5 / 15
第五話
しおりを挟む
「聖女エリス、近衛隊長からロバートと会ったと聞いたがそれは真か?」
ロバートに逃げられてしまった私は兵士たちの治療を終えて王宮へ報告に向かいました。
王宮に辿り着くと国王陛下が直々に私の話を聞きたいと仰せになりましたので、謁見の間で陛下と対面します。
バルバトス・デルバニア――王女エリザベートと王女アイリーンの父親で、ロバートの件で最も怒りを覚えていた人物です。
「事実です。大型のドラゴンの動きすら封じる呪縛光鎖をいとも簡単に打ち破り、逃亡しました。私の不徳と致すところです。何なりと処分を言い渡して下さい」
私は頭を上げることが出来ませんでした。
ロバートを一般人だと侮って、無傷で捕らえようとしたこと。彼の力を目の当たりにして、動けずに兵士たちを傷付けてしまったこと。
こんな失態は聖女になって初めてです。
元夫の豹変ぶりに少なからず動揺したのかもしれません。
「いや、あやつが人ならざる力を得ていることを話していなかったワシが悪いのだ。デルバニア王家に伝わる秘薬――“勇者の血”。我が娘、アイリーンは宝物庫よりそれを盗み出し、ロバートにそれを飲ませた」
「“勇者の血”……ですか?」
「左様。初代デルバニア国王は人並外れた剛力を以って建国を成し遂げた。さらに初代国王は自らの血に特殊な薬品を混ぜて、その力を封印した秘薬を創り出したのだ。それが“勇者の血”である」
初代国王の神話は子供でも知っています。
曰く、たった一人で千人の騎馬隊を相手にしても勝利したとか。
神通力と言えるほどの力を以ってして、鍛冶屋の息子に過ぎなかった男が一代にして建国を成し遂げた話は俄に信じられない寓話として語り継がれているのです。
「確かにロバートはアイリーン様から愛を受け取ったと言っていましたが……」
「“勇者の血”にデルバニア王家直系の人間の血を混ぜると力の封印が解けるという言い伝えがある。それを飲み干すと初代国王の力を得ることが出来るとも。ロバートはアイリーンの血と“勇者の血”の混合物を飲み、力を得たのだろう。秘薬の存在は秘匿せねばならんので、黙っておったがエリス殿には伝えるべきだったかもしれぬ」
つまり今のロバートには神通力を持っていたと言われる初代国王と同等の力を有しているということですか。
それならば、あの力の大きさは納得出来ます。
結界術を破り、一瞬で武器を持った近衛兵を倒したロバートははっきり言って異常でしたから。
「しかし、そのような力があるならば……今さら私を頼ろうとした理由が分かりません。彼はアイリーン様とロバートの間に生まれた赤子を共に育てたいと口にしました」
「なっ……!? あ、アイリーンとロバートに子が宿った?」
順番を間違えました。
そういえば、国王陛下にアイリーン様が子を成したことは伝えていませんでしたね……。
国王陛下は拳を握りしめてワナワナと震えています。
「いや、済まぬ。少々動揺した。“勇者の血”には、な。制限時間があるのだ。アレは強靭な肉体を持つ初代国王だからこそ完全に操ることが出来た。特別に鍛えられた人間でないロバートでは五分も経てば体が保たんだろう」
「五分……ですか?」
「つまり、乳飲み子を抱えたアイリーンを守りきれなくなっておると考えるのが自然だのう。だからとて、別れた元妻であるエリス殿を頼るというのは常軌を逸しているが……。エリス殿は聖女ゆえ、治癒術や結界術といった逃亡に適した力を持っておるからな」
なるほど。時限式の力でしたか……。少しだけ安心しました。
確かに赤子を抱えて逃亡生活は難しいかもしれませんね。
それにしても、私がロバートに未だに好意を持っていると信じていたのにはびっくりしました。
彼は力を得て、倫理観から変わってしまったのでしょうか……。
「とにかく、ロバートがいるのならアイリーンも近くにいよう。エリス殿も辛いかもしれんが、捕縛を手伝って貰えるとありがたい……」
「それが聖女としての責務ならば果たします」
「うむ。頼んだぞ」
こうして、ロバートとの二年ぶりの再会を報告した私は家に戻りました。
そして……翌日の朝。事件は起こります――。
「エリスお嬢様……、これは一体……」
「なぜ、我が家の前に赤ん坊が……」
一通の手紙とともに布に包まれた赤子が玄関の前に置かれていました。
誰がこのようなことを……、という疑問の答えがすぐに頭に浮かんだのと同時に無性に怒りが込み上げてきました――。
ロバートに逃げられてしまった私は兵士たちの治療を終えて王宮へ報告に向かいました。
王宮に辿り着くと国王陛下が直々に私の話を聞きたいと仰せになりましたので、謁見の間で陛下と対面します。
バルバトス・デルバニア――王女エリザベートと王女アイリーンの父親で、ロバートの件で最も怒りを覚えていた人物です。
「事実です。大型のドラゴンの動きすら封じる呪縛光鎖をいとも簡単に打ち破り、逃亡しました。私の不徳と致すところです。何なりと処分を言い渡して下さい」
私は頭を上げることが出来ませんでした。
ロバートを一般人だと侮って、無傷で捕らえようとしたこと。彼の力を目の当たりにして、動けずに兵士たちを傷付けてしまったこと。
こんな失態は聖女になって初めてです。
元夫の豹変ぶりに少なからず動揺したのかもしれません。
