上 下
4 / 151
プロローグ〜

3

しおりを挟む
 一行は一時間程東へ歩き、空が瞑色めいしょくになったところで野営の準備に取りかかった。今は辺りに魔物の気配はない。

 魔法使いのミハルは長い呪文を唱えながら自分の肩掛け鞄の中に手を突っ込むと、到底とうてい中には収まりきらない筈の毛布四枚と枕四つ、八個の缶詰め、四つの金属製のコップ、大きめの水筒を取り出して自分と他の三人に配った。

 この日は満月で明るい夜だった。

 缶詰を食べ終えた後でソロウがリュークに眠るよう勧めたが、眠たくなかったリュークは断って星空を眺めていた。荒野では殆ど見ることのなかった満天の星空は、リュークにとっては新鮮で、いくら見ても飽くことがなかった。

 冒険者である三人は密かに警戒した。
 子供を使って油断を誘う盗賊もいることを知っていたからだ。

 三人は一人ずつ交代で睡眠をとり、二人体制で見張りをすることにした。

 初めにギムナックが横になり、すぐに寝息をたて始めた。

「寝付きのよさは、少人数パーティーに欠かせない能力だ。短い時間で体力を回復しなきゃならないからな。それにしても、よくあんなところで眠れたな。周りに魔物が居たのに、怖くなかったのか?」

 ソロウがリュークに話しかけると、リュークはようやく夜空から視線を下げてソロウを見た。

「危ない魔物は居なかった」

「ゴブリンが居ただろう」

「襲ってこない」

「なんで言いきれるんだ」

「あいつら、他のやつのナワバリでは何もしない」

「縄張り……?」ソロウは怪訝けげんそうに短い顎髭あごひげでながら首をかしげる。「じゃあ、あそこは誰の縄張りだったんだ」

「ドラゴワーム」と、リュークは何でもないことのように言って再び夜空を見上げた。ちらほらと空をすべり落ちるように流れ星が走るのが見えて、思わず「おお」と声が漏れる。
 
 ソロウとミハルはしばし呆気あっけにとられていたが、次第に笑いが込み上げてきた。

「ドラゴワームが、あの場所に? そいつは面白い!」

「ふふ、見てみたかったわね」

「見たことないの?」

 リュークがあまりに純真な表情で尋ねたので、二人はさらに声をあげて笑った。

「いや、すまん──ははっ──ドラゴワームって、まだ世界で五体しか確認されてないんだ。それがこんなところに居るなんて信じられなくってよ」

「あいつらは殆ど地面のずっと下から出てこないんだ。でも、地面に耳をひっつけると近くに居るかどうか分かるんだ。ドラゴワーム、会いたい?」

「ええ、会えるものなら是非。ねえ、この辺りには居るのかしら?」と、ミハルが膝をついて地面に耳を近づける。リュークも同じようにして地面の音を聞いた。

「……何も聞こえないけど」

 やめろよ、と苦笑するソロウに構わずそう言ったミハルに対し、リュークは「居るじゃないか」と言って目を閉じた。

 集中しているらしいリュークの表情に、まさか、と思いつつも、もう一度耳をすませてみるミハル。

 ──風にざわめく草の音しか聞こえない。

 だが、呆れたソロウがミハルのそばで片手を地面につけたまま上体を起こしたリュークへ声をかけようとしたとき──。

「──待って、何か聞こえるわ!」

 ミハルが興奮した様子で叫んだ。

「何か近付いて来るみたい!」

 言い終える前に地面が揺れ始めた。

 集めて置いていた空き缶がカラカラと音を立てて転がり、ギムナックが毛布を弾くとともに弓と矢筒をひっ掴んで飛び起きる。

「なんだ? 地震か!?」

 既にかなり大きな揺れになっている。立ち上がろうにも上手くバランスが取れず慌てる三人。その傍らでいち早く立ち上がったリュークは、強引にミハルの手を取って駆け出した。

「二人とも、早く走って!」

 すれ違いざまのリュークの声にはっとしたソロウとギムナックも勢いをつけて立ち上がると、半分転げながら懸命にリュークの後を追って走る。



 振り返る余裕もなく数百メートルも走った四人は、息を切らしながらやっとのことで元居た場所に目を凝らした。

 月を背に、地面から夜空の雲まで長く伸びる太いミミズのような影がうねっている。

 恐ろしく大きな影だ。

 かなり離れたはずなのに、それは四人のすぐそばに居るように見える。

「ドラゴワーム、会えてよかったね」

 リュークが笑顔を浮かべて言った。

 三人は愕然がくぜんとしながら、緩慢かんまんな動作でドラゴワームとリュークを交互に見やる。


 十秒もそうした後、ふと「どうするんだ、あれ……」と呟いたソロウに、リュークは笑顔のまま首を傾げたのだった。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

~僕の異世界冒険記~異世界冒険始めました。

破滅の女神
ファンタジー
18歳の誕生日…先月死んだ、おじぃちゃんから1冊の本が届いた。 小さい頃の思い出で1ページ目に『この本は異世界冒険記、あなたの物語です。』と書かれてるだけで後は真っ白だった本だと思い出す。 本の表紙にはドラゴンが描かれており、指輪が付属されていた。 お遊び気分で指輪をはめて本を開くと、そこには2ページ目に短い文章が書き加えられていた。 その文章とは『さぁ、あなたの物語の始まりです。』と…。 次の瞬間、僕は気を失い、異世界冒険の旅が始まったのだった…。 本作品は『カクヨム』で掲載している物を『アルファポリス』用に少しだけ修正した物となります。

処理中です...