上 下
12 / 19
第二章『宮廷ギルドにて』

12.合格を目指して

しおりを挟む
「昨日はよく眠れたかのう?」

「あ、はい。眠れすぎたというか、なんというか」
「ベッドっいうのか。あれで寝るのが初めてだったから俺は寝付きが悪かった」

 公爵様は約束どおり私たちの面倒を見てくれることになり、二人とも公爵家の客室を一つずついただいて住まわせてもらうこととなった。

 さすがというか、なんというか。公爵家の部屋はおとぎ話でしか聞いたことがないくらい、きらびやかで広く、私たちはなれない空間で寝るのに苦労したのである。

(こんな扱いを受けるなんて考えられないことだったわ。これがエドモンドさんの弟子になるという意味なのね)

「ほっほっほ、これまでの生活と変わってしまって慣れないかもしれんが、それはすぐに順応できるじゃろう。人間そういうふうにできとるし」

「そういうものでしょうか?」

「ワシの国では物乞いがある日のこと突然事故で行方不明になっていた王子だと判明したことがあってな。最初のころは慣れない環境に参っていたが、そのうち王子に相応しい振る舞いをするようになった。環境が人間を変えたのだ」

 環境が人間を変えた。つまり私たちも環境が変われば中身も変わると言いたいのだろう。

 今の私たちは幼いときより呪われた不吉な存在として扱われてきた生活が染み付いている。
 それがこれから違う環境に身を置いたらどういう変化になるのか。

(全然想像ができないわ。でも私はこんな卑屈な自分が嫌だった。変わりたいとは思っている)

「まぁ、それはおいおいわかるとして。今日からワシの弟子として正式に特訓をすることとなる。最初の目標は宮廷ギルド選抜試験を突破すること」

 昨日、カインと戦ったコロシアムで私たち二人は特訓を受けることになる。

 公爵様はエドモンドさんにこのコロシアムを好きに使ってよいと許可を出したのだ。
 未来の英雄がここで育ったのなら大変な名誉だと笑いながら語る公爵様は最初に出会ったときの印章とかけ離れていた。

『そうかエルドラドくんがそんなことを。保護観察期間が終わってしまえば、こちらのものときたか。いや、すまない。君らの境遇は君らの責任ではないのに私は随分と酷いことを言った
ね』

 公爵様は自分のお気に入りのカインが英雄になる日を楽しみにしており、またエドモンドさんに紹介するのも楽しみにしていたそうだ。

 その出鼻をくじかれて、私たちを見たときついカッとなって口が悪くなってしまったらしい。
  
 紳士あるまじき言動だったと謝罪され、頭を下げられたとき、この人がそこまで悪い人ではないことが見て取れた。貴族が平民に謝るなどあり得ないと思っていたから……。

 どちらかといえばカインのあの態度のほうがノーマルに近いのだ。

『アルガモン公爵は慈善活動や公共福祉に積極的に寄付をしております。本人は富の再分配をするのは当然だと仰っていますが、そんな貴族は珍しいのです』

 クラウスさんから聞いたこの情報。
 どうやら私たちのいたギルドに寄付をしたのもその一環らしい。

 金貨二百枚も寄付をしたと聞いて私はほくそ笑むエルドラドの顔を思い浮かべてしまった。
 あの人はそれが目的で私たちを孤児院から引き取ったのだろう。

「アーシェちゃん、まだ夢の中にいたいのはわかるが特訓に参加してもらうぞい」

「は、はい。すみません。ボーッとしてしまって」

「ほっほっほ、構わんよ。今からボーッとする隙があるのならいくらでも」

「えっ? あ、あれは!?」   

 エドモンドさんの頭上に浮かぶのは真珠のように光る球体だった。大きさは鶏の卵くらいに見える。
 それの数は十や二十じゃない。というかドンドン増えている。
 これは一体、何なのだろうか。

「今から試験までやることは一つだけじゃ。この光の球を避け続けてもらう。アーシェちゃんは魔法を使ってもよい。アレスちゃんはほれ、この剣で弾いてもよいぞ」

 光の球を避けるだけ? それが大賢者の特訓だとでもいうの?
 なんだか予想と違って地味ね。シンプルで分かりやすいからいいけど。

 おそらくあれは無属性の魔力を球体状にしたもの。無属性魔法は治癒魔法くらいしかないし、本来無害だから触れても安全――。
 そのとき、私とアレスの間に猛スピードで光の球が飛んできてズドンと音を立ててコロシアムの石畳に突き刺さる。

「えっ?」
「おおっ! びっくりした!」

 何よこれ? 鉄球でも落ちてきたみたいな、この質量感。
 あの一球、一球がこんなにも危険なの?

「ほっほっほ、危機感というのは人を成長させるからのう。これに当たると、ちと痛いぞ」

 ギラリと鋭い眼光を見せるエドモンドさん。
 こんなのに当たるなんて嫌すぎる。とにかく逃げないと。
 でも、私はアレスと違って運動神経は良くないし。って、そんなことを言っている場合じゃないか。

「ほれ、行くぞ。アーシェちゃん」
氷結の槍アイスジャベリン!」

 昨日使ったときはバカでかい槍が出てしまったから、私は属性の限界突破を使いつつも魔力をいつもの十分の一程度に抑えて魔法を発動させた。
 
「まだちょっと大きかったか。さじ加減が難しいわね」

 迫りくる球体を槍で叩き落としながら私は魔力をコントロールする難しさに心の中で舌打ちする。
 属性の限界突破で魔法の威力が上がったのはよいが、消費する魔力の量も比べ物にならないくらい増えたのだ。

 これではすぐに魔力が尽きてしまう。だから燃費をよくする必要があると自分なりに課題を見つけたのである。

「アーシェちゃん、正解。魔力コントロールは属性の限界突破を使いこなす上で最も重要なファクター。この特訓の目的の一つをもう見抜くとはやりよる。……だがっ!」

「えっ? こ、こんなに沢山は無理! い、痛い!」

 今度は一斉に十個くらいの球が四方八方から飛んできて、私は槍で捌ききれずに右足に被弾した。
 だが、驚くべきことはそのあとだった。

「あ、あれ? もう痛くない……」

 一瞬だけ激痛に顔を歪めるも、気付いたら痛みはなくなっている。怪我もないし……、これはどういうこと?

「ほっほっほ、これはワシのオリジナル魔法。痛い治癒魔法ペインヒールじゃ。受けると激痛は伴うが一瞬で治療するので無傷で済む。世界ではワシしか使えぬとっておきじゃよ」

 なんて無意味な魔法を作るのよ。痛みを与えるだけで傷付かないってとんでもない拷問器具じゃない。
 
 当たっても大丈夫と思えど、あの痛みは尋常じゃなかった。できればもう二度と味わいたくない。

「爺さん、次は俺にやってくれよ。うずうずしてきた」

 メラメラと燃える右手に握られているのは鋼の剣。

 一応、アレスは我流だが剣の心得がある。ギルドのレンタル品を使っていたので丸腰で追い出されたが、これが本来の彼の戦闘スタイルだ。

 昨日、見た感じだと偶然なのかそうでないのか、刃に変化させた炎でカインの剣を受け止めていたが、実力はどんなものなのだろうか。
 
 最近はほとんど同じ仕事をしていないので、彼の実力のほどを知らないのである。

「アレスちゃんにはこれくらいでどうじゃ?」

「わ、私のときより多い!?」

 なんとエドモンドさんは二十個ほどの球体を一斉にアレスに向かって飛ばす。
 私は十個でも手に負えなかったのに、あんなの無理でしょう。

「うおおおおっ! おりゃあ!」

 業火に包まれる剣を操り、アレスは迫りくる二十個の球をすべて消滅させる。
 彼が剣をひと振りすると炎の壁ができて、それが光の球を燃やし尽くすのだ。
 
 あれ? 昨日も思ったがアレスってこんなに強かったの? 体力だけは人一倍だと思っていたけど。

「ほっほっほ、久しぶりに全力で暴れられる気分はどうじゃ? 今まで辛かったろう。その右手を燃やさずに生きていくのは」

「最高だ、爺さん。やっと思いきり動ける」

 ああ、そうか。そうだったわね。
 アレスは心拍数が一定以上に昂ぶると右手が燃えてしまうから、運動量を控えめにしていたんだった。

 その枷が属性の限界突破を覚えた上で外れたから、パフォーマンスが上がったんだ。

「でも、アレス。剣に炎を纏わせるなんて、初めてなのによくできたわね」

「ああ、なんとなくできた。この剣も俺の腕の一部だと思うようにしたら結構自由になってくれたぞ」

「腕の一部……、つまり私の氷も同じ要領で……」

 負けていられない。足を引っ張るなんて嫌。
 アレスが一歩先を進んでいるのをみて、私は自分が思った以上に負けず嫌いだということを知った。

「エドモンドさん、私にもアレスと同じ数をお願いします」

「焦らんでもええぞ。じゃが、その目の輝きを無下に扱うわけにもいかんのう。それではリクエストに応えようぞ」

 二十個の光の球が迫りくる。
 成長するのよ、私。アレスに置いてきぼりにされるのはごめんなんだから……!
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

その女剣士は世界を救い、英雄となる。

千石
ファンタジー
美少女剣士マーヘン・リバースは念願の世界大会参加資格を得て、王都に向かう途中で不思議な少年レベン・アインターブと邂逅する。 そんな中、世界存続を裁定する怪物との戦いに巻き込まれ世界を救ったり、別の怪物と戦ったりと大忙し。 挙句の果てに、英雄に祭り上げられる!! この作品は他のウェブ小説にも掲載しております。

『絶対に許さないわ』 嵌められた公爵令嬢は自らの力を使って陰湿に復讐を遂げる

黒木  鳴
ファンタジー
タイトルそのまんまです。殿下の婚約者だった公爵令嬢がありがち展開で冤罪での断罪を受けたところからお話しスタート。将来王族の一員となる者として清く正しく生きてきたのに悪役令嬢呼ばわりされ、復讐を決意して行動した結果悲劇の令嬢扱いされるお話し。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。

なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。 そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。 そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。 彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。 それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。

あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
聖女ウリヤナは聖なる力を失った。心当たりはなんとなくある。求められるがまま、婚約者でありイングラム国の王太子であるクロヴィスと肌を重ねてしまったからだ。 「聖なる力を失った君とは結婚できない」クロヴィスは静かに言い放つ。そんな彼の隣に寄り添うのは、ウリヤナの友人であるコリーン。 聖なる力を失った彼女は、その日、婚約者と友人を失った――。 ※以前投稿した短編の長編です。予約投稿を失敗しないかぎり、完結まで毎日更新される予定。

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

処理中です...