3 / 26
第三話
しおりを挟む
「フィアナ、助かったよ。もしかしたら、私の申し出は断られるかもしれないと思っていたからね。まさか即決してくれるとは思わなかった」
「あら? そうでしたの? そう言われると故郷を簡単に捨てたみたいで、はしたない所を見せてしまったような気がします」
私はローレンス様の言葉に少しだけ恥じらいを感じました。
急な求婚に悩みもせずに即答してしまった。しかも幼い日の記憶も父の記憶もあやふやなのに……。
私はただ逃げたかっただけなのかもしれません。ユリアンによって無能者だと糾弾されたとき、この国への未練が吹き飛んでしまいましたから。
父と母が亡くなり、本来なら叔父が私を引き取るはずでした。
しかし彼は侯爵であった父の遺産を全て奪い取るだけ奪い取って、私を教会に押し付けます。
それから聖女になるまで、私はおおよそ人として扱われませんでした。
教会では親が居ない孤児として単なる労働力でしか見てもらえなかったのです。
聖女になれば人として扱ってもらえる。その一心で努力してやっと力が認められると、今度は王子ユリアンの婚約者として無力な人間を演じろと指示されます。
私はそれに従って今日まで懸命に生きて……結果、ユリアンに全てを奪われて国に見捨てられたのです。
「そうは思ってはいない。国に戻りたいと後に後悔するかもしれないとは思わなかったのかい?」
「その点については問題ありませんわ。私はこの国に一切の情を持ち合わせていませんから。ローレンス様こそ私のような冷徹な女を婚約者として迎え入れることを後悔していませんか?」
酷い質問だと思いました。
自虐的で答え難い、そして何より会話が弾まない。
ローレンス様を困らせるような質問をする自分に苛つきを覚えてしまいます。
「確かに、後悔ならしているよ」
「そ、そうですか」
意外とはっきりと物事を仰るのですね。
自分から言ったこととはいえ、少しだけ落ち込んでしまいます。
これは二度目の婚約破棄も早いかもしれません。
「どうして君をもっと早く迎えに来れなかったのかと。後悔している。酷い目に遭ったんだね? 私が側に居れば大丈夫だから……」
「ろ、ローレンス様……」
髪の毛をゆっくりと撫でながら、顔を近付ける彼に私は一瞬ドキリとしました。
こうやって触れて貰ったのは子供の頃以来です。
私は他人の温もりを忘れて生きていたのかもしれません。
「君のご両親ならきっとこうしていると思う。大丈夫だよ。君は悪くない。それだけは絶対だ」
「あ、ありがとうございます。少しだけ照れますが、楽になりました」
「うん。それなら良かった」
ローレンス様の温かさに触れた私は素直にお礼を言います。
私に何が欠けていたのか分かったような気がしました。
故郷に情が沸かなかったのは単純に人との繋がりが無かったからです。
エルスロッド王国では信頼できる人たちと人間関係を結ぶことが出来るでしょうか。まずはローレンス様を信じることから始めましょう……。
◆ ◆ ◆
「色々と格好はつけてみたが、エルスロッドに着いたらフィアナに早速お願い事があるんだ。もちろん、十分に休んでもらってからで良いんだけど」
「ええ、何なりと申し付けてください。私はエルスロッド王国の為に生きると決めたのですから」
「そう言ってもらえると助かる。実は先月、魔物の巣と呼ばれるダンジョンの中でも特に巨大なモノが北の山脈に出現してな。我が国の騎士団や魔法士団の中でも特に腕利きの者を数名、探索に送ったのだが、誰一人として戻っていない。こんなことは初めてなんだ。追加で援軍を送ったがその者たちも行方不明で……」
ダンジョンの探索……ですか。基本的には冒険者の領分なので私は手を出したことがありませんが、言いたいことは分かります。
「分かりました。私がその巨大なダンジョンとやらに向かい、生存者を救出して参ります」
どうやら、エルスロッドでは私の力をフルに使うことになりそうです。
1%に力を抑えてからかなり経ちますので、力の加減を気を付けませんと――。
「あら? そうでしたの? そう言われると故郷を簡単に捨てたみたいで、はしたない所を見せてしまったような気がします」
私はローレンス様の言葉に少しだけ恥じらいを感じました。
急な求婚に悩みもせずに即答してしまった。しかも幼い日の記憶も父の記憶もあやふやなのに……。
