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三章 呪い
第39話 ミルコラハス
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――怪物は外までは追ってこられない――レハン公の言っていた意味が分かった。
長い下りの階段を進んだ先、そこには小さな部屋、正面にはさらに下る階段、その階段の傍の壁にはレバーがあった。階段は少し下りると枠付きの鉄格子が嵌っていた。ただ、その先は広い部屋になっていて、そこには巨大な怪物が居た。そして確かに魔王が産み堕とした化け物ではない。
白銀の体毛をもつ六足の狼、三ツ首の黄泉の門番と呼ばれる伝説上の怪物だった。あまりに巨大なため、この階段は抜けられない。つまり、外までは追ってこられないという事だ。そして問題はもちろん、我々もあの怪物を倒さなければ先へ進めないという事だった。
お兄さんが魔占術を使い始めると、その怪物はゆっくりと起き上がる。肩の高さは背の高いゲインヴよりもさらに半身は高い。体長も二十尺はあり、さらに太い尻尾が付いている。
黄泉の門番は格子の手前、十五尺ほどまでやってくると、突然、伝説に描かれる竜の如く後ろ足で立ち上がる。そして三つの狼の首から炎を吐き出した。炎はお兄さんの障壁に阻まれるが強烈な熱風が肌を焼く。私はゲインヴの盾に守られていてその熱さ。
お兄さんは障壁を掛けなおすと、再び魔占術を詠唱する。
「下がんなせ」
ゲインヴが私に言うがそうはいかない。
私は目一杯の障壁を重ねる。
しばらく右へ左へと歩き様子を伺っていた黄泉の門番は、再び立ち上がると炎を吐いた。二重の障壁に阻まれた炎だったが未だ肌を焼く熱は衰えない。
お兄さんから下がるよう指示が出る。
一旦引き返すと、お兄さんが水袋を開ける。
「ルハカ、顔を見せろ。火傷は大丈夫か?」
お兄さんが私の兜の面頬を上げ、手で水を掬って頬に当ててくれる。
冷たくて気持ちいい……。
「はい、このくらいなら平気ですよ。そよ風を回しますね」
本当は結構痛かったのだけれど、前の遠征での戦闘に比べたら大したことは無い。
詠唱されたそよ風は水袋から滴り落ちる水を拾い上げ、霧雨のように私たちの周りを舞うと焼けた鎧を冷ます。
「あの怪物はおかしなことに神性による魔法への耐性がほとんど無い」
「えっ、ではミルーシャ様がいらっしゃれば……」
「いや、今からミルーシャを呼び戻すわけにもいくまい」
「ではどうすれば……」
「魔術にもあるんだ。神性を扱える分野が」
「神性魔術というやつですね。でも、容易に学べるものでも無いのでは?」
「俺はひとつだけ神性魔術を使える。ごく低位階の魔法だがな」
「でも、そんな付け刃の魔法でなんとかなるのでしょうか?」
「付け刃じゃないさ。幼い頃から使い続けてきた魔法だ」
「他に手は無いのですか?」
「無いな。聖剣があっても勝てるか怪しい。あれは神代の怪物だ」
「……なぜそんな怪物がこんな場所に」
「神の寝所へ容易に近寄らせないためか、或いは……」
お兄さんは考え込むように口を濁した。
◇◇◇◇◇
私たちは黄泉の門番と戦う準備を整える。
まず、一度神殿に戻り、残った神官から耐火の加護を得られるよう交渉する。すぐさま引き返し、小部屋にあったレバーを下げると階段を塞いでいた格子が上がっていった。加護を得たのち、神官にはもしもの場合に備えて小部屋で待機しておいて貰う。
「ひぇえ、こりゃ半端ねえ」
部屋の中へと躍り出たゲインヴに即、黄泉の門番の一撃が見舞われる。狼とは違い、鋭い爪を持ち自在に曲がる四本の腕は縦に横にとゲインヴに向かって振るわれた。
ゲインヴは大盾を両手で支え、続けざまに来る攻撃を受け止めるのではなく辛うじて往なす。加速の魔法をかけてこれだ。
私はひたすら障壁の魔法をかけ続けるのみ。
黄泉の門番はというと、三ツ首が代わる代わる統制を取っていた。なぜならば、お兄さんが続けざまに悪意への服従を詠唱していたからだ。黄泉の門番は本当に神性による魔法に弱点があった。悪意への服従を数発まとめて食らった頭は目を白黒させていた。
ただ、これで勝てるの?――という思いはあった。私たちの魔法も通らない、ゲインヴの剣でも貫けない、そんな相手をどうやって倒すの?
