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四章 封印
第47話 私の戦い
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起きよ。
起きるのだ、娘よ。
お前が眠っていては堕とせぬ。
お前が眠っていては領土を広げられぬ。
私は、私からの呼びかけで目を覚ました。
ぼぉっと座っていただけの体が立ち上がる。
「起きたかルシアよ。さあ、出番だ。自由に暴れてこい」
「…………」
寝覚めにジルコワルが居た。気分が悪い。
「参りましょう勇者様。ちょうど良い相手が出てまいりました」
アイトラが私を促す。アイトラは幽霊馬を召喚する。
私も同じく幽霊馬を召喚した。
幽霊馬を駆って進むアイトラはいくつかの防護魔法をかけていた。
私も同じく防護魔法をかける。
「オーゼは抵抗さえかけておけば無力です」
「そんなことは知っている。その卑しい口を閉じよ……」
私がそう言うと、アイトラは怒りの見え隠れする顔で頭を下げる。
◇◇◇◇◇
「では、私は先に参りますので後ほど」
戦場に入るとそう言ってアイトラは離れていった。
幽霊馬を降りた私は長い詠唱を開始する。
「千の剣の――」
千の剣の怪物を召喚する呪文は途中で間違った。
半端に生じてしまった魔力が、星の海を貫く小径を生じさせ、ぐつぐつと煮えたぎる黒い異形の物質を召喚した。私の加護の影響だろう。失敗しても何かは生じる。
何故だ? どうして間違えた?
――あたしでも間違えることがあるのね。
黙れ小娘。
私が私に雑言を吐く。
再び私は千の剣の怪物を召喚する呪文を唱えるが――。
――ぷっ。また間違えた。
黙れと言っている!
「数秘の魔術師の――」
私は次に数秘の魔術師の王を召喚しようとした。流石にちょっと最後まで聞いてみていたかったけれど、私はまた私の邪魔をした。長い呪文は邪魔をしやすい。特に召喚魔法は正確さが頼りだから、少しでも間違えるとそれは全く別の世界に繋がってしまう。そしてそれは九割九分……いや、それ以上に何もない世界に繋がる。
「死と破壊の――」
さらには死と破壊の神まで召喚しようとしている。そんな神様なんて召喚しようものなら、私は怒りにふれ、小指で弾き飛ばされて死ぬか、力を貸してくれてもせいぜい辺り一帯が死の荒野と変わり果てるかだ。碌なことにはならない。誤った呪文は死と破壊の神の代わりに橙色の蠢く液体を生じさせた。
――バカなあたしね。
貴様か! 貴様が邪魔をしているのか!
とうとう私は私を貴様呼ばわりし始めた。
私も口が汚くなったと思うけれど、貴様なんて使ったことは無い。
――あたしは喚起の天才なんでしょ? 簡単よ。
よかろう。ではその才能を直接知らしめて見せようぞ。
私は再び幽霊馬に跨ると、斜面を降りていった。
◇◇◇◇◇
「ルシアか!?」
鎧に身を包んだ私だったけれど、兄を見つけると兜を脱ぎ棄てた。
髪の毛の一本二本が兜に引っかかってすごく痛いのに私はお構いなしだ。
兄は幽霊馬をその場で降りる。
私も兄に合わせて幽霊馬を降りた。
兄が生きているという事は知っていた。私がそう話していたからだ。
私は嬉しくて涙を流したかったけれど、私がそうさせなかった。
ごめんなさい――そう伝えたかった。
そんな私の想いなど気にもせず、私は詠唱を始める。
左手では抵抗を、言の葉と右手では火球を。
私がいつかやってみせたように、火球を放った瞬間、抵抗をかけなおす。そうすれば兄の魔法は私には届かない。
火球は兄の障壁を破壊する。
「ルシア、やめるんだ。手を止めてオレを見ろ」
兄は歩み寄りながら語りかけてきた。魔術師にとって戦闘中の会話などもっての外。
それなのに兄は語りかけてきた。
語りかけつつも詠唱省略と両手の身体動作で障壁を張りなおす。
そんなことまでできるのか、厄介な。
私は悪態をつきながらも再び抵抗と火球を同時に詠唱する。
火球は兄の障壁を破壊する。
何故だ? 障壁を貫いているのになぜあの男は平然としている!?
そう、障壁が破壊されればいくらか威力が衰えるとはいえ、無傷では居られない。それなのに兄は全くの無傷だった。私から見てもそれはおかしい。
くそっ、貴様も知らないのか。
また悪態をつく私。魔術師としてあるまじき態度。
――だいたい、兄さまの考えにあたしが及ぶわけないじゃない。
素直な気持ちだった。
ただ、いずれにせよ兄の魔力は昔に比べて少なくなってしまった。
だからいずれ、私との魔法の打ち合いが始まれば兄の魔力は底をつく。
ククッ。そうか、いいことを聞かせてもらった。
――ククッ――だなんて、三下の悪役みたい。
黙れ!
「いいかルシア。お前は今、虚栄に囚われている。自惚れナホバレクに支配されようとしている。気を確かに持つんだ。ミルーシャはお前を助けに行ったのだろう? 思い出せ」
――ミルーシャ……ミルーシャ……ミルーシャ……だれだっけ……。
その記憶は封じさせてもらった。あの女は厄介だ。あと僅かで堕ちていたというのに……。
――ミルーシャ……だれ?
その間にも、私は抵抗と火球を詠唱し続けた。
兄は障壁の強さを上げたのか、何度目かの火球を完全に防いだ。
この娘の火球を完全に止めるだと!?
――さすが兄さまね。
黙れ!
兄はさらに障壁を重ねた。そしてついに――。
「火球!」
私の魔法は詠唱中断……いや、魔法そのものが掻き消された。
なんだ今のは!?
――バカね。対抗魔法も知らないの?
対抗魔法だと!? やつは火球を使えないはずではなかったのか!?
対抗魔法では同じ呪文を唱えて相手の魔法を掻き消す。兄さまは喚起魔術が苦手だから呪文を知らないとでも思ったのだろうか?
――兄さまは火球を使えないけれど呪文は知ってるわ。当たり前じゃない、兄さまだもの!
私はさらに稲妻を詠唱する。
しかし兄は対抗魔法で魔法を掻き消してくる。
これもダメか!
――あきらめたら?
私は死の指を詠唱した。
当然のように兄は対抗魔法で魔法を掻き消した。
――死霊魔術なんて兄さまは普通に使えるわ。それに死の指なんて、選択が三下悪役ね。
だまれだまれ!
対抗魔法で掻き消すなんて、ただ呪文を知っているだけじゃ普通ならどうにもならない。明らかに兄は私の呪文を聞いたうえで、先に詠唱を完了させていた。つまりは明らかに格下相手じゃないと通用しない。
そうか、ならば呪文詠唱を速めるまで。
頭の回転の速さは呪文詠唱の速さに直結する。私は最速で呪文を計算し、最速で詠唱する。魔力消費が上がっても、それは加護のある私なら補える。
――が、兄はさらにその詠唱時間を縮めた火球を掻き消してきた。
私も止まらない。最速で――最速で――最速で――最速で、どんどん詠唱を速めていく。魔力の消費を増やし、その熱狂に応じるように頭の回転は徐々に速さを増す。しかも私の加護の影響で、私が妨害して少々間違えてもそれなりの火球が生じる。それなのに兄はさらにその速さに対抗してきた。
次々と消される火球。
私の頭が熱を帯びてきているのがわかる。どんどん魔力を消費している。
兄はついてこられるのだろうか!?
なぜだ、なぜ奴の魔力が尽きぬ!?
確かに、こちらもかなりの魔力を消費していた。なのに兄は全く衰えない。どうして?
貴様が言ったのだろうが!
――あたしに当たられても困るんだけど……。
ただそれでも詠唱の速度は上がっていく。魔力を湯水のようにつぎ込み、喉は枯れそうになり、指は攣りそうになるが私の体は止まらない。速い。私の妨害による間違いはあるけれど速い。でも、このままでは兄が追い付けなくなるか魔力が尽きる。自分の頭の回転の速さがこれ程までに憎かったことはない。
何か、……何か私の頭の回転を止める術は……。
――あ。
やめろおぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!
私の思い出は詠唱の完成を大幅に遅らせた。
それは私の恋人――そう、ロージフ! 思い出した! ロージフがくれた甘い思い出。
ロージフとのひとときは何も考えられなかった。私は最大限、それに頭を使った。
私の火球の詠唱は早まるどころか大幅に遅延されていた。兄は対抗魔法どころか遅延された火球と抵抗の間の隙間に酩酊を差し込んできた。当然のように兄は魔法を外さない。酩酊が効いたほんの数瞬後、私は最後に眠りの詠唱を聞いた。
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愛の勝利ですね?
