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第三話

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「フィアナ、助かったよ。もしかしたら、私の申し出は断られるかもしれないと思っていたからね。まさか即決してくれるとは思わなかった」

「あら? そうでしたの? そう言われると故郷を簡単に捨てたみたいで、はしたない所を見せてしまったような気がします」

 私はローレンス様の言葉に少しだけ恥じらいを感じました。
 急な求婚に悩みもせずに即答してしまった。しかも幼い日の記憶も父の記憶もあやふやなのに……。
 私はただ逃げたかっただけなのかもしれません。ユリアンによって無能者だと糾弾されたとき、この国への未練が吹き飛んでしまいましたから。
 父と母が亡くなり、本来なら叔父が私を引き取るはずでした。  
 しかし彼は侯爵であった父の遺産を全て奪い取るだけ奪い取って、私を教会に押し付けます。
 それから聖女になるまで、私はおおよそ人として扱われませんでした。
 教会では親が居ない孤児として単なる労働力でしか見てもらえなかったのです。

 聖女になれば人として扱ってもらえる。その一心で努力してやっと力が認められると、今度は王子ユリアンの婚約者として無力な人間を演じろと指示されます。
 私はそれに従って今日まで懸命に生きて……結果、ユリアンに全てを奪われて国に見捨てられたのです。

「そうは思ってはいない。国に戻りたいと後に後悔するかもしれないとは思わなかったのかい?」

「その点については問題ありませんわ。私はこの国に一切の情を持ち合わせていませんから。ローレンス様こそ私のような冷徹な女を婚約者として迎え入れることを後悔していませんか?」

 酷い質問だと思いました。
 自虐的で答え難い、そして何より会話が弾まない。
 ローレンス様を困らせるような質問をする自分に苛つきを覚えてしまいます。

「確かに、後悔ならしているよ」

「そ、そうですか」   
 
 意外とはっきりと物事を仰るのですね。
 自分から言ったこととはいえ、少しだけ落ち込んでしまいます。
 これは二度目の婚約破棄も早いかもしれません。

「どうして君をもっと早く迎えに来れなかったのかと。後悔している。酷い目に遭ったんだね? 私が側に居れば大丈夫だから……」
「ろ、ローレンス様……」

 髪の毛をゆっくりと撫でながら、顔を近付ける彼に私は一瞬ドキリとしました。
 こうやって触れて貰ったのは子供の頃以来です。
 私は他人ひとの温もりを忘れて生きていたのかもしれません。

「君のご両親ならきっとこうしていると思う。大丈夫だよ。君は悪くない。それだけは絶対だ」

「あ、ありがとうございます。少しだけ照れますが、楽になりました」

「うん。それなら良かった」

 ローレンス様の温かさに触れた私は素直にお礼を言います。
 私に何が欠けていたのか分かったような気がしました。
 故郷に情が沸かなかったのは単純に人との繋がりが無かったからです。
 エルスロッド王国では信頼できる人たちと人間関係を結ぶことが出来るでしょうか。まずはローレンス様を信じることから始めましょう……。

 ◆ ◆ ◆


「色々と格好はつけてみたが、エルスロッドに着いたらフィアナに早速お願い事があるんだ。もちろん、十分に休んでもらってからで良いんだけど」

「ええ、何なりと申し付けてください。私はエルスロッド王国の為に生きると決めたのですから」

「そう言ってもらえると助かる。実は先月、魔物の巣と呼ばれるダンジョンの中でも特に巨大なモノが北の山脈に出現してな。我が国の騎士団や魔法士団の中でも特に腕利きの者を数名、探索に送ったのだが、誰一人として戻っていない。こんなことは初めてなんだ。追加で援軍を送ったがその者たちも行方不明で……」

 ダンジョンの探索……ですか。基本的には冒険者の領分なので私は手を出したことがありませんが、言いたいことは分かります。

「分かりました。私がその巨大なダンジョンとやらに向かい、生存者を救出して参ります」

 どうやら、エルスロッドでは私の力をフルに使うことになりそうです。  
 1%に力を抑えてからかなり経ちますので、力の加減を気を付けませんと――。
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