ゲインヴは一撃一撃を盾で以ってその力を逸らせ、爪で引っ掛けられると無理に抵抗せずごろりと転がって再び立ち上がる。凪払いに対しては盾を地面に立て、斜めに伏せて耐えた。あの体躯でこの男は身体を柔軟にしならせ、体全体で衝撃を和らげていた。正直、失礼とは思ったけれど気持ち悪いほどに攻撃を往なす。強風に翻弄される葦のよう。ともすれば笑ってしまうその身のこなしは、だけど、頼もしくさえ在った。
永遠に続くかのような猛攻をゲインヴが耐え続けていると、やがて三ツ首のひとつが舌をだらりと垂らし、白目をむいているのに気が付く。再び炎を吐こうと構えるが、先程からその動きは全てお兄さんの悪意への服従によって封じられていた。
さらにはもうひとつの首が泡を吹いて項垂れると、どうしたことか黄泉の門番は猛攻をやめ、尻尾を巻くようにして下がっていった。
今や恐ろしい神代の怪物、黄泉の門番は部屋の中央で飼い犬のように身を伏せて大人しくしている。
お兄さんと私は顔を見合わせた。
「やりました! さすがはお兄さんです!」
「ああ。だが、これはゲインヴが耐え忍んでくれたおかげだ」
ゲインヴを見ると、ボロボロになった大盾を投げ出すように大の字になって寝転んでいた。
「少しは自分を褒めてあげてください!」
私はお兄さんのお腹にパンチを入れておいた。
◇◇◇◇◇
その後、神官を部屋に招き入れようとしたところ黄泉の門番が呻り声を上げたため、彼には引き返してもらった。
黄泉の門番の大部屋にはもうひとつの格子扉があった。それはやはり同様のレバーで動作し、引き上げられていく。階段を少し降りた先には同じく小部屋とレバー。
「何でしょう、何か不自然ですよね、この地下遺跡は」
「そうだな……」
小部屋からはさらに階段が続く。そこからの階段が緩やかに曲がっていた。
地下へ地下へと続く階段。ただ、その階段は意外と広く、圧迫感は無い。黄泉へと続く階段というよりは、神殿のごとき白亜の壁が続き、松明や魔法の照明を明るく反射している。
やがて現れた小部屋。構造も同じ。
ただ、その先の大部屋の中は明るかった。魔法の灯りも要らないほど。
大部屋の中央には人がいた。胡坐をかいて座っている人。ただし大きい。
赤い肌の巨人が座っていた。
葦か何かで編んだ敷物の上に座る、立ち上がればおそらく身の丈十二尺はあろうかという赤い肌の巨人は二本の角を額から生やし、口から零れ出るほどの鋭く長い牙、ごわごわとした髪に太い眉、ぎょろりとした眼はこちらを見据えていた。
その巨人は薄板の重ねで全身を覆う、板札の鎧を纏い、両肩には盾と思しき板札の留め盾を結わえていた。腰には大小の曲刀を佩き、十八尺はあろう薙刀を傍に置いていた。そして驚いたことにその巨人は何らかの言葉を放った。
私とお兄さんはすぐに言語の翻訳の魔占術を使う。ただ、その言葉を理解することができない。言語の翻訳で理解できない言葉は魔法的な言葉か或いは神々の言葉。
「北の果てに棲むと言う朱の人食い鬼だな。あれで魔法を使う」
魔占術を使ったお兄さん。
「――ただ、おかしい。黄泉の門番と同じく神性による魔法への耐性が無い」
「またですか……」
ミルーシャ様さえ居てくだされば……。
無い物ねだりをしても仕方がない。準備を整えた私たちは、朱の人食い鬼と戦うため大部屋へと入った。
すぐさま襲い掛かってくるかと思った巨人は、錏の広い兜を被り顎紐を結わえると薙刀を手にゆっくりと立ち上がる。何か一言二言呟いたかと思うと、朱の人食い鬼は一礼をした。
「調子狂いやすね……」
ゲインヴが呟くも束の間、朱の人食い鬼は――ザッ――と二十尺ほどの距離をほんの二歩で踏み込み、身の後ろに隠した薙刀はゲインヴの脛を狙って振りぬかれ、とっさに伸ばした長剣は薙刀に弾き飛ばされた。
朱の人食い鬼はニヤリと笑みを見せたように見えた。
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ミルコラハスはおそらくケルベロスみたいなものだと思います。
そしてオーガメイジ!
