堕チタ勇者ハ甦ル

あんぜ

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四章 封印

第59話 解かれる封印 2

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「いやぁぁぁぁあああ!」

 日没と共にルシアの悲鳴が響き渡った。
 新月の夜、地母神の加護が解かれるとミルーシャ様は言った。ミルーシャ様は命を賭してルシアに平静サニティの加護を施したという。それは彼女の魂が深淵へと堕ちるのを踏みとどまらせた代わりに、その恐怖と慙悔ざんかいを先延ばしにした。

「大丈夫よ、ルシア。貴女を責める者は誰もいません。みんな貴女のことを守ってくれます」

 そう語りかけながらミルーシャ様はルシアを抱きしめる。

「ごめっ……なさい……ごめっ……なさい……」

 ミルーシャ様はルシアの頭を撫で、背中を擦り、母親のように慰めていた。

「ルシア、何があろうともオレが守ってやる」

 オーゼがルシアを撫でながら語り掛ける。ルシアはオーゼや私にも謝り続けていた。
 また、ルハカはルシアに共感したのか、感情が高ぶって涙していた。

「(エリン様、わたくし以前、ルシアを責めるような言葉を……)」

 ルハカは縋るような目を私に向け、そう囁いてきた。

「大丈夫よ、ルシアは大丈夫。貴女も辛かったのね」

 ミルーシャ様を倣ってルハカを抱きしめると、ルハカも泣き出してしまった。

 なんだかんだ言って半生を共にし、双子のように育ってきた二人は虚栄などには切り離せないくらいの深い絆で結ばれているのだ。ルハカは昔からあまり故郷のことを話したがらなかったけれど、今はもう、私もオーゼも妹のように思っている。


 ◇◇◇◇◇


 結局その日の夜、ルシアはミルーシャ様のベッドで、ルハカは私のベッドで眠った。
 朝、出発の前に顔を合わせたルシアは元気がなく、いつもの明るい彼女との差異からか、小さく見えてしまった。出発の折にもミルーシャ様の傍を離れたがらなかった。ミルーシャ様は――慌てなくていいのです。ゆっくり進みましょう――と励ましていた。

 五日の行程を経てロハラの領境まで到着した我々は、レハン公の大使も伴い、残った赤銅バーレを含む軍団を王都へと引き上げさせた。それはまたジルコワルの護送も兼ねていた。彼は両手両足をオーゼの変異魔術ソーサリーにより鉄塊で封じられ、常に赤銅バーレに見張られていた。黒剣スワルトルを召喚された場合の対策だそうだ。

 ロバルではロージフも合流し、久しぶりのルシアと再会した。
 彼に謝り続けるルシアの様子にロージフ本人は甚く狼狽していたが、事情をミルーシャ様から聞くとロージフは今度こそ自分が守らんとばかりにルシアを抱きしめていた。


 ヴィーリヤ王都へ到着したのは十三の月の半ばのことであった。

「姉さま、参りましょう」

 まだ小さな声だけれど、ルシアはミルーシャ様とロージフの愛情で私と普通に接することができるほどには回復していた。到着した我々は、その足で神殿へと向かった。戦女神ヴィーリヤへの報告のためだ。神殿への階段をルシアと共に歩む。

 女神様は以前と同じく、ただそこに座するだけだったが、巫女は言の葉を伝えた。

 ――すべてが終わったとき、もう一度報告に赴くように――と。

 女神様の意図する終わりが何を意味するかはわからないけれど、王都でやるべきことは確かにまだあった。巫女はまた、私に勇者と聖戦士の加護を、ルシアに勇者の加護を見出し、王へと遣いの侍女を送った。


 ◇◇◇◇◇


 そして翌日は先触れの到着によって予定が組まれていた国王との会見の日。
 場所は以前のような謁見の間ではなく、広間の長テーブル。

 私とルシアは国王にひざまずくことなく挨拶を交わす。
 また、私たちに続くオーゼやミルーシャ様、ルハカやロージフ、三戦士団の団長、副団長も跪かない。オーゼとは会見を前にして婚約という形を取っていたし、ミルーシャ様は隣国の聖女。残りの者は私の配下ということで国王に跪く必要は無い……と、オーゼに指示されていた。

