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最終話
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「あのときも……直ぐに嘘だと謝罪すればよかった。馬鹿な見栄を張ったとリノアに頭を下げれば、まだ風向きは変わったのかもしれない。だが、余計なプライドが邪魔をして――君を突き放した。もしかしたら、君の方から歩み寄ると思って」
はっきりと申し上げますと私は心底呆れました。
ここまで見事にダメな方向をピンポイントで選択するなんて……普通に考えてあり得ないでしょう。
仰るとおり……すぐに謝れば確かに私も考えたかもしれません。
しかし、頭を下げるどころか婚約解消を突きつけた彼に私はどれだけ心を痛めたのか本当に分かっているのでしょうか。
「結局、殿下はご自分のことしか考えていないのですね。もしも、一度でも私の気持ちを優先して考えて下されば、そのような嘘を付かなかったはずです。私にはそれが残念でなりません」
そう。ロレンス殿下は一貫としてご自分のことしか考えていませんでした。
記憶喪失を騙っているときの手紙は理想とも思えるくらいの紳士的な態度でしたので、逆にそれが出来るなら、何故最初からそれが出来ないのかと怒りすら湧いてきます。
彼は目下の者に頭を下げることをプライドが良しとしないので、避けてきました。
だからといって、そうするために記憶を失ったと周りを騙すなんて……。
このような方を一時とはいえ愛していたと考えるだけで、何だか恥ずかしくなってきました。
「リノアよ、こうは考えられぬか? 僕が記憶喪失だと騙ったこと自体は勿論褒められることではない。……しかし、あの手紙に書いてあったことこそ真実。僕の真実の愛なのだ。それだけ愛されているという気持ちだけでも純粋に受け取ってくれぬか? 君のお父上から手紙は毎回楽しみにしていたと聞いておる。そう、考え直せないか?」
ロレンス殿下は手紙に記したことこそ、真の自分の気持ちだと述べられます。
彼の仰ることは嘘ではないのでしょう。
気持ちのない相手にこんなことはしないでしょうから。しているのであれば、頭がどうかしてますし……。
誰かに愛される。それは素敵なことなのかもしれません。
一国の王子からここまで好かれているのなら……と喜ぶ女性もいるのかもしれません。
ですが、私は――。
「愛しているなら、何をしてもよろしいという訳ではないでしょう。殿下がどう思っているかなど……私には関係がないのです。気持ちを弄ばれた私の心はどうするんですか? 私こそ全部忘れてしまいたいのに……」
「うっ……」
「確かに私は裏切られて傷付きました。ですが、だからといって殿下に不幸になって欲しいとは思っていませんでした。あなたが記憶喪失になったと聞いたとき、私は気の毒だと本気で心配したのですよ。それなのに、素直に謝罪が出来ないから、全部リセットしたいから、などという身勝手な理由で……、そんな理由で私だけじゃなく、周りの方々まで心配させるなんて……」
もはやこれは私と彼だけの問題ではありません。
彼の嘘のせいで国中が巻き込まれたのですから。
ロレンス殿下が努力すべきことは私との復縁ではありません。自分のなさったことに対して責任を取ることです。
「――り、リノア。君の言うとおりだ。僕には君を幸せにする資格がない。君のことは諦めて……責任を取る方法を考えるよ……」
ここまで、滾々と説明をすると殿下は俯いて私との復縁をようやく諦めると口にされました。
願わくば、彼には前を向いて次の相手を探してほしいです。そして、次の相手には迷惑をかけてほしくないです。
それから、国王陛下には土下座する勢いで謝られました。
こんな息子で恥ずかしい。国の恥だとまで怒りの形相で述べていた国王陛下。
どうやら、ロレンス殿下には特大の雷が落ちそうです。
その日から数カ月くらいは何事もなく過ごしていたのですが――。
「ろ、ロレンス殿下……、なぜここに来られたのでしょうか?」
「ぼ、僕はロレンスではない。彼の生き別れた双子の弟、シリウスだ……」
「…………」
反省と責任を取るという行為を変な方向に解釈した殿下に付きまとわれる日々がしばらく続いたのでした――。
◆ ◆ ◆
「それで、お母様はお父様のような方と結婚をされたのですか?」
「ええ。そうですよ。ですから、あなたも自分の父親を平凡で面白みが無いなどと馬鹿にするようなことを仰ってはなりません。正直で誠実であることは美徳なのです」
「うーん……分かりました。しかし、ロレンス殿下という方はこの国には居られません。まさか、亡くなられたのですか?」
「いいえ。彼の奇行は国中に知れ渡りましたから……。少しだけ離れた国の第十三王女と婚約して……半ば強引にそちらへと送られてしまいました。向こうの国の王も随分と驚いたようですが……。一人の王に対して何人もの王妃がいるとなると、一人ひとりの娘にもそう構ってはいられませんので、最後には受け入れたみたいです」
私は昔話を娘に伝えます。
あんな強烈な方でしたが、私が初めて愛した人……。
どうか、幸せになって下さい――。
~完~
◇ ◇ ◇
あとがき
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
こんな奇妙な人間に「リアリティ」が無いという読者様もいるかもしれません。
しかし、実はこのロレンス王子にはモデルがいます。
友人の高校時代の元彼氏さんなのですが……。
多くの方と浮気していると嘘をついて、振られて……翌日には頭に包帯を巻いて記憶喪失になったと嘘を付きました。
その後、ちょっとストーカー化して数年後に社会人になってからも……。その話は拙作と関係がないので置いておきましょう。
ふとこの話を思い出して、友人に許可を取り(許可など要らないと言われました)……拙作を書いてみた次第であります。
皆さんも別れた後の恋人には注意してください。
一見、普通の人が豹変……なんてこともございますから。
最後に宣伝です。
『妹と旦那様の間に子供が出来たので離縁したのですが、まもなくして幼い日の約束を果たすと隣国の王子が迎えに来ました』
こちらの小説の連載を開始しました。
もしご興味があれば、作者ページなどからご覧になって頂ければ幸いです。
はっきりと申し上げますと私は心底呆れました。
ここまで見事にダメな方向をピンポイントで選択するなんて……普通に考えてあり得ないでしょう。
仰るとおり……すぐに謝れば確かに私も考えたかもしれません。
しかし、頭を下げるどころか婚約解消を突きつけた彼に私はどれだけ心を痛めたのか本当に分かっているのでしょうか。
「結局、殿下はご自分のことしか考えていないのですね。もしも、一度でも私の気持ちを優先して考えて下されば、そのような嘘を付かなかったはずです。私にはそれが残念でなりません」
そう。ロレンス殿下は一貫としてご自分のことしか考えていませんでした。
記憶喪失を騙っているときの手紙は理想とも思えるくらいの紳士的な態度でしたので、逆にそれが出来るなら、何故最初からそれが出来ないのかと怒りすら湧いてきます。
彼は目下の者に頭を下げることをプライドが良しとしないので、避けてきました。
だからといって、そうするために記憶を失ったと周りを騙すなんて……。
このような方を一時とはいえ愛していたと考えるだけで、何だか恥ずかしくなってきました。
「リノアよ、こうは考えられぬか? 僕が記憶喪失だと騙ったこと自体は勿論褒められることではない。……しかし、あの手紙に書いてあったことこそ真実。僕の真実の愛なのだ。それだけ愛されているという気持ちだけでも純粋に受け取ってくれぬか? 君のお父上から手紙は毎回楽しみにしていたと聞いておる。そう、考え直せないか?」
ロレンス殿下は手紙に記したことこそ、真の自分の気持ちだと述べられます。
彼の仰ることは嘘ではないのでしょう。
気持ちのない相手にこんなことはしないでしょうから。しているのであれば、頭がどうかしてますし……。
誰かに愛される。それは素敵なことなのかもしれません。
一国の王子からここまで好かれているのなら……と喜ぶ女性もいるのかもしれません。
ですが、私は――。
「愛しているなら、何をしてもよろしいという訳ではないでしょう。殿下がどう思っているかなど……私には関係がないのです。気持ちを弄ばれた私の心はどうするんですか? 私こそ全部忘れてしまいたいのに……」
「うっ……」
「確かに私は裏切られて傷付きました。ですが、だからといって殿下に不幸になって欲しいとは思っていませんでした。あなたが記憶喪失になったと聞いたとき、私は気の毒だと本気で心配したのですよ。それなのに、素直に謝罪が出来ないから、全部リセットしたいから、などという身勝手な理由で……、そんな理由で私だけじゃなく、周りの方々まで心配させるなんて……」
もはやこれは私と彼だけの問題ではありません。
彼の嘘のせいで国中が巻き込まれたのですから。
ロレンス殿下が努力すべきことは私との復縁ではありません。自分のなさったことに対して責任を取ることです。
「――り、リノア。君の言うとおりだ。僕には君を幸せにする資格がない。君のことは諦めて……責任を取る方法を考えるよ……」
ここまで、滾々と説明をすると殿下は俯いて私との復縁をようやく諦めると口にされました。
願わくば、彼には前を向いて次の相手を探してほしいです。そして、次の相手には迷惑をかけてほしくないです。
それから、国王陛下には土下座する勢いで謝られました。
こんな息子で恥ずかしい。国の恥だとまで怒りの形相で述べていた国王陛下。
どうやら、ロレンス殿下には特大の雷が落ちそうです。
その日から数カ月くらいは何事もなく過ごしていたのですが――。
「ろ、ロレンス殿下……、なぜここに来られたのでしょうか?」
「ぼ、僕はロレンスではない。彼の生き別れた双子の弟、シリウスだ……」
「…………」
反省と責任を取るという行為を変な方向に解釈した殿下に付きまとわれる日々がしばらく続いたのでした――。
◆ ◆ ◆
「それで、お母様はお父様のような方と結婚をされたのですか?」
「ええ。そうですよ。ですから、あなたも自分の父親を平凡で面白みが無いなどと馬鹿にするようなことを仰ってはなりません。正直で誠実であることは美徳なのです」
「うーん……分かりました。しかし、ロレンス殿下という方はこの国には居られません。まさか、亡くなられたのですか?」
「いいえ。彼の奇行は国中に知れ渡りましたから……。少しだけ離れた国の第十三王女と婚約して……半ば強引にそちらへと送られてしまいました。向こうの国の王も随分と驚いたようですが……。一人の王に対して何人もの王妃がいるとなると、一人ひとりの娘にもそう構ってはいられませんので、最後には受け入れたみたいです」
私は昔話を娘に伝えます。
あんな強烈な方でしたが、私が初めて愛した人……。
どうか、幸せになって下さい――。
~完~
◇ ◇ ◇
あとがき
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
こんな奇妙な人間に「リアリティ」が無いという読者様もいるかもしれません。
しかし、実はこのロレンス王子にはモデルがいます。
友人の高校時代の元彼氏さんなのですが……。
多くの方と浮気していると嘘をついて、振られて……翌日には頭に包帯を巻いて記憶喪失になったと嘘を付きました。
その後、ちょっとストーカー化して数年後に社会人になってからも……。その話は拙作と関係がないので置いておきましょう。
ふとこの話を思い出して、友人に許可を取り(許可など要らないと言われました)……拙作を書いてみた次第であります。
皆さんも別れた後の恋人には注意してください。
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