エキゾチッククリーチャーの代表格みたいなやつですね。ルハカ視点ではよくわからないかもしれませんが、これをD&Dで最初に扱った人、センス良すぎますね。
長い下りの階段を進んだ先、そこには小さな部屋、正面にはさらに下る階段、その階段の傍の壁にはレバーがあった。階段は少し下りると枠付きの鉄格子が嵌っていた。ただ、その先は広い部屋になっていて、そこには巨大な怪物が居た。そして確かに魔王が産み堕とした化け物ではない。
白銀の体毛をもつ六足の狼、三ツ首の黄泉の門番と呼ばれる伝説上の怪物だった。あまりに巨大なため、この階段は抜けられない。つまり、外までは追ってこられないという事だ。そして問題はもちろん、我々もあの怪物を倒さなければ先へ進めないという事だった。
お兄さんが魔占術を使い始めると、その怪物はゆっくりと起き上がる。肩の高さは背の高いゲインヴよりもさらに半身は高い。体長も二十尺はあり、さらに太い尻尾が付いている。
黄泉の門番は格子の手前、十五尺ほどまでやってくると、突然、伝説に描かれる竜の如く後ろ足で立ち上がる。そして三つの狼の首から炎を吐き出した。炎はお兄さんの障壁に阻まれるが強烈な熱風が肌を焼く。私はゲインヴの盾に守られていてその熱さ。
お兄さんは障壁を掛けなおすと、再び魔占術を詠唱する。
「下がんなせ」
ゲインヴが私に言うがそうはいかない。
私は目一杯の障壁を重ねる。
しばらく右へ左へと歩き様子を伺っていた黄泉の門番は、再び立ち上がると炎を吐いた。二重の障壁に阻まれた炎だったが未だ肌を焼く熱は衰えない。
お兄さんから下がるよう指示が出る。
一旦引き返すと、お兄さんが水袋を開ける。
「ルハカ、顔を見せろ。火傷は大丈夫か?」
お兄さんが私の兜の面頬を上げ、手で水を掬って頬に当ててくれる。
冷たくて気持ちいい……。
「はい、このくらいなら平気ですよ。そよ風を回しますね」
本当は結構痛かったのだけれど、前の遠征での戦闘に比べたら大したことは無い。
詠唱されたそよ風は水袋から滴り落ちる水を拾い上げ、霧雨のように私たちの周りを舞うと焼けた鎧を冷ます。
「あの怪物はおかしなことに神性による魔法への耐性がほとんど無い」
「えっ、ではミルーシャ様がいらっしゃれば……」
「いや、今からミルーシャを呼び戻すわけにもいくまい」
「ではどうすれば……」
「魔術にもあるんだ。神性を扱える分野が」
「神性魔術というやつですね。でも、容易に学べるものでも無いのでは?」
「俺はひとつだけ神性魔術を使える。ごく低位階の魔法だがな」
「でも、そんな付け刃の魔法でなんとかなるのでしょうか?」
「付け刃じゃないさ。幼い頃から使い続けてきた魔法だ」
「他に手は無いのですか?」
「無いな。聖剣があっても勝てるか怪しい。あれは神代の怪物だ」
「……なぜそんな怪物がこんな場所に」
「神の寝所へ容易に近寄らせないためか、或いは……」
お兄さんは考え込むように口を濁した。
◇◇◇◇◇
私たちは黄泉の門番と戦う準備を整える。
まず、一度神殿に戻り、残った神官から耐火の加護を得られるよう交渉する。すぐさま引き返し、小部屋にあったレバーを下げると階段を塞いでいた格子が上がっていった。加護を得たのち、神官にはもしもの場合に備えて小部屋で待機しておいて貰う。
「ひぇえ、こりゃ半端ねえ」
部屋の中へと躍り出たゲインヴに即、黄泉の門番の一撃が見舞われる。狼とは違い、鋭い爪を持ち自在に曲がる四本の腕は縦に横にとゲインヴに向かって振るわれた。
ゲインヴは大盾を両手で支え、続けざまに来る攻撃を受け止めるのではなく辛うじて往なす。加速の魔法をかけてこれだ。
私はひたすら障壁の魔法をかけ続けるのみ。
黄泉の門番はというと、三ツ首が代わる代わる統制を取っていた。なぜならば、お兄さんが続けざまに悪意への服従を詠唱していたからだ。黄泉の門番は本当に神性による魔法に弱点があった。悪意への服従を数発まとめて食らった頭は目を白黒させていた。
ただ、これで勝てるの?――という思いはあった。私たちの魔法も通らない、ゲインヴの剣でも貫けない、そんな相手をどうやって倒すの?
