調査って……。ちょっと予想外すぎるわよ。これだったら、まだ猫探しのほうが手順とかが見える分、やりやすかったかもしれない。

「主には尾行と報告書の作成ですね~。報告書の書き方はフレメアさんに教えてもらってください。尾行は“絶対に”見つからないようにしてくれれば、僕ァ何も言いません。ルシリアさんの自主性を尊重します」

「それって、マニュアルが特にないだけなんじゃ……」

「そうとも言えますね~。極秘依頼はそんなのが多いんですよ。臨機応変に柔軟な対応を求められるとも言います。そのために新人のルシリアさんには先輩としてフレメアさんが付いているので、いざとなったら彼女に頼れば大丈夫です」

 う、うーん。不安すぎる。でも、やらなきゃ。
 せっかく、アークハルト殿下が私の力を欲しいと期待してくれたんだから。
 こんなこと一度もなかったし、きっといままでの努力だって無駄にならないはず。

「フレメアさん、あのう。私、足を引っ張らないように努力します。もしものときはお願いしますね」

「分かった。あたしも浮気調査初めてだけど。任せてくれていい」

「えっ?」

 ふ、不安すぎる。浮気調査が頻繁にあるわけではないということは朗報なんだけど。
 二人の初心者で何とかなるのだろうか。でも、やるしかないか……。

「それでは、ルシリアさんとフレメアさん。明日からよろしくお願いします。僕ァ資料とか必要な書類を用意しているので。お二人は宿舎で休んでくださいねぇ。お疲れ様」

 明日からか。今日はこっちに移動だけだったけど疲れたわ。
 やっぱり、慣れない環境だといつもよりも数倍気を遣う分、知らないうちに体力が奪われるわね。
 私とフレメアさんはそのまま退室した。

「ルシリアさん、夕食は?」
「いえ、まだですが」
「なら、一緒にどう? 食堂に案内するけど」
「は、はい。ご一緒させて頂きます」

 ずっと眠たそうな顔をされていて、槍の達人ってことを忘れそうになるフレシアさんだけど、親切な方みたいで新人の私を気遣って食事に誘ってくれる。
 アークハルト殿下の仰るとおり、本当に良い人たちばかりだわ。これなら、上手くやれそうかも。

「こっち。ついてきて……」

 フレメアさんに案内されて私は宮廷ギルドの宿舎へと向かった。
 どうやら一階にギルド員専用の食事があるらしい。
 
「お、美味しい……! 柔らかくて、舌に触れた瞬間、溶けるような食感。こ、こんなに食事が美味しいなんて!」

「宮廷料理人が作っているから」

「あー、そういうことですか。てっきり、食べられるのは王族の方だけかと思っていました」

 美しいピアノの音色を聞きたながら、今まで食べたことがないほど美味しい食事を頂いている私。
 どうやら、宮廷料理人と宮廷音楽家は練習代わりに調理や音楽をギルド員に振る舞うことになっているらしい。
 昨日に引き続き、まるで王女にでもなったかのような空間ね。一気に疲れも吹き飛んだわ……。

「じゃあ、また明日」

 宿舎の三階の一番奥の部屋に案内された私はフレメアさんから鍵を渡されて別れた。
 思ったよりもずっと広くてきれい。さすがは宮廷ギルドの宿舎だ。
 カールシュバイツ邸ほどとはいかないけれど、ベッドにデスク、ソファにテーブル。そして、必要最低限の家具はみんな揃っている。
 もう夜だから外の景色は見えないけれど、きっとベランダからの風景もきれいだろう。

「ミュー、ミュ、ミュー!」
「そうね。もう休みましょう。明日から尾行とかそういう仕事になるからちょっとお留守番していてね」
「ミュ、ミュー」
 
 相変わらず我先にとベッドに飛び乗るマルルに明日からお留守番を頼むと告げ、私は休む準備をする。
 ああ、今日もまた濃い一日だったわ。そして、明日もきっと……。
 私はまどろむ中、明日からの初仕事をきちんとやり遂げようと心に誓った。

 ◆

「ロイドさん、フレメアさん、おはようございます」

 頑固な寝癖に悪戦苦闘しながらも、何とか支度を終えた私は昨日の夕方に訪れたロイドさんの執務室へと向かう。
 フレメアさんは既に来ており、ロイドさんから渡された書類に目を通していた。

「ルシリアさんも、これ読んでおいて」
「あ、はい」

 手渡された資料は公爵家の嫡男であるレイナード・フォン・ルミリオンの個人情報と、なぜ彼に浮気疑惑が浮上したのかという理由である。
 レイナードは十八歳、私やアークハルト殿下と同い年。十五歳のときに十四歳のアリシア殿下と正式に婚約してるわ。

 浮気疑惑の発端は、ええーっと、密書が届いたみたいね。レイナードがルミリオン家を夜な夜な抜け出しては、女性に会っていると。
 誰とどこで会っているのかは不明。つまり真偽は分からないとのこと。
 アリシア殿下も最近、レイナードの態度が変だと不信感があり、今回の調査を依頼している。
 
「事の発端が噂話レベルなんで、ガセネタの可能性は十分にあります。ただ、宮廷ギルドの信頼を買われて依頼されていますから。ガセだと判断するにしても絶対に間違いがないと確信してからにしてください」

 浮気はなかったということの証明。これは中々難しいわね。
 実際にしていたのなら、現場を押さえれば済むだけだけど。悪魔の証明のごとく、潔白であることを証明することは難しいわ。

 でも、それが宮廷ギルドの信頼に関わるなら、私もいい加減なことをするわけにはいかない。
 持てる力を駆使して頑張るわ……。

「さっそく、ルミリオン家に向かう。ついてきて」
「えっ?」

 窓を開けて、フレメアさんはそのままそこから飛び降りる。
 そ、そんなところから出るの? 嘘でしょう? ここ四階よ……! 

 で、でも追いかけなきゃ。私も窓から外に飛び出した……。

風翼ウィング!」

 魔法陣を素早く形成して、私は風の翼で宙を舞う。
 自分の体重を支えることが出来るのは十秒ほどだけど、空を飛べる便利な魔法だ。

「見つけたわ……!」
「こっち。上から向かうから」

 王宮の時計台の上に立っていたフレメアさんは顔色一つ変えずにルミリオン邸のある方角を指差して、音もなく高速で移動する。
 ま、魔法も使っていないのに速すぎ……! 私も風の翼で何とかついていく。
 
「フレメアさん、これって目立ってませんか? 気付かれたらまずい気がしますが」

「大丈夫。特務隊が急いで移動しているなんて日常茶飯事だから。誰も気にしない」

「こ、この風景が日常なんですね」

 建物から建物へと飛び移りながら猛スピードで移動する。
 こんなのが当たり前だなんて、信じられないわ。
 こうして、馬車で移動するよりも遥かに早く、ルミリオン邸付近にたどり着いた私たち。
 まずはどうやってレイナードを見張るか、ね……。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

堅実に働いてきた私を無能と切り捨てたのはあなた達ではありませんか。

木山楽斗
恋愛
聖女であるクレメリアは、謙虚な性格をしていた。 彼女は、自らの成果を誇示することもなく、淡々と仕事をこなしていたのだ。 そんな彼女を新たに国王となったアズガルトは軽んじていた。 彼女の能力は大したことはなく、何も成し遂げられない。そう判断して、彼はクレメリアをクビにした。 しかし、彼はすぐに実感することになる。クレメリアがどれ程重要だったのかを。彼女がいたからこそ、王国は成り立っていたのだ。 だが、気付いた時には既に遅かった。クレメリアは既に隣国に移っており、アズガルトからの要請など届かなかったのだ。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

平民だからと婚約破棄された聖女は、実は公爵家の人間でした。復縁を迫られましたが、お断りします。

木山楽斗
恋愛
私の名前は、セレンティナ・ウォズエ。アルベニア王国の聖女である。 私は、伯爵家の三男であるドルバル・オルデニア様と婚約していた。しかし、ある時、平民だからという理由で、婚約破棄することになった。 それを特に気にすることもなく、私は聖女の仕事に戻っていた。元々、勝手に決められた婚約だったため、特に問題なかったのだ。 そんな時、公爵家の次男であるロクス・ヴァンデイン様が私を訪ねて来た。 そして私は、ロクス様から衝撃的なことを告げられる。なんでも、私は公爵家の人間の血を引いているらしいのだ。 という訳で、私は公爵家の人間になった。 そんな私に、ドルバル様が婚約破棄は間違いだったと言ってきた。私が公爵家の人間であるから復縁したいと思っているようだ。 しかし、今更そんなことを言われて復縁しようなどとは思えない。そんな勝手な論は、許されないのである。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。

聖女を騙って処刑されたと言われている私ですが、実は隣国で幸せに暮らしています。

木山楽斗
恋愛
聖女エルトナは、彼女を疎む王女の策略によって捕まっていた。 牢屋の前でやって来た王女は、エルトナのことを嘲笑った。王女にとって、平民の聖女はとても気に食わない者だったのだ。 しかしエルトナは、そこで牢屋から抜け出した。類稀なる魔法の才能を有していた彼女にとって、拘束など意味がないものだったのだ。 エルトナのことを怖がった王女は、気絶してしまった。 その隙にエルトナは、国を抜け出して、隣国に移ったのである。 王国は失態を隠すために、エルトナは処刑されたと喧伝していた。 だが、実際は違った。エルトナは隣国において、悠々自適に暮らしているのである。

偽者に奪われた聖女の地位、なんとしても取り返さ……なくていっか! ~奪ってくれてありがとう。これから私は自由に生きます~

日之影ソラ
恋愛
【小説家になろうにて先行公開中!】 https://ncode.syosetu.com/n9071il/ 異世界で村娘に転生したイリアスには、聖女の力が宿っていた。本来スローレン公爵家に生まれるはずの聖女が一般人から生まれた事実を隠すべく、八歳の頃にスローレン公爵家に養子として迎え入れられるイリアス。 貴族としての振る舞い方や作法、聖女の在り方をみっちり教育され、家の人間や王族から厳しい目で見られ大変な日々を送る。そんなある日、事件は起こった。 イリアスと見た目はそっくり、聖女の力?も使えるもう一人のイリアスが現れ、自分こそが本物のイリアスだと主張し、婚約者の王子ですら彼女の味方をする。 このままじゃ聖女の地位が奪われてしまう。何とかして取り戻そう……ん? 別にいっか! 聖女じゃないなら自由に生きさせてもらいますね! 重圧、パワハラから解放された聖女の第二の人生がスタートする!!

【完結】姉に婚約者を奪われ、役立たずと言われ家からも追放されたので、隣国で幸せに生きます

よどら文鳥
恋愛
「リリーナ、俺はお前の姉と結婚することにした。だからお前との婚約は取り消しにさせろ」  婚約者だったザグローム様は婚約破棄が当然のように言ってきました。 「ようやくお前でも家のために役立つ日がきたかと思ったが、所詮は役立たずだったか……」 「リリーナは伯爵家にとって必要ない子なの」  両親からもゴミのように扱われています。そして役に立たないと、家から追放されることが決まりました。  お姉様からは用が済んだからと捨てられます。 「あなたの手柄は全部私が貰ってきたから、今回の婚約も私のもの。当然の流れよね。だから謝罪するつもりはないわよ」 「平民になっても公爵婦人になる私からは何の援助もしないけど、立派に生きて頂戴ね」  ですが、これでようやく理不尽な家からも解放されて自由になれました。  唯一の味方になってくれた執事の助言と支援によって、隣国の公爵家へ向かうことになりました。  ここから私の人生が大きく変わっていきます。

【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!

林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。  マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。  そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。  そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。  どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。 2022.6.22 第一章完結しました。 2022.7.5 第二章完結しました。 第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。 第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。 第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。

処理中です...