上 下
24 / 90
王都を目指して(20〜)

23

しおりを挟む
 魔物の中で小型とされるゴブリンの身の丈は、リュークより少し低い程度である。殆ど体毛のない全身は土色に寄った深い緑色をしており、痩せて見えるが密度の高い筋肉に覆われているため見た目よりもずっと力が強い。背中が曲がっていて、どことなく子供や小さな老人に似た風体。鋭い歯を持つ口は大きく、鋭角な顎の力は強く、人間の肉などは容易く噛み切ってしまう。戦いに木の棒や人間から奪った武器を用いたり、寒さを凌ぐために布を纏ったり、稀に魔法を使う個体もいて、火をおこしたりもする。
 単体では弱く、冒険者ギルドで低ランクに指定されているゴブリンであるが、群れが大きくなるほどランクも高く設定される。軍勢と化した場合などは非常に危険で厄介な魔物である。

 また、ホブゴブリンはゴブリンの上位種とされ、体躯はゴブリンよりやや大きい。他の特徴はゴブリンと変わらず、全体的な能力が底上げされていると思えば良い。

 オークは、ホブゴブリンが飛び抜けて強くなったようなものだ。外見もかなり大きく、膂力の大幅な変化が見ただけで分かるほどの筋肉量である。ただし、ゴブリンやホブゴブリンにある敏捷性がいくらか失われているので、単体であれば討伐はさほど難しくはないとされる。




 冒険者たちはグランツの強さに舌を巻いた。

 アルベルムは稀に大規模な魔物の群れによる襲撃に見舞われるため、軍と冒険者でこれを撃退するのだが、アルベルム軍と冒険者集団では戦術や戦法が異なるので基本的に戦場を別にする。つまり、冒険者がアルベルム辺境伯の戦いを目にする機会は滅多にない。

 ──なるほど、これは腕が立つどころではない。もはや化け物と言ってよい。どうりで魔の巣窟である西端領地を王国軍の駐屯もなしに一任される訳である。

 得心がいった冒険者は一様に口を噤んだ。


「よし、残りのゴブリンの後をつけて巣ごと殲滅しろ」

 あっという間に十体のゴブリンと三体のホブゴブリンを倒したグランツが、尻尾を巻いて逃げ出した二体のゴブリンを指して兵士らに命令した。兵士らは馬にのると、颯爽と駆けてゴブリンの後を追った。ミハルも軽々と乗馬して彼らに続いた。

「さて、次はオーク狩りだな。体格はどのくらいだ?」

 グランツは、レオハルトが差し出したハンカチで汗を拭いながら、爽やかな笑顔でギムナックに訊ねた。ギムナックは日射光を避けるように額に手を翳して丘に視軸を移す。

「一体だけかなり大きいですね。もしかすると、キングに成りかけているかも知れません」

「ふむ……。リューク少年、君はどう思う?」

 急に話を振られたリュークだったが、少しも躊躇せず「キングになりたいんだね」と言った。グランツとギムナック、ソロウの三人が顔を見合わせる。

「やはりキングに成りかけの個体がいるようですが……」

「成りたくて成るものなのか、あれは」

「リューク、そいつはキングに成れるのか?」

 ギムナックが訊ねると、リュークは首を横に振った。

「なれないから歩いてきたんだ」

「どういうことだ?」

「キングは、ナワバリのなかで一匹だけだ。ここは他のキングのナワバリだから、遠くに行かないとキングになれない」

「おお……! すごいぞ、リューク!」

 ソロウが感動の声をあげた。リュークがここまで分かり易く説明するのは珍しい。馬車のそばに控えているレオハルトも小さく称賛の拍手を送っている。当のリュークは何故褒められたのかを理解してはいなかったが、ほんのり嬉しそうに頷いた。

 さあ、オークキングがいないと分かれば一安心。グランツはレオハルトに「リュークの側についていろ」と命じ、軽やかな足取りで丘を駆け上った。ソロウとギムナックもすぐ後を追いかける。

