フッチボウ!

藤沢五十鈴

文字の大きさ
上 下
20 / 26
第三章

夢見る少女は大志を抱く その③

しおりを挟む



 涼と蘭の父親である久住純一は、この年45歳になる。

 昨今では見かけるのも珍しくなった七三分けの頭といい、濃く鋭い眉目といい、一見、役所勤め以外の職業が想像できないお堅い容貌の所有者だが、某大手商社に勤務するれっきとした商社マンである。

 純一は手にする新聞に視線を落としたまま、隣に座る娘に小言にも似た声を向けた。

「蘭もいつまでも人に起こしてもらうのではなくて、そろそろ自分で起きれるようにならなくてはいかんな」

「わかってるもん。今朝はつい寝過ごしちゃったの。勉強のしすぎかしらね」

 深夜までサッカーのゲームを夢中でやっていたくせによく言うよと、声ではなく表情で毒づく涼に気づくことなく蘭はキッチンのほうに向き直った。

「ねえ、お母さん。私のホットミルクは?」

「はいはい、できていますよ」

 温雅な声とともにキッチンの奥からエプロン姿であらわれたのは、母親の美咲だった。

 妻の美咲は夫の純一より4歳年下の41歳である。

 この年齢の女性にしては背が高く、170センチちょうどある。

 娘の蘭にも受け継がれた濡れたような漆黒の髪とすらりとしたスタイルを持つ女性で、大学生時代にファッション誌のモデルをしていたという美貌は、40歳を超えた今も色あせてはいない。

 夫の純一とは同じ会社内での職場結婚であり、妊娠したのを機に会社を辞めて家庭に入った。

 蘭が見たところ、180センチ弱とそれなりに長身ではあるが、見るからに「お役人」的風貌の父親とはお世辞にも釣り合いがとれているとは思えない。

 若い頃の両親の写真を蘭は見たことがあるが、母親は文句なく美人であったが、父親はというと思ったとおり当時から役人の風貌であった。

 どうしてお父さんと結婚したのと一度ならず疑問に思った蘭は、一度ならずその理由を美咲に訊ねたことがある。

 それに対する母親の返答は、毎回、次のようなものだった。

「親切で、誠実で、温厚で、思いやりがあって。でも一番の理由は、なによりもお父さんに将来性を感じたからかしらね」

 そう言って、美咲は娘に向かって悪戯っぽく笑うのだった。

 純一は三十代半ばで大手商社の課長職に就き、将来の幹部候補として海外支社勤務にも抜擢された。
 
 今春の帰国と同時に本社の部長となったが、四十代半ばでの部長職就任は異数の出世という。

 そのあたりの話は蘭にはよくわからないが、美咲などに言わせると「同期の出世頭」ということらしいから、母親に先見の明はあったようだ。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

なにげない猫の日常

夏目 沙霧
キャラ文芸
ゆるーっと毎日だらけて、時には人に癒しを与える猫。 その猫達の日常を小話程度にしたものです。 ※猫、しゃべる 文・・・霜月梓 絵・・・草加(そうか) (着色・・・もっつん)

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

織りなす楓の錦のままに

秋濃美月
キャラ文芸
※鳴田るなさんの”身分違いの二人企画”に参加しています。 期間中に連載終了させたいです。させます。 幕藩体制が倒れなかった異世界”豊葦原”の”灯京都”に住む女子高生福田萌子は 奴隷市場に、”女中”の奴隷を買いに行く。 だが、そこで脱走した外国人の男奴隷サラームの巻き起こしたトラブルに巻き込まれ 行きがかり上、彼を買ってしまう。 サラームは色々ワケアリのようで……?

おじょうさまとごえい

ハフリド
キャラ文芸
「月の姫」であるために妖魔たちに狙われるお嬢様の由貴子。 傘を武器として扱う能力を持つために、ひそかに彼女を護衛する庶民の那由。 同級生であるという以外に接点がなかった二人だが、由貴子がふとした気まぐれで那由に話しかけたこと。 そして気に入ったことにより関係は変化し、二人の距離は急速に接近していく。 月の姫とは? 由紀子はなぜ妖魔たちに狙われるのか? どうして那由はなぜ傘を武器とすることができるのか? ……などという部分は脇においた、二人の少女の物語。

「お節介鬼神とタヌキ娘のほっこり喫茶店~お疲れ心にお茶を一杯~」

GOM
キャラ文芸
  ここは四国のど真ん中、お大師様の力に守られた地。  そこに住まう、お節介焼きなあやかし達と人々の物語。  GOMがお送りします地元ファンタジー物語。  アルファポリス初登場です。 イラスト:鷲羽さん  

朝に弱い幼馴染は俺に起こされるのをいつもベッドの中で待っている

ハヤサカツカサ
キャラ文芸
高校2年生の春。朝一人で起きられない幼馴染のために小島龍は今日も家まで起こしに行く。幼馴染である熊谷梓が朝に弱いのは理由があって…… その他にもぬいぐるみ大好きな残念イケメンや天然S会長、ロリ魔術師が持ち込むトラブルに龍は巻き込まれていく。これはそんな彼の青春トラブルストーリー

毒入りゴールデンレトリバーの冒険

一本島宝町
キャラ文芸
家出少女と親なし少年の同居生活始まりの物語です。ほんわかと、けれどちょっとだけ異能がからむ緊張感のあるストーリー。少女には毒を出してしまう体質があり、閉じ込められていた山奥から自由を求めて逃げ出しました。少女が追手に捕まりそうになったところ、少年と出会って助けられます。一軒家に一人で生活してきた少年は無邪気で明るい少女を住まわせることにワクワクしますが、毒を出してしまうという特殊な人間だとわかった少年は………。そして少女を追う怪しい男たちが二人を追い詰めていくことに。日常系でありながら異能系。そして少女の無邪気であどけない様子を楽しんでいただけたら幸いです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...