起きるのだ、娘よ。
お前が眠っていては堕とせぬ。
お前が眠っていては領土を広げられぬ。
私は、私からの呼びかけで目を覚ました。
ぼぉっと座っていただけの体が立ち上がる。
「起きたかルシアよ。さあ、出番だ。自由に暴れてこい」
「…………」
寝覚めにジルコワルが居た。気分が悪い。
「参りましょう勇者様。ちょうど良い相手が出てまいりました」
アイトラが私を促す。アイトラは幽霊馬を召喚する。
私も同じく幽霊馬を召喚した。
幽霊馬を駆って進むアイトラはいくつかの防護魔法をかけていた。
私も同じく防護魔法をかける。
「オーゼは抵抗さえかけておけば無力です」
「そんなことは知っている。その卑しい口を閉じよ……」
私がそう言うと、アイトラは怒りの見え隠れする顔で頭を下げる。
◇◇◇◇◇
「では、私は先に参りますので後ほど」
戦場に入るとそう言ってアイトラは離れていった。
幽霊馬を降りた私は長い詠唱を開始する。
「千の剣の――」
千の剣の怪物を召喚する呪文は途中で間違った。
半端に生じてしまった魔力が、星の海を貫く小径を生じさせ、ぐつぐつと煮えたぎる黒い異形の物質を召喚した。私の加護の影響だろう。失敗しても何かは生じる。
何故だ? どうして間違えた?
――あたしでも間違えることがあるのね。
黙れ小娘。
私が私に雑言を吐く。
再び私は千の剣の怪物を召喚する呪文を唱えるが――。
――ぷっ。また間違えた。
黙れと言っている!
「数秘の魔術師の――」
私は次に数秘の魔術師の王を召喚しようとした。流石にちょっと最後まで聞いてみていたかったけれど、私はまた私の邪魔をした。長い呪文は邪魔をしやすい。特に召喚魔法は正確さが頼りだから、少しでも間違えるとそれは全く別の世界に繋がってしまう。そしてそれは九割九分……いや、それ以上に何もない世界に繋がる。
「死と破壊の――」
さらには死と破壊の神まで召喚しようとしている。そんな神様なんて召喚しようものなら、私は怒りにふれ、小指で弾き飛ばされて死ぬか、力を貸してくれてもせいぜい辺り一帯が死の荒野と変わり果てるかだ。碌なことにはならない。誤った呪文は死と破壊の神の代わりに橙色の蠢く液体を生じさせた。
――バカなあたしね。
貴様か! 貴様が邪魔をしているのか!
とうとう私は私を貴様呼ばわりし始めた。
私も口が汚くなったと思うけれど、貴様なんて使ったことは無い。
――あたしは喚起の天才なんでしょ? 簡単よ。
よかろう。ではその才能を直接知らしめて見せようぞ。
私は再び幽霊馬に跨ると、斜面を降りていった。
◇◇◇◇◇
「ルシアか!?」
鎧に身を包んだ私だったけれど、兄を見つけると兜を脱ぎ棄てた。
髪の毛の一本二本が兜に引っかかってすごく痛いのに私はお構いなしだ。
兄は幽霊馬をその場で降りる。
私も兄に合わせて幽霊馬を降りた。
兄が生きているという事は知っていた。私がそう話していたからだ。
私は嬉しくて涙を流したかったけれど、私がそうさせなかった。
ごめんなさい――そう伝えたかった。
そんな私の想いなど気にもせず、私は詠唱を始める。
左手では抵抗を、言の葉と右手では火球を。
私がいつかやってみせたように、火球を放った瞬間、抵抗をかけなおす。そうすれば兄の魔法は私には届かない。
火球は兄の障壁を破壊する。
「ルシア、やめるんだ。手を止めてオレを見ろ」
兄は歩み寄りながら語りかけてきた。魔術師にとって戦闘中の会話などもっての外。
それなのに兄は語りかけてきた。
語りかけつつも詠唱省略と両手の身体動作で障壁を張りなおす。
そんなことまでできるのか、厄介な。
私は悪態をつきながらも再び抵抗と火球を同時に詠唱する。
火球は兄の障壁を破壊する。
何故だ? 障壁を貫いているのになぜあの男は平然としている!?