 小さな丘だが、近づいてみると急勾配で、ひと息に登り切るのは辛い。

 ソロウとギムナックが息を弾ませながら頂上に着こうというとき、ふと佇むグランツに嫌な予感がして眉を顰めた。

「う……っ」

 グランツの向こうが見えるところまで登ったソロウは、反射的に後ずさりしかけた足をなんとか踏ん張った。傾斜の緩やかな頂上付近に普通のオークが四体と一際大きいオークが固まって立っている。

 オークとグランツの間に、人間がうつ伏せに倒れている。

 息は──ない。

 体格からして男である。血だらけで、身体の一部は腐敗が始まっているらしく、歪に膨らんでいるところと肉が削げ落ちているところがある。服は殆ど破れていて、辛うじて首と腰に血塗れの布が引っ掛かっている程度だった。全身にある傷に時間差が見て取れる。治りかけの裂傷の数々、酷く化膿した腐り方をしている右肩、全身に残る打撲痕──。

 嫌な匂いが鼻をついた。


「オークどもめ……!」

 ソロウが怒りに声を震わせながら剣を構えると、オークは声とも息ともつかない「ブルル」という音を鳴らしてソロウを一瞥した。野生の眼だ。この眼を見る度、決して共生できる相手ではないのだと強く思う。

「よし、二人は右手から迂回して何体か引き付けろ。私はメイン・・・を相手す──」

 る、とグランツが言い終える前に、「行くな、リューク!」とレオハルトが叫んだ。

 唖然としつつ振り向くグランツと冒険者二人の目に飛び込んできたのは、左手に木の枝を持ち、右手でゴブリンの死体を引き摺って丘を駆け上がってくる少年の溌剌とした姿だった。無表情だが、心は満面の笑みを浮かべているようで輝く瞳が眩しい。

「リューク!」

 ソロウの後方に居たギムナックが殆ど飛びつくような格好でリュークを抱き止めた。

「こっちは危ない! すぐに馬車へ戻るんだ!」

 リュークは何故止められたのか全く分からないという風に目を丸くしてギムナックを見つめたあと、ふと不審そうに丘のてっぺんとギムナックを交互に見やってから、「これ……」とゴブリンの死体を差し出したのだった。

 ゴブリンの死体を差し出されたギムナックは、魔物でも出さないような奇妙な声を上げて後ずさった。そして、すぐに我に返ると、ゴブリンからリュークを引き剥がした。

「な、なななっ!」

 何を、とか、なんと、とかを発しようとした口は上手く動かなかったようだ。リュークは困った様子でギムナックの太い腕からなんとか逃れ、再びゴブリンの死体に手を伸ばそうとする。が、ギムナックは頑としてそれをさせまいとリュークを引き寄せる。

「だだ、駄目だ! なんだってそんなことをするんだ? なん、なんなんだ、一体? 魔物の死体で遊ぶなんて、絶対にしちゃいけない!」

「ちがうよ。オークに見せてあげるんだ」

「く──」

 狂っている! と大声を上げて慨嘆しかけたギムナックは間一髪、良く出来た自制心で声を圧し殺すことに成功した。しかし、これは──。


 戸惑うばかりのギムナックは、グランツの判断を仰いだ。
 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

へっぽこ召喚士は、モフモフ達に好かれやすい〜失敗したら、冷酷騎士団長様を召喚しちゃいました〜

翠玉 結
ファンタジー
憧れの召喚士になったミア・スカーレット。 ただ学園内でもギリギリで、卒業できたへっぽこな召喚士。 就職先も中々見当たらないでいる中、ようやく採用されたのは魔獣騎士団。 しかも【召喚士殺し】の異名を持つ、魔獣騎士団 第四部隊への配属だった。 ヘマをしないと意気込んでいた配属初日早々、鬼畜で冷酷な団長に命じられるまま召喚獣を召喚すると……まさかの上司である騎士団長 リヒト・アンバネルを召喚してしまう! 彼らの秘密を知ってしまったミアは、何故か妙に魔獣に懐かれる体質によって、魔獣達の世話係&躾係に?! その上、団長の様子もどこかおかしくて……? 「私、召喚士なんですけどっ……!」 モフモフ達に囲まれながら、ミアのドタバタな生活が始まる…! \異世界モフモフラブファンタジー/ 毎日21時から更新します! ※カクヨム、ベリーズカフェでも掲載してます。

I want a reason to live 〜生きる理由が欲しい〜 人生最悪の日に、人生最大の愛をもらった 被害者から加害者への転落人生

某有名強盗殺人事件遺児【JIN】
エッセイ・ノンフィクション
1998年6月28日に実際に起きた強盗殺人事件。 僕は、その殺された両親の次男で、母が殺害される所を目の前で見ていた… そんな、僕が歩んできた人生は とある某テレビ局のプロデューサーさんに言わせると『映画の中を生きている様な人生であり、こんな平和と言われる日本では数少ない本物の生還者である』。 僕のずっと抱いている言葉がある。 ※I want a reason to live 〜生きる理由が欲しい〜 ※人生最悪の日に、人生最大の愛をもらった

アルファポリスでホクホク計画~実録・投稿インセンティブで稼ぐ☆ 初書籍発売中 ☆第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞(22年12月16205)

天田れおぽん
エッセイ・ノンフィクション
 ~ これは、投稿インセンティブを稼ぎながら10万文字かける人を目指す戦いの記録である ~ アルファポリスでお小遣いを稼ぐと決めた私がやったこと、感じたことを綴ったエッセイ 文章を書いているんだから、自分の文章で稼いだお金で本が買いたい。 投稿インセンティブを稼ぎたい。 ついでに長編書ける人になりたい。 10万文字が目安なのは分かるけど、なかなか10万文字が書けない。 そんな私がアルファポリスでやったこと、感じたことを綴ったエッセイです。 。o○。o○゚・*:.。. .。.:*・゜○o。○o。゚・*:.。. .。.:*・゜。o○。o○゚・*:.。. 初書籍「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」が、レジーナブックスさまより発売中です。 月戸先生による可愛く美しいイラストと共にお楽しみいただけます。 清楚系イケオジ辺境伯アレクサンドロ(笑)と、頑張り屋さんの悪役令嬢(?)クラウディアの物語。 よろしくお願いいたします。m(_ _)m  。o○。o○゚・*:.。. .。.:*・゜○o。○o。゚・*:.。. .。.:*・゜。o○。o○゚・*:.。.

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

名乗る程でもありません、ただの女官で正義の代理人です。

ユウ
恋愛
「君との婚約を破棄する」 公衆の面前で晒し物にされ、全てを奪われた令嬢は噂を流され悲しみのあまり自殺を図った。 婚約者と信じていた親友からの裏切り。 いわれのない罪を着せられ令嬢の親は多額の慰謝料を請求されて泣き寝入りするしかなくなった。 「貴方の仕返しを引き受けましょう」 下町食堂。 そこは迷える子羊が集う駆け込み教会だった。 真面目に誠実に生きている者達を救うのは、腐敗しきった社会を叩き潰す集団。 正義の代行人と呼ばれる集団だった。 「悪人には相応の裁きを」 「徹底的に潰す!」 終結したのは異色の経歴を持つ女性達。 彼女は国を陰から支える最強の諜報員だった。

ハルシャギク 禁じられた遊び

あおみなみ
恋愛
1970年代半ば、F県片山市。 少し遠くの街からやってきた6歳の千尋は、 タイミングが悪く家の近所の幼稚園に入れなかったこともあり、 うまく友達ができなかった。 いつものようにひとりで砂場で遊んでいると、 2歳年上の「ユウ」と名乗る、みすぼらしい男の子に声をかけられる。 ユウは5歳年上の兄と父親の3人で暮らしていたが、 兄は手癖が悪く、父親は暴力団員ではないかといううわさがあり、 ユウ自身もあまり評判のいい子供ではなかった。 ユウは千尋のことを「チビ」と呼び、妹のようにかわいがっていたが、 2人のとある「遊び」が千尋の家族に知られ…。

処理中です...