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第二章『宮廷ギルドにて』
12.合格を目指して
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「昨日はよく眠れたかのう?」
「あ、はい。眠れすぎたというか、なんというか」
「ベッドっいうのか。あれで寝るのが初めてだったから俺は寝付きが悪かった」
公爵様は約束どおり私たちの面倒を見てくれることになり、二人とも公爵家の客室を一つずついただいて住まわせてもらうこととなった。
さすがというか、なんというか。公爵家の部屋はおとぎ話でしか聞いたことがないくらい、きらびやかで広く、私たちはなれない空間で寝るのに苦労したのである。
(こんな扱いを受けるなんて考えられないことだったわ。これがエドモンドさんの弟子になるという意味なのね)
「ほっほっほ、これまでの生活と変わってしまって慣れないかもしれんが、それはすぐに順応できるじゃろう。人間そういうふうにできとるし」
「そういうものでしょうか?」
「ワシの国では物乞いがある日のこと突然事故で行方不明になっていた王子だと判明したことがあってな。最初のころは慣れない環境に参っていたが、そのうち王子に相応しい振る舞いをするようになった。環境が人間を変えたのだ」
環境が人間を変えた。つまり私たちも環境が変われば中身も変わると言いたいのだろう。
今の私たちは幼いときより呪われた不吉な存在として扱われてきた生活が染み付いている。
それがこれから違う環境に身を置いたらどういう変化になるのか。
(全然想像ができないわ。でも私はこんな卑屈な自分が嫌だった。変わりたいとは思っている)
「まぁ、それはおいおいわかるとして。今日からワシの弟子として正式に特訓をすることとなる。最初の目標は宮廷ギルド選抜試験を突破すること」
昨日、カインと戦ったコロシアムで私たち二人は特訓を受けることになる。
公爵様はエドモンドさんにこのコロシアムを好きに使ってよいと許可を出したのだ。
未来の英雄がここで育ったのなら大変な名誉だと笑いながら語る公爵様は最初に出会ったときの印章とかけ離れていた。
『そうかエルドラドくんがそんなことを。保護観察期間が終わってしまえば、こちらのものときたか。いや、すまない。君らの境遇は君らの責任ではないのに私は随分と酷いことを言った
ね』
公爵様は自分のお気に入りのカインが英雄になる日を楽しみにしており、またエドモンドさんに紹介するのも楽しみにしていたそうだ。
その出鼻をくじかれて、私たちを見たときついカッとなって口が悪くなってしまったらしい。
紳士あるまじき言動だったと謝罪され、頭を下げられたとき、この人がそこまで悪い人ではないことが見て取れた。貴族が平民に謝るなどあり得ないと思っていたから……。
どちらかといえばカインのあの態度のほうがノーマルに近いのだ。
『アルガモン公爵は慈善活動や公共福祉に積極的に寄付をしております。本人は富の再分配をするのは当然だと仰っていますが、そんな貴族は珍しいのです』
クラウスさんから聞いたこの情報。
どうやら私たちのいたギルドに寄付をしたのもその一環らしい。
金貨二百枚も寄付をしたと聞いて私はほくそ笑むエルドラドの顔を思い浮かべてしまった。
あの人はそれが目的で私たちを孤児院から引き取ったのだろう。
「アーシェちゃん、まだ夢の中にいたいのはわかるが特訓に参加してもらうぞい」
「は、はい。すみません。ボーッとしてしまって」
「ほっほっほ、構わんよ。今からボーッとする隙があるのならいくらでも」
「えっ? あ、あれは!?」
エドモンドさんの頭上に浮かぶのは真珠のように光る球体だった。大きさは鶏の卵くらいに見える。
それの数は十や二十じゃない。というかドンドン増えている。
これは一体、何なのだろうか。
「今から試験までやることは一つだけじゃ。この光の球を避け続けてもらう。アーシェちゃんは魔法を使ってもよい。アレスちゃんはほれ、この剣で弾いてもよいぞ」
光の球を避けるだけ? それが大賢者の特訓だとでもいうの?
なんだか予想と違って地味ね。シンプルで分かりやすいからいいけど。
おそらくあれは無属性の魔力を球体状にしたもの。無属性魔法は治癒魔法くらいしかないし、本来無害だから触れても安全――。
そのとき、私とアレスの間に猛スピードで光の球が飛んできてズドンと音を立ててコロシアムの石畳に突き刺さる。
「えっ?」
「おおっ! びっくりした!」
何よこれ? 鉄球でも落ちてきたみたいな、この質量感。
あの一球、一球がこんなにも危険なの?
