RED LOTUS MAN

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スーパー神オカンDAY

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社長は懐中時計の文字盤を睨んで立ち上がる。今一度ポケットを探り、懐中時計の垂らす鎖を持て余してテーブルに目を落とし、鷲掴みにポーターキャブのキーを手繰った。
「どこか行くんすか」付いて来いと言わんばかりに顎をしゃくる。
「出荷だ」
「うちの出荷の8割を占める取引先つまり上得意だ。そのスーパーに行く。経営者は女性だ。くれぐれも失礼の無いようにな。
音に聞こえる中々のやり手で侮り難いだから例え出荷程度の短時間の接触と言えどお前にも為になるはず多分会って損はない」
「はい」
「そうだ、ティッシュを忘れるな」
「ええ?」声が裏返る「冗談だ。なんでそう言ったかは、行けば分かる」社長はカラカラと一息に口を動かした。
 トマトで9割埋った荷台が赤く染まる控えめに見ても荷重超過気味のポーターキャブは不服そうに眠い目を擦るように発進した。その後ろから猛速で小型車が接近する。走るための能力の何も犠牲にしていない当然のパフォーマンスを発揮して軽快に動いているだけだろうが勢いが良すぎる。
うちの車を追い越して白い軽トラが先行した。その上追い抜き様に窓から空き缶を放って行った。
「うあっ酷いな。いくらこっちがトロトロ走ってるからって、空き缶投げ捨てていくことないだろう」「あれで出し抜いた気がするんなら放っておいてやれ。よっぽど事業がうまくいってないか何かなんだろう。投げやりな態度はわかるが投げ缶とはまあ格好の付かないものだ。うちはおかげさんで作物をこんなに沢山お得意さんと取り引きできているんだ。見ていて面白くない奴も或いはいるかも知れん。あの程度で心理的優位になれるようなら苦労はない」
 カラカラと音を立て、盤内商会の軽トラの横を空き缶が転がってゆく。その音がしばらく続くほど、REDLOTUS号の速度は遅かった。なにせハンドルから手を離せば立ち所に左右にロールするほど積荷の重量はハンドルに影響している
「彼は空き缶だけ捨てたんじゃない。マナーも捨てた。幸せな結婚生活もあるいは捨てたかも知れない」

「運命の娘がもしあんな態度を取る日常を見てたとして、彼を婚約者に選ぶだろうか」
「小物感がパないっすね」
「つまり彼の捨て癖は、その都度不運を拾っているといえるだろうやがて幸運を捨てなきゃならんほど不運を抱えることになるかも知れない」
 なんだか納得していいのか悪いのかわからなかった。
 道徳を説いているようで、若干恨み節のようにも聞こえる」
「前に出るというのは、ある意味暴力的なものだ。だからそうならないように調整が必要なのだ」
 これは盤内さんの野菜作りや商売をやる上でのノウハウを、少しづつかみ砕いて教えてくれているんじゃないか。
 何となくだが、そう思った。
「黙って聞いてないでナナ、何か思い付いたことを言い返して来い」
「ええ」 と言って口籠った。
 盤内さんの話は大体自己完結しているので相槌を打つくらいしかできなかった。
「農家の野菜の良し悪しは作物自身が語るが、レストランはおいしい食べ方を伝える工夫をしなくてはならない。味はもちろん、味わい方の提案、おいしくなる場所の提供、するのはコミュニケーションを用いた伝達、つまり言葉だ。不器用でも、相手に伝わる自分の言葉を持っていないとだめだ」
店の個性みたいなものか。確かにオリジナリティは大事だよな。俺の店もそんなオリジナリティを出せるだろうか?
 バス停にして6つの停留所を経た先の隣町に着くと、駅前を商店街を抜けて法定速度で5分ほど走ると
 広い敷地に構えた大きなスーパーら
しき建物が見えた。あれがそうだろうか。大きな看板が目に入る。
『スーパー・神オカンDAY』
『神オカン』
「そうだ。勘違いするな、ここは本物の高級スーパーだ。安売りに血眼になる、自称カリスマ主婦とは違い、違いの分かる主婦の為に敏腕セレブのプロデュースする、選りすぐった本物の食材と多様なグルメを扱う食品スーパーだ」
「それが神オカンですか」
 すると向こうから、赤いドレスに身を包んだ、ベリーダンスさながらに身をくねらせて女が近付いてくる。立って歩く軟体動物のようだ。ドレスから透けて見える臍がセクシーだ。夜会ならともかくこんな早い時間からする格好としてどうなのだろうか?
「今日は早いのねェン社長っ熟れ熟れのトマトはピチピチかしら」
 女は社長の耳元にそう呟いた。
「この人ふつうに喋れないんですか」 小声で言ってみた。
「侮るな。普段歩く姿勢からくびれを意識し脂肪の燃焼を考えて実践している努力家だ」
「なるほど」
 肩を揺らしながら、女は胸元の隙間に手を突っ込み、名刺を出した。
「私、こういうモノですの」
「え?」
 その名刺はモンシロチョウのように目の前を泳ぎ受け取る資格があるかどうか試すように翻弄した。
 捉えた!遂に舞い続けた紙片の軌跡を把握しつかもうと伸ばした手を女が握って来た。
「株式会社ヴァージニア代表取締役 内貴朋子」
 名刺にはそう書いてあった。
「あなた初めてね。よ・ろ・し・く」
 内貴朋子は不必要に顔を近づけてウインクする。間近でフリントを擦るように瞬きで火花を散らす
 シルクであろうドレスと滑らかな柔肌の擦れる音が催眠術の如く耳を誘う。周囲の視界
が日常の枠からはみ出して揺らぐ
 濃い蜂蜜を入れたレモンティーのように甘酸っぱい刺激で体の芯が熱くなった。
「あら顔が赤いわね貴方もトマトのお仲間なのかしら?ひょっとして?恥ずかしい? 『穴』 があったら入りたくなるくらい」
 反射的に手を振り切った。
 それでも内貴朋子はしなを作り、ホホホと嬌声に背中を追わせる。
「あ、内貴社長」

「朋子でいいわよ」
初出勤を終えた俺はその夜心地よい眠りの中で彼女の夢を見た。まだ恋の成就さえ叶わないのに実子が短くない爪を背中に立てて口を尖らせる。
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