 ただ、国王に仕える重鎮たちの中にいい顔をする者はそう多くなかった。正しく虚栄を払う方法を施したのかと疑うほどだった。妖精の目イセリアルサイトには虚栄の花は見えていないのに。

「アゼア王よ、エリン・ラヴィーリヤ、ここに邪神ナホバレクの依代と信徒の討伐より帰還しました」

「大儀であったな、勇者エリン、そして勇者ルシアよ」

 かつての謁見では高圧的だった国王は立ち上がって我々を迎える。さらには加護の有無だけで別人のような柔らかな対応を見せた。オーゼが言うには、勇者チャンピオンの加護は勝利の未来を約束された加護なのだそうだ。だから誰も歯向かわず、王と同等か、或いはそれ以上の地位を約束されると。

 私とルシア、それからオーゼ、ミルーシャ様の席が用意されていた。後の者は立ったまま近くに控える。また、アラン王の大使の席もあった。

「まずはアゼア王、この場を急ぎ設けて頂いたことに感謝いたします」
「もちろんだ。事の詳細は金緑オーシェの者より聞いた」

「虚栄の花とそれを払う手筈については如何でしょう?」
「それも抜かりなく臣下に方法を伝え、払わせておる」

「安心いたしました。こちらに被害は無いのですね」
「ジルコワルの屋敷と配下の者たちの拠点も抑えた。フクロウソワル?――と言ったか。元白銀ソワールの者たちの助力もあってな」

「その元白銀ソワールについては、オーゼと共に名誉の回復を願います」
「それについてももちろん約束しよう……が、其方の婚約者についてだが……」

「加護について……でしょうか? オーゼの加護は対象の感情、そしてその対象の望む記憶の封印に留まります。その封印は対象自身で解くことが可能です。さらにはオーゼ本人には制約ギアスが掛けられており、加護に関わるいくつかの言葉の組み合わせはオーゼに死をもたらします」

 ――そうミルーシャ様から聞いた。オーゼが普段から言葉選びに慎重なのも、幼い頃から感じていた制約ギアスの齎す死への恐怖があったのかもしれない。

「ふむ、だがそれも実際に目にしない限り納得できない者も居ろう。ひとつ見せてはくれまいか」

 オーゼはこの加護を忌避しているという。なのにそのようなことを気軽に告げる王に憤りを感じた。ただ、オーゼはそれに応じた。

 あのヒルメルン卿はオーゼに疑いの目を向けている重鎮の一人だった。そのヒルメルン卿が王の指示を受け、オーゼの加護の力を試すこととなった。オーゼはキラキラと光る玻璃細工のようなものを加護の力で作り出した。オーゼはヒルメルン卿に上着を脱ぐように言うが彼は拒否し、国王が指示してようやく脱いだ。

「嫌な思い出を思い浮かべてください」
「嫌な思い出?」

 ヒルメルン卿が問うと、ミルーシャ様が――。

「ただの言葉選びです。何か忘れたい記憶を思い出すのです」
「そうか。ではこれを預けた記憶を……」

 そう言って身に着けていた首飾りを従者に手渡す。

 オーゼは詠唱と共に玻璃細工をヒルメルン卿の胸に突き刺していく。
 これ……は――そう呟きかけたヒルメルン卿だったが、その後はきょとんとした顔をしていた。ただ、胸にはあの赤い宝石のようなものが現れていた。

「――何も変わらないではないか」

 ざわ――と重鎮たちがどよめくが、ミルーシャ様が声を掛ける。

「落ち着いてください。記憶を忘れてしまったのですから自分ではわかりません。ヒルメルン卿、身に着けていた首飾りはどこにございますか?」

「なっ、肌身離さず身に着けていた首飾りだぞ。どこにやった!?」

 まるでオーゼが盗ったとばかりに詰め寄るヒルメルン卿。
 以前、私に見せていた態度とは違って随分と横柄だった。

「何を言っておるヒルメルン卿」
「冗談で言っておるのか?」
「よもやこのようなことが……」

 重鎮たちが騒ぎ始めるも、国王はそっと手を挙げてそれを制する。

「なるほど、確かに記憶が消されるようだ。だが、書き換えはできないと証明できるのか?」
「できない――ということの証明は困難です。ただ、は自分で外せます。それさえ周知頂ければ大きな問題は無いかと」