「ほっほっほ、危機感というのは人を成長させるからのう。これに当たると、ちと痛いぞ」
ギラリと鋭い眼光を見せるエドモンドさん。
こんなのに当たるなんて嫌すぎる。とにかく逃げないと。
でも、私はアレスと違って運動神経は良くないし。って、そんなことを言っている場合じゃないか。
「ほれ、行くぞ。アーシェちゃん」
「氷結の槍!」
昨日使ったときはバカでかい槍が出てしまったから、私は属性の限界突破を使いつつも魔力をいつもの十分の一程度に抑えて魔法を発動させた。
「まだちょっと大きかったか。さじ加減が難しいわね」
迫りくる球体を槍で叩き落としながら私は魔力をコントロールする難しさに心の中で舌打ちする。
属性の限界突破で魔法の威力が上がったのはよいが、消費する魔力の量も比べ物にならないくらい増えたのだ。
これではすぐに魔力が尽きてしまう。だから燃費をよくする必要があると自分なりに課題を見つけたのである。
「アーシェちゃん、正解。魔力コントロールは属性の限界突破を使いこなす上で最も重要なファクター。この特訓の目的の一つをもう見抜くとはやりよる。……だがっ!」
「えっ? こ、こんなに沢山は無理! い、痛い!」
今度は一斉に十個くらいの球が四方八方から飛んできて、私は槍で捌ききれずに右足に被弾した。
だが、驚くべきことはそのあとだった。
「あ、あれ? もう痛くない……」
一瞬だけ激痛に顔を歪めるも、気付いたら痛みはなくなっている。怪我もないし……、これはどういうこと?
「ほっほっほ、これはワシのオリジナル魔法。痛い治癒魔法じゃ。受けると激痛は伴うが一瞬で治療するので無傷で済む。世界ではワシしか使えぬとっておきじゃよ」
なんて無意味な魔法を作るのよ。痛みを与えるだけで傷付かないってとんでもない拷問器具じゃない。
当たっても大丈夫と思えど、あの痛みは尋常じゃなかった。できればもう二度と味わいたくない。
「爺さん、次は俺にやってくれよ。うずうずしてきた」
メラメラと燃える右手に握られているのは鋼の剣。
一応、アレスは我流だが剣の心得がある。ギルドのレンタル品を使っていたので丸腰で追い出されたが、これが本来の彼の戦闘スタイルだ。
昨日、見た感じだと偶然なのかそうでないのか、刃に変化させた炎でカインの剣を受け止めていたが、実力はどんなものなのだろうか。
最近はほとんど同じ仕事をしていないので、彼の実力のほどを知らないのである。
「アレスちゃんにはこれくらいでどうじゃ?」
「わ、私のときより多い!?」
なんとエドモンドさんは二十個ほどの球体を一斉にアレスに向かって飛ばす。
私は十個でも手に負えなかったのに、あんなの無理でしょう。
「うおおおおっ! おりゃあ!」
業火に包まれる剣を操り、アレスは迫りくる二十個の球をすべて消滅させる。
彼が剣をひと振りすると炎の壁ができて、それが光の球を燃やし尽くすのだ。
あれ? 昨日も思ったがアレスってこんなに強かったの? 体力だけは人一倍だと思っていたけど。
「ほっほっほ、久しぶりに全力で暴れられる気分はどうじゃ? 今まで辛かったろう。その右手を燃やさずに生きていくのは」
「最高だ、爺さん。やっと思いきり動ける」
ああ、そうか。そうだったわね。
アレスは心拍数が一定以上に昂ぶると右手が燃えてしまうから、運動量を控えめにしていたんだった。
その枷が属性の限界突破を覚えた上で外れたから、パフォーマンスが上がったんだ。
「でも、アレス。剣に炎を纏わせるなんて、初めてなのによくできたわね」
「ああ、なんとなくできた。この剣も俺の腕の一部だと思うようにしたら結構自由になってくれたぞ」
「腕の一部……、つまり私の氷も同じ要領で……」
負けていられない。足を引っ張るなんて嫌。
アレスが一歩先を進んでいるのをみて、私は自分が思った以上に負けず嫌いだということを知った。
「エドモンドさん、私にもアレスと同じ数をお願いします」
「焦らんでもええぞ。じゃが、その目の輝きを無下に扱うわけにもいかんのう。それではリクエストに応えようぞ」
二十個の光の球が迫りくる。
成長するのよ、私。アレスに置いてきぼりにされるのはごめんなんだから……!