ゲインヴは一撃一撃を盾で以ってその力を逸らせ、爪で引っ掛けられると無理に抵抗せずごろりと転がって再び立ち上がる。凪払いに対しては盾を地面に立て、斜めに伏せて耐えた。あの体躯でこの男は身体を柔軟にしならせ、体全体で衝撃を和らげていた。正直、失礼とは思ったけれど気持ち悪いほどに攻撃を往なす。強風に翻弄される葦のよう。ともすれば笑ってしまうその身のこなしは、だけど、頼もしくさえ在った。
永遠に続くかのような猛攻をゲインヴが耐え続けていると、やがて三ツ首のひとつが舌をだらりと垂らし、白目をむいているのに気が付く。再び炎を吐こうと構えるが、先程からその動きは全てお兄さんの悪意への服従によって封じられていた。
さらにはもうひとつの首が泡を吹いて項垂れると、どうしたことか黄泉の門番は猛攻をやめ、尻尾を巻くようにして下がっていった。
今や恐ろしい神代の怪物、黄泉の門番は部屋の中央で飼い犬のように身を伏せて大人しくしている。
お兄さんと私は顔を見合わせた。
「やりました! さすがはお兄さんです!」
「ああ。だが、これはゲインヴが耐え忍んでくれたおかげだ」
ゲインヴを見ると、ボロボロになった大盾を投げ出すように大の字になって寝転んでいた。
「少しは自分を褒めてあげてください!」
私はお兄さんのお腹にパンチを入れておいた。
◇◇◇◇◇
その後、神官を部屋に招き入れようとしたところ黄泉の門番が呻り声を上げたため、彼には引き返してもらった。
黄泉の門番の大部屋にはもうひとつの格子扉があった。それはやはり同様のレバーで動作し、引き上げられていく。階段を少し降りた先には同じく小部屋とレバー。
「何でしょう、何か不自然ですよね、この地下遺跡は」
「そうだな……」
小部屋からはさらに階段が続く。そこからの階段が緩やかに曲がっていた。
地下へ地下へと続く階段。ただ、その階段は意外と広く、圧迫感は無い。黄泉へと続く階段というよりは、神殿のごとき白亜の壁が続き、松明や魔法の照明を明るく反射している。
やがて現れた小部屋。構造も同じ。
ただ、その先の大部屋の中は明るかった。魔法の灯りも要らないほど。
大部屋の中央には人がいた。胡坐をかいて座っている人。ただし大きい。
赤い肌の巨人が座っていた。
葦か何かで編んだ敷物の上に座る、立ち上がればおそらく身の丈十二尺はあろうかという赤い肌の巨人は二本の角を額から生やし、口から零れ出るほどの鋭く長い牙、ごわごわとした髪に太い眉、ぎょろりとした眼はこちらを見据えていた。
その巨人は薄板の重ねで全身を覆う、板札の鎧を纏い、両肩には盾と思しき板札の留め盾を結わえていた。腰には大小の曲刀を佩き、十八尺はあろう薙刀を傍に置いていた。そして驚いたことにその巨人は何らかの言葉を放った。
私とお兄さんはすぐに言語の翻訳の魔占術を使う。ただ、その言葉を理解することができない。言語の翻訳で理解できない言葉は魔法的な言葉か或いは神々の言葉。
「北の果てに棲むと言う朱の人食い鬼だな。あれで魔法を使う」
魔占術を使ったお兄さん。
「――ただ、おかしい。黄泉の門番と同じく神性による魔法への耐性が無い」
「またですか……」
ミルーシャ様さえ居てくだされば……。
無い物ねだりをしても仕方がない。準備を整えた私たちは、朱の人食い鬼と戦うため大部屋へと入った。
すぐさま襲い掛かってくるかと思った巨人は、錏の広い兜を被り顎紐を結わえると薙刀を手にゆっくりと立ち上がる。何か一言二言呟いたかと思うと、朱の人食い鬼は一礼をした。
「調子狂いやすね……」
ゲインヴが呟くも束の間、朱の人食い鬼は――ザッ――と二十尺ほどの距離をほんの二歩で踏み込み、身の後ろに隠した薙刀はゲインヴの脛を狙って振りぬかれ、とっさに伸ばした長剣は薙刀に弾き飛ばされた。
朱の人食い鬼はニヤリと笑みを見せたように見えた。
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ミルコラハスはおそらくケルベロスみたいなものだと思います。
そしてオーガメイジ!
エキゾチッククリーチャーの代表格みたいなやつですね。ルハカ視点ではよくわからないかもしれませんが、これをD&Dで最初に扱った人、センス良すぎますね。
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