私はただ逃げたかっただけなのかもしれません。ユリアンによって無能者だと糾弾されたとき、この国への未練が吹き飛んでしまいましたから。
父と母が亡くなり、本来なら叔父が私を引き取るはずでした。
しかし彼は侯爵であった父の遺産を全て奪い取るだけ奪い取って、私を教会に押し付けます。
それから聖女になるまで、私はおおよそ人として扱われませんでした。
教会では親が居ない孤児として単なる労働力でしか見てもらえなかったのです。
聖女になれば人として扱ってもらえる。その一心で努力してやっと力が認められると、今度は王子ユリアンの婚約者として無力な人間を演じろと指示されます。
私はそれに従って今日まで懸命に生きて……結果、ユリアンに全てを奪われて国に見捨てられたのです。
「そうは思ってはいない。国に戻りたいと後に後悔するかもしれないとは思わなかったのかい?」
「その点については問題ありませんわ。私はこの国に一切の情を持ち合わせていませんから。ローレンス様こそ私のような冷徹な女を婚約者として迎え入れることを後悔していませんか?」
酷い質問だと思いました。
自虐的で答え難い、そして何より会話が弾まない。
ローレンス様を困らせるような質問をする自分に苛つきを覚えてしまいます。
「確かに、後悔ならしているよ」
「そ、そうですか」
意外とはっきりと物事を仰るのですね。
自分から言ったこととはいえ、少しだけ落ち込んでしまいます。
これは二度目の婚約破棄も早いかもしれません。
「どうして君をもっと早く迎えに来れなかったのかと。後悔している。酷い目に遭ったんだね? 私が側に居れば大丈夫だから……」
「ろ、ローレンス様……」
髪の毛をゆっくりと撫でながら、顔を近付ける彼に私は一瞬ドキリとしました。
こうやって触れて貰ったのは子供の頃以来です。
私は他人の温もりを忘れて生きていたのかもしれません。
「君のご両親ならきっとこうしていると思う。大丈夫だよ。君は悪くない。それだけは絶対だ」
「あ、ありがとうございます。少しだけ照れますが、楽になりました」
「うん。それなら良かった」
ローレンス様の温かさに触れた私は素直にお礼を言います。
私に何が欠けていたのか分かったような気がしました。
故郷に情が沸かなかったのは単純に人との繋がりが無かったからです。
エルスロッド王国では信頼できる人たちと人間関係を結ぶことが出来るでしょうか。まずはローレンス様を信じることから始めましょう……。
◆ ◆ ◆
「色々と格好はつけてみたが、エルスロッドに着いたらフィアナに早速お願い事があるんだ。もちろん、十分に休んでもらってからで良いんだけど」
「ええ、何なりと申し付けてください。私はエルスロッド王国の為に生きると決めたのですから」
「そう言ってもらえると助かる。実は先月、魔物の巣と呼ばれるダンジョンの中でも特に巨大なモノが北の山脈に出現してな。我が国の騎士団や魔法士団の中でも特に腕利きの者を数名、探索に送ったのだが、誰一人として戻っていない。こんなことは初めてなんだ。追加で援軍を送ったがその者たちも行方不明で……」
ダンジョンの探索……ですか。基本的には冒険者の領分なので私は手を出したことがありませんが、言いたいことは分かります。
「分かりました。私がその巨大なダンジョンとやらに向かい、生存者を救出して参ります」
どうやら、エルスロッドでは私の力をフルに使うことになりそうです。
1%に力を抑えてからかなり経ちますので、力の加減を気を付けませんと――。
33
お気に入りに追加
3,706
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
聖女であることを隠す公爵令嬢は国外で幸せになりたい
カレイ
恋愛
公爵令嬢オデットはある日、浮気というありもしない罪で国外追放を受けた。それは王太子妃として王族に嫁いだ姉が仕組んだことで。
聖女の力で虐待を受ける弟ルイスを護っていたオデットは、やっと巡ってきたチャンスだとばかりにルイスを連れ、その日のうちに国を出ることに。しかしそれも一筋縄ではいかず敵が塞がるばかり。
その度に助けてくれるのは、侍女のティアナと、何故か浮気相手と疑われた副騎士団長のサイアス。謎にスキルの高い二人と行動を共にしながら、オデットはルイスを救うため奮闘する。
※胸糞悪いシーンがいくつかあります。苦手な方はお気をつけください。
その聖女、娼婦につき ~何もかもが遅すぎた~
