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テヌート伯爵領(60〜)

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 テヌート伯爵は根気強く質問を行ったが、例の如く問答の永久機関が完成されただけに終わった。

 その間に回復したギムナックとソロウは、双子のように揃って天井を見上げる。
 掃除の行き届いた美しい天井だ。あんなに高いところをどうやって掃除するのだろう? 屋敷は主を映す鏡である。使用人が主を慕っていれば、主が何も言わずとも屋敷は綺麗に保たれる。食事も美味くなる。使用人の身なりも振る舞いも洗練される。庭は美しく整えられ、季節ごとに咲く花の良い香りが街にも漂うようになる。
 この城の中を見ただけで、どれだけテヌート伯爵が慕われているかが分かる。

 ……と、また散歩しかけた意識を引き戻してリュークに視線を戻す。

「アイスドラゴンを殺さずに追い払う方法か。奴は目も耳も悪くて、魔覚も鈍いんだよな?」

 先陣を切ったソロウに、リュークが頷く。

「起きてるときに宝玉を取るといいよ」

「寝てるときじゃないのか?」ギムナックが言った。

「起きてるときに取るといいよ」

「いくらなんでも、起きてるドラゴンに近付くのは危険だぞ」

「寝てるときは、雪と風が凄いんだ。起きてるときは静かだ」

 大人たちは「おおー」と声を上げる。本当なのかと疑う前に、ようやく話が進展したことに感動している。

 にわかに光明が差したようだった。

 そこへ、扉をノックする音があった。廊下から兵士の声で「レオハルト殿、ミハル殿が同席を希望しています」と知らされたテヌート伯爵は、「通しなさい」と返した。

 扉が開くと同時に飛び出そうとしたリンを抱え上げたレオハルト、そしてミハルは入室の前に恭しく礼をしてから席についた。

「なんだ、まだ休めていないではないか。明日の朝まで寝ていれば良いのに」

 平熱に戻ったらしいグランツが呆れた様子で言うと、レオハルトは、

「そうしたら貴方、ドラゴンを剣で殴り倒そうと山へ赴く準備をしていたでしょう」
 
 と、あたかも会議を覗き見ていたかのような台詞を吐いた。
 グランツは、いや、まさかそんな、と言い淀んで閉口する。

 ミハルも先程までは魔力欠乏による一時的な症状が出ていたが、もう落ち着いたので問題はないと言った。

 テヌート伯爵は、ここを一旦の区切りと見て立ち上がる。

「すみません。本来であれば軍議として我が軍の騎士たちも参加させるべきですが、その前にS級冒険者ヴンダーの呪いを解く方法についてご存知ないか、まずはお尋ねしたかったのです」

 ヴンダーの滞在を知ったレオハルトとミハルは驚いた。そして、経緯を知ってさらに驚いた。

 「ヴンダーは己の身一つを商売道具とする冒険者。あまり大勢に自分のあれこれを暴かれたくはないでしょうから、私も安易に触れられずにいたのです。
 しかし、アルベルム卿、そして皆さんもご存知の通り、ヴンダーの魔法の威力は絶大です。彼が力を取り戻せば、アイスドラゴンを追い払うためにきっと協力してくれるでしょう」

 テヌート伯爵はひとしきり話して腰を下ろした。
 呪いと聞いて考え込むレオハルトとミハル。

 〈のろい〉とは、殆どが闇属性の魔法によるものとされている。
 筋力や魔力を制限したり、感覚を鈍化させたり、喋れなくさせたり、階段を下りるとき不意に膝の力が抜けるようにしたり、何日も取れない寝癖をつけたり、爪をピンク色に変えたり──とにかく、ありとあらゆる嫌がらせの魔法と思えばよい。

 普通の魔法と異なるのは、呪いは〈呪い〉であるという点である。
 つまり、魔法を使ってかけられた呪いは魔法ではなく「呪い」となるのだ。魔法で作られた防御結界などが発動後も「魔法」であることを考えたとき、この違いは非常に分かりにくい。けれども、呪いを見た魔法使いたちは口を揃えて「これは魔法というより呪い」だと言うのだから、それは呪いであると言う他ない。

 というのは余りにも不明瞭だろうか。

 例えば、魔法式によって発動する氷魔法で生み出された氷の一つ一つは、生み出された後にはすでにただの氷である。〈呪い〉もこれと同じく、誰かに掛かったときには既に魔法ではなく只の〈呪い〉である。──と、魔法ギルドはしている。推定とするのは、呪い自体に実体がなく、視認出来るものでもなく、今のところ魔法式も確認できないので、現段階ではほぼ何も解明されていないためだ。

 明らかなのは、呪いを生む魔法は魔法式で構築されているということ。厄介なのは、呪いは火や氷と違って原理が定まっていないとされているので、仮に魔法式があったとしてこれを解き明かすのは極めて骨だということである。


 
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