「あ、はい。眠れすぎたというか、なんというか」
「ベッドっいうのか。あれで寝るのが初めてだったから俺は寝付きが悪かった」
公爵様は約束どおり私たちの面倒を見てくれることになり、二人とも公爵家の客室を一つずついただいて住まわせてもらうこととなった。
さすがというか、なんというか。公爵家の部屋はおとぎ話でしか聞いたことがないくらい、きらびやかで広く、私たちはなれない空間で寝るのに苦労したのである。
(こんな扱いを受けるなんて考えられないことだったわ。これがエドモンドさんの弟子になるという意味なのね)
「ほっほっほ、これまでの生活と変わってしまって慣れないかもしれんが、それはすぐに順応できるじゃろう。人間そういうふうにできとるし」
「そういうものでしょうか?」
「ワシの国では物乞いがある日のこと突然事故で行方不明になっていた王子だと判明したことがあってな。最初のころは慣れない環境に参っていたが、そのうち王子に相応しい振る舞いをするようになった。環境が人間を変えたのだ」
環境が人間を変えた。つまり私たちも環境が変われば中身も変わると言いたいのだろう。
今の私たちは幼いときより呪われた不吉な存在として扱われてきた生活が染み付いている。
それがこれから違う環境に身を置いたらどういう変化になるのか。
(全然想像ができないわ。でも私はこんな卑屈な自分が嫌だった。変わりたいとは思っている)
「まぁ、それはおいおいわかるとして。今日からワシの弟子として正式に特訓をすることとなる。最初の目標は宮廷ギルド選抜試験を突破すること」
昨日、カインと戦ったコロシアムで私たち二人は特訓を受けることになる。
公爵様はエドモンドさんにこのコロシアムを好きに使ってよいと許可を出したのだ。
未来の英雄がここで育ったのなら大変な名誉だと笑いながら語る公爵様は最初に出会ったときの印章とかけ離れていた。
『そうかエルドラドくんがそんなことを。保護観察期間が終わってしまえば、こちらのものときたか。いや、すまない。君らの境遇は君らの責任ではないのに私は随分と酷いことを言った
ね』
公爵様は自分のお気に入りのカインが英雄になる日を楽しみにしており、またエドモンドさんに紹介するのも楽しみにしていたそうだ。
その出鼻をくじかれて、私たちを見たときついカッとなって口が悪くなってしまったらしい。
紳士あるまじき言動だったと謝罪され、頭を下げられたとき、この人がそこまで悪い人ではないことが見て取れた。貴族が平民に謝るなどあり得ないと思っていたから……。
どちらかといえばカインのあの態度のほうがノーマルに近いのだ。
『アルガモン公爵は慈善活動や公共福祉に積極的に寄付をしております。本人は富の再分配をするのは当然だと仰っていますが、そんな貴族は珍しいのです』
クラウスさんから聞いたこの情報。
どうやら私たちのいたギルドに寄付をしたのもその一環らしい。
金貨二百枚も寄付をしたと聞いて私はほくそ笑むエルドラドの顔を思い浮かべてしまった。
あの人はそれが目的で私たちを孤児院から引き取ったのだろう。
「アーシェちゃん、まだ夢の中にいたいのはわかるが特訓に参加してもらうぞい」
「は、はい。すみません。ボーッとしてしまって」
「ほっほっほ、構わんよ。今からボーッとする隙があるのならいくらでも」
「えっ? あ、あれは!?」
エドモンドさんの頭上に浮かぶのは真珠のように光る球体だった。大きさは鶏の卵くらいに見える。
それの数は十や二十じゃない。というかドンドン増えている。
これは一体、何なのだろうか。
「今から試験までやることは一つだけじゃ。この光の球を避け続けてもらう。アーシェちゃんは魔法を使ってもよい。アレスちゃんはほれ、この剣で弾いてもよいぞ」
光の球を避けるだけ? それが大賢者の特訓だとでもいうの?
なんだか予想と違って地味ね。シンプルで分かりやすいからいいけど。
おそらくあれは無属性の魔力を球体状にしたもの。無属性魔法は治癒魔法くらいしかないし、本来無害だから触れても安全――。
そのとき、私とアレスの間に猛スピードで光の球が飛んできてズドンと音を立ててコロシアムの石畳に突き刺さる。
「えっ?」
「おおっ! びっくりした!」
何よこれ? 鉄球でも落ちてきたみたいな、この質量感。
あの一球、一球がこんなにも危険なの?