ノ木瀬 優
恋愛
卒業パーティーにて、ライル王太子は、レイチェルに婚約破棄を突き付ける。それを受けたレイチェルは……。
「――あー、はい。もう、そういうのいいです。もうどうしようもないので」
あっけらかんとそう言い放った。実は、この国の聖女システムには、ある秘密が隠されていたのだ。
思い付きで書いてみました。全2話、本日中に完結予定です。
設定ガバガバなところもありますが、気楽に楽しんで頂けたら幸いです。
R15は保険ですので、安心してお楽しみ下さい。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
伯爵令嬢は身の危険を感じるので家を出ます 〜伯爵家は乗っ取られそうですが、本当に私がいなくて大丈夫ですか?〜
超高校級の小説家
恋愛
マトリカリア伯爵家は代々アドニス王国軍の衛生兵団長を務める治癒魔法の名門です。
神々に祝福されているマトリカリア家では長女として胸元に十字の聖痕を持った娘が必ず生まれます。
その娘が使う強力な治癒魔法の力で衛生兵をまとめ上げ王国に重用されてきました。
そのため、家督はその長女が代々受け継ぎ、魔力容量の多い男性を婿として迎えています。
しかし、今代のマトリカリア伯爵令嬢フリージアは聖痕を持って生まれたにも関わらず治癒魔法を使えません。
それでも両親に愛されて幸せに暮らしていました。
衛生兵団長を務めていた母カトレアが急に亡くなるまでは。
フリージアの父マトリカリア伯爵は、治癒魔法に関してマトリカリア伯爵家に次ぐ名門のハイドランジア侯爵家の未亡人アザレアを後妻として迎えました。
アザレアには女の連れ子がいました。連れ子のガーベラは聖痕こそありませんが治癒魔法の素質があり、治癒魔法を使えないフリージアは次第に肩身の狭い思いをすることになりました。
アザレアもガーベラも治癒魔法を使えないフリージアを見下して、まるで使用人のように扱います。
そしてガーベラが王国軍の衛生兵団入団試験に合格し王宮に勤め始めたのをきっかけに、父のマトリカリア伯爵すらフリージアを疎ましく思い始め、アザレアに言われるがままガーベラに家督を継がせたいと考えるようになります。
治癒魔法こそ使えませんが、正式には未だにマトリカリア家の家督はフリージアにあるため、身の危険を感じたフリージアは家を出ることを決意しました。
しかし、本人すら知らないだけでフリージアにはマトリカリアの当主に相応しい力が眠っているのです。
※最初は胸糞悪いと思いますが、ざまぁは早めに終わらせるのでお付き合いいただけると幸いです。
義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!
ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。
貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。
実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。
嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。
そして告げられたのは。
「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」
理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。
…はずだったが。
「やった!自由だ!」
夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。
これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが…
これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。
生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。
縁を切ったはずが…
「生活費を負担してちょうだい」
「可愛い妹の為でしょ?」
手のひらを返すのだった。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる