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Ep6 シルクハットの男
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シルクハットの男はゆっくりと私の目の前まで歩いて来てわざとらしく丁寧に頭を下げました。
「いやぁ、どうも初めまして。僕はアレンデール=ド=セイファーと申します。先程は失礼しました、お嬢様――」
アレンデールと名乗った男はやはり先程、私に保留にするように助言した人間で間違いないです。
“アレンデール=ド=セイファー”という名前には聞き覚えがありました。
確か、歴史学者としても有名な“レオンハルト=ド=セイファー伯爵”の長男がそのような名前だった気がします。
しかし、話がしたいから馬車で送るなど――。
「申し訳ありませんが、私は一応皇太子殿下の婚約者ですので――」
この方には助けられましたが、だからといって無条件に信用できませんし、男と二人で馬車に乗るところなど見られては何を言われるか分かりません。
「おっと、そうでしたねぇ。ふふっ、あなたは“一応まだ”皇太子殿下の婚約者様でした。これは失礼。あの騒ぎのせいで失念していましたよ。くっくっく」
アレンデールはシルクハットの角度を直しながら楽しそうに笑っていました。
なんと、失礼な男でしょうか。助言への感謝の気持ちが一瞬で吹き飛んでしまいました。
「くっくっく、あっはっはっは――。ふぅー、面白かったですよ。殿下の顔色が変わって貴女が勝ち誇った顔をしたり、あの聖女さんの発言からあっという間に空気が変わって貴女の顔色が露骨に悪くなるのも、最高でした。最近のオペラには無かったスペクタクルを感じました――。ふふっ」
アレンデールは余程面白いことが無かったのか、とにかく笑ってました。
そりゃあ、もう腹が立つくらいに――。
どんなに愉快だったかしらないけど、当人の前でそれはないでしょう。
「あーはっはっはっ――」
このいい加減に――。
「いい加減にしろっ! このバカ兄がっ!」
「――っ」
私が“キレる”よりも早く、アレンデールの背後から彼の頭を目掛けて拳が飛んできました。
シルクハットは見事に吹き飛ばされて、アレンデールは尻もちをついてしまいました。
「アルティメシア公爵令嬢になんて言い草! 死ねっ、死ぬが良いっ!」
アレンデールを殴ったのは短い銀髪の整った顔立ちの男? ――いえ、ドレスを着ているので女のようですね……。
ビジュアル的には完璧に美青年という感じですが……。
尻もちを付いているアレンデールは銀髪の女にボコボコに蹴られています。
「ホントっ勘弁してください。僕が悪かったですから。リルアちゃん、本当に痛いから、やめてください! ――ねぇっ! えぇーっと、聞いてる? 本当に痛いんだってば!」
アレンデールは半泣きになって懇願しています。もはや整った顔が台無しです。
しかし、聞く耳を持ってもらえずにしばらくサンドバッグになっていました。
そして――。
「――もう、本当にリルアちゃんは相変わらず容赦ないですねぇ。このハット結構高いんですよ」
シルクハットの埃を叩きながら、アレンデールはリルアと呼ばれた女に苦情を言いました。
「ごめんなさい。うちの兄にはデリカシーとか、そういう感情が欠落している“人でなし”でして――。あっ、申し遅れました、私はリルアリア=アル=セイファーと申します。この“人でなし”の妹です! リルアって呼んでください!」
アレンデールの妹と名乗ったリルアはハキハキとした口調で私に話しかけた。
「それで――どうしても、グレイス様とお話がしたいのですが、少しだけお時間頂けないでしょうか?」
リルアは申し訳なさそうな口調で私に懇願しました。ふむ、まぁ女性が一緒なら話くらい聞いてみましょうか――。
しかし、セイファー家の兄妹が揃って私に何の用事があるのでしょう?
私は自分の家の馬車で待っている2人の侍女の内の1人、エリーカに先に戻るように伝えてセイファー家の馬車に乗りました。もう1人の侍女のセリスは私に同行しましたが――。
「伯爵家とか関係ねぇです。お嬢を一人で見知らぬ者の馬車に乗せられるはずがねぇでしょーが」
セリスは黒髪で背が高くて少しだけ言葉遣いが悪いですが、私が親以外で1番信用している人物です。
アレンデールは少しだけ難色を示しましたが、仕方ないと頷きました。
「セイファー家っていやぁ歴史学者の家系だろう? その坊ちゃんが、ウチのお嬢に何の用なんだい?」
セリスはアレンデールを睨みながら尋ねました。はぁ、彼女の乱暴な口調は何回注意しても矯正出来ません。
「そうですね。お話しましょう。まぁ、話を聞いて頂くのはお嬢様だけですけどね」
アレンデールは目を見開きました。
その刹那、彼の瞳は紫色に妖しく光り――。セリスの体も紫色に光りました。
するとどうでしょう、なんとセリスはあっという間に意識を失ってしまったのです。
「――なっ、アレンデール! 今、セリスに何を!?」
私は何が起こったのか分かりませんでしたが、アレンデールが“何かをした”ことは分かりました。
「落ち着いてください。ただ眠らせただけです。僕の“魔法”でね――。さぁ、本題に入りましょう。グレイス=アルティメシア――、僕らの仲間になりませんか? アレクトロン皇家を陥落させる同志として――」
アレンデールはニッコリ笑ってそう言いました。彼の張り付いた笑顔からはとても冷たい温度を感じました。
「いやぁ、どうも初めまして。僕はアレンデール=ド=セイファーと申します。先程は失礼しました、お嬢様――」
アレンデールと名乗った男はやはり先程、私に保留にするように助言した人間で間違いないです。
“アレンデール=ド=セイファー”という名前には聞き覚えがありました。
確か、歴史学者としても有名な“レオンハルト=ド=セイファー伯爵”の長男がそのような名前だった気がします。
しかし、話がしたいから馬車で送るなど――。
「申し訳ありませんが、私は一応皇太子殿下の婚約者ですので――」
この方には助けられましたが、だからといって無条件に信用できませんし、男と二人で馬車に乗るところなど見られては何を言われるか分かりません。
「おっと、そうでしたねぇ。ふふっ、あなたは“一応まだ”皇太子殿下の婚約者様でした。これは失礼。あの騒ぎのせいで失念していましたよ。くっくっく」
アレンデールはシルクハットの角度を直しながら楽しそうに笑っていました。
なんと、失礼な男でしょうか。助言への感謝の気持ちが一瞬で吹き飛んでしまいました。
「くっくっく、あっはっはっは――。ふぅー、面白かったですよ。殿下の顔色が変わって貴女が勝ち誇った顔をしたり、あの聖女さんの発言からあっという間に空気が変わって貴女の顔色が露骨に悪くなるのも、最高でした。最近のオペラには無かったスペクタクルを感じました――。ふふっ」
アレンデールは余程面白いことが無かったのか、とにかく笑ってました。
そりゃあ、もう腹が立つくらいに――。
どんなに愉快だったかしらないけど、当人の前でそれはないでしょう。
「あーはっはっはっ――」
このいい加減に――。
「いい加減にしろっ! このバカ兄がっ!」
「――っ」
私が“キレる”よりも早く、アレンデールの背後から彼の頭を目掛けて拳が飛んできました。
シルクハットは見事に吹き飛ばされて、アレンデールは尻もちをついてしまいました。
「アルティメシア公爵令嬢になんて言い草! 死ねっ、死ぬが良いっ!」
アレンデールを殴ったのは短い銀髪の整った顔立ちの男? ――いえ、ドレスを着ているので女のようですね……。
ビジュアル的には完璧に美青年という感じですが……。
尻もちを付いているアレンデールは銀髪の女にボコボコに蹴られています。
「ホントっ勘弁してください。僕が悪かったですから。リルアちゃん、本当に痛いから、やめてください! ――ねぇっ! えぇーっと、聞いてる? 本当に痛いんだってば!」
アレンデールは半泣きになって懇願しています。もはや整った顔が台無しです。
しかし、聞く耳を持ってもらえずにしばらくサンドバッグになっていました。
そして――。
「――もう、本当にリルアちゃんは相変わらず容赦ないですねぇ。このハット結構高いんですよ」
シルクハットの埃を叩きながら、アレンデールはリルアと呼ばれた女に苦情を言いました。
「ごめんなさい。うちの兄にはデリカシーとか、そういう感情が欠落している“人でなし”でして――。あっ、申し遅れました、私はリルアリア=アル=セイファーと申します。この“人でなし”の妹です! リルアって呼んでください!」
アレンデールの妹と名乗ったリルアはハキハキとした口調で私に話しかけた。
「それで――どうしても、グレイス様とお話がしたいのですが、少しだけお時間頂けないでしょうか?」
リルアは申し訳なさそうな口調で私に懇願しました。ふむ、まぁ女性が一緒なら話くらい聞いてみましょうか――。
しかし、セイファー家の兄妹が揃って私に何の用事があるのでしょう?
私は自分の家の馬車で待っている2人の侍女の内の1人、エリーカに先に戻るように伝えてセイファー家の馬車に乗りました。もう1人の侍女のセリスは私に同行しましたが――。
「伯爵家とか関係ねぇです。お嬢を一人で見知らぬ者の馬車に乗せられるはずがねぇでしょーが」
セリスは黒髪で背が高くて少しだけ言葉遣いが悪いですが、私が親以外で1番信用している人物です。
アレンデールは少しだけ難色を示しましたが、仕方ないと頷きました。
「セイファー家っていやぁ歴史学者の家系だろう? その坊ちゃんが、ウチのお嬢に何の用なんだい?」
セリスはアレンデールを睨みながら尋ねました。はぁ、彼女の乱暴な口調は何回注意しても矯正出来ません。
「そうですね。お話しましょう。まぁ、話を聞いて頂くのはお嬢様だけですけどね」
アレンデールは目を見開きました。
その刹那、彼の瞳は紫色に妖しく光り――。セリスの体も紫色に光りました。
するとどうでしょう、なんとセリスはあっという間に意識を失ってしまったのです。
「――なっ、アレンデール! 今、セリスに何を!?」
私は何が起こったのか分かりませんでしたが、アレンデールが“何かをした”ことは分かりました。
「落ち着いてください。ただ眠らせただけです。僕の“魔法”でね――。さぁ、本題に入りましょう。グレイス=アルティメシア――、僕らの仲間になりませんか? アレクトロン皇家を陥落させる同志として――」
アレンデールはニッコリ笑ってそう言いました。彼の張り付いた笑顔からはとても冷たい温度を感じました。
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