上 下
6 / 7

第六話

しおりを挟む
 ――ずっと違和感があったのです。
 最初は別人が成り変わられたと思いました。
 何もかも忘れてしまわれたロレンス殿下が別の人格になって手紙を書いているのだと。
 それだけ彼からの手紙の内容は以前の彼からかけ離れていた。

 まるで、全てをわざと外しているみたいに――。

 もちろん、私の好みに全てを合わせるというような分かりやすいことはしていませんでしたが、好きな色、音楽、美術、動物……今日出された料理の好みを除いて全部――以前と変わってしまわれています。
 
 これがずっと私には引っかかっていました。

「し、しかし、それだけで僕が記憶喪失を騙っているなど――」

「そうですね。私の考え過ぎだと思っていました。しかしながら殿下……、先程のご自分の言動を覚えておりますでしょうか?」

「僕の言動だって?」

 殿下が以前とは余りにも別人になられたこと自体は考え過ぎで済むお話です。
 私が彼が記憶喪失ではないと疑いを深めたのはロレンス殿下と約7ヶ月ぶりの再会をしたその瞬間でした。

「殿下は私を見るなり“本当に来た”と仰ったのですよ」

「それが何か? 君は僕のことを拒絶していた。だから目の前に現れたことに驚きを示した訳だが……」

 そうですね。私が来たことに驚いたこと自体は不自然ではありません。
 でも、思い出してみてください。殿下は記憶を失われて私のことを全て忘れていらっしゃるはずだということを。
 姿も何もかも覚えていないと手紙に書かれていたということを。

 それならば、やはり変なのです。
 
 ロレンス殿下の態度は私と再開してからずっと――。

「私の姿を覚えていらっしゃらないのでしたら、“リノアなのか?”と確認されませんか? もちろん、事前に私の特徴を聞いておられたのかもしれませんが、それでも容姿を何一つ覚えていない元婚約者が……ひと月ほど手紙のやり取りをした相手が……現れたにも関わらず、容姿について一言も触れられないのは違和感があります」

 どのような見た目なのか、すべて忘れてしまったのであるなら普通は真っ先に容姿について反応するはずです。
 手紙のやり取りである程度は性格を把握することは可能ですが、姿は想像できませんから。

 それなのに、殿下は先程から今までの間に一度も私の容姿について語られていません。
 この姿、この声を……ありのままに受け入れて自然に会話していたのです。

 彼と話せば話すほど、私はそれが気になって仕方ありませんでした。

 ですから、私は彼が記憶喪失ではないと言葉にしてしまったのです。

「君の優しさは、そうやって人をよく見ているからこそだったな。……手紙を書くとき、常に君の麗しい姿を想像していたから、それと寸分違わぬ君が目の前に現れて……リノアをリノアだと疑うことを忘れてしまっていたよ」

 ロレンス殿下は自嘲しながら私を見据えて……自らが記憶を失っていたと嘘をついていたことを認めました。
 
 彼が何故にそんなことをされたのか、私には理解が出来ません。

 彼の嘘は私の心を再び抉りました。
 結局、この方は私をどうしたかったのでしょう。

「全部リセットしたかったんだ。僕が君に対して行ったすべてを。嘘も全部ひっくるめて、無かったことにしたかった。思い出せば、出すだけで頭がおかしくなる。マトモじゃなかったんだよ。僕はずっと君のことだけを愛していたのに」

 ロレンス殿下はすべてを無かったことにしたかったと告げます。
 私を傷付けたことが、忘れてしまったことにすれば無くなると本気で思っていたのか分かりませんがそうみたいです。
 
 それ以前に私のことをだけを愛していたなど、よく言えたものだと思ってしまいますが。

「殿下は私の他にも多くの女性と親しくされていたのでしょう? 私などに拘らなくても良いではありませんか」

 そうです。殿下は婚約中に7人と関係を持ったと仰った。
 私に執着しなくても別の方と幸せになればよろしいではありませんか。

「あ、あれは嘘だ……」

「――っ!? 嘘……ですか?」

「愛人など一人もおらん。り、隣国でそういった男が格好良いと聞いて……、つい格好をつけて、そのような嘘をついてしまった。噂を自分で撒いて君に気付かれるように仕向けて……」

 ――目眩がしました。
 ロレンス殿下は私が思っていた以上に残念な方だったのかもしれません。

 まさか、婚約破棄の原因がこの方のくだらない見栄だったとは――。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら人嫌いで有名な不老公爵に溺愛されました~元婚約者達は家から追放されたようです~

琴葉悠
恋愛
 かつて、国を救った英雄の娘エミリアは、婚約者から無表情が不気味だからと婚約破棄されてしまう。  エミリアはそれを父に伝えると英雄だった父バージルは大激怒、婚約者の父でありエミリアの親友の父クリストファーは謝るがバージルの気が収まらない。  結果、バージルは国王にエミリアの婚約者と婚約者を寝取った女の処遇を決定するために国王陛下の元に行き――  その結果、エミリアは王族であり、人嫌いで有名でもう一人の英雄である不老公爵アベルと新しく婚約することになった――

【完結】巻き戻したのだから何がなんでも幸せになる! 姉弟、母のために頑張ります!

金峯蓮華
恋愛
 愛する人と引き離され、政略結婚で好きでもない人と結婚した。  夫になった男に人としての尊厳を踏みじにられても愛する子供達の為に頑張った。  なのに私は夫に殺された。  神様、こんど生まれ変わったら愛するあの人と結婚させて下さい。  子供達もあの人との子供として生まれてきてほしい。  あの人と結婚できず、幸せになれないのならもう生まれ変わらなくていいわ。  またこんな人生なら生きる意味がないものね。  時間が巻き戻ったブランシュのやり直しの物語。 ブランシュが幸せになるように導くのは娘と息子。  この物語は息子の視点とブランシュの視点が交差します。  おかしなところがあるかもしれませんが、独自の世界の物語なのでおおらかに見守っていただけるとうれしいです。  ご都合主義の緩いお話です。  よろしくお願いします。

【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました

八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」 子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。 失意のどん底に突き落とされたソフィ。 しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに! 一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。 エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。 なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。 焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──

婚約破棄と追放を宣告されてしまいましたが、そのお陰で私は幸せまっしぐらです。一方、婚約者とその幼馴染みは……

水上
恋愛
侯爵令嬢である私、シャロン・ライテルは、婚約者である第二王子のローレンス・シェイファーに婚約破棄を言い渡された。 それは、彼の幼馴染みであるグレース・キャレラの陰謀で、私が犯してもいない罪を着せられたせいだ。 そして、いくら無実を主張しても、ローレンスは私の事を信じてくれなかった。 さらに私は、婚約破棄だけでなく、追放まで宣告されてしまう。 高らかに笑うグレースや信じてくれないローレンスを見て、私の体は震えていた。 しかし、以外なことにその件がきっかけで、私は幸せまっしぐらになるのだった。 一方、私を陥れたグレースとローレンスは……。

<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐
恋愛
主人公エミーリアの婚約破棄にまつわるあれこれ。

完結 白皙の神聖巫女は私でしたので、さようなら。今更婚約したいとか知りません。

音爽(ネソウ)
恋愛
もっとも色白で魔力あるものが神聖の巫女であると言われている国があった。 アデリナはそんな理由から巫女候補に祀り上げらて王太子の婚約者として選ばれた。だが、より色白で魔力が高いと噂の女性が現れたことで「彼女こそが巫女に違いない」と王子は婚約をした。ところが神聖巫女を選ぶ儀式祈祷がされた時、白色に光輝いたのはアデリナであった……

婚約破棄されたのでグルメ旅に出ます。後悔したって知りませんと言いましたよ、王子様。

みらいつりびと
恋愛
「汚らわしい魔女め! 即刻王宮から出て行け! おまえとの婚約は破棄する!」  月光と魔族の返り血を浴びているわたしに、ルカ王子が罵声を浴びせかけます。  王国の第二王子から婚約を破棄された伯爵令嬢の復讐の物語。

婚約破棄ですか? ならば国王に溺愛されている私が断罪致します。

久方
恋愛
「エミア・ローラン! お前との婚約を破棄する!」  煌びやかな舞踏会の真っ最中に突然、婚約破棄を言い渡されたエミア・ローラン。  その理由とやらが、とてつもなくしょうもない。  だったら良いでしょう。  私が綺麗に断罪して魅せますわ!  令嬢エミア・ローランの考えた秘策とは!?

処理中です...