そう、障壁が破壊されればいくらか威力が衰えるとはいえ、無傷では居られない。それなのに兄は全くの無傷だった。私から見てもそれはおかしい。
くそっ、貴様も知らないのか。
また悪態をつく私。魔術師としてあるまじき態度。
――だいたい、兄さまの考えにあたしが及ぶわけないじゃない。
素直な気持ちだった。
ただ、いずれにせよ兄の魔力は昔に比べて少なくなってしまった。
だからいずれ、私との魔法の打ち合いが始まれば兄の魔力は底をつく。
ククッ。そうか、いいことを聞かせてもらった。
――ククッ――だなんて、三下の悪役みたい。
黙れ!
「いいかルシア。お前は今、虚栄に囚われている。自惚れナホバレクに支配されようとしている。気を確かに持つんだ。ミルーシャはお前を助けに行ったのだろう? 思い出せ」
――ミルーシャ……ミルーシャ……ミルーシャ……だれだっけ……。
その記憶は封じさせてもらった。あの女は厄介だ。あと僅かで堕ちていたというのに……。
――ミルーシャ……だれ?
その間にも、私は抵抗と火球を詠唱し続けた。
兄は障壁の強さを上げたのか、何度目かの火球を完全に防いだ。
この娘の火球を完全に止めるだと!?
――さすが兄さまね。
黙れ!
兄はさらに障壁を重ねた。そしてついに――。
「火球!」
私の魔法は詠唱中断……いや、魔法そのものが掻き消された。
なんだ今のは!?
――バカね。対抗魔法も知らないの?
対抗魔法だと!? やつは火球を使えないはずではなかったのか!?
対抗魔法では同じ呪文を唱えて相手の魔法を掻き消す。兄さまは喚起魔術が苦手だから呪文を知らないとでも思ったのだろうか?
――兄さまは火球を使えないけれど呪文は知ってるわ。当たり前じゃない、兄さまだもの!
私はさらに稲妻を詠唱する。
しかし兄は対抗魔法で魔法を掻き消してくる。
これもダメか!
――あきらめたら?
私は死の指を詠唱した。
当然のように兄は対抗魔法で魔法を掻き消した。
――死霊魔術なんて兄さまは普通に使えるわ。それに死の指なんて、選択が三下悪役ね。
だまれだまれ!
対抗魔法で掻き消すなんて、ただ呪文を知っているだけじゃ普通ならどうにもならない。明らかに兄は私の呪文を聞いたうえで、先に詠唱を完了させていた。つまりは明らかに格下相手じゃないと通用しない。
そうか、ならば呪文詠唱を速めるまで。
頭の回転の速さは呪文詠唱の速さに直結する。私は最速で呪文を計算し、最速で詠唱する。魔力消費が上がっても、それは加護のある私なら補える。
――が、兄はさらにその詠唱時間を縮めた火球を掻き消してきた。
私も止まらない。最速で――最速で――最速で――最速で、どんどん詠唱を速めていく。魔力の消費を増やし、その熱狂に応じるように頭の回転は徐々に速さを増す。しかも私の加護の影響で、私が妨害して少々間違えてもそれなりの火球が生じる。それなのに兄はさらにその速さに対抗してきた。
次々と消される火球。
私の頭が熱を帯びてきているのがわかる。どんどん魔力を消費している。
兄はついてこられるのだろうか!?
なぜだ、なぜ奴の魔力が尽きぬ!?
確かに、こちらもかなりの魔力を消費していた。なのに兄は全く衰えない。どうして?
貴様が言ったのだろうが!
――あたしに当たられても困るんだけど……。
ただそれでも詠唱の速度は上がっていく。魔力を湯水のようにつぎ込み、喉は枯れそうになり、指は攣りそうになるが私の体は止まらない。速い。私の妨害による間違いはあるけれど速い。でも、このままでは兄が追い付けなくなるか魔力が尽きる。自分の頭の回転の速さがこれ程までに憎かったことはない。
何か、……何か私の頭の回転を止める術は……。
――あ。
やめろおぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!
私の思い出は詠唱の完成を大幅に遅らせた。
それは私の恋人――そう、ロージフ! 思い出した! ロージフがくれた甘い思い出。
ロージフとのひとときは何も考えられなかった。私は最大限、それに頭を使った。
私の火球の詠唱は早まるどころか大幅に遅延されていた。兄は対抗魔法どころか遅延された火球と抵抗の間の隙間に酩酊を差し込んできた。当然のように兄は魔法を外さない。酩酊が効いたほんの数瞬後、私は最後に眠りの詠唱を聞いた。
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愛の勝利ですね?
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