「ほっほっほ、危機感というのは人を成長させるからのう。これに当たると、ちと痛いぞ」
ギラリと鋭い眼光を見せるエドモンドさん。
こんなのに当たるなんて嫌すぎる。とにかく逃げないと。
でも、私はアレスと違って運動神経は良くないし。って、そんなことを言っている場合じゃないか。
「ほれ、行くぞ。アーシェちゃん」
「氷結の槍!」
昨日使ったときはバカでかい槍が出てしまったから、私は属性の限界突破を使いつつも魔力をいつもの十分の一程度に抑えて魔法を発動させた。
「まだちょっと大きかったか。さじ加減が難しいわね」
迫りくる球体を槍で叩き落としながら私は魔力をコントロールする難しさに心の中で舌打ちする。
属性の限界突破で魔法の威力が上がったのはよいが、消費する魔力の量も比べ物にならないくらい増えたのだ。
これではすぐに魔力が尽きてしまう。だから燃費をよくする必要があると自分なりに課題を見つけたのである。
「アーシェちゃん、正解。魔力コントロールは属性の限界突破を使いこなす上で最も重要なファクター。この特訓の目的の一つをもう見抜くとはやりよる。……だがっ!」
「えっ? こ、こんなに沢山は無理! い、痛い!」
今度は一斉に十個くらいの球が四方八方から飛んできて、私は槍で捌ききれずに右足に被弾した。
だが、驚くべきことはそのあとだった。
「あ、あれ? もう痛くない……」
一瞬だけ激痛に顔を歪めるも、気付いたら痛みはなくなっている。怪我もないし……、これはどういうこと?
「ほっほっほ、これはワシのオリジナル魔法。痛い治癒魔法じゃ。受けると激痛は伴うが一瞬で治療するので無傷で済む。世界ではワシしか使えぬとっておきじゃよ」
なんて無意味な魔法を作るのよ。痛みを与えるだけで傷付かないってとんでもない拷問器具じゃない。
当たっても大丈夫と思えど、あの痛みは尋常じゃなかった。できればもう二度と味わいたくない。
「爺さん、次は俺にやってくれよ。うずうずしてきた」
メラメラと燃える右手に握られているのは鋼の剣。
一応、アレスは我流だが剣の心得がある。ギルドのレンタル品を使っていたので丸腰で追い出されたが、これが本来の彼の戦闘スタイルだ。
昨日、見た感じだと偶然なのかそうでないのか、刃に変化させた炎でカインの剣を受け止めていたが、実力はどんなものなのだろうか。
最近はほとんど同じ仕事をしていないので、彼の実力のほどを知らないのである。
「アレスちゃんにはこれくらいでどうじゃ?」
「わ、私のときより多い!?」
なんとエドモンドさんは二十個ほどの球体を一斉にアレスに向かって飛ばす。
私は十個でも手に負えなかったのに、あんなの無理でしょう。
「うおおおおっ! おりゃあ!」
業火に包まれる剣を操り、アレスは迫りくる二十個の球をすべて消滅させる。
彼が剣をひと振りすると炎の壁ができて、それが光の球を燃やし尽くすのだ。
あれ? 昨日も思ったがアレスってこんなに強かったの? 体力だけは人一倍だと思っていたけど。
「ほっほっほ、久しぶりに全力で暴れられる気分はどうじゃ? 今まで辛かったろう。その右手を燃やさずに生きていくのは」
「最高だ、爺さん。やっと思いきり動ける」
ああ、そうか。そうだったわね。
アレスは心拍数が一定以上に昂ぶると右手が燃えてしまうから、運動量を控えめにしていたんだった。
その枷が属性の限界突破を覚えた上で外れたから、パフォーマンスが上がったんだ。
「でも、アレス。剣に炎を纏わせるなんて、初めてなのによくできたわね」
「ああ、なんとなくできた。この剣も俺の腕の一部だと思うようにしたら結構自由になってくれたぞ」
「腕の一部……、つまり私の氷も同じ要領で……」
負けていられない。足を引っ張るなんて嫌。
アレスが一歩先を進んでいるのをみて、私は自分が思った以上に負けず嫌いだということを知った。
「エドモンドさん、私にもアレスと同じ数をお願いします」
「焦らんでもええぞ。じゃが、その目の輝きを無下に扱うわけにもいかんのう。それではリクエストに応えようぞ」
二十個の光の球が迫りくる。
成長するのよ、私。アレスに置いてきぼりにされるのはごめんなんだから……!
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