 オーゼは事前にミルーシャ様から助言のあった通りを答えた。どうもオーゼは加護のことについてはあまりに消極的になり過ぎ、普段の頭の回転の速さも活かせないようにみえる。

 ヒルメルン卿は赤い宝石のようなものに手を触れ、スッと抜き去ると宝石は塵へと還っていった。

「た、確かに、今の今まで首飾りを預けていたことを忘れてしまっていた……」

 ヒルメルン卿は上着を羽織りながらそそくさと引っこんでいった。せめてオーゼに一言、詫びがあっていいものを……。

「感情については、強い感情が色として見えます。その色を抑え込みますが失われるわけではありません」

「では勇者の加護の喪失に関わっているという話はどう説明がつく?」

「私の不徳の致すところ。未熟さゆえの私自身の過ちでした。オーゼが原因ではありません」

「それについては堕ちた先代の依代の呪いが原因とも言えます。むしろ、勇者様とオーゼ様の個人的な場に首を突っ込んだ、あのむくつけき偽の聖戦士が不行儀だっただけです」

 私の言葉にミルーシャ様が付け加えた。
 彼女は弁が立つ。物は言いよう。嘘こそ言っていないがそう言い訳されると、あのとき私がジルコワルを頼もしく思ったことがあまりに恥ずかしい。

「私の婚約者であるオーゼ・ルトレックは、洗脳と呼ばれた加護の力に負い目を感じてきました。それは加護の力を悪用し、されることを恐れたからです。そのような思慮深い人物が国を脅かすなど。アゼア王に仕える皆様ならばご理解いただけましょう」

 私は、かつての自分に語り掛けるような想いでそう告げた。
 重鎮たちは皆、口をつぐんでいた。
 ミルーシャ様には私が強く出れば誰も反対はしないだろうとは聞かされていた。

「わかった。オーゼ・ルトレックの名誉の回復に尽くそう」

「国王、回復だけでは足りませぬ。彼は魔王討伐の最大の功労者なのですから。以前、報告させていただいた通り、僅か四年、しかも敵味方含めて死者の極めて少ない討伐遠征の成果は全てオーゼ・ルトレックの功績によるものです。加護の力だけではありません。類稀なる知略と白銀ソワールによる情報収集、地道な交渉事の賜物です」

「そうか、では何を望む?」

「現在のロバル、旧ロワルの領地を望みます」

「なんと!」
「あれはガナト殿の領地では?」

 オーゼの言葉に重鎮たちが騒ぎ立てた。

 私は!――声を張り上げて彼らを黙らせる。

「私は、此度のアザール、ロハラ、両領への侵攻をガナトの裏切りと見ております。その裏にはジルコワルがあり、王都の多くの貴族も虚栄に囚われ、それらに賛同していたことでしょう。私はその償いとして、我々が遠征で獲得したロバルとシャンクルーの二領を返還させるつもりでおりました」

 そこからは私が――と、アラン王の大使が手を挙げる。

「地母神ルメルカよりの言の葉を伝えます。――勇者エリンよ、ロバル、シャンクルーの二領の領主となり、東西二国の安寧を齎せ――とのことです。二領の返還は不要にございます」

 さすがに神々の言の葉と聞いて重鎮たちは唇を噛みながらも口を閉ざした。

「私は現在の領地は返還し、シャンクルーを望みます」

「そういうことであれば無理難題という訳でもあるまい。よかろう。アラン王にはその旨伝えよ」

 アゼア王は了承した。ただ、規模的なものを言うと、ふたつの領地を合わせると大領地に近い中領地となる。辺境領はいずれの国も力を必要とするため、領地そのものが周囲の小領地を取り込んで大きくなりやすい。さらには私の権限を考えると、ふたつを合わせた領地は小さな国として扱われるだろうとオーゼは話していた。国王もその辺りはわかっての発言なのだろう。

 その後は領地に関しての文官たちの会議の場が設定された。しばらくはこのまま王都に滞在することになるだろう。三戦士団はそのまま私の元に付くことが約束され、さらには何人かの文官や武官が私の領地への転属を希望してきた。文官の多くは元白銀ソワールであり、武官の多くはかつてオーゼが懇意にさせて貰っていた高官たちだった。






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 次回、『解かれる封印 3』です。ひと通りの話が解決しましたので最終話となり、エピローグに続きます。

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