堕チタ勇者ハ甦ル

あんぜ

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四章 封印

第45話 負けられない戦い 1

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「ミルーシャ様が!? 嘘……そんな、だって、聖餐を用意するだけって……」

 私は膝から崩れ落ちた。
 領境の町に入るとすぐ、レハン公の部下に話があるというので急ぎ公の元へと連れられてきたのだ。そしてミルーシャ様の話を聞かされた。ほんの二時ふたときほど前のことだったという。

「ルハカ、気を確かに持つんだ」

 お兄さんが屈んで私の肩を抱きしめてくれる。
 私は嗚咽しながらお兄さんの胸に顔をうずめた……。

「――それで、どうしてミルーシャが前線に?」
「聖女様が神託だと申されたのだ」

「神託……」
「ああ。オーゼ殿、あなたの妹君を助けるためだと言って」

「ルシアが前線に来ているのですか!?」
「えっ」――ルシアが!?
「ああ、確かではないがジルコワルの傍に居た妹君らしき魔術師が怪物を召喚するのを見たと言う戦士団の団員も居る。妹君は我が領を始め、周辺諸領の怪物退治の救世主だからな。顔を覚えていた者も居るだろう」

「――その怪物に私の戦士団200余名と領兵60名ほどが次々と飲まれたそうだ。だが、それを聖女様が生き返らせてくれたと皆、証言しておる。ただその直後、聖女様は妹君に石へと変えられてしまったそうなのだ。何故かその後、向こうは全軍が引き返していったがな」

「なるほど……もしかしたらミルーシャはそうなることがわかっていて戦地へ赴いたのかもしれません。ルシアは虚栄に、自惚れナホバレクに囚われてしまっているのだと思います。ルシアを助けるため――と言っていたのであれば、つまりは――ルシアの罪を少しでも軽くしてやるため――という意味ではないでしょうか」
「なんと……」

 レハン公が涙ぐむ。

 ――だけどルシア! あなたは何をやっているの!

 お兄さんを撃ったときからもう……本当に我が師匠として情けない!
 やっぱりあの時、ひっぱたいてやればよかった!

「妹は、私が責任もって対処します。ミルーシャも……まだ死んだわけではありません」
「わたくしも手伝います」

「ルハカは危険だ。砦から援護してくれるだけでいい」
「嫌です。ルシアはひっぱたいてでも目を覚まさせてやります」

「……わかったが、巻き込まれない場所から頼むぞ」
「ルシアの一番弟子を舐めないでください。射程も、効果範囲も、持続時間も今ならちゃんと把握できます」

「そうか、頼んだ。――ときにレハン公、私が感情を封じた者を全員集めてください。それから、人数分の皿にミルクを」
「ミルク……か? 茶と菓子も必要か?」

「そちらは必要ありません」

 ふふ――と笑うお兄さん。お兄さんに余裕があるのは悪くない。


  ◇◇◇◇◇


 日が暮れてから、戦場を望む防壁の上に出る。
 
 正面は峠から続く下り道だが、道の周辺は開けていて緩やかに傾斜した広い牧草地が続く。そのずっと奥の方の丘の上は三戦士団の野営地だろう、僅かに灯りが見える。

 町の防壁の正面は水堀や防塁が巡らされている。出入りは左手、側塔と壁をぐるりと回り込んだところに外門、そして馬出しがあり、その奥に内門がある。ただ、かつては跳ね橋だった門の前のふたつの橋は、改修の際に石橋へと作り替えられてしまっていた。ロハラとアザールの領地の関係が比較的良好だったためらしい。出入りの門のさらに奥は人工の広い池が崖まで続く。

 門と逆側は川までの水路が続いている。ただ、魔術師ならば容易に渡れる幅であるため、手前側に急遽防塁を築き、壁と成しているそうだ。水路に渡された簡易の橋は全て落とされている。

 並の相手であれば、領境の町の防備としては十分だろうけれど、相手は三戦士団。私の赤銅バーレならこのくらいの高さの防壁や側塔は外から十分制圧ができると思う。地に足が付いた場所なら青鋼ゴドカの破壊力は並ではない。加護持ちほどでは無いが、魔力の扱いに長けた戦士の一団は、この町の門くらい容易にこじ開けるだろう。

「一見すると、こちらが有利だが赤銅バーレが居る。厳しいな」

 お兄さんも同じ考えのようだ。

「はい、わたくしもそう思います。壁や塔からの支援が無いとなれば、門にしろ防塁にしろ金緑オーシェ青鋼ゴドカに容易に突破されると思います。ですので、お兄さんの凄さを赤銅バーレに知らしめてやりましょう」

 ふふん――と得意げな顔をしてみせると、お兄さんは何故か苦笑い。

 赤銅バーレ虚栄ヴァニティに囚われたことが嘆かわしかった――もちろん、私のことは棚に上げて。だって誰一人自制できなかったってことでしょう? 恥ずかしいったらない。

 ミルーシャ様は石化の呪いストーンカースに囚われただけだとお兄さんが教えてくれた。
 じゃあ私はルシアをとっ捕まえて解呪の条件を喋らせてやるだけ!


  ◇◇◇◇◇


 夜明け、まだ冷たい霧が深い中、ラッパの音と共にドロドロと三戦士団の進軍が始まった。
 砦攻めにしては少ない数だけれど予断を許さない。
 ゲインヴと共に町の防壁の上で待つ。お兄さんには中央と左を頼んでいた。

 ただ、進軍は遥か手前で止まり、代わりに三戦士団の旗にそれぞれ交渉旗が添えられ、数騎の騎馬兵が進み出てくる。

 ――交渉? 虚栄の軍勢が交渉なんてするの?

 罠かもしれないけれど、東の蛮族ヴォーゲルでさえ暴力だけで解決するのは愚かだと知っている。

 こちらから交渉旗を持った騎馬が進み出ていく。
 町とも、三戦士団とも十分に距離を取った戦場の中央で騎馬に乗った領兵同士が接触する。
 やがて話し終えたこちらの領兵は引き返してくる。


「オーゼ殿!」

 そう言って防壁まで上がってきたレハン公の部下。
 私もお兄さんのところまで駆け寄る。

「――あちらはオーゼ殿との交渉を望んできました」

「何ですって? 私がここに居ることを知っているのでしょうか」
「どうもその様子です。昨日、オーゼ殿が町に入っていたことも知っていたようで」
「虚栄に囚われた者がこちら側に居ると言うことでしょうか?」

「そうかもしれんな。裏をかかれる可能性もある。夜のうちに虚栄はある程度払えたはずだが、妖精の目イセリアルサイトを絶やさない方が良い」


  ◇◇◇◇◇


 交渉へはお兄さんと私、護衛にゲインヴをはじめ四騎つき、六騎で向かう。
 あちらはジルコワルにアイトラ、そして同じく四騎の護衛。

 ルシアは居なかった。そして護衛は四人とも虚栄の花を咲かしている。
 ただ……ジルコワルとアイトラには虚栄の花が無かった。――どうして!?

「ルハカか。どこに消えたかと思っていれば、その大逆人と共に居たか」

 ジルコワルを凝視してしまい、目が合うとジルコワルに話しかけられてしまった。オエーだ。私が無視を決め込んでいると赤毛の目立つ髪のアイトラが見下したような目を向けてくる。

「小さな元団長さんはこんな男といらしたのね」

 私より背が高いアイトラ! むかぁ!

「ジルコワル、貴様は戦女神の国を滅ぼすつもりなのか」
「滅ぼすなんて勿体ない。私が手に入れて有効活用してやろうというのだ」

「勇者一行として共に魔王を倒しただろうに、何故だ!?」
「そうだな、強いて言えば向上心……というところだろうか」

「向上心?」
「ああ、富を望めばより多くの富を望みたくなる、いい女を抱けばもっといい女を抱きたくなる。今のままではいずれ満足できなくなる。向上心とはそういうものだろう? おかげで思わぬ幸運にも巡り合えたしな」

「そうか……やはりそれが本性なのだな」

 お兄さんはこの期に及んでまでジルコワルに良心を見出したかったのだろうか。
 ジルコワルには虚栄の種なんて要らない。根っからの虚栄の信徒なのだ。

「ときにオーゼ。貴様、エリンに求められて三日で果てたのだそうだな?」
「なに!?」
「まあ! 加護持ちのクセに情けない」

 アイトラが口を挟んでくる。

「そうだ。男として情けないことじゃないか、恋人の要求に応えられないなんて」
「貴様……」

「エリンはいい女だったよ、実にな」

 お兄さんの目が血走っている。
 いけない。
 私はお兄さんの前に馬を歩ませて間に入る。

「いけません」――落ち着いて――そう目で訴えた。

「そう! 五日くらい応えてやったか」

「お兄さん!」

 私は馬をぶつけるようにお兄さんに寄せて、片腕を取った。

「(冷静になりましょう。エリン様はきっと無事です。でまかせです)」

 真剣な目でお兄さんに囁くと、お兄さんはゆっくりと息を吐いた。

「交渉の目的はなんだ」
「降伏しろ」

「断る」
「だろうな。――ミルーシャとかいう貴様の女を救いそびれたと聞いて、どんな顔をしているか興味があっただけだ」

「彼女はどうした」
「陣まで持ち帰らせてもらった。――ああ! ところで! あの女のことなんだが、見覚えがあると思っていたら…………先に頂いたのはどうやら私だったようだ。すまんな、お下がりで」

 笑うジルコワル。なんという下劣な男なのだ!
 そしてその隣で終始お兄さんを見下してニヤついていたアイトラ!
 あれも本性は同じ虚栄の信徒……彼女には元上司として責任を持って引導を渡してやる。

「参りましょう!」

 私は怒りに震えるお兄さんの腕を引いた。







--
 次回、全面衝突します!
 まずは引き続きルハカ回からですがルハカとオーゼの戦いは既に始まっています。

 集団戦闘は全体の動きを描写しても面白くありませんので(そもそも私が読んでて寝るので……)、あくまでルハカの狭い視点からとなります。ほら、宇宙人の襲撃を神視点で観るより、いち市民の視点で観る方が怖いですし! スピルバーグな"War of the Worlds"のは怖くて素敵な怪獣映画でしたし!?(個人的偏見)
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