68 / 90
テヌート伯爵領(60〜)
67
しおりを挟む何はともあれ、リュークはリンに、ミハルや他は馬に乗って、一行は駆けに駆けた。馬も動いていなければ体温を奪われて弱ってしまう。今にも再び雪が降りだしそうな黒っぽい空の下をとにかく走って、一刻も経たないうちに目的地であるテヌート城を中央に構える大都市〈オローマ〉の関門へと到着した。
雪雲のせいでずっと薄暗いものの、まだ夜というには早い時間だった。今のところ、松明は不要である。
この関門、かつてオローマが〈テヌート城塞〉の外郭であったときの外壁の門で、常ならば兵士数名が物々しく槍を持って検問を行っているところだが、今は誰の姿もない。
まあ、当然である。
グランツ一行も、先程の不思議な現象──すなわち、積雪をごっそり刈り取ったような道の出現がなければ、門の高さに迫る積雪深の中で入口を見つけることすら困難であっただろう。最悪、進入のためにグランツが城壁を破壊しかねなかった。
さらに驚愕すべきことに、この雪中の道は関門を塞いでいた筈の巨大な落とし格子と重厚な門扉すら切り取りして街の奥まで続いているように見える。
「これは流石に……」
と、馬上のレオハルトが不気味なものを見たという顔で呟くと、すぐ後ろにいたミハルも魂の抜けたような表情で「ええ」と同意した。ただし、後ろからやって来たグランツは未だにこれを側近レオハルトの仕業と思っているらしく「お前は本当に優秀だな」と言い、豪快に笑ってレオハルトの肩を叩いた。
後方に居るソロウとギムナックは、顔を引きつらせている。
兵士らは馬を降りながら「何がなんだか」といった様子である。
リュークはソロウに革袋を預けて馬を収納し、リンは殆どアンデッドさながらのしとやかさで呻くミハルを乗せて先頭を歩いた。
門をくぐった先も雪ばかりで──否、よくよく見れば雪をさらに凍らせたような硬さがある。湿度の高い空気ごと凍ってしまったのか──、一行は両側を聳え立つ雪の壁に挟まれたまま奇妙な道を歩き続けた。
街全体が、どっぷりと雪に浸かっているといった表現が相応しい。街を取り囲む外壁の内外は、一面が深い雪に沈んでいる。
ギルド会館だろうか──ぽつぽつと背の高い建造物が雪から頭を出しているが、氷雪が分厚くこびりついて、賑やかだった頃の面影は見当たらない。
今や街のどこにも人の気配はなく、雪が足音以外の全ての音を吸い取ったかのように静かだ。
「住民が避難出来ていれば良いが……酷い有り様だ」
ギムナックが苦く呟くと、隣のソロウが頷いた。
「空気が乾燥する間もなく一瞬で凍り付いたって感じだな。あと、地面の感じからして、もしかしたら直前に雨が降っていたのかも知れねえ」と、足下のゴツゴツとした感触のある雪を蹴った。
「だが、西の関所じゃ『城下街や近辺まで氷漬け』って話だったが、もうちょっとはマシに見える。この分なら少なからずは城まで避難できているだろう。あとは、アイスドラゴンさえ倒してしまえばどうにでもなる」
「それなんだよなあ。しかしよ、ギムナック。アイスドラゴンってどうやって倒すもんなんだ?」
「それは、ほら……大勢で寄って集って」
「寄って集っても俺の剣やお前の弓じゃ傷も付けられねえだろ。かと言って、投擲機みたいな大型兵器は雪山へ運べねえだろうし」
「うむぅ……『ドラゴンソード』のようなものがあれば。『ドラゴンアロー』とか……ああ、火矢なら効きそうじゃないか?」
「猛吹雪の中じゃ射てねえよ」
ソロウは呆れて首を振った。この寒さでギムナックのスキンヘッドは冷え切り脳が働いていないらしい。S級冒険者でも居るならまだしも、現実的に考えて人の力でどうにかなる相手ではないだろう。
(や。しかし、閣下ならアイスドラゴンの首をも落としかねないか? リンと一緒ならなおのこと可能性があるな)
呆れ顔から一転、一人希望を見出して足取りを軽くしたソロウ。ギムナックはそんな彼を見て、この寒さでソロウの精神は異常をきたしているのではないかと不安になった。
その不安をどこかへ追いやろうと狭い空を見上げる途中、ついにテヌート城を目前に見た。
文字通りの一本道は、まるで初めからテヌート城の設計に組み込まれていたかのように、ひたすらに延びて城の堀まで続いていたのである。
一行は進み続け、ついに城のすぐそばまで辿り着いた。
城を取り囲む深い環状堀の向こうに、関門の落とし格子たちのように切り取られずに済んだらしい城の跳ね橋が上がっているのが見て取れる。兵士らやリュークは堀を前に佇みつつ、荘厳なるテヌート城の姿に感銘を受けている。
「跳ね橋か。さて、どう降ろさせるか」
先頭で仁王立ちするグランツ。それらしく言ってみた直後、跳ね橋の方から勝手に降りてきた。
「行きましょう」と、レオハルトの一声で動き始める。ぎし、と橋が軋むたび、どこからか氷の塊が堀に落ちて、どさどさと音がする。
レオハルトは、咳払いするグランツを先頭へ導きつつ、辺境伯の威厳を取り戻させるために服や髪の乱れたところを手早く直した。
10
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
へっぽこ召喚士は、モフモフ達に好かれやすい〜失敗したら、冷酷騎士団長様を召喚しちゃいました〜
翠玉 結
ファンタジー
憧れの召喚士になったミア・スカーレット。
ただ学園内でもギリギリで、卒業できたへっぽこな召喚士。
就職先も中々見当たらないでいる中、ようやく採用されたのは魔獣騎士団。
しかも【召喚士殺し】の異名を持つ、魔獣騎士団 第四部隊への配属だった。
ヘマをしないと意気込んでいた配属初日早々、鬼畜で冷酷な団長に命じられるまま召喚獣を召喚すると……まさかの上司である騎士団長 リヒト・アンバネルを召喚してしまう!
彼らの秘密を知ってしまったミアは、何故か妙に魔獣に懐かれる体質によって、魔獣達の世話係&躾係に?!
その上、団長の様子もどこかおかしくて……?
「私、召喚士なんですけどっ……!」
モフモフ達に囲まれながら、ミアのドタバタな生活が始まる…!
\異世界モフモフラブファンタジー/
毎日21時から更新します!
※カクヨム、ベリーズカフェでも掲載してます。
I want a reason to live 〜生きる理由が欲しい〜 人生最悪の日に、人生最大の愛をもらった 被害者から加害者への転落人生
某有名強盗殺人事件遺児【JIN】
エッセイ・ノンフィクション
1998年6月28日に実際に起きた強盗殺人事件。
僕は、その殺された両親の次男で、母が殺害される所を目の前で見ていた…
そんな、僕が歩んできた人生は
とある某テレビ局のプロデューサーさんに言わせると『映画の中を生きている様な人生であり、こんな平和と言われる日本では数少ない本物の生還者である』。
僕のずっと抱いている言葉がある。
※I want a reason to live 〜生きる理由が欲しい〜
※人生最悪の日に、人生最大の愛をもらった
アルファポリスでホクホク計画~実録・投稿インセンティブで稼ぐ☆ 初書籍発売中 ☆第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞(22年12月16205)
天田れおぽん
エッセイ・ノンフィクション
~ これは、投稿インセンティブを稼ぎながら10万文字かける人を目指す戦いの記録である ~
アルファポリスでお小遣いを稼ぐと決めた私がやったこと、感じたことを綴ったエッセイ
文章を書いているんだから、自分の文章で稼いだお金で本が買いたい。
投稿インセンティブを稼ぎたい。
ついでに長編書ける人になりたい。
10万文字が目安なのは分かるけど、なかなか10万文字が書けない。
そんな私がアルファポリスでやったこと、感じたことを綴ったエッセイです。
。o○。o○゚・*:.。. .。.:*・゜○o。○o。゚・*:.。. .。.:*・゜。o○。o○゚・*:.。.
初書籍「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」が、レジーナブックスさまより発売中です。
月戸先生による可愛く美しいイラストと共にお楽しみいただけます。
清楚系イケオジ辺境伯アレクサンドロ(笑)と、頑張り屋さんの悪役令嬢(?)クラウディアの物語。
よろしくお願いいたします。m(_ _)m
。o○。o○゚・*:.。. .。.:*・゜○o。○o。゚・*:.。. .。.:*・゜。o○。o○゚・*:.。.
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話
赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。
前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
英雄になった夫が妻子と帰還するそうです
白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。
愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。
好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。
今、目の前にいる人は誰なのだろう?
ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。
珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥)
ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。
名乗る程でもありません、ただの女官で正義の代理人です。
ユウ
恋愛
「君との婚約を破棄する」
公衆の面前で晒し物にされ、全てを奪われた令嬢は噂を流され悲しみのあまり自殺を図った。
婚約者と信じていた親友からの裏切り。
いわれのない罪を着せられ令嬢の親は多額の慰謝料を請求されて泣き寝入りするしかなくなった。
「貴方の仕返しを引き受けましょう」
下町食堂。
そこは迷える子羊が集う駆け込み教会だった。
真面目に誠実に生きている者達を救うのは、腐敗しきった社会を叩き潰す集団。
正義の代行人と呼ばれる集団だった。
「悪人には相応の裁きを」
「徹底的に潰す!」
終結したのは異色の経歴を持つ女性達。
彼女は国を陰から支える最強の諜報員だった。
ハルシャギク 禁じられた遊び
あおみなみ
恋愛
1970年代半ば、F県片山市。
少し遠くの街からやってきた6歳の千尋は、
タイミングが悪く家の近所の幼稚園に入れなかったこともあり、
うまく友達ができなかった。
いつものようにひとりで砂場で遊んでいると、
2歳年上の「ユウ」と名乗る、みすぼらしい男の子に声をかけられる。
ユウは5歳年上の兄と父親の3人で暮らしていたが、
兄は手癖が悪く、父親は暴力団員ではないかといううわさがあり、
ユウ自身もあまり評判のいい子供ではなかった。
ユウは千尋のことを「チビ」と呼び、妹のようにかわいがっていたが、
2人のとある「遊び」が千尋の家族に知られ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる