堕チタ勇者ハ甦ル

あんぜ

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四章 封印

第56話 再会 2

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「ああ~~~~~~~!!!」

 目覚めると、それまで堰き止められていた記憶が洪水のように押し寄せてきた。
 私は枕に突っ伏して大声を上げていた。


 兄に助けてもらったあと――いえ、その前、ミルーシャに救われてからずっと、邪神に忘れさせられていた記憶のせいで私は恥ずかしいほど素直になっていた。成人して間もないころ――いやもっと前。兄にまだ甘えていたころの私に。

 兄には――ごめんなさい――と告げたい想いだけがあった。
 それなのに――兄さま、兄さま――と皆の前で幼い頃のように甘えて、めちゃくちゃ恥ずかしかった! ルハカやロージフ、それから他の人間にも見られてしまった。ちょっと捻くれてからというもの、そんな姿が恥ずかしくて誰にも見せないようにしてたのに!

 エリン姉さまには文句も言いたかったけれど、傷つけたことを謝りたかった。
 邪神は私に姉さまを殺した罪を着せたかったのかもしれない。だけどミルーシャが助けてくれた。そして思い出した。あのとき響いた黒剣スワルトルの金属音は聖剣スコヴヌングと打ち合った音だった。

 ルハカのことは忘れてしまっていた。
 長年、双子の姉妹のように連れ添ったルハカのことを忘れるなんて……。

 そしてミルーシャ。ミルーシャのことは邪神が記憶を封じたと言っていた。
 姉さまが邪神の依代を滅ぼしたとき、ミルーシャの記憶が甦った。ミルーシャに会いたい……兄を傷つけてしまったあの日、あんな目を向けられて辛かった。でもミルーシャは助けてくれた。謝って、ありがとうって言いたい……。

 ――いいじゃない、口づけくらい。兄さんのケチ。

 目の前で繰り広げられていた兄と姉さまの惚気のろけ合いは漸くの決着を見せた。


「その……姉さんもごめんなさい……」

 私の消えいるような謝罪にエリン姉さまは気が付き、屈んで目線を合わせてきた。

「ルシア、私こそ謝らないといけないわ。ごめんなさい」
「で、でも……」

「ううん。私に勇者としての資質が欠けていたのが問題だったの。器が小さかったのね。だからルシアにも、他の皆にも迷惑をかけた」

 ――全く、その通りね!――少し前までならそう言ったかもしれない。だけどそんなこと言えなかった。私は姉さまにしがみつくようにして、姉さまも優しく抱き留めてくれて、お互いを抱きしめ合った。私はもう少しだけ、素直な気持ちで声を上げて泣いた。


 ◇◇◇◇◇


「ロージフ!」

 夜明けの太陽がまだ低い時間、私はその姿を見つけて駆け出した! 領境の町を通過したという話は姉さんから聞いたけれど、あの白い大男は本当に来てくれた!

 兄の後に次いでロハラの領境を出発した増援の第二陣はロージフに率いられ、金緑オーシェ青鋼ゴドカの殆どを連れてやってきた。――そんなに慌てて来なくてもいいのに。増援だって要らなかったでしょ?――なんてことは言わずに、素直にロージフに抱きついてみた。

「ルシア! よく無事で! 聞いたぞ、邪神を倒したんだってな!」

 ロージフは左手を失っているにも拘わらず、器用に私の体を抱き上げ、高く持ち上げた。くるくると回る彼が、本当に嬉しそうだった。

「ロージフ! やめて! 恥ずかしい!」
「どうしてだ、城でもやってただろう」

「ここまでやってないし! 皆の前だし!」

 回るのをやめた彼は目線を合わせるように抱きとめてくれる。

「ルシア、元に戻ったようだな」
「うん、ごめんなさい。貴方を疑ってしまったの」

「アシスから詳しく聞いた。ジルコワルが俺の篭手の印を使ってお前を騙したんだ。宿舎での火球もお前じゃないって知ってる。嵌められたんだ、お互いに」
「そう、やっぱり……。でも死んだ人は居るのよね……」

「お前が背負い込むことじゃない」
「うん、ありがと」

 実のところ、そう言った事実に申し訳ないと思うのに感情が付いてこないことが不安だった。

「心配事か?」
「ううん、私の問題……」

「何でも言え。次こそは俺が守る」
「ロージフはちゃんと守ってくれてるから大丈夫」

 私に顔を近づけてきたロージフだったけれど、ふと視線を逸らして止まる。
 ロージフは私を降ろし、姿勢を正して――。

「オーゼ殿! 増援第二陣、ただいま到着いたしました!」

 兄がいた。隣にはエリン姉さまも居る。

「ご苦労、ロージフ。国軍もそろそろ働き詰めで疲れただろう。仕事を引き継いでやってくれ」
「承知」

 ロージフが各小隊長に指示を出す。

「ところでロージフ、ルシアとずいぶん親しいようだが?」
「はっ! 報告が遅れました。妹君とはお付き合いをさせていただいております!」

 ロージフは再び姿勢を正す。小隊長たちからは笑い声も聞こえる。

「エリンからはルシアに頼るよう助言したとは聞いたが、まさか手を出してはいまいな?」
「はっ、いえっ、その……」

「そうか。では、責任を持って生涯守ってやってくれるよう頼むぞ」

 兄はロージフの肩に手を置いた。

「しょ、承知!」

 ――兄さんがそれを言う?――そう思ったけれど、ここで言うのは控えておいた。


 ◆◆◆◆◆






「愛してる……オーゼ!」

「ああ、オレもだ。愛してる」

 たぶん初めてじゃない口づけを交わしたあと、オーゼは胸の内を語ってくれた。

「エリン……君はもう、城でそういう関係にあるものとばかり……その、ジル――」

 私はオーゼの唇を塞ぐ。
 城には元白銀ソワールが居た。そしてフクロウソワルの情報網から何となくわかった。オーゼの元を離れて城の役職や他の戦士団に付いた元白銀ソワールはオーゼを見限ったのではない。あれは情報網だ。きっと私の醜態もオーゼの耳に入っていたことだろう。

「あれとの仲を疑われたのは私の弱さでした。……侍女にさえそのような関係だと思われていました。すべて私の浅はかさです。――それに貴方の加護の話を聞いて……何も考えられなくなり、もう少しで貴方を裏切るところでした。ごめんなさい」

「では……それでは、奴とは何もなかったと?」

「はい、あれには何も魅力は感じていないとはっきり自覚しました」

「そうか、そうなのか……よかった」

 オーゼが抱きしめる腕に力を入れる。
 本当に良かった。
 私はオーゼの体を少し離す。

「持ち上げられていい気になり、貴方のことを疎かにした愚かな女なのです」

「それをいうならば君の純潔を奪ったにもかかわらず、最後まで守ろうとしなかった愚かな男だ」

「これを……これを外すと、この想いは潰えるのでしょうか」

 私は胸元に左手を添えた。それだけが心配だった。

「そんなことはない。嘘偽りなく、君を想ってのものだ。だけどそれを外すのはもう少しだけ待って欲しい。オレを信じて欲しい」

「わかりました」

 私は、不安から今すぐにでも外してしまいたかったけれど、オーゼが信じろというなら従うまで。そして少し前まではもうひとつの不安だったミルーシャという女性のことは、私はもう許してしまっていたのかもしれない。

 オーゼを追いやったのは私だったし、そのオーゼを癒してくれた女性だったのならば、私が文句を言える立場ではない。それに幼い頃は思っていた。オーゼは領主としてどこかの貴族の娘と結婚し、私は良くて妾だと。そう、周りの大人から聞かされていた。

 ――だけど勇者になれば、オーゼと対等な立場で結婚できるんだよ。

 誰が言ったんだっけ……。誰かがそんな風に言ったんだ。


「オーゼ様、エリン様、ルシアが目を覚ましたそうです。参りましょう」

 ルハカが私たちを呼ぶ声が聞こえて初めて、赤銅バーレの皆の前だったことに気付いた私は顔を赤くした。






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 ちょっと視点切り替えのため時系列イレギュラーですが、エリン視点とルハカ+ルシアより、エリン視点の間に挟んで分割した方がいいかなと思ってやってみました。

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