「いや、あやつが人ならざる力を得ていることを話していなかったワシが悪いのだ。デルバニア王家に伝わる秘薬――“勇者の血”。我が娘、アイリーンは宝物庫よりそれを盗み出し、ロバートにそれを飲ませた」
「“勇者の血”……ですか?」
「左様。初代デルバニア国王は人並外れた剛力を以って建国を成し遂げた。さらに初代国王は自らの血に特殊な薬品を混ぜて、その力を封印した秘薬を創り出したのだ。それが“勇者の血”である」
初代国王の神話は子供でも知っています。
曰く、たった一人で千人の騎馬隊を相手にしても勝利したとか。
神通力と言えるほどの力を以ってして、鍛冶屋の息子に過ぎなかった男が一代にして建国を成し遂げた話は俄に信じられない寓話として語り継がれているのです。
「確かにロバートはアイリーン様から愛を受け取ったと言っていましたが……」
「“勇者の血”にデルバニア王家直系の人間の血を混ぜると力の封印が解けるという言い伝えがある。それを飲み干すと初代国王の力を得ることが出来るとも。ロバートはアイリーンの血と“勇者の血”の混合物を飲み、力を得たのだろう。秘薬の存在は秘匿せねばならんので、黙っておったがエリス殿には伝えるべきだったかもしれぬ」
つまり今のロバートには神通力を持っていたと言われる初代国王と同等の力を有しているということですか。
それならば、あの力の大きさは納得出来ます。
結界術を破り、一瞬で武器を持った近衛兵を倒したロバートははっきり言って異常でしたから。
「しかし、そのような力があるならば……今さら私を頼ろうとした理由が分かりません。彼はアイリーン様とロバートの間に生まれた赤子を共に育てたいと口にしました」
「なっ……!? あ、アイリーンとロバートに子が宿った?」
順番を間違えました。
そういえば、国王陛下にアイリーン様が子を成したことは伝えていませんでしたね……。
国王陛下は拳を握りしめてワナワナと震えています。
「いや、済まぬ。少々動揺した。“勇者の血”には、な。制限時間があるのだ。アレは強靭な肉体を持つ初代国王だからこそ完全に操ることが出来た。特別に鍛えられた人間でないロバートでは五分も経てば体が保たんだろう」
「五分……ですか?」
「つまり、乳飲み子を抱えたアイリーンを守りきれなくなっておると考えるのが自然だのう。だからとて、別れた元妻であるエリス殿を頼るというのは常軌を逸しているが……。エリス殿は聖女ゆえ、治癒術や結界術といった逃亡に適した力を持っておるからな」
なるほど。時限式の力でしたか……。少しだけ安心しました。
確かに赤子を抱えて逃亡生活は難しいかもしれませんね。
それにしても、私がロバートに未だに好意を持っていると信じていたのにはびっくりしました。
彼は力を得て、倫理観から変わってしまったのでしょうか……。
「とにかく、ロバートがいるのならアイリーンも近くにいよう。エリス殿も辛いかもしれんが、捕縛を手伝って貰えるとありがたい……」
「それが聖女としての責務ならば果たします」
「うむ。頼んだぞ」
こうして、ロバートとの二年ぶりの再会を報告した私は家に戻りました。
そして……翌日の朝。事件は起こります――。
「エリスお嬢様……、これは一体……」
「なぜ、我が家の前に赤ん坊が……」
一通の手紙とともに布に包まれた赤子が玄関の前に置かれていました。
誰がこのようなことを……、という疑問の答えがすぐに頭に浮かんだのと同時に無性に怒りが込み上げてきました――。
151
お気に入りに追加
3,107
あなたにおすすめの小説
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。

白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。


初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

エメラインの結婚紋
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに
hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。
二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

実は私が国を守っていたと知ってましたか? 知らない? それなら終わりです
サイコちゃん
恋愛
ノアは平民のため、地位の高い聖女候補達にいじめられていた。しかしノアは自分自身が聖女であることをすでに知っており、この国の運命は彼女の手に握られていた。ある時、ノアは聖女候補達が王子と関係を持っている場面を見てしまい、悲惨な暴行を受けそうになる。しかもその場にいた王子は見て見ぬ振りをした。その瞬間、ノアは国を捨てる決断をする――

私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。
しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。
だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる