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お菓子とエールの街(28〜)

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 そして翌朝、アルベルム辺境伯グランツと、側近レオハルト、十名のアルベルム兵、三人の冒険者と少年リュークとリンは、たくさんの感謝と別れを惜しむ声を浴びつつ東門へ到着した。

 門前で、各ギルドとテルミリア城からの物資が山積みになっている。ギルドや城の職員らがほぼ空っぽのグランツの馬車や少なすぎる手荷物を見て、これはいくらなんでも倹約が過ぎるのではと心配して用意したものである。

 リュークの革袋の中にはまだ大量の物資や予備の馬や馬車が入ったままだったが、それを説明する訳にもいかず、となればここで山積みの物資を革袋に収納させる訳にもいかず、やむ無く馬車の上まで荷物を積み上げ、さらに馬にもたっぷりの荷をくくりつけることとなった。

 グランツたちが手早く作業が済ませ、通りを振り向いてみると、住民は未だ盛り上がっており、各ギルドの職員が「道中お気をつけて」「お戻りをお待ちしております」と声を張り上げている。リリアンヌと神父、そして教会の子供たちも一緒になって旅の無事を祈ったり、泣き崩れたり、飛び跳ねながら手を振ったりしている。

 そこへ、一際元気の良い声が聞こえてきた。

「領主様!」

 一昨日会ったときと同じくグランツに駆け寄ったフルル。フルルは、ちゃっかり一団に混ざっていたリンを手招きして呼んだ。

 リンは尻尾を振ってフルルにしがみつき、ちらちらとリュークやグランツのことを盗み見る。

「やあ、フルル。昨日はよく眠れたか?」

 グランツは太陽ほど輝く笑顔で尋ねた。
 フルルは改めてグランツの貴族らしからぬ親しみやすさと眩しさに目を瞠りつつ、思わず「うん」と答えたが、すぐに緊張した表情に戻ると、ひとつ腹をくくったように口を開く。

「領主様、お願いがある……あります!」

「おっ? 何だ? 言ってみなさい」

 グランツは自分の胸をどんと叩いて言った。
 フルルは真っ赤な目を輝かせて、ずいっと距離を詰める。

「リンを雇ってほしいんだ! この子は強いし、鼻もきくし、遠吠えも上手だ。まだ子どもだけど、きっと領主様の役に立ってみせる。だから──」

「ふむ」

 グランツは即答せずに、空色のコートがはち切れんばかりのたくましい腕を組む。
 
「リンは良い子で、申し出は嬉しいが今は……うーむ……そうだな、一先ずは王都からの帰りにまた立ち寄るから、そのときに改めて話すとしよう」

「う、うん……あ、はい! 良かった、すぐ断られるかと思ってた! ほらな、リン。領主様はお前が主と思えるだけあって懐の広い方だ! 領主様が次来るときまでに、勉強と鍛錬を頑張ろうな!」

 ぱっと破顔したフルルがリンを振り向いて言うと、リンは愛らしく小首を傾げた。
 
「リンはついて行ったらダメなのか?」

 恐ろしく純粋な目だ。他者の事情に干渉されない純粋な目。まるでリュークを見ているようである。

 グランツは困り果てる。リンを傷つけたくはないが──。

「駄目です、リン。今は着いてきてはいけません。私たちは急いで王様のところへ行かなければならないので、あなたを連れて行けないのです」

 グランツの代わりに言ったレオハルトは、「こういうことはハッキリと伝えなければなりません」という表情でグランツに頷いて見せた。


 リンは不思議そうな顔をするばかりで、それ以上何も言わなかった。ただ、リュークの乗った馬車が目の前を通過するときに不安そうに尻尾を垂らしただけだった。



 大きく手を振る住民や冒険者たちに盛大に見送られながら、グランツ一行は当初の予定より四日遅れでお菓子とエールの街テルミリアを出発した。


 次に目指すのは、アルベルム辺境伯領と領地を隣にする〈ヴレド伯爵領〉である。
 ヴレド伯爵領内では出来る限りどこにも立ち寄ることなく真っ直ぐに通り過ぎて、その後は東の伯爵領、さらに東の侯爵領と進み、そして王都へと至る予定となっている。

 一行は無事に王都へ辿り着けるだろうか。レオハルトは、いっそ成るようにしか成らぬと思いつつ、大量の荷物を積んで既に疲れ気味の馬の手綱を引いて歩きながら青い空を見上げた。
 

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